真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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当分はこの話の描き方で行きたいと思います。


三話

「あぁ?」

「ほう?」

 

 賀斉と同じ仮面に手を掛けたのは、白い装束に身を包んだ少女だった。雰囲気は飄々としているが、鋭い双眸から放たれる闘気は、どう見ても並外れた武芸者のそれである。

 

「生憎だったな、姉ちゃんよ。コイツは私が先に目を付けてたんだ。金もあるし、アンタに譲ってやる道理は無いだろう?」

 

 賀斉は自信満々といった表情で白装束の少女に勝利宣言を叩きつけるが、一方の少女も余裕の構えを崩さない。何やら底知れぬものを彼女の中に感じ、至って下らない喧嘩であるにも関わらず、孫皎は身震いを禁じ得なかった。

 

「いやいや、そう結論を急ぐこともありますまい。――店主、本当の所は、どちらが先に目をつけていたのか、こやつにはっきりと教えてやってはくれないか?」

 

 その言葉を聞いた賀斉の顔色がはっきりと変わる。

 

「待った!私はこの仮面が店頭に並んだ日から目を付けてたんだぞ?店主を脅して嘘を言わせようったってそうはいかないな!」

 

 傍から見れば、求める商品が手に入らなそうだから必死になっているようにしか見えないだろう。実際、周囲で事の成り行きを見守っている孫皎や住民たちの間からも、そうと感じたのであろうと取れる溜息が聞こえてくる。

 ――彼女のなけなしの名誉を守る為に弁護するのならば、彼女が怒ったのは脅迫および嘘の強要を白装束の少女が行おうとしていると判断したからであって、決して仮面を奪われる懸念からでは無い。趣味の如何はともかくとして、彼女の心根はそういった類の不正を許さない強直(きょうちょく)さを備えているのだ。

 

「それがですね、賀斉様。この方の言っている事は本当なのですよ」

 

「はぁあ!?オイオイ店主、冗談も休み休み言ってくれよ!」

 

 結局、彼女の判断は見事に外れてしまったようだ。店主は恐る恐るといった風ではあったものの、彼自身の口から賀斉の敗北を告げた。彼女は信じられないといった風に頭を振っていたが、

 

「――前に此処で仮面を買おうと思ったのだが、生憎とその時は持ち合わせが無くてな。店主に頼み込んで新しい商品が出来たら譲ってもらえるように頼んでいたのさ」

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 追い打ちを掛けるような少女の言葉を以て、決着はあっさりとついてしまったようだ。

 

「これは負けを認めざるを得ないんじゃないか?引き際を心得るのも将の才幹だと思うんだけどよ」

 

 孫皎がぶっきらぼうに言葉を投げかけると、賀斉はしばらくの逡巡の後、力なく肩を落として首を縦に振った。当然手に入ると思っていた物が手に入らなかったのだから、その心痛は如何ばかりであろうか。慰めるように肩に手を置いた孫皎に力なく笑いかけ、賀斉は白装束の少女に向き直る。

 

「今回は図らずも対立することになったが、本来は同じ趣味を持つ同士だと見受けた。――私は姓を賀、名を斉、字を公苗という者だ。差支えなければ、名を聞かせては貰えないか?」

 

 少女はしばらく思案する風であったが、やがて妖艶な笑みを浮かべ、

 

「私は真定常山の出身で姓を趙、名を雲、字を子龍と申す者。何れ機会があれば、また会うこともあるでしょうな。……では、さらば」

 

 華麗な所作で身を翻し、人ごみの中に姿を消してしまった。その場でしばらく彼女の後姿を見送っていた二人はどちらともなく顔を見合わせる。

 飄々として掴みどころのない少女だったが、その身のこなしは間違いなく一流。今の孫皎達ではまともな戦いになるかも怪しいだろう。それを悟りながらも、彼女たちの表情は寧ろ明るかった。まだまだ目指すべき頂点は高い。その事実に、若者らしい前向きさで挑むことが出来るからだ。

 

「やっぱり、人ってのは居る所にゃ居るもんだな」

 

「あぁ。――アタシたちは、これからああいうのと戦わないといけないのかもしれないんだよな?」

 

「そうだな。そういう機会もあるんじゃないか?」

 

「……なんだか、楽しみっていうのかな。自分の力がどこまで通用するのか知りたくって、うずうずしてきたぜ」

 

