第76話 騒がしくも平和な1日
平日の朝、自宅で目を覚ました真白は時計で時間を確認して布団から外へ出る。隣ではヤミがすやすやと寝息を立ててまだ眠っており、彼女を起こさない様に気を付け乍ら立ち上がった真白は洗面所で顔を洗い始めた。寝癖のある所々が少し跳ねた薄い銀色の髪は手櫛で軽く解かすだけで元に戻り、服装は寝間着から制服へ着替える。その間にヤミも起床し、真白に声を掛けて洗面所へ。顔を洗って普段通りの無表情になった彼女だが、その髪は寝起きの真白同様に寝癖が残っていた。
「……おいで」
「お願いします」
櫛を手に手招きする真白に驚く様子も無く当然の様に近づいたヤミは、真白に背を向けて座り込んだ。綺麗な金色の長い髪を優しく片手で掬い上げ、上からゆっくりと櫛を通して解かしていけば微かにヤミの目元が細くなる。何度か繰り返してサラサラに戻したところで真白が櫛を置けば、一言お礼を言ってヤミは真白に貰った寝間着から何時も着ている
結城家へ到着すれば、既に起床して着替えを済ませ終えた美柑が笑顔で出迎える。リビングにはソファで眠るセリーヌの姿があり、ヤミはリビングにあるテーブルの下に入れられた椅子を引いて座る。そして真白と美柑は朝食の準備を始めた。何を作るのか話し合い、息を合わせて調理を始める2人。やがてリビングに寝起きであろうリトが欠伸をし乍ら入ってくれば、ヤミとキッチンに立つ2人に「おはよう」と声を掛けて冷蔵庫を開けた。そしてヤミの座る椅子では無く、テレビの見えるセリーヌが眠るソファとは別のソファに座り込んだところで次に姿を見せたのはララであった。
「おはよー!」
「おはよう、ララさん」
「……おはよう」
「おはようございます、
「あぁ、おはよう」
「えへへ!」
「? 何だよ?」
「ううん。何時も通りだけど、こうして皆と話せるのが嬉しかったから! あ、お風呂入って来るね!」
ララの挨拶に全員が返せば、楽しそうに笑う彼女にリトが質問する。普段通りである1日の始まりを心から喜べるのは彼女が純粋故だろう。リトもララの言葉を受けて以前は美柑と真白、自分の3人だけで朝を過ごしていた事を思い出す。気付けば人数が増えて賑やかになったが、不思議と嫌な気持ちは欠片も感じなかった。そしてララが答えた後に再びリビングから出れば、リトもソファから立ち上がって庭へ。置いてあった如雨露を手に花達へ水やりを始めた。
「おはようございます、皆さん」
「ふぁ~、おはよう」
「おはよう、モモさん。ナナさん。今日は一緒に食べる?」
「ご迷惑で無ければお願いします。昨日、買い出しに行かなかったもので……」
「冷蔵庫、空なんだよなぁ」
「……待ってて」
リトが庭に出たところで起きて来たのはモモとナナであった。お玉を手に質問する美柑の言葉に申し訳なさそうな表情で答えたモモ。ナナが続ける様に両手を頭の後ろに組んで答えれば、フライパンを手に真白がヤミの座るテーブル周辺に視線を流しながら告げた。以前は5席しか用意して居なかった椅子も今では8席に増え、各々が何となく決めた席へと座る。徐々に香り始める美味しそうな匂いにワクワクした様子のナナと、作る姿を眺め続けるヤミ。途中でセリーヌも起床し、モモの膝の上へ移動して朝食の完成を待ち侘びた。
「ふぅ~、さっぱりした! あ、2人ともおはよう!」
「おはようございます、姉様」
「おはよう! 姉上!」
「水やり終わり……って、ララ! 裸でうろつくなって何度も言ってるだろ!」
朝風呂から上がったララがタオル1枚纏っただけの姿で現れ、普段通り故に挨拶を交わすモモとナナ。そしてこれまた普段通りに水やりを終えたリトがララの姿を見て顔を真っ赤にし乍ら注意した。何度も言われている事ではあるが、ララ曰く『朝はペケがまだ充電中故に着替えられない』との事であった。これから学校故に制服はあるものの、それは異空間にある自分の部屋。浴室に隣接する洗面所まで持って来る事は基本忘れている様で、赤くなるリトにララは「はぁーい!」と答えて自分の部屋へ向かった。
