※連載から短編へと変更いたしました。
ではどうぞ。
『──え?』
ふと気が付いたら、知らない教室にいた。
というのが、今現在、球磨川禊が抱いてる心情だ。
自分はついさっきまで、今日発売した週刊少年ジャンプを少しばかりの青空さえ見えない豪雨の中で読んでいたはずなのだが、どうしてか瞬きをした次の瞬間に此処にいた。
全く意味が分からない。そう思うのは当たり前で、いくら常人とは思考回路が全く異なる球磨川でも、この状況には理解が追いつかなかったようだ。
『……新手のスタンド使いか?って答えるのが、ジャンプ愛読者としては当然の反応なんだろうけど、多分スタンドじゃなくてスキルだろうなぁ』
スキル。
これは説明すると長くなるので簡単に説明するが、一種の超能力のようなものだ。
スキルにも大きく分けて2つの種類があり、人に
この場合だと、
相手を好きな場所に移動させるスキルだとすれば、それは使用者によって対象の相手に対する使い道は変わっていくのだから。
『まぁ、何の目的があって僕みたいな
空間転移系のスキルというのは、球磨川の知る限りだと1人しか所有していなかった。
それに、この教室には見覚えがある。何故なら、昔──中学生から高校生にかけて、よくこの場所に来させられていたのだから。
球磨川は、ふっと笑い、親しみを込めて
『久しぶりだね──安心院さん』
「うん、久しぶりだね、球磨川君」
いつの間にか、教壇の上に少女が立っていた。──いや、彼女は別に今現れたのではない。
彼女は最初から、それこそ球磨川が此処に来る前から、この教室に限らずありとあらゆる場所に存在していた。
彼女の名は安心院なじみ。
この少女──いや、それは外見だけの話だ。彼女はその可憐な見た目とは裏腹にその年齢は3兆を超えている。3兆ともなれば、宇宙が出来るよりも前の話──始まりの存在、とでも言ったところだろう。
球磨川と安心院の関係を一言で言い表すのは難しいけれど、強いていうなら姉弟のような関係だろうか?
事実、全てを平等に見ている彼女が、唯一たった一度だけ、不公平に見たのが、球磨川なのだから。
『そう言えば、いつ
「? ……ああ、そっかそっか。一応、僕は一度だけ言彦の奴に殺されてるんだったね」
そう。安心院なじみは一度死んでいる。それも呆気なく、瞬殺されたのだった。
彼女を殺した者の名は獅子目言彦。安心院の言うところ、勝つことが決定している主人公と呼ばれる存在であり、圧倒的な破壊性を持った『英雄』だ。
最も、彼自体はもう死んでいて、不知火一族という影武者たちが過去から現在まで引き継いだ紛い物の本物なのだが。
「まぁ、きみもご存知の通り、言彦が死んであいつの『不可逆』が『可逆』になっただろう? そのおかげで復活できたわけさ」
『まぁ、あれだけスキルを持ってれば、それぐらいは出来るよね……』
球磨川は苦笑しながら言う。
一度死んだ命を蘇らせるというのは、スキルではまず不可能だ。球磨川のスキルのように例外はあるものの、基本的には無理で、それ以前に禁忌なのだから。
だが、何を隠そうこの人外は、スキルの数は京をも超えている。膨大な量のスキルの所持──それは最早、全知全能の域に達しているのだ。
故に彼女のスキルの中には、曲がりなりにも人を生き返らせることの出来るスキルも存在する。
『で、安心院さんは僕に何か用でもあるの?』
「おいおい、球磨川君。理由なんてないさ。強いていうなら、単純にきみに会いたかったって言ったら信じてくれるかい?」
『それはそれで嬉しいんだけどね……何か企んでるでしょ?』
「うん」
特に勿体ぶる様子もなく、球磨川の質問に安心院は頷く。
「と言っても、大したことじゃないさ。きみに手伝ってもらいたいことがある、ただそれだけさ」
『手伝ってもらうこと、ねぇ。僕に何か出来ることはないと思うけれど』
「何、心配しなくてもいいよ。単純な話、僕の暇潰しに付き合ってくれればいいだけだから」
『………』
暇潰し。
そんなごく普通の理由だが、球磨川はたらりと汗を流す。目の前にいる人外の暇潰しは、自分たちとはスケールが違うのだ。
彼女のことだから、世界征服しようぜなんて言ってもおかしくはない。
球磨川が思わず身構えるのを見て、安心院はクスクスと笑って言う。
「そんなに身構えなくてもいいよ。何も世界征服をしようなんて言うつもりはないしね」
『だったら、一体何をさせるつもりなのさ』
「ふふ……すぐに分かるよ」
『? ──!?』
その言葉に球磨川は一瞬首を傾げたが、すぐにその異変に気がついた。異変が起こったのは、球磨川の足元。教室の床に球磨川を包み込むようにして光の円が絵が描かれる。
それはまるで、魔法陣のようで、その光はとても幻想的だ。
『えっと、安心院さん。これは……』
「僕の1京分の1のスキルの中には、対象を別の世界──異世界に飛ばすスキルがあるんだ。きみをここに飛ばしたスキルの上位互換バージョンだよ」
『……待って。僕は今から、異世界に行くの?』
「うん、そうだよ。どんな『世界』に辿り着くかは知らないけれどね」
やはり、やることのスケールが違う。しかし、彼女にとってこの程度はただの遊びで暇潰し。
何せ、彼女は3兆年もの時間を生きた人外で全知全能に近い存在だ。故にこれぐらい、この程度はやらないと退屈を潰すことは出来ないのだ。
