書き直す可能性が無きにしも非ず
孫策率いる琅邪軍二万が安定郡
「酷いザマね。天下の官軍が聞いて呆れるわ」
「そういう事は、思っても云うものじゃ無いと思うんですよねー。何処に耳があるか、分かったもんじゃ無いんですから」
孫策の言葉に忠告を投げかけたのは、軍師として従軍していた諸葛瑾だ。彼女は愛想笑いにも似た笑みを浮かべ、
「さてと、取り敢えず皇甫崇閣下にご挨拶といきましょう。わざわざ二万も兵を連れて来たのです、粗略には出来ますまいよ」
孫策を促し、天幕の方へと向かっていった。
孫策軍の陣容は、前衛に珠蓮と十座、中軍に彪と韓当――
「つまり、我々にとって今回の出兵は試金石に当たる訳なの。気を引き締めて当たらないと……」
「んっふふふ、そういう事になるでしょうね。我々後衛ですから、そこまで関係ないとは思いますけどね。ふふっ」
中軍の陣屋で語らっていたのは、全琮と朱然だった。彼女達は兵の配備を終わらせたため、軍議の時間を待っているのだ。孫策と諸葛瑾の二人は本陣に出向しているために姿が無い。
「後衛だからといって、雪蓮様が遊ばせておいてくれるとは思わない事だね、風露ちゃん」
「そんな事言ってもですね、懐園さん。我々後衛ですし……」
朱然は韓当が放った言葉に複雑な表情を浮かべた。定石からして有り得ないという感情と、孫策ならばやりかねないという予測が鬩ぎ合っているようだ。
「――いや、大いに有り得そうですね、んふふ」
「余裕そうだな、四季」
「んっふふふ、まあ、前衛のお二方が頑張ってくれている限り?我々に御鉢が回ってくることなんて有り得ませんから。ね?珠蓮ちゃん?」
「……なんかそう言われると、態と負けたくなるんすけどね」
兵の調練が終わった孫皎が、徐盛と共に陣屋に戻ってきた。二人とも涼州の寒さには慣れないのか、少し身体を震わせている。
「そういえば、お二人は寿春以北に来るのは初めてなんでしたっけ?」
「あぁ。俺はずっとあの辺りに居たからな。よもやこっちの方まで出てくる羽目になるとは思ってなかった」
「同じく。――風露さんは、烏丸で修行してたんでしたっけ?」
「んっふふふ、良く知ってるねえ。もしかして私の追っかけかい?」
「そんな訳ないじゃないですか。風露さんが前に、自分で教えてくれたんですよ」
「んふ?そうだったっけ……」
朱然は口の端を釣り上げてにやりと笑う。掴み所のない言動をする彼女の事が、孫皎は不思議と嫌いにはなれないと感じていた。孫皎に限らず、孫家の面々は彼女を信頼しているのである。特に根拠のあるものでは無かったが、それが孫家らしさと云うものなのだろう。
「烏丸の皆さんは、元気でやってますかねえ……。久しく文も出していないですし、心配です……んふふ」
「言うほど心配してないみたいっすけど」
「信頼はしてるからね。あの人たちなら元気でやっている、自信を持ってそう言える程度には、だけども」
「それだけ信頼してるなら、十分だと思うわよ。ね?翠里」
「そうですねえ。出来ればその調子で、我々の事も信頼して貰いたいものです」
軽口めいた朱然の言葉に返事を返したのは、孫皎ではなく孫策であった。背後には賀斉と諸葛瑾が控えている。
「や、嫌だなあ雪蓮様。私は孫家の方々を信頼しておりますよ?」
「態度で示してくれないとわっかんないな~。飲みに誘っても、何かと理由付けて断って来るし」
「で、ですから私は下戸なんですってば……」
朱然はたじろぐ素振りを見せていたが、徐盛と孫皎がニヤニヤと笑って居るのに気付くと咳払いを一つし、
「雪蓮様、官軍の様子はどうだったのですか?その辺りを参考にして、すぐにでも対策を練ったほうが宜しいのでは?」
半ば強引に、話の流れを変えてしまった。流石に朱然を弄り倒す以上に重要性が高い案件だったため、孫策達もその流れに乗ってゆく。
「ちょろっと情報収集した限りでは、叛乱軍は全軍を十三部隊に分け、それぞれを明確な分担でもって動かしているみたいだね。叛乱の盟主として全軍を指揮している韓遂、相当なやり手みたいだ」
「厳しい戦いになりそうね」
「ただ、勝算はありますけどね。盟主に韓遂を担ぎ出した宋揚・北宮玉・李文侯・王国達四人の部隊は、調練不足なのか動きが悪かったみたいです。此処にこそ付け入る隙も生じるかと」
朱然が不意に陣屋の外に出たと思えば、直ぐに戻ってきた。手には、竹簡が握られている。
「失礼。――間諜が戻って来たようですので。ふふ」
「何時の間にそんなの出したのかしらね。……まあ良いわ。態々此処で明かしたからには、それなりに有益な情報が手に入ったのでしょうね?」
「えぇ。飛び切りのネタがね。――んふふふ」
朱然は勿体を付けるかのように一拍の呼吸を置き、
「韓遂が、宋揚・北宮玉・李文侯・王国を官軍にぶつけ、相討ちにさせるようです」
にやりと、嗤った