真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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メタルギア朱然1
風露「これより、バーチャスミッションを開始する」


十七話

 深夜。廬江城塞の外壁を、小さな影が登攀していた。黄巾賊の恰好をしたその影は剣を外壁に突き刺し、剣の腹を足場にして一歩づつ頂上への距離を詰めてゆく。

 

「んっふふふ。こういう仕事が、一番愉しいんですよねぇ……」

 

 朱然は口許ににやけた笑いを貼り付けたまま、しかし周囲に気配を悟られぬように上へ上へと登り続ける。哨戒に立つ兵の索敵範囲は練度不足なのか穴だらけで、熾火も所々暗い所が出来ている有様だった。隙だらけだが城塞自体が堅牢を極め、更に兵数もかなりのものとくれば、流石に一筋縄で落とせる代物でない事は確かだ。

 頂上に到達した朱然は周囲の気配に気を配り、一息に城壁の上へと踊り出す。表情も緊張感が薄れない新兵のそれに付け替え、射台の方へと足を向けた。

 

「よう、交代の時間か?」

 

「は、はい。……私達は、勝てるのでしょうか?」

 

「廬江城塞は鉄壁さ。此処に立て籠もっていれば、いずれ官軍を撃破した大賢良師様が我らも助けてくれるだろう」

 

「しかし、私達を包囲している孫策軍は精強と聞きます。大賢良師様が救援の手を差し伸べてくれるまで、守り切れるのでしょうか?」

 

「漢王朝に尻尾を振るような諸侯に、我々天意を得た大平道の信者が負けるはずがない!そう信じていればよいのだ!」

 

 何の根拠も無い大言壮語に軽い不快感を感じながらも、それを表に出さないことに成功した朱然は一礼してその場を後にする。射台を通って城内へと侵入し、黄巾賊の具足を脱いで軽装に着替え直した。具足は非常に重く、かつ繋ぎ目が金属音を立ててしまうからだ。侵入に適さない格好に、拘るような真似はしたくなかった。

 建物や施設の影に隠れ、影を縫うように素早く移動する。同時に可燃物の配置を再確認し、更に本営の位置も把握しておく。

 

「んっふふふ。それでは、派手に参りましょうか」

 

 城内を一周した朱然は、風向きなどを判断して着火に適した場所を三箇所ほど見出していた。幸いにして風も強くなりつつあり、天運はこちらに向いていると確信させるには十分といえた。

 

 

 複数の場所から火の手が上がる。炎の舌は瞬く間に周囲の施設を呑み込み、城内を渦巻く風に乗って一気に火勢を伸ばしてゆく。炎に巻かれて逃げ惑う黄巾賊を横目に見やりながら、朱然は本営への道をひた走る。此処で羅市を取り逃せば、画竜点睛を欠くと言われても致し方の無い状況である。それに、彼女自身ここで大将首の一つも取っておきたいという衝動に駆られていた。

 

「貴様か、この火を起こしたのは!」

 

「んっふふふ、良く出来ました。その通り、私が火計の下手人です」

 

「何の積りだ。天命に逆らってまで漢王朝を存続させる気か?」

 

「天命?この火計が見事に決まった時点で、貴方達の天命とやらは尽きているのではありませんか?」

 

「ほざけ!天は我らを見放してなどおらぬ!」

 

「ならば、試してみましょうか。貴方の天命とやらが尽きていないのかを」

 

 言うが早いか、朱然は二刀を抜いて羅市に躍り掛かる。羅市も持っていた大刀を抜き、朱然の一撃をいなす。しかし、それだけで朱然の勢いは止まらない。直剣二刀流による手数の多さを最大限に活かし、自らの敏捷さも合わせて羅市を完全に翻弄してみせる。がむしゃらに振るわれた刀を後ろ飛びに回避し、地面を蹴って懐に飛び込む。剣を持った右腕を刎ね、左脇に剣を衝き込んで使い物にならなくした。更に両膝の皿を剣で断ち割り、朱然は血振いした左の剣を仕舞った。

 

「――っふふ。どうです?貴方の言う天命など、所詮はこの程度なんですよ。貴方達も、この程度でしかない天命に斃される漢王朝も、どちらも滅んでしまえば良いのです」

 

「きっ、貴様ぁ……」

 

 渾身の恨みを込めた視線を意に介した風も無く受け止めた朱然は、乾いた笑いと共に羅市の首を刎ねる。それで終わりでは無かったが、これ以降の事は孫策達が片付ける手筈であったし、彼女も手出しをするつもりは無かった。それよりも今は、この炎に巻かれた廬江の城を、一時でも長く眺めていたかった。

 刎ねた首を乱雑に掴んで炎の中を歩く。周囲に漂うのは熱気と肉の焼ける臭い、そして黄巾賊達の悲鳴や絶叫。この地獄のような光景の中に立っているだけで、朱然の心は堪らない程に満たされてゆく。

 元々、母が嫌いで実家を飛び出し、自分の生きがいを見つける為に諸国を回った筈だった。そして見出した騎兵指揮官としての適性と間諜、暗殺者としての適性。その適性を活かせる仕事をする事こそが自分の生きがいであり、自分の渇いた心を癒す唯一無二の手段だと信じてきた。

 しかし、盛大に吹き上げる炎を見た瞬間、今迄積み上げてきた信念のようなものが、あっさりと崩れ去るのを肌で感じてしまった。もう今迄得てきた満足感では耐えられない。そう確信するに足りてしまうほどに。

 自分は壊れてしまったのだろうか。一瞬だけ過ったその考えを、朱然は直ぐに打ち消した。自分は昔からそうだったのだろう。母を嫌ったのは母の愛では渇きを癒せなくなったから。諸国放浪を辞めたのは、それでは渇きを癒せないから。そして今、自分の渇きは新たな段階へと至ってしまったというだけの事なのだ。

 

「歪んでるんですかねえ、私。……自分が何を求めているのか、さっぱりですよ」

 

 朱然の表情には、依然として変化がない。瞑ったように細い目と、胡散臭いほどの笑顔。しかし、彼女の歪んでしまった心は、かつてないほどに満たされていた。

 

――――――――――――

 

「お疲れ様、風露。ちゃんと羅市の首も取って来てくれたのね?」

 

「ええ。結構楽しかったですから、こういう仕事はもっと増えて欲しいです。……んふふ」

 

 日が昇り始めた頃、孫策は一度兵を収容して状況の確認を始めた。その仕事が一通り終わったのを見計らって、朱然は羅市の首を届けに来たのだった。

 

「それにしても、随分と遅かったのね。探すのに手間取っちゃった?」

 

「いえ。――こんな事を話しては笑われるかも知れないのですけど、廬江の城塞が焼けている様を眺めていました。中々足が離れず、ついついこのような時間まで首を届けるのを遅らせてしまいまして……」

 

「へえ、風露にもそういう所ってあるんだ。ちょっと意外だな」

 

 朱然は孫策の言葉に対して曖昧な返事をし、一礼して退出してゆく。その様子を見送った一刀は、ふと感じた違和感を口に出した。

 

「なあ、風露ってあんなに分かりやすく雰囲気変える奴だったっけ?」

 

「……少なくとも、私や同僚達の前でそういう事になる子じゃ無いわね」

 

「何かあったのかな?」

 

「何があったとしても、彼女から言い出すまでは何も聞かないわ」

 

 最後まで言われなかったら、信頼されてないって事なんだろうけど。孫策は寂しげな笑みを浮かべ、行軍の準備に取り掛かった。

 いずれにせよ、此処でとどまっている訳には行かなかった。まだまだ、乱は始まったばかりなのだから。


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