球磨川は苦笑し、足元の光を見つめた後、安心院に視線を移す。
『──まぁ、今までのお礼ってことでいっか。安心院さんにはお世話になったしね』
「そう言ってくれると助かるよ。きみなら異世界でも負けることはあっても、死ぬことはあっても、死ぬことはないだろう」
球磨川と安心院は互いに笑い合い、互いに向かって言葉を紡いだ。
「──またね、安心院さん」
「──行ってらっしゃい。精々楽しませてくれよ、球磨川君」
そう言い終えた後には、光は消えて球磨川の姿もそこにはなかった。どうやら、転移には成功したようだ。
安心院はうんうんと頷いてその『世界』の詳細を確認する。彼がどんな『世界』に転移したのかは知らないが、どんな系列の『世界』に飛んで行ったのかは分かる。
そもそも、安心院自身がそう設定したのだし。
球磨川の転移先は『空想の世界』。
空想──つまりは、伝記や小説、漫画などの人が想像し、創造したもの。
そんな『世界』に球磨川は旅立ったのだ。
安心院は『世界』を確認する。そして、クスクスと面白そうに笑う。
「よかったじゃないか。その『世界』は、きみの好きな『週刊少年ジャンプ』の世界だよ」
底辺の頂点である球磨川禊が向かう『世界』は、どうやらそんな『世界』のようだ。
その世界、その物語の
▲▼▲
『お? ここは──空中だね。それもかなり高いし……中々どうしてテンプレ的じゃないか』
安心院の言葉を聞いた直後、球磨川は宙に放り出されていた。下を見ればかなりの高度で、このまま行けば確実に身体はひしゃげて死んでしまうだろう。
球磨川は強化系のスキルは持っていない。故に彼がこのまま地面に直撃するのは必然であり、死ぬことは避けられない。
だが、球磨川は何も気にしていないかのように飄々とした態度で重力に身を任せていた。
普通の人間ならば、絶叫し、どうにかして死を回避しようと無駄な足掻きを繰り返す。
しかし、この男は普通ではなく
『さて。舞空術が使えれば僕も格好よく着地出来たんだろうけ ─────」
グシャリと。
あまりにも呆気なく球磨川は地面に衝突して大量の鮮血を飛び散らせた。
地面を赤黒く染め、草木に球磨川の肉片や骨の欠片が付着する。
目を背けたらなるような、思わず吐いてしまっても仕方がないような、そんな惨状。
素人目から見ても、まず死んでいると分かるだろう。何故なら、球磨川の身体は弾け飛んでいて、原型をとどめていないのだから。
しかし、次の瞬間、信じられないことが起こった。
ゆらりと不気味な動きで
気がつけば、先ほどまで撒き散らしていた鮮血や贓物、肉片は消えていた。それはとても不自然で、まるで最初から時間が巻き戻ったかのように跡形もなく消えていた。
『──「
球磨川は、そのスキルの名を──その
それが球磨川が所有しているスキルの1つの名だ。
その効果は凶悪にして最悪。気を抜けば、世界そのものを消えさせかねない恐ろしいスキルだ。
そんなスキルだからこそ、こうして『蘇生』という人間が最も望み、最も禁忌とされる行いを曲がりなりにも簡単にやってのけることが出来る。
今は若干、劣化──というより、本来の効果に戻っているようだけれど。
『さて、まずはこの「世界」がどんな世界なのか知る必要があるね。正直、漫画の世界だったら最高だね。特に週刊少年ジャンプの世界だったら』
週刊少年ジャンプは聖書。
それは当然の事実であり世界の真理である。
そんなことを考えていると、ひらひらと空から何か落ちて来た。球磨川はそれを掴む。
『手紙……安心院さんからか』
手紙の中身を開くと、そこには女の子らしい丸っこい字で簡潔にだがこの『世界』について書かれてあった。
どうやらここは『暗殺教室』──つまり、漫画の世界であるらしい。
『暗殺教室』と言えば、球磨川は聞き覚えどころかはっきりと記憶している。
この漫画は週刊少年ジャンプで連載されていて、落ちこぼれの生徒が集まったE組とそこに突如現れた月を破壊した超生物が織り成す学園物語だ。
『落ち込めネガ倉くん』には及ばないものの、かなり人気で球磨川も好んで読んでいた。
『ふーん、「暗殺教室」か。何年前に読んだか覚えていないけど、内容ははっきり覚えているんだよね〜。……あ、そっか』
ぽん、と軽く手のひらに拳を当てて、球磨川はどこからともなく大きな螺子を取り出す。
球磨川の腕よりも太く、同じくらい長いその螺子は、球磨川の
『ほい』
そんな緊張感のかけらもない声と共に、球磨川は螺子を自分の頭に
だが、これで『仕込み』は完了だ。
『「
球磨川禊の記憶から『暗殺教室』のエピソードが消えていく──否、『暗殺教室』という物語が、彼の記憶から“なかったこと”になったのだ。
『ネタバレは──つまらないからね。まぁ、もうどんな
球磨川は片目を瞑ってそう呟く。
頭に刺さっていた螺子はいつの間にか消えていて、飛び散っていた血液も、球磨川の頭の傷も消えていた。
『さて、「仕込み」が終わったのは良いけど──』
ぽりぽりと頬を掻き、その表情は相変わらず薄っぺらいが、困ったような表情を浮かべて安心院の手紙に目を通す。
『──僕が教師って、どういうこと?』
最近、何だか文が書けなくなってきています。
これで書けなければ、生徒に戻します。