【完結】ToLOVEる  ~守護天使~   作:ウルハーツ

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EX2話 凛と手合わせ

 時は休日の昼前。そこに鳴り響くのは何度もぶつかり合う竹刀が鳴らす甲高い音と鈍い足音。用意された豪華なソファでティーカップを片手に鑑賞して居た沙姫と彼女の後ろに立っていた綾は目の前の光景に呆気に取られ、その手を止めてしまっていた。

 

「はぁ!」

 

「っ!」

 

 繰り広げられるのは死闘にも見える戦い。決して命を掛けた戦いでは無いが、本人達はあくまでも本気なのだろう。振るわれる竹刀の速度は2人には見えておらず、見えるのは本人達の姿とぶつかった際に一瞬止まる2本の竹刀だけ。何度か音を鳴らした末、両者は距離を取って互いを見合う。

 

「はぁ。はぁ……中々筋が良いな、三夢音」

 

「……そう?」

 

「凛、楽しそうですわね」

 

「はい。私にもそう見えます」

 

 肩で息をし乍らも、沙姫と綾が見る友の顔はとても楽しそうであった。対する真白は特に疲れた様子を見せず、片手に竹刀を持ったまま首を傾げる。普段から剣を扱う事が殆ど無い真白が常に背へ竹刀を帯刀している凛と引けを取らず戦えているのは、宇宙人故の身体能力がその差を補っているからであろう。

 

「剣を扱った経験はあるのか?」

 

「……昔……練習した」

 

 凛の質問に真白はそう言って竹刀を片手に空けた片手で何かを握る様な仕草をする。するとそこに光が集まり始め、やがて輝きを放つ剣の様な形となった。そしてそれを軽く左右に振ってから手を開けば、光は宙で溶ける様に消えてしまう。普通ならありえない光景だが、この場に居る人物は宇宙人の存在を理解している為に誰も驚く事は無かった。

 

「……でも……上手く使えない」

 

「そうか。私もまだまだ未熟な故、余り言えた事では無いが……素質はある。鍛錬を続ければものに出来る筈だ。当然、楽では無いが」

 

「……」

 

 真白は凛の言葉に片手で持つ竹刀を眺める。真白の知る人物で剣を扱うのはザスティンと凛の2人だけ。前者はデビルーク最強の剣士と言われる程の腕を持ち、後者は特に大きな肩書は無くとも多少は心を許せる友達。剣を習うとするなら、真白は凛を選ぶだろう。何度か敗北を経験している以上、周りを守る為に。自分が負けない為に強くなる方法としては良い案かも知れない。……そんな事を思いながら、真白は竹刀を凛へ向ける。型も何も無い、唯真っ直ぐに向ける竹刀の先。凛は真白の行動に少し驚いた後、笑みを浮かべて竹刀を構える。

 

「ふっ。まずはこの勝負を終わらせるとしよう!」

 

「ん……」

 

 互いに互いを見つめ合い、静かな場に思わず沙姫と綾が息を飲む中、一瞬の間に両者は動いた。まるで見ていた2人には唯すれ違っただけの様に見えたが、その一瞬で勝敗は決する。気付けば真白の手に竹刀は無く、明後日の方向へ真白の手にあったそれは落下していた。言葉を交わす事無く両者共に振り返って再び互いを見合い、軽くお辞儀をして……戦いは幕を閉じる。その勝者は凛であった。

 

「……負けた」

 

「剣の勝負だ。例え身体能力に差があったとしても、易々と負けてやる訳には行かない」

 

 それは凛の意地の勝利と言っても良いだろう。綾が近づいて来る凛と真白にタオルを渡す中、呆気に取られていた沙姫が我に返ってソファから立ち上がる。頬に片手の甲を当てて見せる高笑いは常に彼女の傍に居る2人は勿論、真白も見慣れたものだった。

 

「お見事でしたわ! 下手な見せ物を見せられるより有意義な時間でしたわね」

 

「沙姫様……恐悦至極に存じます。にしても、大分濡れてしまったな」

 

 沙姫の言葉にタオルを首から下げ乍らお辞儀をして返した凛は、再び汗を拭いながらも自分や真白の服を見る。特に剣道着等を着用して居た訳では無い私服だった2人。汗に濡れた服は肌に張り付き、下着が薄っすらと透ける様に見えてしまっていた。この場には女性しか居ないため、特に気にした様子の無い凛。真白も同じであり、だが気分的に余り良いものとは言えなかった。

 

「お~ほっほっほ! そうなると予想して既に家の者に何時でも入浴出来る様、手配済みですわ!」

 

「一応代えの服も用意してあるよ。三夢音さんの分もあるから」

 

「着ている服は今から洗濯と乾燥を済ませればすぐにまた着れるでしょう。それまではそれで過ごすと良いですわ。何方も天条院家の服。着心地は私が保証致しますわ!」

 

「ありがとうございます、沙姫様」

 

「……ありがとう」

 

