真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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お久しぶりです(四年ぶり)


二十三話

 許昌の攻囲が始まってから一週間余りが経過した。孫策率いる揚州軍と袁術率いる汝南軍が参加して以来更に包囲網は厚くなっているものの、それに反比例するように攻め手は緩んできていた。黄巾党の士気を下げる目的で毎日のように撃ち込まれる矢文を信じるのであれば既に冀州方面の部隊は盧植率いる官軍によって撃破されており、荊州、揚州方面の部隊も孫策麾下の周瑜率いる部隊、また一時期包囲網から離れた韓遂達涼州軍によって抵抗虚しく撃滅されてしまったようだ。その矢文を裏付けるかのように許昌外部からの連絡はぱったりと途絶えてしまい、信徒の中には先行きを不安視する声が広がりつつあった。

 今のところは張角や張宝の慰撫によって指揮を保ってこそいるものの、それもいつまでもつか判然とはしない。張梁は霧の中でもがく様な息苦しさから逃れようと、深い溜息を吐いた。

 

「此処に残った連中も、随分と少なくなっちまいやしたな」

 

 信徒達の調練を終えた管亥(かんがい)が幕舎に顔を出すや否や、しんみりとした表情で呟いた。今彼女たちに付き従う武将は彼の他に廖化、周倉、鄧茂(とうも)裴元紹(はいげんしょう)、厳政。嘗て志を共にした者たちは皆官軍に討ち取られ、あるいは裏切って姿を消してしまった。

 

「この場に居ない者の話をしても仕方はありません。今の手札でこの局面を打開する方策を考えなくては……」

 

 彼ら黄巾党には、戦略的見地から策を献じる配下の存在が致命的なまでに欠けていた。仮に官軍の動きが鈍ければより多大な被害を漢朝に与えることが出来たかもしれない。だが、所詮はそれまで。結局のところ、彼らでは漢という巨大な組織を打倒する直截的な病魔にはなりえなかったのだ。中長期的な戦略を持ち合わせず、勢いに任せた力圧し以上の手段を持ち合わせなかった彼らには。

 

「そういうのは、あっしらには難しい問題ですなぁ。今更ながら、頭脳労働をやってくれる奴も欲しかったですな」

 

 張梁は管亥の能天気な言いぶりに再び深い溜息を吐き、姉たちを守るための孤独な戦いに身を投じるのであった。

 

――――――――――

 

 許昌周辺の空気は張りつめ、いつ爆発してもおかしくない程に緊張していた。兵達も常になく緊張した面持ちで持ち場についている。孫皎は普段通りの調練を終え、少しばかり時間を持て余してしまったことに気付いた。気付けば一年以上の時間を共に過ごしてきた兵達は、孫皎の厳しい調練に耐え抜けるほどに鍛えられてきたのだ。そうとも知らない孫皎は「最近調練が楽になったなぁ」程度に考えながらあてもなく歩き始めた。

 歩きに歩いた末にたどり着いたのは、隣に布陣している雍州軍の陣地だった。調練に励む兵たちの多くは異民族であり、そんな彼らを鍛え上げる武将もまた、彼らと同じ異民族であった。涼州での叛乱の戦後処理で顔を合わせたこともある武将で、確か名を徐栄といったか。孫皎の記憶にはそのような名前だったと刻まれていた。

 ぼうっと自分の方を見ている孫皎に気付いたのだろう、徐栄は騎兵の調練を止めると彼女の方へと馬首を巡らせた。馬に乗っているせいで分かりにくいが、恐らくは孫皎よりも随分と長身なのだろう。

 

「やあ、貴女は確か孫家の武将でしたか。お久しぶりです」

 

 ひらりと馬から飛び降りた徐栄は孫皎に笑いかける。目鼻立ちのくっきりとした彼女は中元における一般的な美貌ではないように孫皎は感じたが、それを差し引いても魅力的な佇まいであった。独特の哲学を感じさせる目つきに、生命力溢れる肢体。数多の戦場を駆け抜けたのであろう彼女は武人としても一流であることを孫皎は感じ取り、自然と頭を下げた。

 

「こちらこそ、涼州以来ですね。そちらはお変わりも無いようで、少し安心しました」

 

「そのように畏まる必要は無いですよ、孫皎殿。私としてもちとやり辛いですからね。……ところで、此方にはいかなる用向きで?」

 

「そう仰るのでしたら。――特に用事、という訳じゃあないけどな。ちょっと散歩がてら、足が向いただけだよ」

 

 屈託のない笑顔を浮かべる孫皎に、徐栄は姉のような笑顔を浮かべた。尊敬する武人相手には人好きのするやんちゃな子供のような態度を取る彼女であったから、徐栄もそれに釣られたのだろう。

 

