真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

30 / 37
二十七話

 決死隊の帰還を待つ黄巾党に襲い掛かったのは、その隙を狙っていた官軍と義勇軍の一斉攻撃であった。直ぐに帰還した者たちを迎え入れられるようにと開け放たれた門扉を蹴破らんばかりの勢いで一番槍を果たしたのは、劉備率いる義勇軍であった。彼女たちは凄まじい士気でもって飢えに苦しむ黄巾党の信徒達を切り倒してゆく。その様はまるで無人の境を行くが如く。特に関、張二枚看板の勢いは凄絶の一言に尽きた。偃月刀と打鉾の一振りはそれだけで十の首級を刎ね飛ばし、一歩踏み出すだけで敵は三歩退いてゆく。天を衝く大山の如き威容はそれだけで敵を萎縮させ、味方を鼓舞してゆく。

 その様を後方から見つめるのは曹操。貧しい義勇軍の中にあのような傑物が紛れていたという事実に、そしてそれを見つけようともしなかった自分の不甲斐なさに切歯扼腕したくなる衝動を抑えながら指揮を執っていた彼女であったが、それを加味しても尚、采配の切れ味は鋭い。もとよりただの討滅戦であって、然程の苦労も無いとはいえ、である。鬱憤をぶつけるかのような采配は平素の彼女からは想像もつかない程に荒々しくあったが、この戦場においてはそれが良い方向に作用していた。押せば押すほどに相手の士気が削がれ、壊乱してゆくのだから。勢いに乗った夏候惇などは関羽や張飛にも劣らぬほどの勢いで賊徒を切り刻んでゆき、夏候淵も弓隊を指揮し、姉の驀進を的確に援護してのけていた。

 

「そォらあッ!!貴様ら大義無き雑兵如きが、この夏侯元壤を止められるものかッ!」

 

「姉者、前に出過ぎだ!華琳様を置いていってどうする!」

 

 勢いに乗った夏侯惇の耳には、いかな妹の忠告といえど届かなかった。曹操は呆れ返った表情を覗かせたものの直ぐに切り替え、夏侯淵を率いて騒乱の渦中へと身を投じた。

 

 

 

 許昌の政庁に足を踏み入れた関羽は張飛に劉備や諸葛亮、龐統の守護を任せ、自らは少数の兵を率いて建物内部へと突入する。都市部とは違い、この建物を守護する黄巾党の精強さは比較にならぬ程であったが、それでも関羽率いる義勇軍に相対するには力不足であった。力押しに負けて追い散らされる彼らを尻目に辿り着いたるは政庁の中心部、会議を開くために設えた広間である。上席たる太守の座には、関羽たちに背を向けるようにして座す少女の姿があった。

 

「貴様が、張角だな!?」

 

 誰何の声で漸くその存在を認識したのだろう。普段の踊り子姿から装いを改め、道士服を身に纏った張角が関羽と相対する。

 

「如何にも。私が大賢良師、張角です」

 

 短い言葉だった。にも関わらず、そこから伝わる王器は並々ならぬものがあった。普段の張角であればこのような一種独特の威圧感を発することはない。であれば、何かが彼女の身に起こったということ。

 太平清了書と呼ばれる書物。于吉仙人から授けられたそれが、彼女の人並外れた王器の正体である。書物を完全に己が物とした彼女は全てが破綻するこの瞬間、自らが幕引きを行うためだけにこの力を解放したのだ。一度解き放てば只人に戻ること能わず、だがその対価として超常の力を得るそれを使えば、ともすればこの大乱を勝利へと導くことができたやもしれない。だが、彼女はそれをしなかった。

 それは彼女の本意ではなかったから。ただ少しだけ有名になって、後世に名を残す歌唱の遣い手となりたかっただけだから。そして、妹達と幸せに暮らしたかったから。

 

 だが、その夢は潰えた。他ならぬ、自分達の手によって。

 

「今此処に居るのは私一人。張宝は敵の手にかかるならと毒を煽り、張梁は……」

 

 少しの澱みが、張角の表情を横切る。だが、それ一瞬のこと。

 

「張梁は我らが業を背負い、果てぬ贖罪の旅の道行き、その途上にあります。仮に何ものかを取り戻したとして、最早私達と同じ天を戴くことはないでしょう」

 

 その言葉は託宣の如く。聞くものの心を強く揺さぶるものであった。これならば、黄巾党が大勢力となるのも得心がゆくという程に。

 

「そして、私の旅路も此処で終わる。……さあ、関雲長よ。私の首を召し捕られよ。それが貴女の本懐なのでしょう?」

 

「な、にを……言い出すのだ、貴様は」

 

 名乗った覚えもない名を呼ばれたことも、自分の内心を見透かされたことすらもどうでも良い。何故ここまでの大乱を起こした現況が粛々と首を召される用意をしているのか。それが関羽には不思議でならなかった。

 

「あんな惨劇を生み出しておいて!貴様には何の感情も沸かないというのか!」

 

 痛罵する関羽の叫び声も、張角の心には響かない。彼女の心はすでに凍てつき、死んでいるのだから。妹が隠し通そうとしたものを暴き立ててしまったその瞬間に。自分の夢がどれだけの人間を殺めてきたのか、その現実を知った瞬間に。

