真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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ついにここまで来れたなぁとしみじみ。まだまだ序盤なので、これからもせこせこ頑張って参ります


三十話

 翌日、劉繇と王朗は孫策が選定した文官を連れて各々の領地へと向かって行った。豫章と会稽に居留している目ぼしい人物には以前から声を掛けており、彼らが太守の支えとなり、手助けをする手筈となっているのだ。

 そして残った許貢と蒋済はというと……

 

「吾輩は巡察に、ですか」

 

「えぇ、先ずは建業の民がどのように暮らしているのか。そこを見てもらおうと思ってね」

 

「あい分かり申した。では、早速」

 

「宜しくね。……十座、案内は宜しく頼んだわよ~」

 

「了解だ、大将。――んじゃ行くぞ、先ずは市場から見て回るからな」

 

 徐盛が許貢を伴って退出したのを見届けてから、孫策は蒋済の方へと向き直った。

 

「改めて、黄巾党叛乱の時は情報を流してくれてありがとね。お陰でこんな地位まで貰えちゃった」

 

「お気になさらず。あれは吾々が糊口を凌ぐためにも必要だったからそうしたまでの事、お互いの利益が一致したからこそ情報を供与しただけですので」

 

「素っ気ないのねぇ。……ま、いいわ」

 

 ニコリと笑い、孫策はずいと身を乗り出して蒋済の目をじっと覗き込む。どこまでも深いその瞳に映るのは、蒋済の胡乱げな瞳。何を考えているのかなど欠片も表に出そうとしない、そんな瞳。

 

「で、貴女はどうして私のところに?中央勤めを続けていれば、それなりの地位までは上がれたように思うんだけどな」

 

「いやいや、私なんぞはあのまま勤め上げても大した地位には就けませんよ。田舎の太守が良いところでしょう」

 

 そう言って笑う蒋済の瞳には、だがいっさいの感情が感じられない。意図的にそうしているのだろうが、凄まじい自己管理能力に孫策は内心で舌を巻いた。

 

「じゃあ、私のところに来た理由は?」

 

「此処なら、私の才能を上手く使っていただけるでしょうからな。やはり才持つものとして生を享けたからには……それを最大限発揮したいと思うのが人の性でしょう?」

 

 一面では、それは真実だっただろう。だが、孫策はその裏に隠されたものがあることに気付く。常人では気付かぬほどに小さなものではあったが、それは確かに蒋済によって自覚され、飼いならされた欲求であった。

 

「それだけじゃない、そうでしょ?」

 

「…………流石の慧眼、ですな。恐れ入りましたよ」

 

「聞かせてくれるわよね?」

 

「無論。――孫策様は、王佐の才と言うものをご存知で?」

 

「張子房のことでしょう?高祖の覇業を佐け、王たらしめた至高の才」

 

 蒋済は重々しく頷いた。その目に宿るのは先程までの胡乱な光ではない。より強く、はっきりとした意志だ。

 

「私は、それになりたい。英雄たる主を佐け、王たらしめる。そういうことをしたいのです。――ですが、私には軍略において傑出したものはない。ですので……彼と、司馬仲達と共に王たる者の覇業を推し進めたいのです」

 

 一度言葉を切った蒋済は、自らの後ろに控える司馬懿を指し示す。司馬懿は略式の一礼をした後、彼の名を聞いた一刀が驚愕の表情を浮かべるのを見、次いで一刀の様子を興味深げに監察する孫策を見る。

 

「どうやらそこの少年はご存知のようだが……改めて自己紹介をば。姓は司馬、名を懿、字を仲達という。以後宜しく頼むよ、大将」

 

 司馬懿の自己紹介を聞き、今度はしまったという表情になる一刀。ここまで露骨にやられてしまっては、司馬懿としても気にならざるを得ない。急速に、彼の脳内で仮説が組み上がってゆく。

 

「と、その前にだ大将。俺の話を一つ聞いちゃあくれないか?――そこの少年についてのお話なんだがね」

 

 やがて一つの仮説を組み立てた彼は、剽軽な笑顔を孫策達に向ける。一見人懐っこくも見えるそれは、よく見れば不気味なほどの怜悧さを備えていた。孫策は彼の視線に晒されようとも微塵も揺らぐことなく、先を促した。

 

「んじゃまず、二つばかりの前提をば。まず、俺の親類縁者や知人友人の中に、君のような人種はいない。高等な教育を受けた者特有の佇まいでありながら、貴種特有の覇気を感じさせないような者はな。仮に知人が少年のような人種に出会ったとすれば、確実に話題に上る。それほどに異質な存在だということ」

 

 話し始めた司馬懿は、立て板に水を流すが如く推論を並べ立てる。それは正しく、弁士としての彼の姿であった。

 

「次に、俺自身の話だ。俺は無位無冠の身で、春華――蒋済の下で食客に甘んじているような身の上だ。知人達は俺を過分に評価してくれてこそいるが、俺の意を汲んで他人へ俺の才覚を広めるようなことはしないでくれている。ここまでは宜しいですかな?」

 

「……えぇ」

 

「ここで、最初の前提に立ち返りましょう。俺の知人に少年のような人種はおらず、かと言って俺の親類縁者や友人達は俺の事を外へ話すことはない。となれば少年、君と俺の間に接点は無いはずだ。……にも関わらず、君は俺のことを知っていた。いや、正確に言うなれば――此処に居るはずのない俺を知っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。違うかな?」

 

