その日、待ち合わせをしていた真白は彩南町にある小さな公園に1人で訪れていた。現在ヤミは御門の元に居る為、珍しく1人な真白。公園には既に待ち合わせの相手であるルンが立っており、真白の姿に気付くと同時に大きく手を振ってその名前を呼ぶ。
「おはよう! 真白ちゃん!」
「ん……おはよう」
公園には2人以外誰の姿も無く、真白が近づいて来るとルンは嬉しそうにその傍へ駆け寄った。殆ど無いと言っても過言では無い距離で笑顔を見せるルンはこの日、アイドルの仕事が無いオフなのだろう。真白が公園に訪れたのは彼女に来て欲しいと頼まれたからである。
「実はね、真白ちゃんに紹介したい人がいるの」
「?」
「友達と昨日、楽屋で
ルンの友達。楽屋と言う言葉から間違い無くその相手も芸能人なのだろう。既に好意を隠すこと無く曝け出しているルンの言葉に真白はしばらく黙った後に頷いて了承した。少しだけ心配そうにしていたルンはその表情に笑顔を再び見せて「ありがとう!」と喜びながら真白に抱き着く。すると、そんな2人の姿を見て声が掛かる。
「へぇ、本当にルンはその子が大好きなんだね」
「あ、キョーコ!」
突然の声に振り返った真白と、声を掛けた相手が知り合いだった故にその名前を呼ぶルン。2人の視線の先に居たのは黒いショートカットの少女だった。そして真白は何度かその姿を画面越しに見た事がある事に気付く。遥か前、ナナとモモが初めて地球に来た際にデータとして使った存在であり、ララが大好きなテレビ番組。【爆熱少女マジカルキョーコ
「初めまして、
「ん……」
恭子の自己紹介を聞いた後、質問に頷いて肯定した真白。実はルン、恭子と共に同じ番組やユニットを組む事があった為に自然と仲良くなったのである。テレビ番組は知らないものの、ルンから直接CDを受け取る事が多い真白は2人で歌う曲を数曲知っていた。
ルンは真白の片腕に抱き着いたままであり、恭子は興味深そうに真白とルンの周囲を回りながら眺め始める。思わず首を傾げる真白の姿を前に、やがて立ち止まると同時に恭子は笑顔になった。
「生真白ちゃん、だね」
「……生?」
「写真とか真白ちゃんの話をルンから沢山聞いてるから、一度実際に見て見たくなっちゃって」
恭子の言葉にルンは少しだけ照れた様な姿を見せる。どうやら真白の知らぬ内にルンを経由して恭子に様々な情報が送られている様である。会うだけならば終わりだが、ルンが説明した様にこの日はルンも恭子も仕事の無いオフの日。ルンは中々一緒になれない故か、真白をすぐに帰す気は無い様子であった。
「もし時間があるなら、3人で歩かない? キョーコも色々話してみたいでしょ?」
「そうだね。真白ちゃんは時間ある?」
「ん……平気」
ルンの提案に恭子が確認を取れば、頷きながら答えた真白。公園を後にした後、3人は商店街を並んで歩く事にした。2人は芸能人で売れっ子のアイドル。気付かれれば騒ぎになる可能性すらあるが、一切変装する様子は無かった。恭子曰く、「堂々としていれば簡単にばれない」との事である。
「あ、そうそう。真白ちゃんも宇宙人なんでしょ?」
「……ルン」
「平気だよ、真白ちゃん。キョーコもそうだから」
「正確にはフレイム星人と地球人のハーフなんだけどね? ほら」
恭子はそう言って指先に小さな炎を出現させる。人目のある場所故に見つかれば問題になるが、証明する為に付けた火はすぐに消滅する。彼女が出演する【爆熱少女マジカルキョーコ 炎】は『どんな事件も燃やして解決』と言うそこそこ危険なキャッチコピーの番組だ。内容はキャッチコピーの通り、主人公が炎を使って問題を解決するものである。当然普通にテレビを見ている者達は演出で見せていると考えるが、どうやら恭子本人が自らの力で本当に燃やしている様である。
「うーん。ルンの話通りだね。中々驚いてくれない」