「ふぅ。朝から結構な量だね。ま、良いんだけどさ」
「……」
嘗て3人分作っていた時に比べ、今では作る量が倍以上の8人分。当然負担も倍以上になるが、額を拭う美柑の表情は言葉とは裏腹に優しかった。フライパンに出来上がった複数の目玉焼きを皿へ移す真白は無表情のまま特に何も答える事は無いが、それでも美柑には微笑んでいる様に映る。そしてキッチンから離れてパンを焼く為にトースターへ向かえば、そこには既に6枚目のパンを入れるヤミの姿があった。
「これぐらいなら私でも出来ます」
「あはは……ありがとう、ヤミさん」
「ナナは牛乳で良いかしら?」
「おい、何処見て言ったモモ! あたしは何でも良い」
「あら? じゃあピーマンたっぷりの野菜ジュースでも」
「嫌がらせか! 牛乳でお願いします!」
料理は出来なくとも他の事で手伝う事は出来る。ヤミやモモが飲み物やパンなどを準備して皿等を食器棚から出せば、美柑がそこに盛り付けを始める。キッチンで盛り付けたものは真白が両手で2枚ずつ運び、2回往復する事で8人分の料理が用意された。制服に着替えたララが戻り、手を洗い終えたリトが戻り、全員が食卓に集まる。そしてリトが静かに手を合わせれば、倣う様に他の者達も手を合わせた。
「それじゃあ、頂きます」
≪頂きます!≫
「まうまぅ!」
リトの言葉に数人が大きな声で告げ、真白とヤミはお辞儀をする様にして同じ様な行為をする。そしてその後は先程よりも騒がしい朝食が結城家で続くのであった。
「おはよう!」
彩南高校へ到着すれば、彼方此方から挨拶の声が聞こえて来る。ララが先頭になって、その後ろに横並びで歩く真白とヤミ。その背後にはリトが歩いており、肩が触れ合う距離で歩く真白とヤミの近さに何とも言えない表情を浮かべていた。まだ暑さの残る季節故、間違い無くあの距離では大変だと思ったからである。
「ララちぃ! 真白! 結城にヤミちゃん! おはよー!」
「今日も可愛いね、結城以外!」
「あ! 里紗、未央! おはよう!」
「……おはよう」
他の生徒達が挨拶して行く中、真白達にもその声が掛かる。相手は里紗と未央であり、2人にララと真白が返せばヤミは会釈で答えた。リトも挨拶を返そうとして、2人の背後に立つ春菜の姿に固まる。
「おはよう、ララさん。真白さん。ヤミちゃんに……結城君」
「お、おお、おはよう! 西連寺!」
挨拶をする春菜に緊張した面持ちで答えるリト。1年生の頃に比べればララ経由等で大分仲良くなったと言っても良い彼だが、それでも初心なのは変わらない。優しく微笑む春菜の姿に心の中で癒されながら、ララと並ぶ彼女の姿を学校に着くまで後ろから見つめ続けるのだった。
教室に入れば集まっていた全員は一時解散。ヤミも離れ、真白は自分の席に座って荷物の整理をする。するとそんな彼女の前に現れたのは唯であった。
「おはよう、真白。朝から悪いんだけど少し手伝ってくれないかしら?」
「? ……分かった」
挨拶と同時に告げられた言葉に首を傾げながらも、内容を聞く前に了承して席を立った真白。唯が自分に変な頼みをしないと信用している故に出来る事である。彼女の頼みとはプリントの束を職員室から教室へ持って行く事であり、朝のHRで使うと説明を受けた後に2人で半分ずつ運び始めた。
「うっひょ~!」
「! きゃあぁぁぁ!」
「沙姫様!?」
「沙姫様に、近づくな!」
