『守れない。私では彼女を守る事が出来ない』
「遅いなぁ……」
既に陽が暮れた頃、美柑の呟いた言葉にリトはリビングに飾ってある時計を見る。時刻は既に19時を回っており、夕食の時間である。だが心配そうに外を眺めるララも含め、その場に居る誰も食事を始めようとはしない。……未だ帰って来ない真白とヤミを待つ為に。
「シア姉様達は……まだの様ですね」
「連絡も無いのか?」
「あぁ。何時もなら遅れるとか来るんだけど、何にも。……俺、探しに行ってみるよ」
「あ、なら私も行く!」
静寂が支配するリビングの扉が開き、入って来たのはナナとモモであった。彼女達も帰って来ない2人を心配しており、やがてリトが椅子から立ち上がって玄関に向けて歩き始める。彼の言葉にララも立ち上がり、2人は揃って結城家から外へと出て行った。残されたのは椅子に座るセリーヌと美柑。そしてナナとモモの2人だけである。
「何か、あったのか?」
「地球で起きうる事故なら、シア姉様もヤミさんもそう危険な目には合わない筈。だとすれば……」
不安そうに呟いたナナの言葉に考え始めたモモ。2人の姿を見た後、美柑は自分達の料理にラップを掛けて窓の外を見る。雨は降っていないが、雲の多い暗い空。夜以外にも何処か不安にさせるその暗さを見つめ、美柑は胸元を強く握った。
「早く帰って来ないと……美味しく無くなっちゃうよ、真白さん。ヤミさん」
昨日の暗さなど無かったかの様な快晴となった翌日、彩南高校へ登校したリト達の表情は暗かった。結局真白とヤミの姿を見つける事は出来なかったのだ。リトが真白の家に行っても留守であり、連絡も何も無い現状に不安は募るばかりである。
「え! 真白とヤミヤミが居なくなった!?」
「どう言う事!?」
明らかに元気の無いララの姿に声を掛けた里紗と未央は、話を聞いて驚きながら言葉を繰り返す。一緒に話を聞いていた春菜も口元に手を当てて驚いた後に連絡が無いかを質問し、少し離れた場所で日直故に黒板の文字を消していた唯もその手を止める。リトも同じ様に猿山に心配されており、説明を聞いた彼はリトの背中を叩きながら「すぐに見つかるって!」と励ました。
結局その日、真白とヤミが学校に来る事は無かった。教員の数人が無断欠席に憤りを感じる中、普段から欠席などしない2人の事を知っている者達は心配せずにはいられない。
放課後を迎えた時、リトは美柑に電話を掛けていた。内容は真っ直ぐに帰らず、2人を探してから帰ると言うもの。電話をしまってすぐにでも教室を出ようとした時、彼の背中を掴んで止める者が現れる。振り返った時、そこに居たのは真剣な表情の猿山であった。
「俺達も2人を探すぜ!」
「友達だもんね!」
「私達で探せば、すぐに見つかるって!」
彼と彼の背後には里紗や未央を始め、お静・春菜・唯と言った面々が立って居り、全員は一応に手伝う事を告げる。気付けば1年生の方からナナやモモも来ており、ララが嬉しそうな表情を浮かべる中でリトは胸に熱いものを感じずにはいられなかった。
「皆……ありがとう!」
彼の言葉に少しだけ笑顔を浮かべた面々は、すぐに真剣な表情に切り替えると一斉に教室を出て彩南町へ繰り出す。近所迷惑にならない範囲でヤミと真白の名前を呼び続け、ある時は公園の遊具の中を。ある時は路地裏を。ある時は居ないであろうゴミ箱の中まで探して回る。中々2人の姿を見つける事は出来ず、時折合流しては確認を取り合って互いに別の場所へ。気付けば服も汚れ、空も暗くなり始めた頃。公園に全員は集まった。
「駄目ね、何処にも居ないわ」
「2人とも、何処に行っちゃったのかな?」
「真白さん達が居ないと私、私! 『寂しくて死んじゃいます~!』」
大人数で探しても見つけられない事実に暗くなってしまう全員の思い。やがてリトは顔を上げて全員に声を掛ける。彼が告げようとしたのは弱音であり、それを覚った様に春菜が前に出て口を開いた。
「今日は駄目でも、明日は見つけられるかも知れない。諦めちゃ駄目だよ!」
「そうよ、結城。もしあんたが諦めても、私達は諦めないからね!」
「お前、家族なんだろ? だったら絶対に諦めるなよ!」
「西連寺……皆……あぁ! 絶対に2人を見つける。力を貸してくれ!」
真白とヤミが姿を消してから5日。時にはどうしても外せない用事故に探せない日もあったが、それでも彼らは毎日の様に2人を探し続けた。だが2人を見つける事は出来ず、休日となったこの日。リト達が探しに行く中で美柑も探しに行く為に結城家から外へ足を進めた。探す事を諦めず、2人は必ず帰って来る。そう信じて数日、気付けば奮い立たせようとする心も弱っているのが目に見えて分かった美柑。元気の無いリトやララ達を見たく無い。また真白と一緒に料理を作りたい。ヤミと並んで同じ時間を過ごしたい。願いを胸に街の中に入った時、美柑は遥か遠くに金色の髪を見つける。見慣れた黒いコスプレの様な服。後姿だが、何かを片腕に抱き締めるその少女は探し人に酷似していた。そしてその少女が曲がり角を曲がって消えた時、美柑は思わず無我夢中で走り出していた。
