【完結】ToLOVEる  ~守護天使~   作:ウルハーツ

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第24話 偽りを捨てて

 既に彩南高校は春休みに入った中、御門の家の1室では窓から入り込む日差しを足元に受け乍らボーっとしている真白の姿があった。病気の患者が着る様な白い服を身に纏い、窓の向こうに見える木の枝に乗る2匹の雀の姿を見ながら無表情のまま時を過ごし続ける真白。やがてその部屋の扉が開かれた時、ゆっくりとその扉へ視線は向ける。

 

「気分はどうかしら?」

 

「……」

 

 入って来たのは御門であり、放たれた質問に真白は何の仕草もせずに視線を布団の上。自分に掛かる掛け布団へと向ける。

 

 医師である御門は聞かずとも真白の体調が戻りつつあることを分かっている。が、その心まで理解出来る訳では無い。身体は良くなって行こうとも、それを動かす本人の意思が弱っているのであれば御門は治っていると認めなかった。しかし春休みも前半を終え始めており、時間はそんなに残っていない。故に御門は溜息を吐くと、普段ならば数度話をして去って行くにも関わらず椅子を取り出して真白のベッドの横に座り込んだ。

 

「これから、どうするつもり?」

 

「……」

 

「別にここに居ても良いけど、何時までもこうして居られないのは貴女が一番良く分かる筈よ」

 

「……」

 

「いい加減、『逃げる』のは止めなさい」

 

 御門の質問にも、その後に続けた言葉にも反応を示さない真白の姿に御門は2度目の溜息を吐くと立ち上がる。そしてその扉に手を掛けて開いた時、弱弱しくも小さな声がその行動を止めた。

 

「……待っ……て」

 

 真白が御門の家に入院し始めて以降、一度も言葉を発することは無かった。故に微かに聞こえたその声に御門は手を止めて振り返る。先程までは俯き続けていた真白の顔は気付けば真っ直ぐに御門を見ており、その姿を見た御門は何を言いたいのか分かったのだろう。「良いのね?」と質問すれば、真白はその言葉にやがてゆっくりと頷いた。

 

 御門が真白の寝ている部屋から外に出た時、そこにやって来たヤミ。手には果物などを持っており、恐らく真白に食べさせるつもりで来たのだろう。だが部屋から出て来た御門が微笑んでいるその姿を見て、ヤミは首を傾げる。

 

「どうしたのですか?」

 

「準備するわ。彼らを呼ぶ準備を……ね?」

 

 ヤミの質問にそう言って答えた時、持っていた果物が床へと落ちる。だがそれも一瞬、すぐにヤミは「分かりました」と言うと落ちた果物をそのままにその場から飛び出す様に出て行った。御門はヤミが落とした果物を拾い上げると、ヤミの出て行った扉を見る。

 

「あの子も変わっているのね。ふふ」

 

 御門がヤミと初めて出会ったのは彼女が大怪我をして治療目的でやって来た時であった。その時、何処か真白が探している相手と共通する物を感じながらも本人だとは思わずに送り出した御門。その際ヤミは『家族を探しています』と言い、その家族と再会できた事でヤミは真白に依存する様に傍に寄り添っていた。……そして真白に出来た自分以外の新しい家族を認めていなかった。

 

 だがヤミは御門が言う様に変わりつつあるのだろう。最初は目の仇の様にしていた相手と気付けば仲良くなり、今では真白が話せる様になったと分かるや否やそれを知らせる為に外へと飛び出て行った。ヤミが意識的に行っている事なのか、それは定かでは無い。だがヤミが真白の新しい家族と言う存在を認め、大切にし始めているのは間違い無い事であった。

 

 飛び出て行ったヤミの速度からして、家に来るのも時間の問題だと思った御門は来客の準備を始める。そしてその間にも、外に飛び出たヤミは人の波を掻い潜る等の手間を省くために建物から建物へ飛んでいた。そうして辿り着くのは真白と行動を共にする様になって以降、毎日の様に通っていた一軒家。庭へと着地した時、巨大な花とリビングに居たリトがその姿に気付く。

