真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

17 / 37
十四話

 二日が経ち、再び会議の席が設けられる事となった。集まった面々は前回と同じであり、御使いがこの場に居る事を除けば特段の変化は無かった。

 

「結論は出たようですな」

 

「ええ。――御遣いは我が陣営にとって十分に利用価値のある存在であると判断し、張承の意見を採用する事とした。彼は私……孫策直属の侍従官として登用し、天界の知識を供与して貰うわ」

 

「成る程。その孺子は、主上がそう判断するに足るだけの証左を見せたわけですな?ならば儂は何も言いますまい。子敬も、それで良いな?」

 

「無論。如何様に言葉を尽くしても閣下の賛同を得られなかった以上、私はその決定に従うまでのこと」

 

 そうとなれば、それなりの策を巡らすだけだ。魯粛はそう呟いて、御遣いの少年に鋭い眼光を投げ掛けた。少年はたじろいだ様に半歩下がったが、それでも魯粛の視線を受け切る。

 

「策殿の裁定も下った訳だし、彼はもう孫家家臣団の一員となった訳だ。ついては、名前を教えてもらっても構わないかな?いつまでも少年呼ばわりというのは、流石に具合が悪いからね」

 

 人好きのする笑みを浮かべた韓当の言葉に、その場に居た全員の視線が少年の元へ集まった。少年は生唾を飲み込み、口を開いた。

 

「俺は北郷一刀。雪蓮達が言う所の神の御遣いって奴らしい。宜し――」

 

 椅子を蹴る激しい音が響いた直後、一刀の首筋には青龍刀があてがわれていた。

 

「貴様、許しを得て雪蓮様の真名を呼んでいるのだろうな?返答如何ではその素っ首を叩っ斬るぞ」

 

 常にない口調の孫皎の様子に、座の面々が一瞬にして緊張する。余りの剣幕に十座でさえも冷や汗を流した程だ。緊張状態を破ったのは、君主である雪蓮だ。

 

「一刀には、私を真名で呼ぶ許可を与えているわ。天の御遣いだと信頼しての事だけどね。珠蓮、これで文句無いでしょう?青龍刀を仕舞いなさい」

 

「……御意。貴様、雪蓮様の信に背くような素ぶりでも見せてみろ。死んだ方がマシってような方法で痛めつけてやるからな……!」

 

 孫皎とて、孫家の穎達を第一に考えている。故に最初は魯粛の意見に賛同し、孫策が彼を生かす選択をしたことも、不服ながら肚にしまって同意する積りでいた。しかし一刀が馴れ馴れしくも孫策の真名を呼んだとき、彼女の中で何かが弾けたようだった。そこから先は殆ど衝動のままに動いていた。この男を認める訳にはいかないという、確信にも似た衝動のままに。

 

「少し、頭を冷やしてきます。今の私では、この会議に参加する資格など有りませんから」

 

 孫皎は絞り出すようにそれだけを言い残し、止める間もなく部屋を後にした。

 

――――――――――――

 

 会議室を飛び出した孫皎の姿は、琅邪のそれに替えて新たに見つけた蓮池の前にあった。斯様に鬱屈した気持ちでこの場所を訪れるのは此処を見つけてから初めての事だったが、一面を埋め尽くす蓮の葉達は、変わらぬ様子で彼女を迎えてくれた。

 

「何やってんだかなぁ、アタシ……」

 

「んふふ、自己嫌悪なんてらしく無いね。そんなに気になるなら、北郷少年に謝れば良いのに」

 

「やだ。なんか負けた気がする」

 

「北郷少年も大変だねぇ。孫家家臣団でも随一のじゃじゃ馬に目を付けられちゃったんだから」

 

「じゃじゃ馬って何だよ。アタシそんなんじゃ無いってば」

 

「じゃあ我儘娘だね。自分の身勝手で怒って、会議ほっぽり出したんだから」

 

「むむむ……」

 

「あはは、図星を突かれちゃ流石に黙っちゃうよね」

 

