真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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筆がノリノリダー


二十五話

 義勇軍というのは、その理想に反して非常に厳しい現実を背負って立つものである。兵力はじめ資金や兵糧はすべて手弁当、だというのに行く先々で便利使いを強いられる。士気が高いものの練度は玉石混交で、任される戦地は激戦区からほど遠い場所での残党狩りが殆どだ。はっきり言ってしまえば何処の馬の骨とも知れぬ義勇軍を取り立てる位であれば自分の戦力の方が知悉している分使いやすいのだ。無論、使い捨ているというであれば話は別であったが。

 その点において、劉備達は幸運であった。立ち上げの段階で支援を申し出てくれた商人の存在、自身の戦地における総指揮官が彼女の師であったこと、そして優秀な部下たちによる調練によって、小勢でありながらも弱卒ではなかったという三点において、彼女は傑出していたからだ。

 二十人ほどの義勇軍を立ち上げた劉備たちは緒戦に圧勝し、勢いのままに小規模な賊徒の集団を鎮圧していった。各地で希望者を受け入れながら転戦を繰り返し、百五十名の兵士が集まった頃に転機が訪れた。各地の県令が各々の判断で戦っていた幽州の地に、官軍が派遣されたのだ。総大将が主君の師である盧植であることを知った諸葛亮は方針を転換して官軍に合流し、戦力の一部として戦う道を選んだ。これはある面において成功を収め、今までと比較にならない安全の中で、彼女達は戦の経験を積むこととなった。

 その後は幽州方面の賊徒壊滅を受けて洛陽へと帰還する盧植に従って洛陽へ赴き、その途上で許昌包囲戦への参陣を打診されたのだ。その要請に従う形で、彼女達はこの場にいた。

 

 とはいえ、状況は悪い。戦況がというわけではなく、彼女達の置かれた境遇が、である。無位無冠の身であることから軍議への参加は当然許されず、しかも方針は完全な包囲戦で相手を干殺しにする方向で決まったように見える。この状況であれば極めて有効な手立てであることは間違いなく、故に彼女達も口を差し挟めずにいた。

 参陣している武将との繋がりを得られないことも、劉備たちにとっては苦しかった。この地で長陣を張っている武将たちは皆各地の激戦区を踏み潰してきた一流ばかり。その戦力は精強であり、言ってしまえば義勇軍の戦力はあてにする必要がなかった。物珍しさで覗きに来るものもいたが、それ以上にはならなかった。

 民衆から褒めそやされていることとは別に、劉備軍の戦功が盧植のお溢れに過ぎないという風聞が諸将を遠ざける一因となっていることを、劉備たちは知らない。

 そもそも、諸将は各々問題を抱えているから他所に目を向けていられない、という事情もあるにはあるのだ。中朗将二人は戦後処理に、袁紹、袁術の二人は互いの牽制に。曹操は従姉妹の行方の捜索や徐州虐殺の喚問対策に、孫策は揚州との連携や一刀と孫皎との関係改善に。董卓と韓遂も二人で何事かを謀っていた。

 

「完全に、諸侯の部隊の下に埋没してしまっているのです。このままでは態々紹介状を書いてくれた盧植様に申し訳が立たないのです」

 

「……うむ」

 

 関羽、孔明の表情は暗い。このままでは拙いと気は急くのに、打てる手があまりにも無さすぎるが故に。

 

「こうなることはある程度予想していましたが、このままでは賊徒の助命と引き換えに張三姉妹が降伏しかねません。そうなっては……」

 

「完全に詰み、か。厄介だな」

 

「だからといって、我々に軍を能動的に動かす手段はありませんし……」

 

 頭を抱えたくなる諸葛亮であったが、それを自制して調練する義勇軍の面々を見やる。このままでは彼らに報いることも難しいという心苦しさも、無いではなかった。

 

 懊悩する諸葛亮の視界に、彼女たちの方へと近付いてくる何者かの姿が写った。明るい桃色の長髪を楽しげにたなびかせる孫策が、僅か三人の従者を伴って現れたのだ。何の用かと身構える諸葛亮であったが、その表情はすぐ驚きに塗り替えられることになる。

 

「み、翠里お姉ちゃん!?」

 

「あら、朱里じゃない。こんな所で何してるの?」

 

「何って……そういうお姉ちゃんこそ、何をしてるのです?」

 

「私はほら、伯符様の所で内政官をやってるのよ。前に手紙送ったんだけど、見てないの?」

 

 訝しげな諸葛謹をみて、思わず強張る諸葛亮の表情。従妹を置いて諸国漫遊の旅に出てしまったなどとはとても言い出せそうにない。

 

「……そういえば、白里ちゃんは洛陽で書記の見習いをしているそうね」

 

「……」

 

 白里、というのは諸葛亮達の従妹で、名を諸葛誕という少女のことである。努力家の彼女であれば、早い段階から政務の経験を積むのは至極当然の流れであると諸葛亮は考える。急にその話題になった理由は測りかねたが。

 

「それを知らせてくれた手紙にね、『朱里従姉(ねえ)さんはそちらに逗留されているのでしょうか?』なんて書いてあったのよ。不思議よね」

 

 不穏な空気が諸葛謹の周囲に立ち込め始めたように、隣に立っていた一刀は感じた。具体的にどこが変わった、というわけではないのだが、殺気にも似た寒気が発せられているのだ。見れば反対側に立つ朱然もじりじりと距離を開けているし、孫策に至っては一刀の後ろに隠れていた。

 