 

「ヤミ!? 何で庭に?」

 

「……話せる様になった様です」

 

「! それって……」

 

 窓を開けて驚きながらヤミに声を掛けたリト。そんな彼にヤミが告げれば、それだけで全てを理解した様にリトが言う。ヤミは静かに目を瞑りながら頷いて答え、再び御門の家へと帰還する為に移動し始める。そして残されたリトは……ヤミ同様、行動を開始していた。急いで2階へと上がり、ララが勝手に改造した部屋兼ラボの扉であるクローゼットを開ける。中に居たのは何かを作っているララであり、突然入って来たリトに気付くとその手を止めて首を傾げた。

 

「どうしたの、リト? そんなに慌てて」

 

「さっきヤミが来たんだ。話せるらしい!」

 

「ほんと! なら今すぐ行こうよ!」

 

「あぁ、行こう!」

 

 リトの言葉を聞いて作業の手を止めると同時に持っていた道具すらも放り投げて笑顔で言うララ。リトもそれに答えると、そのまま美柑の部屋へ。ノックもせずに入って来たその姿に最初はジト目を見せるも、すぐに真白と再会できると分かった美柑は同じ様に外に出る準備を始める。結城家に響く物音は数分続き、やがて玄関の前に3人は集合。3人はそれぞれ頷き合うと、御門の家へ向かう為に外へ出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御門先生! 話せるんだよね!」

 

「えぇ。でも一斉には止めて起きなさい。まだ弱ってる事に変わりは無いわ。……そうね、まずは結城君達だけ入りなさい。お姫様はその後よ」

 

「分かった。行こう、美柑」

 

「うん。少し、緊張するな」

 

 御門の家へとやって来た時、真白が寝ているであろう部屋の前に到着したララは確認の為に詰め寄る様にして質問する。御門はその勢いを予想していた様で、特に変わった様子も無く肯定する。が、すぐに3人居る事に気付くとリトと美柑の入室を許可してララには待つ様に告げる。真白との関係を既に知っているララはその言葉に少しだけ落ち込みはする物の、すぐに納得。リトは美柑に視線を向けて扉に手を掛け、美柑は緊張した面持ちでリトが開いた扉の中へと入る。

 

 部屋の中にあった家具らしき物はベッドと棚のみ。小さく開いた窓から春の心地よい風が入り込んでカーテンを揺らし、そんな何も無い様な世界でベッドの上に座る銀色の髪を持つ少女が窓の外を見ていた。傍にはヤミが扉とは反対の窓側に椅子を置いて座っており、開いた扉から入室したリトと美柑の姿に気付くと視線を向ける。そして外を見ていた真白もまた、2人の姿を見た。

 

「……ぁ」

 

 微かにその姿に声を漏らした時、リトと美柑は久しぶりに見た真白の姿に何も言えなくなってしまう。話したいことは沢山あったにも関わらず、言葉を発することも出来ない中。ヤミが助け船を出す様に部屋の隅にあった椅子を教える。一瞬とは言え切り替える為、リトと美柑は椅子を手に真白のベッドの横。ヤミとは反対の位置に座ると、再び目を合わせた。

 

「その、久しぶり……だな。真白……って、違うんだよ……な?」

 

「……真白……で……良い」

 

「で、でも真白さんの本当の名前は……」

 

「……林檎……と……才培……が、くれた……名前」

 

「え、真白って……父さんと母さんが考えたのか?」

 

 何とか会話を始める事が出来たリト。だが真白の本当の名前を聞いている彼は、何て呼ぶべきか分からなくなってしまう。しかし真白は今まで通りに自分を『真白』と呼んで良いと伝えれば、同じ様に話を聞いて違う名前を知っていた美柑がそれに戸惑う。そんな中で真白はリトと美柑の母親である者の名前、林檎と父親である才培の名前を出すと2人から貰った物だと告げる。初めて出会った時から真白と2人に呼ばれ、真白として紹介された2人は今ここで初めてその名前が2人の付けた物である事を知る。

 

