真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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誰がきのこるのか、だれがきのこれないのかはおおよそ決まっておるのです


七話

 戦端を開いたのは、孫皎が率いる深紅の甲冑に身を包んだ二千の部隊だった。騎兵ばかりで構成された機動力に優れる部隊を率いた彼女は、

 

「さあ、孫叔朗の初陣だ!母上の兵として仕えてきた皆、長い間待たせて済まなかったな!そして、今まで待っていてくれた事、感謝している!――総員、戟を構えよ!……突撃ッ!」

 

 鋭い掛け声と共に、騎馬隊を絢が率いる部隊の左翼に向けて奔らせた。騎馬の精強さにかけては涼州の部隊に及ぶべくもない。しかし、士気の高さにかけては負ける筈もない。孫皎は確信にも似た感情を抱いていた。不思議なほどに恐怖はない。あるのは胸を衝くような昂揚感だけだった。駆け抜ける。風の音が心地良い。こんな感情を抱いたのはいつぶりの事だろうか。目の前の敵が戟を振りかぶる動きが酷く遅く感じる。手に持った短柄の青龍刀を横薙ぎに一閃する。それだけで、敵は呆気無い程簡単に視界から消え去ってしまう。こんなものか、敵は。

 

「敵将は何処に行った!怖じ気付いて逃げ出したってのか!?」

 

 煽るように態と大声で叫びながら、眼前の敵兵を切り倒してゆく。不意に、目の前を深紅の柄が遮る。反射的に青龍刀を振り上げ、戟の横腹を叩く。それだけで軌道が逸れ、自分も馬も命を拾った。十座との訓練は確実に生きている。その事が更なる昂揚感を齎してくれているのをひしひしと感じる。

 

手前(テメエ)か!アタシの敵は!」

 

「おまえが絢ちゃんをいじめるのか!ゆるさないぞ!」

 

「知った事か!アタシは目の前の敵を蹴散らすだけだッ!」

 

「絢ちゃんをいじめるなら、あたしがやっつけてやる!」

 

「途を塞ぐならば、この孫叔朗が叩き潰す!」

 

「絢ちゃんの邪魔をするんなら、あたし……じゃなかった、楊秋が直々にぼこぼこにしてやる!」

 

  横合いから、不意に銀色の甲冑を纏った別の武将が飛び出してくる。こちらに対する攻撃の意思がないとすれば、相手方の伝令だろうか。ならば気にすることもない。相手は手を止めていないのだ。こちらも止めてやる道理は無い。

 

「悠里!いつまでも武将一人にかかずらってるんじゃない!お前の役割は別に有るのを忘れたか!」

 

「だって、こいつが絢ちゃんのこといじめるって!」

 

「絢の為を思うならば、目の前の敵に拘泥することの愚かさを知れ!こいつは私が引き受けるから、疾く持ち場まで進軍しろ!」

 

 銀甲冑の武将は、楊秋を叱咤しながら馬を両者の間に割り込ませてくる。邪魔臭いが、こちらの攻撃は巨大な盾に阻まれて向こうまで通らない。

 

「――行かせるかよ!」

 

「悪いが、貴様の相手はこの張横が引き受けさせて貰う!わが名に懸けて、此処を通しはせんぞ!」

 

「しゃらくさい事を!」

 

 張横の部隊を弾いて受け流そうとするが、陣の想像以上の堅固さに、却って騎馬隊が押し返されてしまう。最初の敵には逃げられてしまった上に、勢いを完全に殺されてしまっているのでは二進(にっち)三進(さっち)もいかないではないか。思わず漏れる舌打ちを隠す余裕は、流石に無かった。

 

「転進!一度離脱して再突撃の構えを取る!後ろはアタシと旗本十騎で固め、一度適十座隊の位置まで下がるぞ!」

 

青龍刀を頭上で一回転させた孫皎が叫ぶと、二千の兵は一息に馬首を巡らせて戦闘領域を離脱してゆく。深紅の毛並みを持った一個のいきものは、堅固な獲物に見切りをつけ、新たな獲物を探して駆け出した。

 

――――――――――――

 

 官軍の本陣では、鶴翼陣に展開した部隊の左翼に陣取る賈詡が何度目とも知れない溜息を吐いていた。

 

「いかがなされましたか?詠様」

 

「何でもないわよ。そんな事より持ち場に戻らなくて良いのかしら?(こう)

 

「私の持ち場は、月様の御傍なればこそ。此処を離れる訳には参りますまい」

 

 賈詡に声を掛けたのは、董卓軍きっての猛将にして筆頭武官でもある樊稠(はんちゅう)――真名を劫という女性だった。彼女は己の得物である大斧を肩に担ぎなおし、

 

「軍師殿らしからぬ弱気な表情ですな。普段ならば、虚勢でも胸だけは張っていらっしゃるというのに……」

 

 あっけらかんとした笑みを浮かべた。彼女の左目はかつての戦闘で負った縦一文字の傷によって二度と開くことはないのだが、そんな痛々しさなど微塵も感じさせない明るさが、樊稠という武将の魅力なのだろう。

 

「ほっといて頂戴。……それよりアンタ、韓遂と友達なんでしょう?今回の叛乱について、何か思うこととか無いわけ?」

 

「――と、言いますと?」

 

「だから、友達が叛乱なんて企てたことに対する感想を聞いてるのよ」

 

「いえ、特には。彼女がそこまで思い詰めていた事に気付いてやれなかったのは残念ですが、逆に言えばそれ以上の感想と言えるものは持っておりませぬよ」

 

「――本当に、それだけ?」

 

「ええ。所詮、彼女と私の途が交わらなかっただけ、と言うことになるのでしょうな。それ故、彼女を討ち取ることに対しては何の呵責も持ってはおりませぬ」

 

「手加減する気も無い。そういう事かしら?」

 

「然り。……尤も、絢が此方に直接出向くというのは、今となっては有り得ない事でしょうが」

 

「……それもそうね」

 

 詠は会話を打ち切り、再び思索の海へと沈んでゆく。対応策については前日に孫策軍の幕僚達と共に協議を尽くした事もあり、今更水面に浮上してはこない。故に専ら考えるのは、討伐令が下ってから臨涇に到着するまで考えを巡らせていた『この叛乱が持つ意義について』であった。

 樊稠の話を聞くに、韓遂という武将は大望こそ持たないものの、地方官として生涯を終えるには惜しい器量を具えているらしい。そんな彼女が叛乱を企図した理由は恐らく――

 

「領民たちのため、か。本心かどうかは兎も角、名分としては十分ね」

 

 この戦は、勝っても負けても、或いは引き分けに持ち込まれたとしても、韓文約の名は世に知れ渡るだろう。『領民のため、中央の権力と相対した徳の将、或いは義の将』として。そこまでの事を彼女が考えているのかは分からないが、ともかく詠たち官軍は酷く分の悪い勝負に巻き込まれてしまったようである。

 

「この戦、生き残る事が最も重要な要素になりそうね。そうしないと、浮かぶ瀬だってありはしないのだから……」

 

 地平線に立ち上り始めた土煙を睨みながら、賈詡は決意を新たにするのだった。




この戦が終わったら、次の章に突入するんだ……(死亡フラグ)。ところで、キャラクター紹介とかってした方が良いんですかね?


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