真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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 無双7エンパとか三國志13とかをやってたら遅れました。


三十三話

 涼州の茫漠たる荒野を、体の芯まで冷え込ませるような寒風が吹き荒ぶ。見渡す限りの大平原では涼州兵達の騎兵調練が活発に行われており、その喧騒が辺りに響き渡っていた。

 その様子を遠くから眺める人影が一つ。烏の濡羽色の着物を着流しにし、錦糸のような金髪を総髪に結わえた女性だ。嘗て曹仁と呼ばれていた彼女は今や名を捨て、名もなき一武官として羌族との抗争に身を投じているのだ。以前の彼女らしい愚直さは長く戦いの中に身を置き続けたことで鳴りを潜め、今では歴戦の将の風格すら漂わせていた。全身に刻まれた歴戦の傷跡も、その凄みをいや増している。

 睨むような鋭い視線を兵たちに向ける彼女の横に、煙草を燻らせた文聘が並び立つ。彼女はとうの昔に故郷の南陽へと帰ることが出来たのだが、何とはなしに目の前に立つ彼女を放っておくことが出来ず、そのまま共にこの涼州に残っていた。勿論、彼女もまた優秀な野戦指揮官として騎馬隊を指揮しており、その経験値の高まりは日々実感していた。

 

「どうだい、名無し。新兵達の調子は」

 

「悪くはないな。この調子で進めれば騎射の調練もいずれできるやもしれん」

 

 名無し、というのは頑なに名乗ろうとしない彼女に対する文聘なりの意思表示だったのだが、いつの間にか涼州に居を構える文武感たちの中で愛称として定着していた渾名である。当初は気にするそぶりを見せていた曹仁であったが、今ではすっかりその呼び名に順応していた。その事実に、文聘は心中でそっと息を吐く。

 

「そいつぁ良かった。それなら絢様にもいい報告ができるな」

 

「あぁ。――で、何の用だ?(えい)。特に用事がないのに私を訪う貴様でもなかろう」

 

 あんまりな言いぶりに反駁しようとする文聘であったが、彼女を訪う際に何かと理由をつけていた事を思い出すに至ってバツの悪そうに頭をかく。

 

「アンタがいつまで、ここに居るつもりなのかと思ってさ。中原でも黄巾賊の乱が終息したと聞くし、そろそろ戻ってもいいんじゃないか?」

 

 曹仁は文聘の言葉について考えを巡らせ始める。確かに、自分は以前とは比べ物にならない程に強くなったという自覚があった。羌族との戦いの中にあっても、終始優勢に戦闘を推移させることが可能なほどだ。だが、この実力が果たして中原に於いてどの程度の領域なのかが彼女には分からなかった。故に、今すぐ帰るという選択肢は取り辛いものがあったのだ。

 

「何にせよ、韓遂様にお話しをしてからだろう。この調練が終わったら、早速ご相談に伺うとしよう」

 

「そうさな、そうしよう」

 

「というか、帰りたければ衞一人で帰ってもいいんだぞ?」

 

「ほざけ。危なっかしいアンタ一人置いていけるかっての」

 

 呑気な文聘の笑い声が平原に響き、寒風に溶けるように消えていった。

 

 

 

 調練を終えた曹仁は直ぐに文聘を伴い、金城の政庁へと顔を出した。政務に励んでいた韓遂は二人が入ってきたと見るや忙しなく動かしていた手を止め、にこりと笑みを浮かべた。表面上は人好きのする彼女の笑みは、しかしその裏に果てない闇を湛えているようにも見える。見るものによっては底知れぬ恐怖を感じるであろうその笑顔が、曹仁は気に入っていた。普段は全くと言っていい程に隙を見せない彼女の、数少ない人間味を感じられる部分だったからだ。吸い込まれそうなほどに透明な表情を眺めていると、韓遂の隣に影の如く控えていた成公英が態とらしく咳払いをした。我に返った曹仁は成公英の恨みがましい視線を無視し、韓遂の方へと向き直った。

 

「この度は、暇請いに参りました。命を救っていただいたのみならず、その後の逗留まで許して頂いたことには感謝してもしきれませんが……郷里の様子も気になりますので」

 

 韓遂の表情は変わらない。ただ深奥の見通せぬ目でもって、曹仁の事を見つめるだけだ。

 

「そういえば、黄巾賊の討伐に向かった折に面白い奴に会ったよ。なんて言ったかな……」

 

「孫伯符のことでしょうか?確かに彼女は英傑の類でしょうが、私にとっては然程……」

 

「彼女は私にとっても余り面白くはない。内に秘めた熱量は凄まじいが、如何せんあれは他者に覇道を受け継がせようとする者のにおい(・・・)がする。自分では皆を幸せには出来ぬと悟っているのだろうよ」

 

「――では、誰のことなのです?」

 

 暗に自分は孫策と異なる種別だと言い切った韓遂であったが、そのことに気付きながらも敢えて触れない成公英。韓遂はノリの悪い部下を咎めるように睨んだが、すぐに視線を訝しげな曹仁と文聘の方へと戻した。

 