「! ヤミさん!」
名前を呼びながら道を歩く人を躱して進む。やがて横断歩道となっていた場所を超えた時、真横から迫る車が美柑の視界には映った。もう気付いても遅く、自分ではどうにもならない。思わず目を瞑った時、一瞬の浮遊感を感じた美柑。来るであろう衝撃は来ず、ゆっくりと目を開いた時。その視界に映ったのは鯛焼きを食べるヤミの姿であった。
「平気ですか、美柑」
「ぁ……あぁ……ヤミ、さん……ヤミさん!」
鯛焼きが好きな彼女の何時も通りな姿に思わず溢れる涙を止められずにその身体に抱き着いた美柑。ヤミは少し驚いた様子で手に持つ袋と鯛焼きを持ったまま、美柑の抱擁を受け入れた。彼女は強くヤミの服を握り締める。
「何処行ってたの! 何日も何日も帰って来ないで! ずっと、ずっと心配したんだよ!」
「……すいません。少しだけ地球を離れていたので」
「ぐすっ……地球を? そう言えば真白さんは何処に行ったの? 一緒じゃ無いの?」
「真白は今、安全な場所に居ます。私が居ない間、危険が及ばない様に」
美柑の質問にそう答えたヤミ。気付けば周りの人々に見つめられており、美柑がそれに気付いて少しだけ顔を赤くしたのを見たヤミは「場所を変えましょう」と言って歩き始める。美柑は急いで携帯を取り出し、リトにヤミを見つけた事を知らせてヤミの後を追い掛けるのであった。
「只今戻りました」
「帰ったのね。あら?」
ヤミが向かった先は御門の家である洋館であった。美柑は過去に真白が消えかけた件で訪れた事があり、御門と面識もある。だがそれ程親しい訳では無い為、ヤミの来訪を迎えた彼女に美柑はお辞儀をして返した。
「真白は居ますか?」
「えぇ、今はお静も居ないからキッチンに居るわ。まったく、あの子達に気付かれない様にするのは大変なのよ?」
「『シンシア・アンジュ・エンジェイド』を消した貴女なら難しい事では無い筈ですが?」
「はぁ~。取りあえず、帰って来たって事はあの子達に知らせても良いのね?」
「はい。準備は出来ていますので」
美柑を置いて話をする2人。何が何だか分からず、再び歩きだしたヤミに着いて行った美柑はとある部屋に入る。瞬間、香る美味しそうな匂いが美柑の鼻をくすぐった。
「……お帰り」
「ただいまです」
「真白さん!」
ダイニングキッチンでフライパンとお玉を手に2人を迎えた真白。ヤミは微かに微笑んで答える中、美柑はヤミを見つけた時同様に無意識に駆け出して彼女の傍へ駆け寄った。恥ずかしさなど捨て、その身体に抱き着いた美柑。真白は両手に物を持っていた為、一度火を止めてそれを置いた後に美柑を受け止めた。
「感動の再会って感じだけど、どうやらそれだけでは終わらなそうよ」
「?」
「ヤミ! 真白!」
美柑を受け止めてその頭を撫でていた真白は、2人の後に入って来た御門の言葉に首を傾げる。だがすぐに彼女の言葉の意味を理解する事となった。彼女の後に入って来たリト・ララ・ナナ・モモの4人の姿を見たからである。当然乍ら数日間姿を消した理由やお説教が待っていると思った真白は少しだけ視線を何も無い方へ向けて現実逃避するのであった。
「修業?」
「簡単に言えばそうですね」
御門の家は広く、用意されているテーブルも大人数で囲む事が出来るサイズの物である。久しぶりに真白の手料理を食べ乍ら今まで何処に居たのかを聞いたリトは、その答えに思わず聞き返した。ヤミは数日の間、地球を離れて危険な宇宙生物が生きる星を訪れていたとの事。そしてその目的を一言で纏めれば、修業であると。
「何か理由があるんですよね?」
「はい。しかし今それを教える訳には行きません。情報が漏れる可能性もあるので」
「あたしたちが漏らすってのか?」
「いいえ。ですが例えここに居る誰かが口を開かなくても、相手に情報が渡る可能性があると言う事です」
「???」
モモの質問に頷きながらも詳細を伝えないヤミの物言いを受け、思わずムッとして聞き返したナナ。だが首を横に振りながら告げたヤミの言葉に今度は頭の上に『?』を浮かべる事となった。ヤミは芽亜の能力について、ある程度理解していた。それは相手を操るだけで無く、相手の精神に干渉する事が出来るものであると。知ってしまえば芽亜には情報を引き出す手段がある、と。彩南高校に居る事は間違い無く、ヤミはナナに出来た学校の友達が芽亜であると言う事実を既に知っていた。故に彼女の本性を教えれば、知った者達が危険な目に遭う可能性があると判断したのだ。
