真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

27 / 37
中朗将の中では皇甫嵩が一番好きです(歪んだ愛情表現)


二十四話

 糧道は完全に断たれ、許昌の外で起きていることを知る術は皮肉にも定期的に官軍から撃ち込まれる矢文のみ。辛うじて水源の確保だけは出来ているが、それだけだ。食料の残高から考えても、出来る限り供給を抑えて1ヶ月、恐らくはそれが限界であろう。その事実を聞かされた張角、張宝の二人は、今更ながらあまりの深刻さに眩暈を覚えた。今更ながら官軍が兵糧攻めを主体に切り替えた理由が理解できたからだ。彼女達は軍略のいろはも知らぬずぶの素人。なにしろ宗教団体の教祖をやっていることすらも他人にのせられた挙句の成り行きの果てという程である。

 

「やっぱり、革命の旗印なんて無理だったんじゃ……」

 

「そんなことないわ!ここからだって、きっと漢の連中に勝つ手立てはあるはずよ」

 

 常になく弱気な張角だったが、張宝はあくまでも強気だった。しかしその表情には隠し切れぬ怯えが潜んでおり、唯の強がりでしかないことに張梁は気付いていた。やはり、この二人に重大な決断を押し付けるわけにはいかない。彼女たちの笑顔が曇れば、それは信徒全体の士気崩壊へと繋がる。そうなれば、現状ですらあるかないかという勝機が完全に潰えてしまうからだ。張梁は気を引き締め、悲壮な決意を胸に抱く。それこそが彼女の視野を狭窄せしめ、破滅への坂道を加速度的に転がり落ちさせることになるのだが。

 

(姉さんたちは、私が守らないと。……どんな手を使ってでも)

 

 張梁が硬く握りしめた拳は誰に見届けられることもなく。夢の終わりは、着実に近づいて来るのだった。

 

――――――――――

 

「で、首尾の方はどうなんだ?」

 

「それが中々上手くなくてね。皇甫酈(めいっこ)に頼んで文官との折衝をして貰ってるんだけど、宦官から有形無形の妨害があるみたい」

 

「正攻法は無理筋か。……っつーか腐れ連中は本当に邪魔くせえな、いっそ黄巾党とまとめて縊り殺したいくらいだ」

 

「言いたいことは分からないではないけど、何処で聞いてるのかもしれないし、あんまり言わない方が良いよ……」

 

 朱儁の苛立ちはいや増すばかりであった。宦官というのはどいつもこいつも時局の読めぬ莫迦ばかりなのか。少なくとも曹操の祖父(そうとう)の頃はまだマシだった筈だ。となればやはり十常侍共が飛びぬけて腐り果てているということか。

 

「何将軍の方向から攻めてみるってのはどうだ?」

 

「そっちは今洛陽に盧植が帰還してるから、彼に依頼して話を進めている所。太后様を通して直接陛下にお話しすれば、民草の命が掛かっていることだし……ご理解いただけるとは思うんだけれど」

 

 対する皇甫嵩の表情はどんどん曇ってゆく。この作戦にはあまり時間をかけたくはない。許昌城塞内に蓄えられた食料の備蓄についてははっきりとした情報がないが、あまり包囲が長引いてしまえば、飢えて死兵となった黄巾党が暴発しないとも限らないからだ。

 

「……取り敢えずは、何進様の判断を待とう。それでもし返答が厳しいものであれば、別の手立てを考えねば」

 

「そうさなぁ。どう思う?曹操」

 

 話を振られた曹操は憮然とした表情をしていた。今更ながらに自分の立てた作戦の拙さを痛感していたからだ。頭痛から逃れるために深夜まで深酒をし、酔いが抜け切らない状態で顔を出したのがそもそもの原因なのだが……

 

「……兵糧の欠乏について、情報はあるのでしょうか?」

 

「ん?ああ、それなんだがなぁ……」

 

 バツが悪そうに頭を掻く朱儁。兵糧の在庫状況に関しては古い帳簿が残るのみで、何故か最新の情報が手許にないのだ。今更調べようにも城塞は亀の如しで、間諜を差し挟む余地もない。と、後方でついと手を上げる者があった。

