真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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お待たせしました。展開に詰まったり体調崩したりしているうちに此処まで延び延びに……


三十二話

 司馬懿と蒋済との邂逅から数日ほどが経過した。一刀はある日から、何となく誰かの視線を感じるような気がしてならなかった。背後や上を見れども姿は見えず、だが確かに誰かに見られているのだ。当初は最近仕官してきた周泰の仕業かとも考えていたのだが、彼女は日がな一日城壁の上から周囲を監視するという任務に就いているという。

 

「って訳なんだけどさ、雪蓮は何か心当たり無いかな?」

 

 真剣な表情の一刀に相談を受けた雪蓮は、概要を聞くや盛大な溜息を吐いた。勿論、相談の内容が下らなかったからではない。

 御使いたる彼に孫策の知らぬ尾行の手が付いているのだとすれば由々しき事態であり、即時排除の案件となる。だが、身体能力が一般兵と同等しかない一刀にすら勘付かれる程度の尾行となれば、孫策にとって容疑者は唯一人にまで絞り込めてしまうのだ。

 

「放っておいていいわよ。そのうち向こうから接触してくるでしょうし」

 

「その言い振りだと、雪蓮には目星がついてるんだよな?何だって教えてくれないのさ」

 

「それを検討付けるのも修行のうちってこと。一刀は勘働きが鈍いんだから、こういうちょっとしたことから鍛えていかないとね」

 

 意味深な満面の笑みを湛える孫策に対し、一刀はそれ以上何も言い出せずにすごすごと退散する他無かった。

 

「こういうのはお互いの歩み寄りが大事だからね。当事者以外が嘴を差し込む問題じゃないの。……ね、冥琳?」

 

 一刀が立ち去ったのとは真逆の方向からやって来た周瑜に対し、孫策は悪戯な笑みを浮かべた。対する周瑜も戯けるように肩を竦め、

 

「そうだな。雪蓮も偶には良いことを言うじゃないか」

 

 などと、何時もの仕返しとばかりに言い返してみせた。

 

「あによう、言いたい放題言ってくれちゃってさ」

 

「良い傾向だということさ。以前の雪蓮であれば、隠れていた珠蓮に石でもぶつけていただろうしな」

 

 言い返せずにむくれっ面になった孫策を見ながら笑う周瑜の朗らかな声が、中庭に心地よく響き渡った。

 

 

 

 一刀は結局具体的な情報を何一つ得られぬままに自分の部屋へと戻り、寝台にその身を横たえた。あの後孫権や徐盛、張承達にと手当り次第に尋ね回ってこそ見たものの、誰も彼もが言葉を濁し、最後には孫策と同じようなことを言って一刀を追い返したのだ。

 敢えて相手が接触してくるのを待ってもいいのだが、一刀は自力でその答えに辿り着こうと考えを巡らせ始めた。

 

『雪蓮がああ言ってたってことは、少なくとも孫家に敵対する、害意を持つ輩が俺を監視しているんじゃないんだろうな。となると、身内がやってるって訳か』

 

 一刀は孫策に拾われてからというもの、孫家の下で働く様々な文武官を見てきた。彼らは皆個性的であったが、それでもこういう迂遠な行動を取るような人物には思えなかった。

 

『じゃあ、新しく来た人たちかっていうと、それもなあ……。司馬懿さんと蒋済さんはそういう事をする必要がないし、劉繇さんも王朗さんとも俺は会ってない。許貢さんとはちょっとだけ話したけど、そういうことが得意なタイプには見えなかったし……』

 

 今ひとつ、ピンとこないものがあった。では一刀の知らない、縁の薄い人物が犯人かといえば、それもまた違うような気がするのだ。何しろそういった手合いとは殆ど会話も交わさないのだから。孫策と親しいという噂が流れていることは知っているが、それを聞くのであれば自身に直接訪ねに行くのが彼ららしさではないかと思うのだ。

 

『そういえば、孫皎のことを暫く見てないな……』

 

 ふと思い浮かべたのは、勝ち気な少女の顔であった。そういえば、司馬懿達との邂逅以来、孫策は無理に一刀と孫皎の会談の場を設けようとはしなくなっていた。

 

『でも、アイツがそういう回りくどいことをするかなぁ……?』

 

 彼女の性格的に、そういった行動はまず取らないように思えた。直情径行と云っては印象が良くないが、良くも悪くも孫家想いの真っすぐな少女なのだと、一刀は思っていた。

 

「そういえば、司馬懿さんと雪蓮が話していたことってどうなったんだろ……」

 

 孫皎の助けになるという約定の事だが、それが既に解決済みであることを一刀は知る由もない。あの神算鬼謀の持ち主がそうそう失敗するとも思えないけど、一刀は楽観的に考えていた。

 結局、彼にとっては誰が犯人なのかなど分かることも無く。そのまま深い眠りに落ちていった。

 

――――――――――

 