「んじゃま、せっかく来てくれたことだし、うちの幕舎に案内してあげよっか?おねーさん、今なら特別に引率してあげちゃうよ?」

 

「それじゃあ、お願いします。おねーちゃん」

 

 どちらともなくクスリと笑い、二人は幕舎の方へと歩を進めた。

 

 

 

刹那(くしゃな)、調練は終わったのか?」

 

「ええ、あの程度であればいつでも出来ますから?大して問題にもならないでしょう。それよりも、お客様ですよ」

 

 徐栄が幕舎の中に孫皎を招き入れる。中には樊稠、董卓、賈詡達涼州軍の中核が揃っていたが、意外な顔もあった。

 

「アンタらは初めましてだな。アタシは孫淑朗。揚州刺史の従姉様の下で部将をやってる」

 

 指揮系統の上では朱儁麾下として扱われている筈の執金吾、呂布率いる武将たちである。そんなことは知る由もない孫皎はにこやかに挨拶をするが、呂布は目の前の肉まんに夢中で気付いた様子もない。

 

「あー、恋ちゃん?聞こえてる?」

 

「ん、何?」

 

「ご挨拶。ちゃんと返してあげて?」

 

 呂布は徐栄にそこまで言われてから初めて孫皎の存在に気付いたのだろう。胡乱気な視線を向け、

 

「呂布、奉先。よろしく」

 

 それきり、興味が完全に失せたとでもいうように肉まんへと手を伸ばし始めた。此処まで露骨な態度を取られれば怒り出しても仕方がない所ではあったが、孫皎は寧ろ納得の念を深くしていた。やはり尋常ならざる将器を持つものは相応の人格なのだろうと。

 

「おう、よろしくな」

 

 そして、今の自分は彼女の眼鏡に適うだけの技量が無いということなのだろう。だからこそ、それがまた原動力となるのだ。いずれはこの天才が目を向けるような猛将に……。

 

 主君の無礼を見かねたのか、張遼達は董卓達を交えて孫皎と色々な話に花を咲かせた。領地の近況や兵の調練、はたまたこの戦の趨勢など。今後のことについては、やはり誰もが漠然とした不安を抱えているのだろう。何しろ、国の根幹をゆるがす規模の大叛乱が発生したのは初めてなのだから、多少見識に自信があったところで遠い先のことを見通せないのもむべなるかな……というところであった。

 

「少なくとも、漢王朝の威光が往時のそれを取り戻すことはないだろうな。長年の奢侈と宦官の跳梁で幹の内側から食い荒らされた大樹が朽ちるのを待つが如し、という訳だ」

 

 この場にいるのが政権中枢からほど遠い武将ばかりなのをいいことに、樊稠は大胆なことを言ってのける。賈詡と董卓は不安げに目配せをしたが、張遼などは何か思うところがあったのか、しきりに頷いていた。中央の権威が下落すれば、相対的に地方の勢力が伸長する。そうなれば、彼ら涼州軍閥や孫策達のような勢力にとっては勇躍の好機となる。表向きは漢朝の危機を救うために動いている彼女たちではあったが、いざその時が来れば漢という枠組みなどかなぐり捨てて戦うことだろう。主君の大望を果たさんが為に。

 

「今回の戦、早めにけりがつくのは最早動かざる現実よ。だとすれば、重要なのは戦後如何に動くか。……そうだろう?詠」

 

「……そうなるわね。今回の叛乱討伐で中朗将はじめ武官達の功績が大きくなりすぎた。文官たちは面白くないだろうし、宦官共なんて言わずもがな。そうなると次に来るのは文官武官の対立で、そこに宦官が介入すればあっという間に混沌の坩堝が完成よ。そこまで馬鹿じゃないと信じたいけれど、もしそうなってしまったら漢王朝は完全に終わるわ。ほかならぬ自らの手でね」

 

 それは考えうる限り最悪の絵図面であったが、その見立てに異を唱えるものは居なかった。そのことが逆説的に、賈詡の言説の真実味を補強していた。

 文官にしても武官にしても、自らの身を喰らう愚を犯すほどの無能はそもそも中央政権内で生き残ることは出来ない。だが、そこに宦官が加わればどうなるか。百官にしても人であり、心の内に毒を飼っているものだ。宦官は肥大した自らの慾に突き動かされるがまま、彼らの毒を刺激し、互いを食い合わせるだろう。それがどのような結末を生み出すのか、それすらも他人事とした上で。

 中華という土地が生み出した魔物、宦官。彼らは必要悪と断じられる屈辱を呑むことで宮中の奥深くに潜み、いずれ己の身を食い滅ぼすと知りながらも権謀の限りを尽くすのだ。

 愚かな、度し難いほどに愚かな連中だ。孫皎のみならず、この場にいる誰もが吐き気すら催す不快感を覚えていた。出来ることなら、奴ら全てを族滅せしめたいと思う程に。

 


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