「……シンシア・アンジュ・エンジェイド。私の……【前の名前】」

 

「宇宙人……何だよな?」

 

 改めて名前を名乗った時、真白はそれを過去の名前として言う。ララと同じような形式の名前で屋上での出来事を思い出した時、リトは不安げに。だが大事な事、故に質問すると、真白はその言葉にしばらく黙った後に静かに頷いた。そして2人の顔を見た後、俯きながら口を開いた時。リトと美柑、そして傍に居たヤミは真白の手の甲に水滴が落ちるのを見る。

 

「……ずっと……騙してた。……2人を……林檎と、才培、も。……だから」

 

「一緒に居られない、何て言うなよな」

 

 真白が言いたいことを理解出来た時、その言葉を遮る様にして言ったリト。それに真白が顔を上げた時、2人が表に出していた表情は……笑顔であった。リトも美柑も、普段何気ない時に見せる優しい笑顔を浮かべていた。

 

「私達、ずっと待ってたんだよ? また真白さんと一緒に過ごせる日が来るの」

 

「宇宙人だってのには驚いたけどさ。今まで過ごした時間は嘘じゃないんだ。だから、真白が宇宙人でも俺達の家族である事に変わりは無い。前に言ったろ? 俺達を信用してくれ、って」

 

「!」

 

 騙し続けていた為に自責の念を感じていた真白。だがそんな彼女の不安と後悔をまるで包む様にして美柑が、そしてリトが言う事で真白は落とし始めていた涙を頬に流しながら目を見開く。今までと変わらず、隠していた本当の自分をも受け入れた2人に……真白は涙を止められなかった。するとリトは真白が堪えようとしているのに気付き、徐に立ち上がると真白の頭を抱きしめる。

 

「抑えなくて良い、思いっきり泣けって。それでまた一緒に過ごそう。俺も美柑も、待ってる」

 

 それからしばらくの間、真白は涙を流し続けていた。何時から泣いていなかったのか、その涙はリトの服を沢山濡らし続け、泣き止んだ時にはかなり重くなってしまう。だがそれでもリトは嫌な顔1つせずに真白の頭を撫でながら安心させ、もう1度美柑と一緒に待っている事を告げると、ララと交代する為に部屋を後にする。泣き止み、少しだけ目の下を赤くしながらも受け入れてもらえた事が嬉しかったのかほんの僅かに笑みを浮かべる真白。ヤミはそんな姿に嬉しくなり、そして寂しくも感じ始めていた。

 

 少しだけ時が経った時、小さく響く部屋の扉。誰かがノックした証明であり、ゆっくりと開いた扉から姿を現したのは……桃色の髪を揺らして瞳を不安げに揺らすララの姿であった。音で扉に視線を向けていた真白はララの登場に何も反応せずに見つめ、ララはそんな真白の姿に近づき始める。と、今までずっと一緒に居たヤミが立ち上がった。

 

「私は席を外します……」

 

 今まで命のやり取りを沢山行っていたヤミだからこそ、真白がどの様な決断を下すか分からないこの場所に。復讐を行うかも知れないこの場所に居るべきでは無いと感じたのだろう。だがそれだけでは無く、どの様な答えが出るのかヤミなりに予想は付いているのだろう。ララだけを残し、真白と2人きりにした時。ララは真白の前で突然頭を下げた。

 

「御免なさい!」

 

「……」

 

「私、何にも分かって無かった。ううん、分かろうとしてなかった。本当は最初に見た時、何処かで会った事がある気がして。でも思いだそうともしないで、真白がデビルークを恨んでる事も知らずに……私、ずっと酷い事してた」

 

 ララはあの日以降、話をすると同時に自分が今までして来た事を思いだして真白が自分を責める様に自責の念に駆られていた。真白からしてみれば自分は仇の娘。デビルークが嫌いな筈の真白にとって、自分と居る時間は辛い時間であっただろうと。そしてもう1つ。デビルークとエンジェイドが長い戦い故に親交もあった際、真白はシンシアとしてララと出会っている。遊んだこともあり、故にそれをちゃんと思い出せなかった事もララが自分を責める要因の1つである。