「真白はずっと御門先生の家に居たの?」
「ん……」
「盲点だったって言うか、一応御門先生には協力して貰ってた筈なんだけどな」
「嘘をつくのは正直心苦しかったわ。だけど内容が内容だから、教える訳には行かなかったのよ」
「話の流れからすると真白さんとヤミさんを狙う誰かが居て、ヤミさんはその人に勝つ為に修業して来たって事?」
「正確には『対抗する手段』ですが、その通りです」
ララの質問に頷いた真白の姿を見て、頭に手を当て乍ら呟いたリト。御門がそんな彼に伝えれば、美柑が今まで聞いた内容を簡潔に纏める。そこでモモは首を傾げた。
「理由は分かりました。ヤミさんが帰還して私達と出会い、シア姉様とも再会できた。それは即ち御2人とも戻って来ると解釈してよろしいのでしょうか?」
「はい、そのつもりです」
「……心配……掛けた」
「まったくだぜ! ま、シア姉が無事で良かったけどな!」
2人が戻って来ると言う事実に笑顔を浮かべる各々。八重歯を見せて笑うナナの言葉を最後に話は他愛の無いものとなり、久方ぶりの笑顔が溢れる食事の時間を過ごしたリト達。連絡出来る相手には2人が無事に戻って来た事を伝え、真白とヤミは自宅に。リト達は結城家へ帰る為に御門の洋館から外に出る。ララが笑顔で真白に話しかけ、美柑がヤミと話をする中、モモは足を止めて御門へ振り返った。
「1つ、質問してよろしいでしょうか?」
「? 何かしら?」
「今回、シア姉様を匿って誰にもばれない様に情報を遮断。シア姉様を狙う相手からも隠しました。それはきっと簡単に出来る事ではありません」
「……」
「昔、お父様はエンジェイドとの戦いを終えた後にシア姉様を迎え様としました。ですがシア姉様は逃亡。その後消息不明となりました。お父様は必死に探し続けたと聞きます。一時はそれらしい情報もあったそうです。ですが、ある日を境にぱったりと情報が途絶えてしまったそうです。そしてそれ以降、どれだけ探してもシア姉様の情報は手に入らなかった。『デビルークの力を持ってしても』、まるでその存在が『消えたかの様に』」
「…………はぁ。貴女の考えている通り、シンシア・アンジュ・エンジェイドは私が『消したわ』。この世界、全宇宙から一片も残さず」
モモの言葉を聞いて長い間の後、溜息を吐いて答えた御門。その言葉にモモは目を瞑って考える。元々父親であるギド・ルシオン・デビルークが銀河統一をしようとした事から始まり、交流のあったエンジェイドと対峙する事となった。だがお互いにお互いが消えた時、その子供を託す約束を交わしていた2人。ギドが勝利を収め、真白に送った迎えが逃がしてしまった事で迎える事が出来なかった。……モモはその経緯を思い出す度、思うのだ。もしも真白が逃げていなければ。真白が見つかっていれば。自分はララと同じ、彼女の妹として生きていた筈であると。
「貴女は私に怒りを感じるかしら? それとも軽蔑するかしら?」
「いいえ、何方でもありません。…………ありがとうございます」
「!」
「それがシア姉様を助ける為だった事ぐらい、分かります。今こうして一緒に居られるのは、そのお蔭なのかも知れません。ですから私が感じるのは怒りでも、軽蔑でも無く、感謝です」
「……そう。貴女も彼女と同じ事を言うのね」
御門はモモの言葉に驚いた後、少し遠くなったヤミの背中を見つめる。真白と再会してしばらくが経った時、ヤミはモモと同じ様に真白が真白である前の名前を失った経緯に気付いた。彼女は必死にシンシアを探し続けていた訳であり、真白として生きる彼女と再会できたのは奇跡の様なもの。真白がその名前を捨てると共にその経歴も捨てた意味を知り、それに手を貸した御門に告げたのは……感謝の言葉であった。
「そろそろ行きなさい。今度は見失わない様に、ね」
「えぇ、そうします。……また明日、学校で」
お辞儀をした後に背を向けて走り出したモモの姿を眺め、御門はやがて洋館の中へ戻る。そしてモモが全員と合流する中、彼女達の姿を。見失った真白とヤミの姿を見つめる視線があった。
『ようやく姿を見せたか』
「まさか逃げちゃったかと思ったけど、良かった! ヤミお姉ちゃんはそんな弱く無いもんね!」
『そろそろ客人を迎える時間だ』
「ふふ、楽しくなりそうだね。ヤミお姉ちゃん、真白先輩♪」
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記