真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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華琳様マジカリスマ抜群。
西涼軍閥って影薄い気がするのは多分気のせいじゃない筈……うごごご


四話

――孫家に反乱討伐の勅書が届く日より、遡ること二週間

 

韓遂文約――真名を(あや)という少女は、西都の平原に転がって夜空を見上げていた。中央の者からすれば刺すような寒さが身を竦ませるようであったが、彼女はこの寒さが嫌いではなかった。身が引き締まるような気がしたし、何よりも大気が澄み渡って星がはっきりと見えるようになるからだ。

 

「また星を見てらしたのですか?絢様」

 

「――星は良い。何時だって変わらずに、私達を見守ってくれているからな。ずっと昔からそうだったし、きっと、これからもそうなんだろう」

 

「……巨きいですね、空は。あれに比べれば私達が地表で繰り広げている政略なんて、矮小なものなのかもしれません」

 

飯綱(いづな)。……私は、戦争をしようと思っている」

 

 韓遂の言葉に、飯綱と呼ばれた少女――成公英がぴくりと反応する。しかし、それ以上の行動は示さなかった。

 

「戦争、でございますか」

 

「あぁ。涼州の民は漢の統治下に入ってからも、大して変わらず貧しい暮らしを強いられている。此処を統治する際に漢の政治屋が言っていた事は、守られなかった訳だ」

 

「漢という国は、そういうものでございましょう。我々涼州の民は中原の民を喰わせる家畜に過ぎないと、本気でそう思っている輩が余りにも多すぎます」

 

「そして、我々を人扱いしてくれる良識のある人間は、中央では少数派に過ぎない」

 

 成公英は座るでもなく、黙したままその場に控えている。政務と軍務に才を発揮し、しかも余計に発言する訳でもない彼女の事を、韓遂は気に入っていた。配下の八騎衆や義理の姉などは優秀ではあるものの結局は武官でしかなく、自分の考えを察してくれるところがある彼女とばかり話し込みがちになってしまうのも、仕方の無い事と韓遂は考えている。

 

「――勝てると、お考えですか?」

 

「緒戦は勝つ。勝たねばならないからな。……だが、最終的には上手く負けなければならないと考えている」

 

「王朝に、こちらの姿勢をはっきりとさせるお積りですね?」

 

「あぁ。我々は怒っている。その気になれば、貴様らの横腹を抉り抜いてやれるのだぞ、とな。脅迫には違いないが、あえて綺麗に言い直すならば威力交渉だな」

 

 韓遂はそういって自嘲気味に嗤う。彼女達涼州の民は中央に政治力を持たず、腕っぷしに訴えるより他に、交渉の手段を持ってはいないのだ。

 

「馬一族は、こちらには協力しないでしょうね」

 

「寿成――神流(かんな)は無理だろうな。アイツは今、中央に影響力を確保しようと必死に工作を仕掛けているようだし」

 

「ならば、どうせ我々が途をふさいでしまう事ですし、『羌族の反乱に手を焼いている』ことになって貰いましょうか。お望みとあらば、暗殺も厭いませぬが」

 

 韓遂の位置からでは暗がりに紛れて見えないが、恐らく成公英は表情一つ変えていないのだろう。彼女はこういう事を、平然と言える類の人間なのだ。そういう所を含め、やはり韓遂は成公英を好いていた。自分に無い要素と言うものは、得てして魅力的に映るという事だろう。

 

「暗殺はいい。一応義姉妹の契りを結んでいる事だし、アイツの娘は怒らせると手に負えんからな。二正面作戦など、冗談としても笑えないよ」

 

「では、工作は我らにお任せを。絢様は、自身の業を為すために努力なさって下さい」

 

「任せておけ。漢の奴らに、西涼騎馬軍の恐ろしさをたっぷり教えてやるさ」

 

 二人が再会するのは二週間後、西平を中心とした乱が勃発ししてからの事である。

 

 

――――――――――――

 

 

 洛陽の市街地を、一人の女性が足早に駆け抜けてゆく。姓を曹、名を仁、字を子孝、真名を佑華(ゆうか)というこの女性が向かう先は、従姉である曹孟徳の私邸であった。

 

華琳(かりん)様!涼州の反乱鎮圧に出陣なさらないとはどういう事なのですか!」

 

「五月蠅いわよ、佑華。もう決定が下されてしまった事に対して文句を付けるなと、あれ程言ったのを忘れたのかしら?」

 

 曹仁は自分よりも小柄な従姉の放つ威圧感に一瞬怯んだ様子を見せたものの直ぐに立ち直る。余程腹の虫が収まらない理由でもあるのだろうが、袁紹に押し付けられた大量の政務の処理に追われる曹操にとってはどうでもいい事でしかない。

 

「私は……!もっと強くなりたいんです!強くなって、華琳様のお役に立ちたいんです!どうして分かって下さらないのですか!」

 

「分かってはいるわよ。だけどね佑華、人間というものは焦れば焦るほど泥沼に嵌っていくものなのよ。焦るのも結構だけど、一度冷静になって大局を見つめ直したらどうかしら?」

 

 これはその場しのぎの逃げでしかない。それが分からない曹操では無かったが、今は兎に角時間が惜しかった。自分にはやらなければならない事が多すぎるのに、不出来な従妹の面倒まではとても見きれないと判断した結果だった。曹仁はしばしの間打ちひしがれたように立っていたが、暫くすると一礼して曹操の私邸を辞去していった。

 

「全く、あの子にも困ったものね。一生懸命なのは良いのだけれど、大局観っていうものが全くと言っていいほど備わってないわ。そこをどうにかできれば一流になれるのに、残念だわ」

 

 曹操がため息交じりに吐き捨てた言葉が曹仁に届いていれば、或いはこの後に続く悲劇は避けられたのかもしれない。しかし、この時点でそれに気付いている者は、誰一人として居なかった。


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