「確か……曹孟徳とか言ったか。許昌包囲戦の軍議の時に私に突っ掛かってきた奴さ」

 

「あぁ、あの時の剣幕といえば、身内でも殺されたような激しさでしたね。絢様はあれが面白いと?」

 

 曹操の名を出した途端に露骨な反応を見せた曹仁。これによって韓遂は彼女の正体に対して確信を得たが、それをお首にも出さずに話を続ける。

 

「あぁ、あれの統率する軍はあの当時の官軍……孫策や我々のように独立した兵権を持たぬ者の中では、という括りでだが……突出した戦力であり、しかも領地の陳留は黄巾賊が跋扈する只中であるにも関わらずさしたる混乱もなかったと聞く」

 

「確かに、そう考えると非凡ではあるのかもしれませんね」

 

「だが、私の興味を惹いたのはそこではない。彼奴の行った徐州での大虐殺よ」

 

「ぎゃく、さつ……?それは本当のことなのですかっ!?」

 

 食って掛かる曹仁を片手で制し、韓遂は剃刀のように鋭利な笑みを浮かべた。

 

「あぁ、間違いなく本当だとも。彼女は徐州に潜む黄巾賊の討滅と称して、彼の地で大虐殺を行ったのさ。父を刺史陶謙に殺されたせいだとも言われているが、もしそうだとすれば大した復讐心だとは思わないか?何せ、『本当は陶謙に直接復讐をしたいが、それをすれば今佳境に差し掛かっている黄巾賊討伐に水を指すし、何よりも地位に瑕疵がつく。だが何もしないのは父を殺され、従妹の死の原因を作られた私の気が収まらない。だから奴の領民を殺すことで間接的に痛めつける』なんて発想なのだろうからな」

 

「それの……それのどこが、面白いと言うのですかっ」

 

「お、おい落ち着けって。確かに胸糞の悪い話だが、文約殿に怒鳴ってどうこうなるものでもないだろう」

 

 曹仁は激発したが、実のところ、韓遂の曹操評は正鵠を射ていた。状況を後から俯瞰しただけにも拘らず、曹操の内心の動きをほぼ完璧に追っていたからだ。知らずのうちに事実を言い当てた形ではあったが、それに気付くものは居ない。

 

「誤解の無いように言っておくが、私は民草が弑されることを面白がっているわけではないぞ?面白く感じたのは曹孟徳の精神構造さ。心根では家族を想う心を持ちながら、陣頭に立って無辜の民を虐殺することをすら厭わないその精神性は常人からすれば異常の一言に尽きるだろう。だがそれは同時に数多の人を惹き付けてやまぬ王器、覇気でもあるはずだからな。これからの乱世、恐らく奴は大きく飛躍するだろうよ」

 

 くつくつと愉しげに笑う韓遂すら目に入らぬほどに、曹仁の内心は混乱しきっていた。幼い日から共にあり、一緒に遊んだり、勉学に励んだ従姉がそのような凶行を起こすとは信じられなかったのだ。だが、この場において韓遂が嘘偽りを述べる理由が全く無いのもまた事実であり、今迄一年と少しともに過ごして来た中で感じた彼女の人となりがその推論を曹仁の内心で補強していた。

 

「……で、どうする?中原に戻るというのであれば私達は止めだてはせぬし、重ねて逗留を求めるというのであってもまた然り。早い話が君の自由意志を尊重するということだな」

 

 芝居がかった動きで両の腕を広げ、じっと曹仁の瞳を見つめる。愉しがっているようにも、その意志を確認しているようにも見える彼女の視線を受け、曹仁は逡巡する。だが、それも一瞬の事であった。

 

「やはり、私は中原に戻ろうと思います。今迄の御恩は忘れません、有難うございました」

 

 曹仁は同じく頭を下げた文聘を伴って庁舎を後にする。後ろ姿を見送った韓遂は悪辣な笑みを浮かべた。さながら、計は成ったとでも言わんばかりである。

 

「さて、斯くして毒は放たれた訳だ。これが効くのが何時になるのかはわからんが、確実に曹孟徳にとって致命の一撃になるだろうよ」

 

「そう上手く事が運ぶでしょうか?曹孟徳とてその程度の策は看破するでしょうし」

 

「間違いなく致命傷となるさ。彼女達が表舞台に立つのは直ぐの話ではない。彼女達が望もうが望むまいが、より効果的な場面になるのだからな」

 

 曹仁が韓遂の人となりを観察していたのと同じように、韓遂もまた曹仁の人となりをじっくりと観察していた。より本質に近い部分まで見抜いていたからこその、この言葉である。

 

「彼女は確実に見に回る。嘗ての経験から慎重になっているんだろうが、そこが彼女にとっての新たな弱点になっているのだろうな。……だが、事の真相がはっきりとしたのならば、必ず表舞台に立つ。そしてそれは、曹孟徳にとって致命的な状況となるのさ」

 

「絢様がそう仰るのでしたら、私からは何も。兎に角も来るべき時に備えて政務に励むとしましょうか」

 

 二人の悪辣な笑い声が執務室に響く。それを聞くものは誰一人として居なかったが。

 


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