「――案外、すぐに機会は巡ってくるかもな。今の洛陽の情勢は、伝え聞く限りじゃかなりきな臭くなっているようだからね」

 

「平和が一番、なんだろうけどな。そうも言ってられないわけだ」

 

 不意に差し込んだ陽光が二人の目を(なぶ)り、すぐにまた雲間に隠れていった。

 

――――――――――――

 

 それから数週間後、孫皎は寿春の政務室に呼び出されていた。その場には既に政務官代表の周瑜と陸遜、諸葛瑾の三名が顔を揃えており、武官の側にも重鎮たる黄蓋、程普、韓当、徐盛――十座の四名が並んでいる。そして上座たる中央の座には、亡き孫堅からその地位を引き継いだ孫策伯符――雪蓮が泰然とした面持ちで構えていた。孫皎はその威容に思わず干上がった喉を鳴らし、深く息を吐いてから政務室へと足を踏み入れた。

 

「孫叔朗、只今参上仕りまして御座います」

 

「うん、ご苦労。今日は遅刻しなかったのね」

 

此度(こたび)はお戯れも御座いませんでしたので。幸いにして、こうして定刻通りに参上する事が叶いました」

 

 孫皎の返しに、周囲から笑いが起こる。孫策はしてやられたとでも言いたげに頬を膨らませたが、直ぐに君主たるに相応しい顔立ちに戻る。

 

「漢王朝から西涼方面で発生した乱鎮圧に参加しろっていう勅書が届いたわ。刻限から言って、すぐにでも兵を取りまとめて出発しないといけないわね」

 

「ほう?そいつは中々面白い話ですな。まさか我々に御鉢が回って来るとは思いませなんだ」

 

「確かに。功績になる話ならば、西園八校尉の連中に回るのが当然というもの。それがこのような田舎の一勢力に来るというのじゃから……」

 

 孫皎が発した言葉を徐盛が受け、更に黄蓋が引き継ぐ。更に続いたのは周瑜だった。

 

「西園八校尉は、おそらく宦官にして校尉筆頭の蹇碩(けんせき)が手を回して動けないようにしているのだろう。自分の配下だと思っている連中に、なるべく戦功を立てて欲しくないのだろうな」

 

「小さい奴よね~」

 

「……まあ、その小さい男のお蔭でこちらが武功を立てる機会を与えられたのだから、良しとしておこう。ともかく、涼州の馬一族は反乱軍と手を組む恐れがあるからアテには出来ない。かといって他の諸侯では力不足といった感じで、我々が選ばれたのだろうさ」

 

 周瑜の推測は的中している。曹操を抑えたのが袁紹であるという点を除いて、ではあるが。

 

「で、我々としてはこの討伐軍に誰を参加させるべきか、って考えてた訳なのよ珠蓮ちゃん」

 

「ちゃん付けはやめて下さいってば。何回言ったら分かってくれるんすか?翠里(みどり)さん」

 

「お断りします。――で、珠蓮ちゃん明日誕生日でしょ?本格的に動乱が始まる前に、一度大規模な戦闘も体験してもらおうかなーって思ってるのよね」

 

 諸葛瑾――翠里の言葉に、孫皎は思わず首を傾げる。つまり百単位の賊討伐程度では無い本格的な戦闘への参加を命令されるという事なのだろうが、

 

「従姉様、構わないのですか?孫家が名を売る為の大事な戦いに、アタシなんかを連れて行って……」

 

 怖じ気付いた訳では無い。孫皎は誰に言うでも無く、自分に対して言い訳を試みる。準備は十分にしてきたし、やってのける自身も無いではない。ただ、初陣と言う言葉から発せられる高揚感と裏腹な自身の冷え切った心を見つめた時、戸惑いを隠せないだけなのだ。

 

「問題ないわよ。折角の機会を逃しては、成長出来るものも出来なくなってしまうもの」

 

「いや、はあ……。そういうもんですか?」

 

「納得いっていないようだな、珠蓮。……我々は、お前だからこそ指揮官として起用したいと考えているんだぞ?」

 

「……?」

 

「私が、この孫伯符が貴女の将器を買ったのよ。それで良いんじゃないかしら?」

 

「――!孫叔朗、賊軍討伐従軍の命、謹んで拝命致します!」

 

 あるいは理屈など、どうでもよかったのかもしれない。孫皎は、何故だかそんな風に考えていた。そして、そう考える事が、正しいように思えてならなかった。


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