 再び、一刀は驚愕に目を見開く。司馬懿の言うとおり、一刀は『魏の軍師として諸葛亮と幾度となく戦いを繰り広げた』司馬懿を知っていた。そして彼の知識の中で、司馬懿が孫家家臣団の列に加わったという記述は存在しなかった。故に、その名を聞いたときに驚きの表情を浮かべたのだ。

 

「恐らく君の知る俺は孫家以外の別の勢力に所属し、且つそれなりに名が知れていたのだろう。だからこそ俺が名乗ったとき、何故ここに俺が居るのか……そういう心中が表情に出た。だが、話した通り俺は無位無冠の身。しかも何処かに仕官したという経験も一切ない」

 

「……」

 

「そうなってくるとさあ不可解だ。少年の知る俺は、司馬仲達という人間は一体何処にいて、何をしたのか?――ここで、君の纏う雰囲気だ。教育の行き届いた立ち居振る舞いでありながら、貴種らしさの感じられないその姿。それは即ち、君が我々が言うところの平民層に属していたという事を意味している。信じられないことだがな」

 

 事情を知らぬものが聞けば、とんだ論理の飛躍だと思うような司馬懿の言葉を聞きながら、孫策は心中で感嘆を漏らしていた。ほんの僅かな情報から、ここまで論を膨らますことのできる人物を、彼女は寡聞にして知らない。恐らくは周瑜であっても、此処までのことは出来ないであろう。

 

「平民層が高等教育を受ける為には、国家に、そして各々の家庭にそれ相応の余裕がある必要がある。そして、国家を構成する国民一人ひとりに十分な倫理観が備わっている必要性もな。そうでなければ、国家は国民に学を与えようなどという発想にすら立ち至らぬ。知識は独占して然るべきもの……大将もそうお考えの筈だ」

 

「そうね、司馬懿の言う通りだわ」

 

 それは、丁度一週間ばかり前。孫策が周瑜と一刀との間で交わした議論の中で出た結論でもあった。それを知っている訳でもないだろうに……。孫策は己が頬を、冷や汗が伝ったような錯覚を覚えた。

 

「そして俺の知る限りにおいて、現在そのような水準にある国家というものは存在しない。漢王朝は言わずもがな、西の果てにある大秦国ですらな。仮にそんなものがあるならば、世界はとうの昔にその国家が席捲しているだろう。――となれば、君は何者だ?どこから現れた?」

 

「うっ……」

 

「有り得ない……というより自分でも荒唐無稽だとは思うが、俺にとって唯一の結論はこうだ。少年、君は未来からやってきた。この時代よりも民草が豊かで、尚且つ血を血で洗うような争いも殆ど鳴りを潜めた平和な時代から。……違うかな?」

 

 司馬懿はじっと孫策を、一刀を見つめる。自分の話はこれで終わりだとでも言うように。事実、ここからは答え合わせの時間だった。

 

「参ったわね、お見事よ。彼は……北郷一刀は、私達の時代から遙か未来からやってきた。私達は管輅の占いに擬えて天の御使い、と呼んでいるわ」

 

 それは、事実上の敗北宣言であったろうか。孫策はお手上げとでも言うように両手を挙げ、苦笑いを浮かべながら司馬懿を見つめた。一刀は只々呆気にとられるばかりで、視線は二人の間で行き来していた。

 

「あいや、これで俺も胸のつかえが取れた。感謝しますよ、大将……いや、伯符様」

 

「雪蓮で良いわ。それから、蒋済にも真名を許す。これだけの人材を連れてきてくれたんですもの、それでも足りないくらいね」

 

「祝着至極に存じます。――では、私も真名を。春華の名、お受け取りくださいますよう」

 

「俺の真名は標。これから宜しく頼む、雪蓮様」

 

 深々と礼をする蒋済と司馬懿を見ながら、孫策は内心で快哉を叫んだ。やはり許貢の如き小物を受け入れた自分の選択は正解だったのだと確信して。

 

「そうそう、珠蓮……孫皎に会ってあげてくれない?あの子、一刀のことで随分悩んでたみたいだから」

 

 孫皎は一刀が家臣団の総意によって御使いとして認められてからも、一貫して彼との距離を置き続けていた。それは彼女にとって御使いという存在が信じるに値しなかっただとか、一刀のことが個人的に気にくわなかっただとか、そういった理由ではない。孫家家臣団の中で一人でも反対者が居ないという状況を憂えたからだ。偏に孫家を思っての行動であった。

 

「孤軍奮闘たぁあの嬢ちゃんらしいねぇ。よござんす、俺らがあの子の代わりを務めましょう。憎まれ役も軍師の仕事ですからな。……それで構わんね、春華も」

 

「勿論だよ。君主に煙たがられるのも優秀な文官の仕事の内さ。それで本当に首を刎ねられなければ、それで十分」

 

 蒋済と司馬懿は悪戯っぽく笑う。その様子はまるで長年連れ添った夫婦のように和やかで、思わず孫策と一刀までほっとした心持になってしまうような魅力に溢れていた。

 

「そういう訳だから少年、俺らが厳しくするからって泣き言を言うんじゃないぞ?多少の無理難題は俺達からの愛の鞭だからな」

 

「ぜ、善処するよ……」

 

「雪蓮様も、余り諫言が過ぎるからと言って我らを遠ざけませぬよう……分かっていますね?」

 

「分かってるわよ~。こりゃ冥琳ばりに手強い相手が出てきちゃったかなぁ」

 




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