 

「同胞を死地に駆り立てた悔悟も、この地に騒乱の種を撒いたことに対する罪悪感も無いではありません。……ですが、それら全ては必要なこと。この地に、新たなる大樹が根付くために」

 

 聞くだけで寒気が走るような、不気味さの極地が如き言葉であった。まるで非常な創造主が戯れに発する声のような。そういった無機質さが、今の張角にはあった。

 

「巫山戯るなよ、貴様!神を気取って民草を間引くなどと、傲慢極まることをほざくな!」

 

 激発した関羽はその感情が赴くままに偃月刀を振るった。剣閃が払暁を反射して眩く輝き、それに呑まれるように、一人の少女の儚き願いが潰えた。

 

――――――――――

 

 孫策達は恩賞の沙汰が追って下されるとの皇甫嵩の言葉を受け、洛陽で霊帝への謁見を済ませた後、取って返すように建業へと帰還した。周瑜達の歓迎を受けた彼女たちは盛宴を催し、その日は明けるまで飲み明かしたのだった。

 翌日、建業の政庁に戻った孫策を出迎えたのは、盧江・呉の太守達だった。彼らは黄巾党の乱に際して周瑜率いる部隊の救援を得、そのことに恩義を感じていたのだ。

 

「我らは先頃より、孫伯符様に多大なる恩義を受けております。その恩義に報いんが為、こうして此処に集った次第にございますれば」

 

 そう言って頭を下げるのは、盧江太守の陸康。地元きっての名士である。その隣で同じように頭を下げているのは呉郡の太守である盛憲。彼もまた地元において声望高く、数多くの食客を抱える身である。

 

「故に、私共はこれより揚州刺史様に忠誠を誓い、その下でこの地の更なる発展の手助けをしたいと願っておるのです」

 

 真摯な言葉であった。彼らは自身の手で救うことの出来なかったであろう民草を救ってくれた孫策達に深い感謝と敬意を示したのだ。

 

「――分かったわ。貴方達の誠意は十分に伝わった。これからは私の元で存分に働いて頂戴」

 

「ははッ」

 

「御意に」

 

 それは、孫家が揚州の長として踏み出した第一歩であり、同時に施政の方針を決定づけるものでもあった。彼らが退出したのち、周瑜は孫策の真意を図るかのようにその瞳を覗き込んだ。

 

「雪蓮ともあろうものが、随分と穏当になったものだな」

 

「そう?」

 

「ああ。少し前のお前なら、彼らの任を解いて自分の配下を太守に据える位の事はしただろうに」

 

 悪戯っぽく問い詰めると、孫策は拗ねるように頬を膨らませた。

 

「私にだって、そういう気分の時はあるの」

 

「気分で政治をやるのか?孫伯符という女は」

 

「そういう訳じゃないけど。……張角の最期を関羽って子から聞いてね、色々と考えたのよ。想いだけでは、理想だけでは大事を成すことは出来ない。でも、武と威だけでも、同じように大事を成すことは出来ないんじゃないかってね。きっと、張角はどちらかが決定的に欠けていた。だから、あの叛乱は失敗に終わった」

 

「もし、彼女がそのどちらをも備えていたら。その結果は分からなかったと?」

 

「そういうこと」

 

「それと、雪蓮のさっきの態度はどう繋がるんだ?」

 

 孫策はそれには答えず、執務室の外へと繰り出した。外廊下から街中に目を向ければ、そこでは人々が日々の営みに勤しむ姿が良く見えた。欄干に身体を預け、目を細めてその様子を眺める彼女は、どことなく慈母のような雰囲気を纏っていた。

 

「私には、きっと想いとか、そういうものが無いんだと思う。確かに孫家の皆を導いて、揚州刺史なんて身分に収まることはできたよ?でも、きっとそこが私の終点。それ以上を望むには、私の中に持っているものだけだと届かない」

 

 周瑜は、はっと息を呑んだ。今の孫策はまるきり透明で、ふと目を離せば融けて消えてしまうような。そんな気がしたからだ。

 

「行けるところまで行って、その先に何が待っているのかを私は見たい。そこがもし皆にとっても満足できる終点じゃなかったら、私は他の誰かにその先を託すわ。私の先に行ける、そんな子に」

 

「よしてくれ、縁起でもないことを言うのは」

 

 自分でも驚くほどに、その声は震えていた。親友がいきなりそんなことを言い出したことに対する驚きもそうであったが、彼女が自分でも手の届かない何処かへ行ってしまうのではないか。そんな恐怖が、周瑜を苛んでいた。

 

「大丈夫よ。私はそう簡単に死んだりしないわ。この通り丈夫だし、腕っぷしも十分。それに、一刀もいるしね」

 

 御使いの知識があれば、そうそう死ぬことも無いだろう。何しろ、未来を知っているのだから。孫策はそういってあっけらかんと笑うが、周瑜の心にこびりついた不安は拭えそうになかった。そういう小手先だけでは抗い得ぬ何かが、迫っているような気がしたのだ。

 




黄巾党編終了でござい。次は人物紹介かな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。