階段を上っていた途中、突然聞こえて来た悲鳴に驚いた真白と唯。顔を上げれば階段の上で沙姫に飛び掛ろうとする校長の姿があり、綾が驚く中で逸早く反応した凛が何処からともなく取り出した竹刀で校長を撃退する光景があった。突き出す様にして放たれた竹刀は校長の顔面に直撃し、サングラスを壊すと共にその身体は階段を転がり落ちる。突然の事で驚いた唯は逃げる事が出来ず、真白が急いで前に出ると落ちて来た校長を足で横に蹴って直撃を免れる。両手が使えない以上、仕方の無い事であった。……その蹴りに一片の容赦が無いのもまた、仕方の無い事である。
「……平気?」
「え、えぇ。ありがとう」
「三夢音 真白…………。巻き込んでしまって済まなかった。沙姫様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわよ、助かりましたわ」
唯の無事を確認した真白の姿に気付いた凛は階段の上からその姿を見つめて暫く黙り続けた。が、やがて謝罪をすると共に階段の向こうへ消える。そして聞こえて来る沙姫との会話。階段の途中にある壁に顔面から減り込む校長をそのままに、真白と唯は自分達の教室へ改めて向かうのだった。
時間は過ぎて昼休み。真白は一緒にお昼を食べようと誘って来たお静と共に保健室へ訪れる。現在誰も診ていない御門は椅子に座って教員としての仕事を行っており、扉が開かれた事で真白とお静へ視線を向ける。少しだけ目を細めながら来た理由を考える御門だが、すぐに2人が持つ風呂敷包みを見て納得した。
「ここは怪我人が来るところよ」
「偶には良いじゃないですか! 一緒に食べましょう!」
「1週間に1回は家で食べてると思うのだけど?」
「……違う」
保健室で昼食を取ろうとする2人を注意する様に言うが、お静は笑顔で入り始める。真白もその後を着いて行き、御門は日曜日にヤミも含めて4人で食べている為に反論するも、真白が首を横に振って答えれば溜息をついて断る事を諦めた。何となく、幾ら戻る様に言っても無駄だと察したのだ。
「さぁさぁ、ご飯にしましょう! 真白さんとおかずの交換もしましょう!」
「それが目的なのね」
「……分かった」
椅子を用意して風呂敷を膝の上で広げたお静はお弁当の蓋を開けると、その蓋を逆さにしてお皿の様に用意する。御門とお静の昼食は基本的に一緒であり、作っているのはお静本人。現在3人しか居ない為、交換相手は真白のみ故に真白を見ながら目を輝かせるお静。御門が少し呆れながらも微笑する横で、真白は風呂敷を広げた。
「そう言えば、お姫様の妹ちゃん達がここに入るみたいよ」
「モモさんとナナさんがですか!?」
「……どうやって……ぁ」
「えぇ。校長なら気にせずに許可するわ。お姫様みたいに、ね」
昼食の途中、御門から伝えられた情報に吃驚した様子のお静と無表情のままであった真白。2人は宇宙人故、簡単に学校へ入学する事等出来る筈が無い。が、真白はすぐに理解してしまう。ララが入学する際も状況は同じだった。だが簡単に入学出来たのは、彩南高校の校長が『可愛いからOK!』と簡単に許可を出したからである。
「1年生に入るみたいね。1月前に転入生が入ったばかりだから、流石に変に思われるかも知れないけど……家庭の事情、で何とかなるでしょう」
「御2人が学校に……もっと学校が楽しくなりそうですね!」
「…………」
「?」
「真白さん? 真白さん!」
「!」
「大丈夫ですか?」
「……平気」
御門の言葉に両手を握って笑顔で真白に話すお静。だが真白は会話を聞いて何かを考える様にその手を止めていた。御門がその姿に不思議に思うが、お静が何度か話し掛けた事で我に返った様にお静と目を合わせた真白。心配する彼女へ普段通りに言葉を返して食べるのを再開した真白だが、彼女の頭の中には嘗て言われた言葉が何度も反響を繰り返していた。
『私も入学すれば、一緒に居られるでしょうか?』
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記