何も無い所から火を見せれば、普通は驚くものだろう。だが真白は特に表情を変える事無くその光景を目撃するだけだった。出会って以降、まったく無表情のまま変わらない真白の姿に少しだけ違う表情を見て見たいと思った恭子。何か良い案は無いかと考え始めた時、男性の声が耳に入る。
「うっひょ~! キョーコちゃんに
「!?」
「げっ!」
「何時かの変態!?」
それは彩南高校の校長であり、彼は3人の並ぶ姿に鼻息を荒くする。彼の変態性を知る真白とルンは当然嫌な予感しか感じず、過去に彼と出くわした事がある様子の恭子も驚いて後退る。校長は徐に着ていた服に手を掛けると、瞬きよりも早くパンツを残して町の中で裸になる。
「わしの身体にサインしてー!」
「逃げるよ! 真白ちゃん! キョーコ!」
「うん!」
「……」
悍ましい校長の行動に真白の手を引いて走り出したルン。恭子もほぼ同時に走り出しており、真白もルンに引っ張られながら走り始める。当然追い掛けて来る校長の姿が背後にはあり、ルンは真白の手を掴みながら手持ちの荷物を探り始めた。少しでも撒く為に曲がり角に入った3人。そこで真白は急に立ち止まると、背後へ振り返った。手を掴んでいたルンは驚きながら困惑し、恭子は何をするつもりか分からず真白の名前を呼ぶ。
「逃げても無駄ですよぉ~、ぐぶはぁ!」
追い掛けて来ていた校長の姿が現れた瞬間、その顔面に容赦なく真白の蹴りが叩きこまれる。少しだけ狭い道だった故に置いてあった自転車等を引きながら2,3度跳ねた後に地面に伏せた校長。危険人物は無事に撃退された為、安心した2人は溜息をついた。
「あ、あった。もう、何で必要な時に見つからないの!」
「? ルン、それは?」
「銀河通販の痴漢撃退爆弾。こういう時の為に持ってたのに、全然見つからないんだもん!」
ルンが手に持った球体を見ながら憤りを感じる姿に苦笑いを浮かべながら、校長を撃退した真白にお礼を言おうとした恭子。だが気付いてしまう。先程まで伏せていた校長の姿がそこに無い事に。
「! 真白ちゃん!」
「油断大敵ですぞぉ!」
「!?」
恭子の声と同時に校長が真白の背後で飛び上がっていた。その軌道の先には真白がおり、恭子は咄嗟に真白を押し倒して校長を回避する。3人が立っていた中央に校長が顔面から激突し、ルンが驚きの余り持っていた球体を落とした。途端、爆発音と共に周辺が煙に包まれる。
「っ……大丈夫? 真白ちゃ……ん……!?」
「……」
徐々に煙が晴れる中、恭子が真白の無事を確認する為に身体を起こしながらその姿を見る。そして何の服も纏わない真白の姿に思わず固まった。
「これ、着衣消滅ガス弾だった!」
聞こえて来るルンの声に何でそんな物を持っているのかと問い詰めたくなる恭子。だがそれ以上に問題なこの状況に上手く頭が回らなかった。顔の左右に手を突いて至近距離で見つめ合う事数秒。吸い込まれそうな赤い瞳を前に顔を赤くしながら恭子は真白の上から退いた。
「ご、ごめんね真白ちゃん!」
「……ありがとう」
「え? あ、う、うん。ど、どう致しまして……」
謝る恭子にお礼を言った真白。一瞬訳が分からなかった恭子だが、自分達がどうしてあの体勢になってしまったのかを思い出す中で校長から助ける為に取った結果である事を思い出す。真白のお礼は助けてくれた恭子への真っ当のものであった。
「おぉ! 正にヘブン! 裸の美少女に囲まれて!」
「! ひっ!」
聞こえて来た校長の声に振り返った恭子。そこには自分達と同じ様に最後の1枚すら纏わず立つ校長の姿があった。嬉しそうに両手を上げて空を見上げるサングラスの変態。見えてしまった醜いものと自分達が裸である事に恭子の恐怖は頂点に達する。もし見上げた視線が下がれば、自分や真白の裸が見られてしまう。嫌なものを見た上にそれは絶対に嫌だった。例え目の前の変態を殺してでも、阻止する案件だった。
「いやあぁぁぁぁ!」
「ぬわぁぁぁぁぁ!」
