真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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第一章  黎明編
一話


「……さあ、この場合に取る戦法は持久戦か短期決戦か、はたまた撤退か。どれかな?我々は包囲側で、敵の増援が来るとの方が斥候より(もたら)されている。城内にいる兵士は千五百、対する此方は七千で、増援の数は斥候によると七千、実数はそれより多いものとして推測されたとする。城を落とすのに掛かる日数は二日とし、さらに増援が来るのは三日後だ。どうするかな?」

 

 アタシ――こと孫叔朗は今、琅邪城内の書物庫にいる。此処で何をしているのかというと、軍略の講義を受けている訳だ。アタシの師は張承さん――アタシは真名である(しん)さんと呼んでいるが――。水蓮様の腹心である張昭さんの息子で、雪蓮(しぇれん)従姉様(ねえさま)と同年代という事もあって、次世代の孫家を支える逸材として期待されている人だ。神経質な印象を与える第一印象に反して性格は紳士的かつ冷静無比かつ忍耐強く、つまるところ非常に教師向きな性格という事なのだろう。

 

「その場合なら、まず本国に伝令を送って救援を求めた後に城を攻め落とし、その後籠城して敵の攻撃を凌ぐ。そうして味方の来援を待ち、援軍の存在を知った敵が逃げればよし、逃げなければ援軍と合力して内と外から敵軍を食い破れば良いんじゃねえか?」

 

 アタシの答えに対し、慎さんはにこりと笑顔を浮かべる。

 

「うん、まあ……辛うじて及第点って所かな。攻城の過程で防衛能力が低下した城での籠城はいただけないけど、以前に比べればだいぶ良くなってきたよ」

 

 ……非常に失礼な事を言われた気もするんだけど、残念ながら言い返すことは出来ない。ついこの間までのアタシなら、『まず籠城している敵をぶちのめして、そのあと反転して援軍を叩き潰す(気合いで)』などと答えていただろうから。

戦争は必ずしも数や勢いに任せた力押しだけでどうにかなる物ではない。時には策を弄し、或いは敵の攻勢を受け流し、外交的な手段に訴えて敵の行動を封じる事も有効な戦術なのだという事を、アタシはこの何年間か継続して続けている慎さんとの勉強会によって学んでいた。

 

「慎さんって、ホント優しいよな。アタシみたいな頭悪い生徒相手にも怒らないでくれるんだからさ」

 

「いやいや、君は実際良い生徒だったよ。小蓮様みたいに途中で逃げ出したりしないし、雪蓮様みたいに露骨に話を逸らして講義の邪魔をしない。何より勤勉な姿勢が気に入ったるからね」

 

 慎さんはニコリと微笑み、アタシの頭をポンと叩いた。褒められて満更でもないのは確かだけれど、正直それよりも雪蓮様達跡継ぎのやる気の無さが気になってしょうがない。

孫家は大丈夫なのかな……?

 

「……ん?蓮華様は大丈夫なのか?一人だけ名前が上がらんかったけど」

 

「彼女は、ね。うん……」

 

 アタシの問い掛けに対し、何故か遠い目をする慎さん。気のせいかもしれないが、目尻に光る物が……

 

「彼女は、父と冥琳が教えているよ。僕じゃ役立たずだったみたいでね」

 

「あー、成る程。――って、えぇ!?」

 

 正直、慎さんの才覚は、孫氏家臣団の中にあってもかなりの上位に食い込んでいると言っても過言ではない程度の能力値だと思う。その彼が役立たずと自分で言ってしまう程度には、蓮華様は優秀だという事だろう。

 

「個人的には、蓮華様の真面目さの2割でも雪蓮様に分けて貰えると有難いんだけどね………」

 

 慎さんの言う事も尤もだと、アタシとて思う。何しろ雪蓮様は自由奔放に過ぎて、軍略の講釈だけならまだしも政務までほっぽり出して遊び歩いているのだから。

 

「全くだね。あの人ひょっとして、蓮華様に色々押し付けて悠々自適に過ごす気じゃないんか……?」

 

 案外ありえるのかもしれない。そんな認識を共有した私と慎さんが同時に溜息を吐く。と、

 

「何よ、二人して私の悪口?陰湿なんだからもう」

 

 いきなり、頭を引っぱたかれた。しかも割かし強く。いや訂正、滅茶苦茶強く。最早殴られたといっても過言ではない衝撃を受けて歪む視界が捉えたのは天真爛漫な笑顔と桃色の髪。

 

「うげ、雪蓮従姉様……」

 

 噂をすれば何とやら。やはりというかなんというか、雪蓮従姉様にどつかれたようだ。

 

「何すんですかもう。幾らなんでもどつくこと無いじゃないっすか」

 

「あによー。珠蓮達が陰口叩くのが悪いんじゃない」

 

 雪蓮従姉様は文句を言ったアタシの頭をがっしりと鷲掴みにし、がっくんがっくんと揺さぶってくる。正直キツいのだが、言ったところでどうにかなるものでもないだろうと識っている以上、敢えて抗せずに為すが儘にされておく事にする。

 

「そういえば珠蓮、十座が呼んでたわよ。手合せしようってさ」

 

 そうやって楽しそうに私の頭を揺さぶっていたかと思えば、雪蓮従姉様はふと思い出したかのような表情でアタシへの言伝を伝えてくれた。

 

「一刻ばかし前にね」

 

「んもおぉぉぉぉぉぉおおおおッ!何でもっと早く来てくれないんすか!怒られんのアタシなんすからね!」

 

 くれたのはいいのだが、如何せん時間が遅すぎた。十座――徐盛さんは好い加減な性格ではあるものの時間には厳しく、一刻の遅れは即ち『死ぬほどしごかれる』というただ一つの事実を意味している。アタシは挨拶もそこそに書物庫を出、全速力で走らされる羽目になったのだった。

 

――――――――――――

 

「遅いってんだよ!このダボが!」

 

 練兵場に辿り着いたアタシを待っていたのは、十座さんの射撃だった。走りこんだ勢いで前転していなかったら、今頃アタシは額から矢を生やした愉快な彫刻になっていた事だろう。――実戦ならば、という前提があるにはあるが。

 

「しょうがないでしょう!大体……ッ!雪蓮従姉様に――ッ、おわっ!言伝を頼んだ十座さんにだって、非はあるじゃないっすか!のわはぁ!?」

 

「じゃかあしいわ!どんな理由であれ、遅れた貴様が悪い!」

 

「理不尽にも程があるでしょ!無茶言わんとって下さいよ!」

 

 容赦無く放たれる矢を必死に避けながら、アタシは必死に文句を返す。一度大きく距離を取って、自分の得物である二振り柄を短く詰めた青竜刀に擬した模擬刀を抜刀した。そうしつつも、必死に距離を詰める努力は怠らない辺りは、成長の証と自負している。十座さんに聞かせたら嗤われそうだが……

 

「兎に角、アタシ一人に非が有る訳じゃ無いでしょう!どうしてそうも理不尽な事ばかり!」

 

「仮にも上官に責任を擦り付けようってか!いいクソ度胸だ!」

 

「なら……ッ、そのクソ度胸とやらに免じて――」

 

「死ぬほどしごいてやるよ!有難く思いやがれッ!」

 

「やっぱりか――っ!」

 

 琅邪の青空に、アタシの空しい悲鳴が響き渡ったのは、それから四半刻もしない内の事であった。


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