真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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二十一話

 翌日の戦闘は、おおよそ魯粛が思い描いた通りに進んでいた。袁術軍……厳密には総大将代行の紀霊に率いられた軍勢が釣り出した黄巾賊が、巣湖方面へと猛追を掛けていたのだ。

 

「ふん、莫迦は死なにゃあ治らねえって訳かい。釣り出しにまんまと引っかかりやがって、お頭の出来を疑うぜ」

 

「お蔭で楽が出来るんすから、儲けものっすよ」

 

「ふん。……先鋒を賜ったんだ、しっかりやれよ?」

 

「無論っすよ。――はっきり言って斬り足りないんすから、存分に暴れまわってやりますよ」

 

 孫皎は両の手に持った青龍偃月刀を確りと握り締め、目の前を敵が通過していくのをじっと見守る。突入の時期を見誤れば、余計に戦闘が長引くだけだ。

 伸びきった隊伍、勝ちに乗って上擦る兵達の声、怒声、大地を揺るがすかのような足音の数々、土煙、血の臭い、咽るような死の匂い。それらが途切れた一瞬、孫皎の腕は素早く前方を指し示し、彼女の麾下五千の兵達と共に、その小柄な体躯を乗せた震電が飛び出してゆく。

 敵の背後、喚声を上げる重騎兵が蹴散らしてゆく。伸びきった隊列を後方から浸食してゆく勢いは、激流の如き奔流となって賊兵を呑み込んでゆく。動揺が伝播し始めた隙を狙い、更に徐盛率いる五千、朱然率いる五千が側面を衝く。

 更に広がる動揺を肌で感じ、孫皎は衝動のままに叫び、震電の背を蹴って敵中へと踊りこむ。砲弾のような勢いで飛び込み、勢いのままに周囲の賊兵の首を薙ぎ払った。振り下ろされる剣を纏めて受け、弾きあげつつ斜めの回転で周囲に無防備なまま晒された腕を跳ね飛ばす。痛みに腕を押さえて蹲る賊兵の背を蹴り、重騎兵の先頭を駆けてきた震電の背に飛び乗った。気付けば孫策率いる歩兵隊も、徐盛達が衝いた反対の翼を攻撃し始めている。

 

「一気に揉みつぶすぞ!敵を勢いごと殺し尽くす勢いでなッ」

 

 勢いを完全に食ったとはいえ、まだまだ敵は圧倒的に多い。袁術軍も、完全に反転挟撃の態勢を取り切れてはいない。

 ここを抑えきれば、状況は一気に有利となる。故に、味方も敵も必死に攻め立てあうのだ。前者は戦術的見地に基づいて、後者は生物としての生存本能が脅かされるままに。

 抵抗の必死さは言うまでも無く後者の方が強い。だが、容赦と隙の無さに於いては、組織的に統御された前者に分があった。そしてこの戦場に於いては、その容赦と隙の無さが優位を呼ぶ条件だった。

 賊兵が一人に切り掛かる間に、揚州軍の精兵達は三人を切り殺す。将の冷静さは部隊全体に伝播し、賊兵の隙を更に効果的に衝いてゆく。

 

「っしゃあ、やっとオレ様の出番だな!野郎ども、功績を孫策達に渡すんじゃねえぞ!」

 

 其処に来て、紀霊率いる袁術軍の中核部隊一万が前方から賊軍を押し込み始める。孫策達程統制の取れた動きではないが、主将たる紀霊が持つ巧妙への執着からくる熱量が勢いを加速させる。

 紀霊率いる一万に続き、七万の後続が殺到してくる。大将の性格を鋭敏に反映した袁術軍は、勝ち馬に乗りさえすればとことん数の強みを発揮するのだ。この七万が投入されるに至って、大勢は完全に決した。

 陣形も何もなく遮二無二突っ込んでくる袁術軍七万を見て、賊兵達の士気は完全に阻喪してしまう。武器を捨てる者、泣きながら命乞いをする者、恐怖のあまり気絶する者、失禁する者、思想に殉じて自害する者、勝てぬと知って玉砕を選ぶ者。反応は様々であったが、結局彼らは一時御旗として仰いでいた黄巾に殉じる事となった。

 

――――――――――――

 

「何も、ここまでする事は無いじゃないか……」

 

 呻くような一刀の声を、孫策は無視したかのように魯粛や黄蓋達へ支持を出してゆく。戦死した兵の数、負傷兵の数、その内直ぐに動かせる兵の数。既に孫策の頭の中からは、先程殲滅した黄巾賊の事など消え去ってしまっていた。