持てる力全てを使って炎を両手から校長に向けて放った恭子。火炎放射器でも出せない威力の炎に悲鳴を上げ乍ら焼かれ続けた校長はやがて丸焦げになって地面に再び伏せた。決して死んではいないが、気絶した校長。高火力で焼かれたにも関わらず命がある彼はある意味地球人最強かもしれない。
「ふぅ、ふぅ……もう、大丈夫かな?」
肩で息をしながら丸焦げになった校長を確認する恭子。既に伏している為、醜いものも見える事は無い。安心した様に突き出していた手を下げた時、校長を挟んで反対側にいたルンが駆け寄った。変態は今度こそ撃退出来たが、3人は現在全裸のままである。
「どうしよう。とにかく服を手に入れないと」
「……家……近い」
「真白ちゃんの家?」
「真白ちゃんの家……行って良いの!?」
「ん……飛べる?」
「うん。大丈夫」
町の中を裸で歩く訳にはいかない。服を買うにも全員が全裸ではそれも出来ない。そこで真白が提案したのは自分の家に行く事であった。幸い今の場所から距離は余り無い様であり、人目に付かない様に高い位置を飛んで行けば何とか到着出来るだろう。恭子が確認する中、ルンは真白の家に行ける事でテンションを上げる。ハーフだと説明していた恭子に飛行出来るかを質問した後、真白の先導の元に2人は裸で空を飛ぶ事となった。
「御免ね、服借りちゃって。今度ちゃんと返すから」
「……平気」
「真白ちゃんの服……」
無事に真白の家に到着した3人は急いで着替えを行った。あるのは真白かヤミの服故に前者の服を借りる事になった2人だが、真白に比べると身長もスタイルも大きい2人には少々小さかった。それでも肌を隠すことは出来る為、外に出る事は出来るだろう。恭子が申し訳なさそうにする姿を見て首を横に振って答える真白。その横では真白の服を着たルンが少し興奮気味な様子だった。
「ルン、真白ちゃん。今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう。色々大変な事もあったけど、楽しかったよ」
「キョーコ……私も楽しかったよ」
「……ん」
「またオフの日が重なったら3人で遊ぼうよ!」
恭子のお礼を聞いてルンが笑顔で答えれば、真白も頷いて同意を示す。そしてルンの言葉にもう1度同意を示す様に真白が頷けば、恭子は少し驚いた後に笑みを浮かべた。恭子はルンが真白の事を好きだと知っている。ルンが何度も話す真白と言う存在に1度会ってみたいと思った恭子だが、ルンや真白の仕草を見て嬉しく思うと同時に理解する。自分はこの日、新しい友達を作ったのだと。
既に空は茜色になり始め、恭子とルンは帰宅する為に外へ出る。小さなアパートの1室であった真白の家。ルンはこの日、家の場所を頭の中のメモに焼き付ける。そして見送る真白の姿に恭子は振り返った。
「それじゃあ、またね。
「ん……また」
「またね! 真白ちゃん!」
去り際の会話にお互い返事をして、真白は2人が見えなくなるまで見送り続けた。
夕日を眺めながら共に並んで歩く恭子とルン。やがてルンが少しだけ楽しそうに口を開いた。
「どうだった、真白ちゃんは?」
「うん。表情が変わらないから考えてる事は分からないけど、優しい子なのは分かったよ。後、恥ずかしい事に関して無頓着って感じだった。それも表情に出て無いだけなのか分からないけど……唯ルンが好きになった理由は少しだけ、分かる気がする」
「……そっか」
ルンの質問に真白へ感じた事を説明する恭子。何処か優しい表情にルンが同じ様に夕日へ視線を向けた時、恭子は言葉を続けた。
「応援するよ、ルンの恋。女の子同士だけど……ルンが本気なの、私は知ってるから」
「キョーコ……うん。ありがとう!」
告げられた言葉にルンは驚いた後、笑顔でお礼を言う。その後2人は帰路が別れるまで、今日あった出来事を思い出し合うのだった。
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記