「何しに来たんすか、風露さん。まさか、からかいに来ただけって訳じゃ無いっすよね?」

 

「それだけでも良かったんだけどね。珠蓮に会いたいって人が居たから連れて来たんだよ」

 

「誰っすか?それ」

 

 会えばわかると言った朱然が連れて来たのは、水夫の格好をした司馬懿だった。驚く孫皎を不敵な笑みを浮かべながら眺めていた司馬懿だったが、直ぐに居ずまいを正して本題に入る。

 

「君の主君には美味しい話を持って来てあげたよ。いよいよ黄巾党による叛乱が勃発したんだ。まだ宛を中心にした物しか宮中では騒がれていないけど、既に戦火は幽州、青州、徐州にも飛び火してる。荊州や揚州にも胡散臭い動きが有るのはそっちの子が調べてるみたいだから敢て言わないけど、乱の芽は早めに摘む事をお勧めするよ」

 

「何故それを?」

 

「君が気に入ったから……というのは半ば冗談で、洛陽に居る皇帝直属の部隊を動かしても、精々洛陽近郊から宛に掛けて辺りの黄巾党を抑えるのが精一杯なんだ。正直に言って漢王室に今回の叛乱を鎮圧するに足る体力は無いし、かといって滅ぶに任せたら俺や春華は良けりゃおまんま食い上げ、最悪あの世行きになっちまう。だから精鋭と名高い孫策の部隊には早めに動いてもらって、中原の賊討伐にも協力して欲しいのさ。分かったかい?」

 

「ま、まぁ……。兎に角、アタシはその事を雪蓮様に伝えれば良いんだな?」

 

「そゆこと。お互いにとって益の大きい話だから、喜んで貰えると思っているよ。――それじゃあ、俺は帰って春華の相手をしないとだから、此処いらで失礼するよ。健闘を祈る!」

 

 司馬懿が去った後、朱然と孫皎は暫くその場で互いの意見を話し合っていた。さっきの話は本当なのかという所から、彼が何者なのかという所までで幅は狭かったが、とにかく主君たる孫策に話を通し、裁可を仰ぐということで両者の意見は一致を見た。

 

「さてと、かっ飛ばすか!」

 

「んふふ、置いてかないでよ?」

 

「着いてこれれば、置いてきませんよ」

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

 朱然と孫皎は、轡を並べて掛け出した。中天にある太陽は、乱の気配など感じさせない程に煌々と照っていた。

 

――――――――――――

 

「成る程。情報の出処は敢て聞かないけれど、確度の高い情報なのね?」

 

「ええ。信頼出来る筋の情報です」

 

「風露、揚州・荊州方面での頭目と思しき人物は?」

 

「幸い、揚州・荊州方面には目立った頭目は居らず、最大千程度の小規模集団が十程存在するだけのようです。一番近いのは宛に本拠を起き、潁川・南陽方面を固めている張曼成ですかね。後は羅市という賊徒が廬江に潜伏しているようです」

 

「その羅市っていうのがこっち方面の実質的な指揮官とみて良いのね?」

 

「ええ。そいつ以外に名のある輩は居ないようです」

 

「なら、問題は無さそうね。揚州の本拠には程普、朱治、周瑜、張昭、呂蒙、孫権、賀斉、全琮、を残し、二万の兵を付ける。遠征部隊には残りの面々を連れ、兵は三万五千を連れて行くわ。揚州に残った将官は、私の不在に乗じた連中の掃討を頼むわ」

 

「了解だ。兵站は張昭殿に任せるという事で良いか?」

 

「ええ。張承と図って、しっかりと兵站の管理を頼むわね」

 

「お任せあれ。文官の本領ですからな、遺漏なくやらせて戴こう」

 

「私に随行する諸将は、兵達の調練を怠らないように。一刀も、私について来るのよ」

 

「りょ、了解……」

 

「ようし、それじゃあ解散!出立は明後日の朝よ!」

 

 孫策の名を中原に轟かせられるのか否か。その命運を決するための戦いが、始まろうとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。