当たり前の様に結城家で朝食を済ませて彩南高校へ登校した真白達。だが真白とヤミの姿に気付いたお静がその名を呼びながら2人の元へ駆け寄った。
「良かった! 無事だったんですね!」
「?」
「あれ? 真白さんとヤミさんが住んでいる家、無くなっちゃったんですよね?」
「……は?」
お静の言葉に思わず驚き固まってしまったリト。話を聞いていた者達も一様に驚き、驚いていないのは当事者とそれを知っていたお静だけである。真白の家は結城家と御門、そして1度家に入った事のあるルンと恭子のみが知り、他の誰も彼女が何処に住んでいるのかを知らない。故にその事実を知っていた者は他に誰も居なかったのだ。
「……どうして?」
「御門先生に聞いたんです! 今朝、朝ご飯を食べ乍ら地球のテレビを見ていた時ににゅーすでやってました! 御門先生がそれを見て、『真白さん達の家だ』って」
既に家を離れた真白とヤミは知らなかったが、突然破壊されたアパートは当然メディアに報じられていた。一夜にして破壊されたアパート。姿を消した住居者。彩南町では不可思議な事が度々起こる為、放って置けば徐々に終息して行くだろう。が、まだ最初故に報じられた内容とその住所に御門が気付いても不思議では無い。……因みに結城家では人数が増えて賑やかになった事もあり、朝テレビを付ける事は少なかった。漫画を描くのに忙しい才培がテレビを見る余裕を持つ訳も無く、海外に居る林檎がそれを知る由も無い。何も言わなければ気付かれずに済むと何処かで思っていた真白だが、結果的にその予想は外れてしまった。
「ど、どう言う事だよ!? だって今日も普通に家に来て……家からじゃ無かったのか?」
「はい。昨夜はこの町にあったホテルで部屋を借りました」
我に帰ったリトが真白とヤミに向けて聞けば、素直に頷いて肯定したヤミ。それがどんなホテルなのかは定かで無いが、リトがそれを聞いて黙っている訳が無かった。すぐに思い付いた事を口にしようとした彼だが、それを言う前にHRの始まりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。
「真白。後で話がある。良いな?」
「……分かった」
今はこれ以上話をする訳にはいかず、だがリトは必ず話をする為に予め約束を取りつける。真剣な表情の彼に真白は頷いて了承し、ヤミと共に席へ。何も話そうとしなかった真白の後ろ姿を見てリトは溜息をつくと、自分も席へと向かうのであった。……そして授業の合間の休み時間に話をしようとしたリトだが、尽く真白が消えていたり誰かに話し掛けられて入り込めそうに無かった事で断念。気付けば昼食の時間になっていた。
「真白、今日は」
「ごめん、古手川。今日は俺に譲ってくれないか?」
リトは昼休みの間に必ず話す決意を固め、真白へ話し掛ける唯の言葉を遮りながらお願いする。今朝の話を教室に居なかった故に知らない唯は最初は訝し気にリトへ視線を向けたが、彼の表情が何時に無く真剣な様子に少し黙った後、「分かったわ」と言って真白から離れた。唯が離れ、リトへ視線を向ける真白。その隣に居るヤミも黙ってその光景を見つめ、やがてリトが何かを告げた後に真白とヤミを連れて教室を後にする。そんな3人の姿を今朝の話を聞いていた者達は心配そうに見つめるのであった。
屋上へやって来た3人は向かい合っていた。黙り続ける真白とヤミを前にリトはしばらく口を開かず、やがて2人に聞こえる様に溜息をついた後に持って来ていた鞄を漁り始める。そして何かを手に持った時、迷わずリトはそれを真白に投げた。
「! ……豆、乳?」
「それ、俺のお気に入りなんだ。取りあえず座ろうぜ?」
そう言って優しい笑みを浮かべる彼の姿に真白は頷き、ベンチへ向かう。リトはヤミの分もしっかり用意しており、それをヤミに渡した後に3本目を取り出して備え付けのストローを差し込む。3人が同時に口を付けて紙パックが微かにへこみ、再び同時に口を話した時。空気の入る音が弱々しく響いた。
「朝の話、本当なのか?」
「……ん」
「宇宙人絡みか?」