 廬江での戦闘は、夜間だったことや逃亡した兵達が広範囲に渡った事もあって被害の全容が把握しきれていなかった。しかし今回は野戦ながらも追い込み漁の如く限られた範囲内での殺戮である。否がおうにも被害の甚大さが一刀の両親を責め苛んでゆく。

 

「こいつらだって、好きで賊に身をやつした人ばっかりじゃない筈だ。現に、命乞いをしてた奴だっていたじゃないか。それなのに――」

 

「――助けて、どうなるの?食い詰めた連中が、次にする事なんて決まってるじゃない。農地に戻っても食べ物が無い以上、また略奪に走るだけよ」

 

「じゃあ――」

 

「食料の供出なんて言わないでよね。揚州の農業収支に、そんな余裕なんてないわ」

 

 孫策の表情には、呆れと不出来な弟を見るような感情がない交ぜになっている。確かに彼の言う事は理想的ではあったし、孫権ならばその方策をとる為に奮闘しただろうという事は疑いようも無い。

 優しすぎるのだ。一刀にしても、妹にしても。だが、その優しさは今必要とされている物ではない。乱世への過渡期にある今、必要なものは力と謀略、そして敵と断じたモノに対する容赦の無さだ、と孫策は考えている。

 

「天の国がどんなところだったのかは、一刀の言動から大よそ予想はつくわ。きっと平和で争いも少ない、良い所だったんでしょうね。――でも此処は違う。此処では一刀の持つ知識は通用しても、常識は通用しないの」

 

「――それは、そうだけど」

 

「言ってもしょうがないから、これ以上は辞めておくわ。――この乱が終結するまでに、あなたの持っているもので何が通用し、何が通用しないのか。それ位は見極めておいて頂戴ね」

 

 期待してるわよ~?孫策のおちゃらけた声を聴きながらも、一刀は何処か釈然としない気分に襲われていた。

 

――――――――――――

 

「何だ、これ……」

 

「――ッ」

 

 ほぼ同時刻、王凌と毌丘倹は徐州の地を踏んでいた。処理する者の無い屍骸の山を呆然と眺めながら、王凌は砕けんばかりに奥歯を噛み締める。

 一体、何故こうなったのか。噂通りなら、徐州に於いてこの惨状を生み出した張本人は曹操だという。彼女をここまで駆り立てたものは、何だというのか。

 しばし考えに耽り、王凌は考える必要性が無い事に気付いた。本人以外に分かりようのない事を考えるよりも、今は両親の安否を気遣う方が先だったからだ。

 

「母上、父上……」

 

 思わず漏れる呟きに本人すらも気付かないまま、王凌と毌丘倹は屍骸で舗装された道を進んでゆく。毌丘倹は腐敗臭で幾度か嘔吐(えず)きかけるが、それすらも気にならない程に王凌の気は急いていた。

 

「どうやったら、こんな事が出来るんだか。――常軌を逸してるよ」

 

 毌丘倹の言葉は、最早耳に届かない。屍骸の山も、変わり果てた徐州の風景すらも目に入らない。母は、父は無事なのか。頭の中では、それだけが五月蠅いほどに反響し続けていた

 

 

「そ、んな……」

 

 自分の口から出たとは思えない程、声が掠れていた。脚から力が抜け、意志とは裏腹にその場で膝をついてしまう。

 両親は、惨殺されていた。首を刎ねられ、体中を切り刻まれ、塵のようにほうり捨てられていた。

 家の中は一面血だらけで、恐らく金目のものや食料などは根こそぎにされているだろう。

 

「徐州に居るという事が、罪だとでもいう積りなのか……!」

 

 

「私怨の巻き添え、か。とんだ面の皮だよ全く。――愁、大丈夫?」

 

「……駄目かも、しれない。少なくとも、今は立ち直れそうもない」

 

「――人前で泣くのを憚る愁の事だから、無理を押し通す積りなのかもしれない。妹の時もそうだったしね。……でも、今くらいは思い切り泣いても良いんじゃないかな?私しか、見てないんだから」

 

 妹は、五年前に死んだ。叛乱に巻き込まれ、王凌が助けに向かった時には既に物言わぬ亡骸に成り果ててしまっていた。その時は、誰に対する意地なのかも分からないまま、結局一滴の涙も流す事は無かった。

 その時の分まで、王凌は泣いた。二度と背負いたくなかった悲しみを背負ってしまった事を、それを防げなかった不甲斐なさを責めるように。幾度も嗚咽し、しゃくり上げながら泣いた。体面を取り繕う事など考えず、子供のように。




いろいろと書き足りないのにこれ以上書き足せないのは、ひとえに表現力不足だからなんでしょうな

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