 

「失礼ながら、発言をさせていただきたく」

 

 諸侯が視線を向けた先は豪奢な甲冑が目を引く袁紹――ではなく、その背後に立つ少女であった。ウェービーな茶色の髪と、それを覆うように被ったフードには猫耳のようにも見える膨らみが二つ。纏う雰囲気はは刃物のような鋭利さを孕んでいる。

 彼女の名は荀彧、字を文若という。豫州は潁川出身で、黄巾党の暴威から逃れるために訪れた洛陽で袁紹によって見出され、そのまま参軍として付き従っていた。別段袁紹の人柄に惚れ込んだという訳ではなく、家族の衣食住を保証してくれたことに対する恩返しに過ぎないのだが。それでもきっちりと俸禄分の働きをする辺り、その几帳面な本質が透けて見えるようでもあった。

 

「――む、お主潁川の、荀爽殿の姪っ子か。良いだろう、言ってみな」

 

 朱儁は彼女の、正確には荀家の名声を良く知悉している。彼女の叔父である荀爽からも、才気煥発な姪御の話は良く聞いていた。性格に厳しいところもあり男嫌いだが、その才能は群を抜いている、と。だからこそ、何かを期待したのだろう。

 

「許昌内部の兵糧であれば、今までの攻囲にかかった時間から考えてももって一月かと。以前あちらで政務の手伝いをした際に確認した分と、今年の見込み収穫量を合算すれば、大体その程度と云えます」

 

「その言が正しいのであれば、方針を転換すべきかしらね」

 

「そのようですわね。――荀彧さん、具体的な策はございまして?」

 

「簡単なものでしたら。昼間に洛陽方面から大量の兵糧を輜重隊に運ばせているように見せかけ、攻めやすい場所に集積させるように偽装することで賊徒の目を惹き、そこを襲わせるというのはどうでしょうか?」

 

「釣り出しを行うと?」

 

「ええ。あくまで集積所は囮、必ずしもそこに物資がある必要は無い。……寧ろ、無い方が彼奴らの絶望をいや増すことが出来るのではないでしょうか」

 

「ふむ、一理あるな。ならば更に問おう。仮に布陣するとして、その場所は如何にする?我ら中郎将の陣の近くならば説得力もあろうが、黄巾党は警戒するだろうな」

 

「……同様に、今まで豫州、兗州、徐州の辺りで武名を轟かせてきた将軍の率いる部隊の傍は余り宜しくないかと。ここは参陣して日の浅い孫策隊の近辺が妥当では?周囲に陣を張っているのは機動力のある雍州の董卓軍、それに同じく名の知れていない義勇軍……何と言いましたか、どうでもいいですが。……ともかく、十分に成算はあるかと」

 

 荀彧の献策に、二人の中郎将は深く考え込む様子を見せた。彼女の持つ情報が正しいという前提での策略ではあったが、十分に成算があると思われる。それに、失敗したとして損害を被るのは外様の孫策軍や董卓軍だ。今迄の戦力でも抑え込めていた以上、損失したところで然したる痛手ではない。――相手が勢いづくという難点は無いでもなかったが、どのみち兵糧切れで士気が崩壊することが明白である以上特に問題でもない。

 

「良いだろう。その策を容れ、直ぐに準備に取り掛かるとしよう。孫策、それでも構わんな?」

 

「御意に。万全の準備を整えて参ります」

 

「――あぁ、そうだ。盧植門下のあの義勇軍、あいつ等にも一応声掛けしてやってくれや。流石に伝達もなしじゃ申し訳が立たん」

 

「ははッ」

 

 背後に控えていた諸葛謹に下命しながら素早い身のこなしで立ち去った孫策に続き、賈詡を伴っていた董卓と共に韓遂も幕舎を後にする。これで、残ったのは漢王朝に直接使える譜代の者達のみ。