 

 ゆっくりと顔を上げた時、ララは先程の真白の様に涙を流していた。自分の事を責め、謝り、これから真白が自分の嫌ってしまう未来を想像した時、ララは涙を流さずにはいられなかった。

 

「……私の……父……は、デビルークに……デビルーク王に、殺された……」

 

「! そう、だね」

 

「……ララは……デビルーク王の……娘」

 

「うん。……ねぇ、真白。私ね、考えたの。パパを許して何て言えない。だけどもし、もしも真白の気持ちが少しでも救われるなら……私……」

 

 そこまで言った時、ララは真白の瞳が何かを言おうとしている事に気付いた。そしてその場所からは動かずに手を伸ばし、ララの身体へと手を伸ばし始める。許しては貰えない、でも責めてその苦しみは軽くしたい。そんなララの気持ちは本気の様で、何をされるか定かでも無いその手に近づき始める。……そしてその手が身体に触れた時、ララが感じたのは痛みでも苦しみでも無かった。

 

 優しく包む様にララの手を両手で握り、自分の胸へと持って行き始めた真白。ララがそれに驚く中、真白はその体勢のまま口を開く。

 

「……ララは……友達。……私の、初めての……友達」

 

「真、白……?」

 

 遥か昔、ララとシンシアであった真白が出会った時。2人は友達になった。戦いが行われている種族であろうとも、子供である2人には余り関係の無い事。種族の数が少なかったエンジェイドで長の娘であるシンシアは友達と言う存在が居らず、故に無邪気で今と変わらず天真爛漫であったララと出会った時。シンシアは初めて友達と言う存在を知る。

 

 真白にとって、初めての友達はララであった。相手が仇の娘だと分かっていても、その事実は変わらない。だからこそ、真白はララに恨みを押し付ける事をしないと決める。デビルークと言う種族は恨んでいても、ララと言う存在を恨むことはしないと。

 

「真白……私、は……また、友達になっても、良いの? これからも、一緒に居て、良いの?」

 

「ん……」

 

 真白の言葉で自分が許されたと理解した時、再び涙を流し始めたララ。涙で途切れながらも言った言葉に真白が頷けば、ララは真白の身体に抱き着いて真白のすぐ隣で泣き続けた。自分よりも小さな身体を抱きしめて、もう出来ないと覚悟すら決めていたその温もりを離さないとばかりに。……やがて泣き止んだ時、ララは真白の肩に手を置いて真っ直ぐにその目を見る。

 

「真白……改めて言うね? 私は、真白の事が好き。宇宙で一番、貴女の事が好き。今はもう1度友達から。だけど何時か必ず振り向いて貰える様に私、頑張るから」

 

 今までもずっと表に出していた感情を改めてしっかりと告げた時、真白は慣れた筈のその言葉に驚く様に目を見開く。そしてそれと同時に部屋の扉が開かれ、御門が入室した。

 

「そろそろ休まないと身体に障るわ」

 

「そっか……真白、またね!」

 

 リトと美柑と行った会話にララとの会話。それは合わせれば数時間に渡り、流石に完全回復している訳では無い真白にも厳しい物なのだろう。本人は特に何も感じていない様だが、本人よりも本人の身体に詳しい御門が言えば、文句1つ言わずにララは真白から手を離す。そして笑顔で告げて部屋から外へと出て行った。笑顔で出て行くその姿に御門は喧嘩では無いが、上手く仲直りが出来たと分かったのだろう。「見送って来るわ」と言って部屋を後にする。

 

 唯一取り残された真白は、朝の様に窓の外を見る。まだ明るいが、徐々に夕方に差し掛かり始める時刻。木の枝に居た雀達も飛び立った後であり、真白は今日あった出来事を思い出すとその無表情を崩す。頬が上がり、生まれる優しい笑みは誰にも見られる事は無い。だが確かにこの日、真白は『笑った』のであった。

各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?

  • サブタイトルの追加
  • 主な登場人物の表記

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