 翌日、一刀は新たに教育係として任命された陸遜との顔合わせをした後に孫策と徐盛との調練を見学していた。二人は方向性こそ違えども孫家における武の極致であり、その二人が率いる部隊の繰り広げる模擬戦は凄まじい迫力があった。かたや圧倒的な武威を以てその剣を振るう孫策隊。かたや一分の隙も無い堅陣を敷き、相手の勢いを徹底的に殺してかかる徐盛隊。互いに自身の実力の限りを尽くして戦っており、その様はさながら演武のようでもあった。

 

「はー、こりゃ凄い」

 

 間の抜けた声を上げる一刀。彼の後ろで調練を見守っていた周瑜は盛大に溜息を吐き、手に持っていた鞭で以て一刀の頭をぴしりと叩く。

 

「北郷、これはお前のための調練でもあるんだぞ?確りと目にし、その内から学ぶのだ」

 

「あたた……分かってるよ、冥琳。けどなぁ、あの二人の戦いは高度過ぎてどうにも……」

 

「ならばせめて、その間抜けな声をどうにかしてくれ。他の者に示しがつか――」

 

「うっわー!すっげぇっすよ珠蓮さん!オレ、こういうの初めて見たっす!」

 

 周瑜の説教は、一刀以上に間の抜けた叫び声に掻き消される。見れば、孫皎が一刀が今迄見かけたことのない少女と共に模擬戦を観戦しているではないか。

 

「親父殿は連れてきてくれないのか?」

 

「うん。親父はなんつーか、過保護なんだよな。お袋がオレを産んで死んじゃったからなんだろうけど、武官よりも文官になれって煩くてさ。親父の娘なんだから、オレだって武官向きだと思うんだけどなぁ」

 

「あー、まあ凌操殿はそうだろうなぁ。あの人調練の最中も娘自慢してたりするし。『うちの(ふぇい)は漢朝始まって以来の美人だぞ!』とか、『うちの緋は良い子なんだぞ。料理は美味いし家事も得意、おまけに性格も最高と来たもんだ』とか散々自慢してたなぁ」

 

「んなっ……!?」

 

「随分と楽しそうじゃあないか、孫皎、凌統?」

 

「あだっ!!」

 

「きゃんっ!?」

 

 態々声を掛けたのにも関わらず、孫皎と少女――凌統は振り下ろされた鞭による痛打を避けられずに悲鳴を上げた。完全な不意打ちですらないにもかかわらず二人同時に痛打を与える周瑜の背中に、一刀は鬼神を見た。

 

「前にも言ったような気がするが、覚えが悪いようだからもう一度言うぞ。調練の場でそういう間抜けな声を上げられては兵の鋭気が殺がれる。だから静かに観戦しろ……分かったな?」

 

「あい……」

 

「ごめんなしゃい……」

 

静かに放たれる圧力は孫策のそれに引けを取らぬ程で、直接中てられていない一刀ですらも冷や汗をかくほどであった。気付けば、一刀達の周囲から人影が消えていた。それほどに凄まじかったのだろう。

 

「め、冥琳。そのくらいにしておいた方がいいんじゃないか?ほら、周りの人もびっくりしてるし」

 

「む、確かにそうだな。……そういえば、北郷は初見だろうから紹介しておこう。コイツは凌操の娘で凌統という。ひょっとするとどこかで名前くらいは聞いたことがあるかも知れないがな」

 

「どうだったかなぁ。ま、兎に角凌統ちゃん、宜しくな」

 

「うっす!オレは凌統、気軽に字で……公績って呼んでほしいっす!」

 

 凌統はぎゅっと一刀の手を握り、ぶんぶんと上下に振る。まるきり子供っぽい動作だったが、それが良く似合う快活さであった。とかく年相応の可愛らしさを振りまいており、これは父親が自慢するのもむべなるかなといったところだろう。

 

「なるほど、こりゃ凌操さんが自慢するわけだ。元気な良い子じゃないか」

 

「えへへ、それほどでもないっす」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる凌統の頭を撫でていた一刀は、何時もの気配が自分を見ていることに気付いた。慌てて周囲を見回すと、視界の隅で孫皎が慌ててそっぽを向く姿が目に映った。

 

「孫皎?今俺のこと……」

 

「見てないっ」

 

 半ば以上自白であったが、孫皎はそれに気付いていないようだ。耳まで真っ赤にしてそっぽを向く彼女を、一刀はまるで珍獣でも見るかのような呆気にとられた表情で眺めていた。

 

「あーもう!十座の陣硬すぎ!」

 

「そいつぁ最高の褒め言葉ですなぁ。っと、こいつで王手ですよ、お嬢!」

 

「うげっ……!」

 

 攻め手を四段構えの盾隊で押し切った徐盛隊による弓の一斉射撃で、孫策隊の隊伍に乱れが生じる。その隙に盾隊の抜刀突撃が炸裂し、今回の調練における勝者が確定した。

 

「むー、今回も勝てると思ったのになー」

 

「そうそう連勝なんぞさせやしませんよ。俺とて先代からの薫陶を受けた一人ですからな」

 

 不満そうな孫策であったが呵々大笑する徐盛につられるように笑顔を零し、それを契機とした周瑜の号令によって、調練の幕は降りたのであった。

 