「はい。嘗て私が戦った殺し屋の襲撃によるものです」
「襲撃!? で、でもここに居るって事は大丈夫だったんだよな!」
真白が静かに頷いて再びストローへ口を付ける姿にリトは安心した様に息を吐き、雲が紛れる青空を見上げてる。
「他に住む当てはあるのか?」
「……」
彼の質問に真白は答えない。朝ヤミが言った様に、昨日の夜は彩南町にあるホテルで過ごした2人。林檎と才培から送られるお金を最低限使わない様に過ごして来た真白はまだ数日泊まるお金が残っている。が、必ずそのお金にも限界は来る。時間の問題なのだ。
「なぁ、真白。……もうずっと言って無かったけどさ、久々に言うよ。家に来ないか?」
「!」
ピクリと肩を揺らした真白の姿をリトは見逃さなかった。数年前。ララ達が来るよりも前、何度か真白はその言葉を言われた事があった。だがその度に自分が宇宙人である事を隠している負い目等から、結城家に住む事を拒み続けていた。林檎と才培のお蔭で真白の思いを尊重して別の家を借りる事となったが、今は違う。また2人に頼めば別の家を借りる事に協力はしてくれるだろう。が、それ以上に過去と今では環境が違っていた。既に結城家は宇宙人の存在を知り、ララ達デビルーク星人やセリーヌを受け入れ、自分がエンジェイドである事も知っている。……受け入れ様とする彼に甘えるのは簡単な事であり、だがそれを止める何かが真白の中に残っていた。そしてその感情を乗り越えて貰う為に言葉を続けたのはリトでは無く、ヤミであった。
「私は、行くべきだと思います」
「!」
「この
「……傍に」
「真白に取って結城 リトが家族なら、美柑が家族なら、傍に居るべきです」
ヤミがリトに視線を送れば、彼は頷いてベンチから立ち上がる。そして真白の前で片手を差し出した。
「真白、家に来ないか? いや、家に来てくれ!」
「……」
彼の言葉に顔を上げた真白がヤミを見れば、彼女は静かに頷いた。そして優しい笑みを浮かべるリトの顔を見て、1度目を瞑る。真白に取って家族は守るべき者であり、自分の居場所。ヤミに取って家族とは信じられる者であり、傍に居るべき者。別々の定義で出来た【家族】と言うモノが真白の雁字搦めになった葛藤を解き始める。静かに目を開けて顔を上げた時、真白はゆっくりとその手をリトの手へ重ねるのだった。
屋上からリトと真白が去った時、ヤミは同じ様に屋上を後にしようとして足を止める。気付けば屋上の真ん中に少女は立って居り、ヤミは振り返る事もせずにその場で留まった。……僅かな沈黙の後、口を開いたのは少女であった。
「あれが……家族……?」
「私達にとっての家族です。家族とは、人によって形を変えるものですから。……ですが」
静かに振り返ったヤミの視線の先に居たのは風で長いおさげを揺らす芽亜の姿であった。その表情は笑顔では無く困惑であり、ヤミは自分の揺れる髪を抑え乍ら続ける。
「貴女は家族を言葉でしか知らない。本当に私達を迎えたいのなら。家族になりたいのなら、人の温もりを知ってください」
「人の温もり……そんなの、私みたいな兵器が感じられる筈無いじゃん! ヤミお姉ちゃんだって私と同じなら、感じる筈ないよ!」
「いいえ。人は、心は貴女が思う以上に強いものです。例え私達が兵器として生まれたとしても、別の生き方を教えてくれます」
「別の生き方……」
「私はここで、家族を守り生きて行きます。例え貴女が私に結城 リトを殺させようとしても、私は彼を殺しません。真白の家族ですから」
その言葉を最後に再び屋上を後にしようとしたヤミ。だが彼女は足を半分入れたところで背を向けたままもう1度口を開いた。
「1つ、貴女に感謝しています」
「え……?」
「貴女のお蔭で、私は自分の思いを知る事が出来ました。……ありがとう」
それを最後に今度こそ閉まる屋上の扉。1人取り残された芽亜はヤミに告げられた言葉を頭の中で繰り返しながら、1人考え続けるのであった。
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記