真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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新章の始まり。皆大好き北郷くんの登場であります。


第二章  野望編
十三話


 韓遂の叛乱からしばらくの後、年が明けて光和七年となった。孫策達は新たな本拠地である建業に向かい、その地の豪族たちとの話し合いの席を設け、ひとまずの協力を取り付けることには成功していた。韓遂の叛乱に従軍する前から賊の討伐や琅邪における内政の整備手腕などが評判であり、そのことが豪族にとってもやりやすいと思われたようだった。

 ひとまずの内政整備が終了した頃には、光和七年の二月になっていた。しっかりと年貢が上がるようにするにはそれなりの苦労があったが、内政に長じ、尚且つ胆力に定評のある諸葛瑾が粘り強い交渉を重ね、彼らの意思を尊重することによって協力を取り付けることに成功した。

 

「平時じゃなかったら、豪族なんて全員ぶっ殺しちゃうのに。惜しいなぁ」

 

「そういうことを言わないで下さいよ。私頑張ったのに、報われないです……」

 

 孫策はむくれた諸葛瑾の頭をポンポンと撫で、労りの言葉を掛ける。孫策は彼女の功績はしっかりと認めており、それに報いる方法が無いことを寧ろ悔いてすらいたのだ。

 

「……風露ちゃんからの定期報告ですよ。洛陽の情勢が更に悪化したようですね。あと、宛の太守となっていた黄巾党の首魁、張角、張宝、張梁三姉妹の暗殺は失敗。彼女達には逃げられ、宛を中心に動乱が起こっているようです。張三姉妹にその気は無いとしても、大きな動乱が起こる事は疑いようのない事実だと思われます」

 

「ほぉう、中々面白そうな事になってるじゃない。――今上の対応はどう?」

 

「乱が洛陽の中から起こる事を警戒して、三公の楊賜、袁隗、張済や司隷校尉の連中に命じて洛陽中の住民を片っ端から調べ上げているようですね。他の対策は、今の所していないようです」

 

 諸葛瑾の報告に、孫策は呆れたように溜息を吐く。この事態は半ば予想していたものの、裏切って欲しい予想であったために、やはり失望感は蔽い難いのだろう。

 

「黄巾党の流行度合いから言って、我々の領内でも乱が勃発する事は避けえないだろう。何時でも兵を出せるように、諸将には通達を出しておかねばな」

 

「冥琳に任せるわ。私はちょっと、巡察に出てくるわね」

 

「くどいようだが、警固の武将は必ず付けてくれよ。今や揚州を預かる身なんだからな、その位の不自由は許容して貰うぞ」

 

「判ってるわよ。あーあ、刺史になるってのも楽じゃないわね」

 

 孫策はひらひらと手を振って、執務室の外へと出て行った。

 

――――――――――――

 

「この辺りは、随分と湿っぽいんじゃのう」

 

「まあ、琅邪よりは長江に近いし、湿地帯も多いからね。風土に慣れるのも、一種の戦いなのかもね」

 

 孫策と警固の武将として選ばれた黄蓋は、会稽の城外を見回っていた。最初の数か月で賊を粗方鎮圧し終えていたため、今は随分と平和なものである。……とはいえ、流石に一流の武将以外が出歩くには厳しい治安であることに変わりはないが。

 

「……そういえば、策殿はこんな噂があるのを知っておるか?」

 

「どんな噂よ?」

 

「黒天を斬り裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御使いを乗せ、乱世を鎮静す。――管輅という占い師の託宣だそうな」

 

「管輅って言ったら、似非占い師って有名じゃない。胡散臭い噂もあったものね~」

 

「そんな胡散臭い噂が実しやかに人々の口の端に上るのじゃからな。漢王朝も末期なのやもしれん」

 

 煌々たる上帝、天を戴く唯一無二の存在であるはずの皇帝に対し、同じ天の名を騙る者の到来が噂となる。これだけでも、漢皇帝の威信が凋落の一途を辿っているほかでも無い証左なのではないかと黄蓋は考えているのだ。噂の真偽など、元より問題とはしていない。

 

「でもさ、仮にその噂が本当だとしたら……その御使いとやら、是非ともわが軍に欲しい所ね」

 

「ほう?――その真意、教えては貰えぬか?」

 

「天の血を孫家に入れる。それによって、孫家の威信を強化する。……無論、秘密裏にだけどね。今はまだ漢王朝の威光がはっきりと残ってるから、そんな事したら諸侯から袋叩きにされちゃうし」

 

 孫策の瞳には、楽しげな光が宿っている。無邪気にも見えるその眼光は、これから起こる大乱を予見したかのようであった。

 

「むっ!」

 

「ッ!?」

 

 歓談に花を咲かせていた二人の視界が、不意に激しい光によって圧された。光は一瞬で過ぎ去ったが、夜の闇に慣れていた二人は暫く眼を瞬かせ、再び夜の闇に眼を慣らさざるを得なくなった。

 

「全くもう、何なのよ一体……って、ねえ祭」

 

「むぅ、何じゃ策殿……」

 

「さっき、あそこに男の子なんて倒れてたっけ?」

 

 孫策が指差す先には、先ほどまで影も形もなかった少年の姿があった。姿形こそ普通の人間のように見えるのだが、着ている服は僅かだが光沢を持つ見慣れない素材で作られているらしく、その部分だけが言いようのない不気味さを醸し出していた。死んだようにぴくりとも動かないが、胸郭が動いている所から見ると気絶ないし眠っているようだと孫策は見ていた。