「……だめだ、さっぱりわからん」

 

「全うな軍同士がかち合う類の戦闘を見たのは初めてだろうからな。本音を言えばもう一声欲しかったところだが、今はそれでも構わん」

 

 周瑜は一刀の肩に手を添え、じっとその瞳を見つめる。それは一振りの刀のように鋭い視線だったが、同時に計り知れぬ優しさをも感じさせた。

 

「これより先、我ら孫家の戦はこれすら凌ぐ激しさとなるだろう。昨日親しく話していたものが、明日には骸となるやもしれん。……だが、それら全ては礎なのだ」

 

「礎……」

 

「そう。我ら孫家が天下に勇躍し、中原に覇を唱える為のな。故に、すべての犠牲は等しく尊ぶべし。無為の犠牲をこそ憎むべきなのだ。……分かるな?」

 

 言葉こそ厳しいものであったが、それは全て周瑜の優しさの発露であった。これを一刀に語って聞かせたのもその優しさ故。犠牲に慣れず、だが厭わず。一見して難しい覚悟こそ、これからの孫家で必要とされるものだと語って聞かせたのだ。

 言外のそれは、一刀にも過不足なく伝わった。これからは必要に応じて幾らでも矢面に立つ。その覚悟を決める端緒となる程に。

 

「……さて、難しい話は此処で終いにしよう。凌統、これから君の父上と共に雪蓮の所へ行くんだが、一緒にどうだ?」

 

「雪蓮様ですか?!是非ともご一緒したいっす!」

 

 周瑜は孫皎に意味深な目配せをすると、凌統を伴って去ってゆく。周囲の喧騒も何時しか消え、残ったのは一刀と孫皎だけだった。

 お互いに声をかけようとし、逡巡する。そんなことを繰り返しながら時間は過ぎてゆく。その様子からは孫皎の今までの態度を伺うことは出来ず、一刀は余計に混迷を深めていた。

 孫皎もまた、今迄つっけんどんに接していた相手に対して何を言えばいいのか、さっぱり浮かばずにいた。そもそもそれが判っていれば慣れぬ尾行をせずに済んでいるのだが、それはさておき。何度も口を開けては閉じ、視線を合わせたかと思えば直ぐに逸らす。そんな彼女らしくもない様子に、流石の一刀にも不安が募ってゆく。

 

「……なあ、孫皎」

 

「ふあっ!?な、なんだよ北郷」

 

 見かねた一刀が声をかければ、孫皎は面白い程に反応し、びくりと飛び上がった。そして一刀を恨みがましく睨み付けるが、普段のように噛みついてきたりはしようとしない。

 

「どうしたんだ、いつもの孫皎らしくないじゃないか」

 

「いつもの、ってなんだよ」

 

「俺にもっとつっけんどんな態度をとったり、悪態吐いたりしてるじゃないか」

 

 反駁できずに口を噤む孫皎。その表情すらも何時もの負けん気に満ちたものではなく、今迄の言動に対する悔悟の情によって揺れ動いていた。

 

「そのことで、北郷に言わないといけないことがあるんだ。聞いてくれないか?」

 

「お、おう」

 

「まずは、今迄不躾な態度を取り続けてきた事を謝罪させてほしいんだ。理由は前にも話したけど、それでも我が主君が認めた相手に対する態度じゃあなかった」

 

 

 

 真摯な態度は彼女なりの精一杯の謝意の表れであった。深々と頭を下げる孫皎を慌てて助け起こした一刀は、兎に角にもと続きを促す。

 

「……あの時、アタシが言ったことを覚えてるか?」

 

「確か、孫皎の他に誰も反対する人が孫家に居ないことが問題だって……あぁ、それで標さんがあんなことを」

 

「あんなこと?」

 

「孫皎の助けになるとか言ってたから、あの時は雪蓮から大雑把なことしか聞かされてなかったから良く分からなかったけど」

 

「あ、ちゃんとその辺は雪蓮様に通してあったのか。流石だなぁ仲達さん。……じゃなくって、その話だよ」

 

「うん?」

 

「仲達さんと子通さんがアタシの代わりをしてくれるから、お前は自分に正直に生きろ、なんて言ってくれてさ。だから、その……」

 

 そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせていた孫皎は、やがて意を決したように一刀の目をじっと見つめる。それはいつものような威圧する為の眼光ではなく、一刀も落ち着いてそれを受けきることができた。そのことに安心したかのように、孫皎はゆっくりと口を開く。

 

「自分でも虫のいい話だって思うけどさ。……アタシと友達に、なっちゃくれないか?」

 

「何だ、そんなことか」

 

「そんなって……!」

 

「俺は、もうとっくに孫皎を友達だと思ってたよ。だからさ、ほら」

 

 温かい笑顔とともに差し出された手を、ぎゅっと握る。瞬間、凍てついた二人の時間を溶かすように、ドクンと鼓動が鳴り響いた。




 拠点パートは原作同様に四回+α(自分の書きたいもの)という構成でいこうかと思います。
 基本的にはこちらも原作同様に一刀の一人称視点で書いていこうと思います。

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