 皇甫嵩は居並ぶ諸将を見渡した。宿老から若手まで、精鋭ばかりが揃っている。洛陽に詰めている武将たちも言うまでもなく優秀だからこそ、彼女たちは此処で長陣を張っていられるのだ。しかしながら、それだけの顔ぶれが揃っても尚、漢朝の衰退を押し留めることはできなかった。往時であればこのような大乱など芽の段階で摘み取れていたはずなのだ。それができないほどに内部が朽ち衰えてしまったということなのだろう。

 

「孫策、董卓達は我らを凌ぐほどに武功を上げている。それ自体は孟徳や本初達のような若い世代の勇躍であるから喜ぶべきことだろう。だが、あの娘達には隠しようのないほどに独立独歩の気風が溢れている」

 

 意味深な視線を送られた曹操は瞑目したまま沈黙を貫き、袁紹は気まずげに目をそらした。いまいち状況が飲み込めていない袁術だけは可愛らしく小首をかしげていたが。

 

「正直に言えば、彼女達は危険だと私は考えている。特に孫策と韓遂はな。あの二人は平地に乱を起こす気性の持ち主ではないだろうか」

 

「だからどうだってんだ?姶良。まさか此処であいつ等を除こうってんじゃないだろうな」

 

 急速に機嫌が降下していた朱儁が皇甫嵩を睨みつける。はっきり言ってしまえば、彼は皇甫嵩が何を言わんとしているのかが理解できなかった。確かに孫策達は牛後となる気風の人間ではない。だが、それがどうだというのだ。これから訪れるのは間違いなく大乱の時代。であれば、既存の権威(かれはてたたいじゅ)などは民草の寄る辺としてなんの役にも立たないだろう。その時に立つべきなのは間違いなく彼女達だ。あの王器は間違いなく多くの人々を惹きつけてやまず、その心に安寧を齎すだろう。

 そもそも、大乱の時代に自分達古い人間の居場所などないのだ。足を引っ張るような真似をするのならば、この場で皇甫嵩を切り捨ててやろうとまで、朱儁は考えていた。元より武断派、その中でも叩き上げの彼であるから、同じような境遇の武将達には同情的なのであった。

 

「そういう訳じゃあない、勘違いしないでくれ。私はただ、彼女たちの動向には十分注意すべきだと言っているだけだ」

 

 対する皇甫嵩は彼と対極に位置するエリートである。故に曹操や袁紹などの名族出身者を重視する傾向にあった。無論、彼女とて卑賎の出であろうが能力のあるものには礼を尽くした対応をする、才を尊ぶ士大夫らしさを持ち合わせている。だが、それにしても尊ぶに値する人格の基準というものがあった。先ず反動的でないことが前提として存在し、その上で能力の評価に入るのだ。勤皇派であり、かつ生真面目な彼女らしさの発露ともいえた。

 

「注意したところでなぁ。あいつ等の任地は中央からも遠いし、どうしようもないと思うんだよなぁ」

 

「ぐっ、ならば督郵を派遣するというのはどうだ?これならば断わり辛いだろう」

 

「お前なぁ……」

 

 此処でする話でもないだろうに。曹操は既に呆れたような表情になっているし、袁紹も不満顔だ。朱儁は早いところこの話題を切り上げたくて堪らないといったところである。

 

「この話は洛陽に帰ってからでも遅くはないだろうが。とにかく、今は浮かれずに策を成就するために動く時だ。曹操、お前には偽装輜重隊の組織を任せる。袁紹、お前は物資の準備だ。大規模な輸送に見せかける必要がある以上、大量の櫃なんかが必要だろうからな。袁術は必要に応じて集積所の設営を手伝え。複数部隊が従事した方が説得力があるだろう、こっちから話は通しておく」

 

 尚も言い募ろうとした皇甫嵩を黙らせた朱儁は曹操達に下命し準備に取り掛からせる。こうでもしなければ、永遠に終わらないような気がしたからだ。

 

「姶良、お前は後で俺の幕舎に来い。色々と云いたいことがあるからな」

 

 そして自身も素早く席を立ち、幕舎へと足を向けたのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。