「ねえ朱里ちゃん。もう一度聞くわね?こんな所で、従妹の世話もほっぽり出して、何をしているのかしら?」

 

 原始、言葉には魔力が宿ると言われていた。力持つものが発する言葉はそのまま呪詛となり、掛けられた者の心を蝕むのだと。孫策達はまさにその再現を目の当たりにしているかのような、畏敬と恐怖を味わっていた。

 

「黙っていては分からないのだけれど。ねえ、朱里ちゃん?私の嫌いなもの、覚えてる?」

 

 忘れるはずがない。嘘と言い訳だ。それが分かっていて尚、諸葛亮は口を動かすことができずにいた。口を開けば、姉を怒らせてしまうことが理解できていたからだ。

 

「し、朱里ちゃんは悪くありません……!私が誘って、旅に連れ出したんです……!」

 

 その窮地を救ったのは、学友であり、共に軍師として才知を尽くす戦友でもある龐統、字を士元という少女であった。彼女は勿論諸葛謹が怒ったときの恐ろしさをよく知っている。それでも友人のために立ち上がったのだ。

 

「……そう。そういう事なら仕様がないわね。今度からはこういうことをする時、ちゃんとお姉ちゃんに報告すること。でないと色々心配しちゃうでしょ?」

 

「……ごめんなさい」

 

「良いのよ。それに、今回の件は私にも非が無い訳じゃないしね。兎に角久し振りに会えて良かったわ。二人共元気だった?ちゃんとご飯とか食べられてる?」

 

 諸葛謹は満面の笑みを浮かべると妹とその友人をぎゅっと抱き寄せ、二人に頬摺りをする。先程までの態度からの急変に、その場にいた誰もが呆気にとられるほか無かった。

 

「……えーっと、義勇軍の頭目に会わせて頂きたいんですがね、ご案内していただけます?あっと、私は朱義封。此方は我が主の孫伯符と、その侍中の谷利です」

 

「丁寧に済まないな。私は関雲長、義姉劉玄徳と共に義勇軍を率いている。さ、此方に来ていただきたい。義姉の元へ案内しよう」

 

 旧交を温めているらしい三人はとり置き、孫策達は関羽の案内に従って義勇軍の集う幕舎へと足を運んだ。一刀だけが驚いたような表情をしていたが、この場で気に留める者は居なかった。

 

 

 

 幕舎はお世辞にも立派なものとは言い難かったが、それでも義勇軍が設営したものとは思えない出来栄えであった。中へ入ると、燃えるような赤髪の小柄な少女と、赤みがかった桃色の長髪が目を引く少女の姿があった。二人は関羽の姿を見ると人好きのする笑みを浮かべたが、続いて入ってきた孫策を見て怪訝そうな表情になる。

 

「愛紗、その人たちは何者なのだ?」

 

「此方は揚州刺史の孫策殿とその部下お二人だ。桃香様に話があるそうでな、案内差し上げたのだ」

 

 劉備は慌てて孫策に向き直ると勢い良く頭を下げ、

 

「あいたっ!」

 

 額を卓上へと強かに打ち付けた。くらくらとしていた劉備であったがしばらくすると立ち直り、

 

「えっと、私は幽州は涿県桃花村の出身で、劉玄徳といいます。宜しくお願いし……ったぁい!」

 

自己紹介もそこそこに、再び卓上に額を打ち付けた。孫策は困惑し、次いで可哀想なものを見るような目で劉備を見、最後に額に手をやって首を振る関羽の方に向き直った。

 

「大丈夫なの?お宅の大将さん」

 

「見ての通りと言いますか……。そそっかしい所もありますが、命を預けるに足る大将ではあります」

 

 どうだか、という本音を飲み込んだ孫策は改めて劉備の目をじっと見つめる。一見すると大人しく、とても大業を成すようには見えない。だが、その奥底には狂気じみた熱量が宿っている。恐らく彼女は覇業の先に立ちはだかる敵となるだろうという直感があった。勿論、割拠すべき立地を持つことが出来ればの話ではあるが。それにしても、彼女は、劉玄徳という少女は掴み取るのだろう。それほどの熱量であった。現在の器量ではない、確実にそうするという信念が感じ取れた。

 

「確かに、そうみたいね。何となく理解出来たわ」

 

 その当人は内に秘めた熱量を理解していないかのように首を傾げていた。願わくばそれを生涯自覚しないで欲しいところだったが、間違いなくそうはならないのだろう。

 

「そうそう、これから私達の陣地に兵糧の集積地を建造するのよ。そこに洛陽から追加で兵糧を運び込んで長陣に備える訳。そのお知らせに来たの」

 

「成程、それを我々の陣との間に設営するから、その報告に態々来てくださったという訳ですか」

 

 ご丁寧なことだと感心しながらも、関羽の表情は暗い。それは、この動乱の中で功績を稼ぐ機会が失われたことを意味していたからだ。

 そんな関羽の内心を見透かしたかのように悪戯っぽく笑う孫策。関羽は恥じ入ったように顔を赤らめ、そっぽを向いた。

 

「……っていうのは建前でね、実際に作る集積所は黄巾党の墓場。空腹で判断力を欠いた連中が兵糧を奪わんがため、遮二無二攻めてくるところを一網打尽にするためのものってな訳」

 

 笑みがより深く、酷薄なものへと変じてゆく。それはさながら獲物を前にした猛獣のようで、悍ましさの中にも野性味溢れる美しさがより強調されていた。

 

「そういう訳だからさ、アンタ達も頑張ってよ。ここが功績の稼ぎ時だからさ」

 




話数間違えていたので修正しました(前話も然り)

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