 

「ねえ祭、貴女が言ってた例の噂、存外本当なのかもしれないわ」

 

「この怪しげな孺子(こぞう)が、そうだと言うのですか?妖の類だという可能性も、ありはしませんかの?」

 

「もしそうだとしても、それはそれで一興よね。妖なら首を斬って門にでも掛けておけば、魔除け程度にはなりそうだし。どの途この子は連れて帰るわよ。面白くなりそうだもの」

 

「しかし……」

 

「あーもう!これ以上何か言いたいっていうんなら、明日の会議の時にしなさい!その時なら幾らでも話を聞いてあげるから!」

 

 

 

 明けて光和七年の二月三日、件の議題は孫策自身によって発議された。その時の状況を黄蓋と二人で出来うる限り詳細に語り、その上で文武両官の意見を聞こうというものであった。先に己の意見を言わなかったのは、自分の発言によって議会の論調が硬直しないようにという彼女なりの配慮によるものである。

 

「私は、処分すべきと考えます。帝室の権威が崩れきった時期なら兎も角、帝が天下に号令出来る今の時期に天の御遣いなどという得体の知れない危険分子を抱え込むなど、誅滅の格好の名目を与えるに等しい行為ではないのでしょうか」

 

 最初に発言を求めたのは、揚州入りした周瑜によって推挙された気鋭の文官、魯粛であった。彼は相手が皇帝であっても物怖じしないと言われるほどに剛胆な性格で、常に正論を以て論を展開する事を信条としている。

 

「俺も子敬殿の意見に賛成だ。不安要素ってのは排除しておくにしくはなしってモンだろう?」

 

 魯粛の意見に、徐盛や張昭をはじめとした全体の三分の一程が賛同した。続いて発言を求めたのは張承だ。

 

「私も魯粛殿の意見には賛成ですが、少し意見を異としております。その御遣いとやらの身分を隠して侍従官にでもしておき、機を見計ってその素性を世間に公表するのです。無論真実が露顕する恐れは有りますが、校尉とするより世間へ名声を売らずに済みますし、何より後に金の卵を産むような人材を無為に殺さずに済むという利点も有りますからね」

 

 張承の意見は、魯粛の意見に若干の修正を加えたものだった。御遣いという存在自体の危険性よりも、その利について焦点を当てたものと言える。これに対しては、陸遜や呂蒙をはじめとした文官からの賛成が多く、全体の三文の一を越えた。

 

「いっその事、御遣いの存在を公表しちまうっていうのも有りじゃあないですかね?博打に近いですけど、上手くすれば漢の中に潜む反体制派を糾合出来る可能性だって十二分に有りますし。それに御遣いともなれば、何か超常の力を持っているのかも知れないっすからね。それを当てにするのは虫が良すぎますけど、幾らでも使いようは有りますって」

 

 最後に意見を発したのは賀斉だった。彼女の意見は張承の対極で、寧ろ最初から御使いの存在を前面に押し出していくべきだと言うものである。これによる利点は彼女が挙げたもの以外にも民心の慰撫が速やかになる、兵の調達が容易になるなど様々であったが、賛同者は流石に少なかった。

 

「正直な所、彪の意見には賛同しかねる。確かに反体制派を糾合する旗印としては使い物になるだろうが、所詮はそれだけでしかない。孫家の命運を秤に乗せた賭けなど、褒められたものではないな」

 

「いやまあ、そりゃそうっすけど……」

 

 周瑜の鋭い眼光に、賀斉は思わずたじろぐ。残る浮動票をまとめるために敢えて極論を述べただけなので、激しく食いつかれると流石に参ってしまうのだ。

 

「――蓮華は、どう考えているのかしら?」

 

 孫策に話を振られた孫権は、自分の顎に添えていた手を離して居並ぶ諸官を見回した。

 

「私は、慎の意見に賛成だ。消すのは民の信条を慮ればやり過ぎだし、かといって直ぐに担ぎ出すのも短絡的すぎる。機を見て上手く利用するのが、最上手だろうな」

 

「成る程ね。蓮華の意見も尤もだわ」

 

「隠しおおせられる自信がお有りですかな?具体的な方策が有るなれば、儂らとて反対は致しませんが」

 

「此処に呼んでいるのは、私が信頼している部下だけよ。口封じという訳では無いけれど、他言しないと考えているわ。――それに、今御使いの警固に付けているのも私が信頼しているものだけだし。現状この事を知っている人物以外が喋らなければ、この事は広がっていかないわね」

 

「……まあ、考えなしという訳では無いようですのぉ」

 

「何よそれ。私の事武力一辺倒だと思ってたの?」

 

「正直言って、主上は享楽主義者なのではないかと思うておりましたわ」

 

「ひっど~い。主君相手にそれって無いんじゃない?」

 

 張昭は呵呵と笑い声を上げ、孫策に続きを促した。孫策はむくれた表情をしつつも話を続ける。

 彼女の考えていた大筋は、張承の提示した案とほぼ同様であった。とにかくも御使いを尋問し、使えないと判断すれば消す、という点においては異なっていたが。

 

「これから、私と冥琳、それから祭と一緒に御使い君を尋問してくるわ。何回か尋問をする必要は有るだろうけど、使えるかどうかだけははっきりさせておきたいからね。――二日後、再び同じ面々でこの席を設けるわ。その時に、今回の件は決着という事にしましょう」

 

 孫策の言葉によって一先ず座は解散となり、各々は持ち場に戻っていった。


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