 汗に濡れる2人を前に再び高笑いをする沙姫。そんな彼女の横で何時の間にか2組折り畳まれた服を手に綾が近づき、凛と真白へ渡す。そして何時もの様に自信に溢れる沙姫の言葉に礼を言って、凛と真白は入浴する為に足を進め始める。

 

 4人が居たのは天条院家の所有する体育ホール。汗に濡れた者達がすぐに流せる様に入浴施設も完備されており、普段は何処かの団体に貸す事が多い施設であった。だが凛が真白に何気なく剣の勝負を挑み、場所を沙姫が用意した事で今の状況が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁に掛けたシャワーから出るお湯を頭から被り、普段は縛っている髪を降ろして気持ちよさそうに目を閉じる凛。そんな彼女の少し離れた場所では既に浴び終えた真白が大きな浴槽に溜まった湯船に彼女へ背を向ける形で浸かっていた。

 

「ふぅ……三夢音」

 

「?」

 

「ありがとう。私の我儘に付き合ってくれて」

 

「ん……悪く、無かった」

 

 掛けられた言葉に真白は湯船から自分の右手を出し、それを眺めながら一度握って静かに開く。嘗て負けた経験があった為、家族や友人達を守る為に強くなろうとしていた真白。だが少し前、再び負けて助けられたが故に真白は嫌でも自分の弱さを感じずにはいられなかった。この先もどんな危険が降りかかるか分からない。故に真白は強くなりたいと願い、今回の誘いにも乗ったのである。普段は使わない剣での戦い。それが自分に出来るかどうかを知る為に。

 

「……凛、強い」

 

「言っただろ? まだ私は未熟だ」

 

 身体を洗い終えた凛が湯へ浸かりながら真白の言葉に答える。そして暖かさに僅か乍ら凛が目を細めれば、彼女の答えを聞いた真白が湯の暖かさを感じたのとは別の意味で目を細めて凛を見た。普段剣を使う事が無いとは言え、地球人よりも数倍高い身体能力を真白は駆使して戦っていた。その差はそう簡単に埋まるものでは無く、だが真白は事実凛に負けてしまった。……つまりそれは宇宙人との身体能力の差を凛が埋める程に強いと言う事。彼女が未熟なら、成熟した人間はどれ程の強さになるのか? 真白はそれ以上考えるのを止めた。

 

「三夢音。今日はこの後、何か予定はあるのか?」

 

「……夕方まで……平気」

 

「そうか。なら良かった。沙姫様から私が代わりにお前を昼食へ招待する様に、言われている。来てくれるか?」

 

「……分かった」

 

 既に時間は昼前。夕食を美柑と作る予定はあったものの、昼食に関しては既に約束をした段階で超える可能性も視野に入れていた真白。予めそれを美柑達に伝えて置いた為、急いで帰る必要は無かった。故に真白は沙姫の招待を受ける事にする。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「……何?」

 

「あ、いや……何でも、無い」

 

 昼食を共にする事も決まり、湯船で暖かさを堪能する真白。無表情乍ら何処か気持ちよさそうにしている真白の姿をジッと眺めていた凛。やがて真白がその視線に気付いて声を掛ければ、凛は首を横に振って言葉を濁した。

 

 現在入っている湯の色は無色透明。入っている身体は水面で僅かに揺れて歪みながらも見えており、凛は先程まで真白の身体を見ていた。プロポーションの良い身体ならば、沙姫の身体で見慣れている凛。真白と同じ湯に入る機会など殆ど無く、増してや真白の裸体を見る事など無かった彼女はそれを見て思い出していたのだ。自分よりも見た限りでは小さくて華奢なその身体に、数日前。九つの好意が突きつけられたのだと。

 

「お前も……強いな」

 

「?」

 

 今では何事も無かった様に日常が戻っているが、全てが無かった事になった訳では無い。今でもララを始めとして一部の面々が分かり易く彼女へ好意を見せているの見ている限りでは何らかの形で収束したと分かる凛。既に彼女達の好意を理解している以上、真白が何も思わないとは凛には考えられなかった。初めて普段反応の薄い真白がその場から逃げる姿を目の当たりにしたのだから、余計である。だからこそ、それを乗り越えて日常に戻った真白に凛は彼女の内なる強さを感じていた。

 

「そろそろ出るとしよう。恐らく昼食の支度はもう始まっている」

 

「ん……」

 

 大きな水音を立てて2人は立ち上がり、浴場を後にする。タオルで身体を拭いて用意された着替えを着ていれば僅かに時間が過ぎ、やがて凛に連れられて向かった先には長いテーブルの上に豪華な料理が並ぶ光景。

 

「お~ほっほっほっほ! 三夢音さん、最高のランチをご用意しましたわ!」

 

 そして高笑いする沙姫の姿と傍に控える綾の姿。凛と真白は互いに目を合わせて僅かに笑みを浮かべ、2人の元へ歩みを進めるのだった。

各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?

  • サブタイトルの追加
  • 主な登場人物の表記

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