真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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三国志を読んでると、個人レベルで魅力的な人材が一番多いのって初期~中期の孫呉なんですよね。文官も武官も見ていて楽しい人物が多いです

演義なんかでも扱いが悪くて泣きそうですけどね


十話

「なんだか、不完全燃焼っす」

 

「まあ、仕方ねえな今回ばっかりは。お互いの損失が少なくて万々歳、って程度だったしよ」

 

 洛陽に向かう行軍中、進んで口を開く者は少なかった。相手を撤退させることには成功したものの、被害が尋常では無かったからだ。

 反乱軍の被害は、王国達率いる別働隊が死傷者約一万。部将の王国と宋揚は戦死、残り二名に関しても、韓遂が配下を通じて首を届けて来た。曰く「王国達四名が今回の反乱の首謀者であり、私達は親族を人質に取られて無理やり参加させられていた。彼らが敗走した以上従う義理も無く、この首を以て我らの罪を雪いではくれまいか」とのことだ。ご丁寧に血判状まで届けてきたのだが、死人に口なしと言うのが皇甫嵩の判断であった。

 韓遂率いる部隊の死傷者は千に満たないとみられており、叛乱軍の総数は三万と三千程度まで減少したことになる。

 一方の官軍は、皇甫嵩率いる中央部隊の損害が最も大きく、死傷者数は一万一千の内約半数にあたる五千。中軍で指揮にあたっていた張温が戦死している。

 陶謙の部隊は死傷者約二千、一方董卓の部隊は死傷者一千以内に収まっている。

 孫策率いる援兵部隊は、前線の孫皎、徐盛隊、伏兵として戦列に加わった朱然、韓当隊が合わせて死傷者二百三十。流石に損害は少なかった。

 

「洛陽からの調停官、流石に早過ぎた気もするんだがな。まあ、あれで形式の上でも互いの落としどころが定まった訳だ。好意的に受け取らせて貰おうかね」

 

「あの調停官、蒋済って言いましたっけ。口は悪かったですけど、やり手っぽかったっすね」

 

「あぁ。見た目はアレだったけどな」

 

「そこ~、ばっちり聞こえちゃってんだけどな~?」

 

「うげ、地獄耳……」

 

「なぁにが地獄耳だこの小娘。あんまり生意気言うようだったら、しまいにゃ社会的に抹殺するぞ」

 

 気付けば、珠蓮と十座の傍らには蒋済の姿があった。まるで気配を感じなかった事にも驚いたが、やはり鋭いというより険しい目つきに辟易させられてしまう。

 

「しっかし、ここらは実に辺鄙だな。(ひょう)から聞いてはいたが、やっぱり自分で見ないと分からないものね」

 

「そらそうよ。世の中のことは、実際に見て回らないとな」

 

「あたしには耳替わりがいるから情報は入ってくるけどね。たまには引きこもって無いで外に出たほうが良いわね……」

 

 蒋済は竹簡に何事かを書き記しながら、周囲の様子に目を走らせる。彼女は官職に就いているとは思えないほどに簡素な服装で、身なりも給金を貰っているとは思えないほど乱雑にしている。霊帝の勅書が無ければ、誰も勅使とは思わないであろう身なりであった。

 

「いやはや、今洛陽で動ける人材が私しか居なくてね。見苦しい恰好で申し訳ないが、ほぼ一張羅みたいなものなんだ」

 

「別に気にしちゃいないけどな。特段の問題が有る訳でも無いし」

 

「アンタ達みたいな田舎暮らしだと、そう気楽に言いきれて楽なんだろうけどね~。……洛陽の連中は何かあると直ぐに飾りがどうだの衣の素材がどうだのと言い出して、面倒臭いったらありゃしないのよ」

 

「その辺のことは、よく分かんないなー。アタシは寿春以外の事、良く知らないし」

 

「お前はしゃーない。というかそのままで居てくれた方が孫家の精神衛生上宜しいと思うぞ」

 

「むっ、何なんすかソレ。アタシだって一応、年頃の女の子なんすよ!」

 

「“年頃の女の子”がそんな男口調で喋るかっての。それに、女として見て貰いたけりゃ、もっとそれらしい恰好するんだな」

 

「何それひっどくないっすか!?そういう事って、言っちゃいけないと思うんすけど!」

 

「っせえぞ小娘。一丁前に扱って欲しけりゃ、もうちょっと普段の態度をどうにかするんだな」

 

「ぐぬぬ……」

 

 孫皎とて、浮ついた話に興味が無い訳ではない。ただ、母が死んでから八年の間、彼女はひたすらに武術と学問、用兵の術のみを磨き続けてきたのだから、他の事に回す余裕が無いというのもむべなるかな、である。これから余裕が出来れば、そういう事に興味が持てるのだろうかというのが、目下の彼女の懸念事であった。

 

「……っと、そろそろ洛陽が見えてきたぞ。私は陛下に報告をしないといかんから、先に行かせて貰うよ」

 

「皇甫嵩将軍には、挨拶を済ませてあるのか?」

 

「うん、ここで駄弁り始める前に済ませてる。そのまま帰ろうと思ってたんだけど、アンタ達が私の悪口言ってるのが聞こえたから、予定変更したって訳」

 

 徐盛はジト目で自分を見つめる蒋済に笑いかけ、直ぐに真面目な表情で頭を下げた。

 

「噂好きは田舎者の習い性みたいなものなんだ。大目に見て戴きたいところだね。――ともかく、礼を失した言動をしたのは確かだ。申し訳ない」

 

「構わないよ。そういう形式ばったのって、嫌いだからさ」

 

「そう言って貰えると有難いね」

 

「いえいえ。……それじゃあ、また機会があれば会いましょう。主君のお許しがあれば、洛陽も見て回ると良いね」

 

 ――あの腐臭は、そうそう嗅げるものじゃあないんだから。

 蒋済は意味深な笑みを浮かべ、馬を洛陽の都へ走らせていった。

 

「腐臭、ねえ。まあ確かに、権力の中枢が放つ腐臭ともなれば、余所の地方都市じゃあ中々嗅げたものじゃあないわな」

 

「実際、どんなモンなんすかね?」

 

 徐盛は視線を洛陽に向けてにやりと笑った。彼自身も洛陽に行った事は無かったが、洛陽で中枢に近い場所に居る知り合いの顔を思い出すだけで、十分にその腐臭が理解出来た積りだった。

 

「そらあお前、自分で確かめた方が早かろうよ」

 

 アイツは今、どうしているのだろうか。考えても益体の無い事とは知りながら、そんな事を考えてしまう自分に対する自嘲の笑みを、再び浮かべた。


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