真・恋姫†三國伝~群雄飛翔~   作:椛颪

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時間かかった割に大したこと書けなかったという。とりあえず黄巾の乱からが本番です




九話

 同時に伏兵が立つ。お互いに自軍の伏兵に関しては情報を得ていたのだろうが、流石に敵の伏せ勢にまでは間諜や斥候の手も回らなかったという事だろう。詰まる所状況は互角……否、開幕の状況によって、若干官軍に有利となっている。

 

「伏兵とは実に面白い!絢も中々に()い趣向を凝らしてくれるではないか!」

 

 樊稠は呵呵大笑しながら斧を振り回し、董卓軍本隊に攻め寄せる敵兵を枝でも掃うかのように掃討してゆく。彼女の前に立って生き延び得る者は無く、彼女より後ろに進める者もまた、隊伍に阻まれて存し得なかった。

 

「だらしのない連中ですね♪ええ、全く以ってだらしが無い!」

 

「そうは言うがな刹那、こいつらはいわば寄せ集めに過ぎぬ。そんな連中に練度を求めてもしょうがないとは思わんか?」

 

「それでも、戦場に出た以上は戦士なのでしょう?なればこそ、私は言っているのですよ♪」

 

 表情こそいつも通りの笑顔であったが、徐栄の口調には抑え難い苛立ちが滲んでいる。彼女が持つ戦場への畏敬と誇りが、敵の弱さを許容し得ないのだろう。

 

「戦場とはそういうものだ。敵がいつも強い訳では無いし、両者万全で戦うことなどそうそう有りはしないのだよ。――これからは、きっとこいつらより弱い連中と戦うことも増えるだろうからな、早い所割り切ってしまうことだ」

 

「――ッ‼……そうですね、そうなるよう努力しましょうか♪」

 

 一瞬だけよぎった複雑な表情を押し隠し、徐栄は再び眼前の敵を掃討し始めた。

 

――――――――――――

 

「クソが!雑兵だらけか、此処は!総大将は何処に行きやがった!」

 

「まあまあ落ち着けよ青二才。まだ敵の薄皮一枚剥いだ程度の所で、そんなもん欲しがってどうすんだ」

 

「ンなこと言ったってよぉ……。この勝負、大将の首ィ取ったら終わりなんだろ?」

 

「アホかお前は。絢の話、全然聞いてなかっただろ」

 

「聞いてたっつーの!バカにすんな、瑞樹(みずき)の癖にぃ!」

 

「ガッタガタぬかすな、志優(しゆう)!てめえは黙って目の前の敵を片付けときゃあ良いんだよ!」

 

 叛乱軍側の伏せ勢五千を率いているのは、絢配下の八騎衆において謀略に長じる梁興(りょうこう)――瑞樹と、攻撃力の高い用兵に長じる李堪(りたん)――志優だ。両武将共に絢の信任が篤く、こういった重要な局面に登用される事が多い事からもそれが窺える……のだが、

 

「っせーよ!てめーに言われなくたってやっとるわそんなモン!」

 

「だったら、その無駄口ばっかりこきやがるクソ口を閉じて手ェ動かせや!」

 

「やってんだろうが目ェ付いてんのかあぁ!?」

 

「見えてっから言ってんだろうが!それ以上御託並べやがったらその舌ァ引っこ抜くぞ!」

 

 見ての通り、互いを蛇蝎の如く嫌っている。それ故に連携など期待出来そうも無いようなのもなのだが、其処は梁興が一歩引いたように見せかけて志優を上手く誘導して操縦することによって解決している。上手く使われている自覚のない李堪は今日も今日とて暴れまくっている訳だが、八つ当たりの矛先を向けられている官軍の兵達からすればいい迷惑だ。

 

「車懸りの陣だ!野郎共、敵に休む暇ァ与えんじゃねえぞ!」

 

「弓隊!崩れた敵兵に矢で追い討ちをかけるんだ!勢いに乗せて、一気に揉み潰す!」

 

 李堪が切り開いた疵口を、梁興が勢いよく斬り拡げてゆく。竹を割るような勢いで掃討を進めていた梁興達だったが、中央に近づくにつれて当たりが強くなってゆく。流石に皇甫嵩直属の精兵達なだけあって、訓練の足りない新兵とは比べ物になる訳も無い。

 

「志優、一旦下がれ!このままだと押し包まれるぞ!」

 

「あと一歩じゃねえか!何で下がんなきゃいけねぇんだよ!」

 

「勢いが殺されかかってるじゃねえか!此処は私が抑えとくから、自分の部隊を一旦下げて、再突撃を掛けンだよ!」

 

「チッ……、分かったよ!野郎共、一度下がって陣形の再編だ!次の突撃で勝負を掛けるかんな!」

 

 一気に引いた李堪の軽騎兵に代わり、梁興の重装歩兵が敵部隊の前線とぶつかる。防御力と戦線維持力に優れた彼らが戦線を支えている間、梁興は彼女らしくも無い祈るような心境に至っていた。

 

「さってと、上手く月様の方に逃げてくれよ中郎将殿。でないとお互いの為にならんからな……」

 

 韓遂の立てた計画は、最後の最後で運に頼るものであった。皇甫嵩が董卓軍に逃げ込む事が、韓遂の言う『勝利条件』。

 ……当然、成算はあった。先ず、緒戦に於いて董卓軍を敢えて攻撃しなかったという点。この事によって、「韓遂は昔馴染みの董卓に対して遠慮をし、手を出さなかった」という風評が立っている事は間諜によって報告済みだ。

 次に、左翼を担当する陶謙の風評。彼は宮中における評判こそ高いものの、それは所詮金払いが良いための評価に過ぎず、軍略や人望の面に於いての評価は芳しくなかった。当然ながら、いざという時に救援を求める相手とし難いのは言うまでもないだろう。

 そして、韓遂率いる本隊が、陶謙率いる左翼側に近い位置に布陣しているという事実それ自体が、成算に寄与している。現状は孫策率いる部隊と対峙しているものの、彼我の戦力差から別働隊を出すだけの余裕を保持している。

 軍師、成公英が緒戦の勝利から整えた状況が、ここで結実したと言えよう。

 

「行くぞ!この機を捉え、一気に中軍を食い破る!」

 

「志優隊の突撃が来るぞ!巻き込まれねぇように道ィ開けろ!」

 

 梁興が維持した戦線に、再び楔が撃ち込まれた。兵という裂き、将という心臓を食い破らんとする一箇の獣は、無人の野を行くが如く戦場を疾駆する。

 

「これ以上は進ませんぞ!私が相手となろう!」

 

「張温か!邪魔立てするなら容赦しねえぞ!」

 

「ほざけ!我が身命に懸けても、此処を抜かせはせんよ!」

 

「大勢は既に決している!貴様一人がくたばりやがったところで、動く訳ァねえだろうが!」

 

「官軍本隊と反乱軍の士部隊は相討ちで損害過多、反乱軍本隊と孫家軍は互いの残兵を収容して痛み分という結果に持ち込みたいのだろう?だが、漢王朝に仕える将として、そのような無様は許されぬのだ!故に大勢が決していようとも、私はここで貴様らと戦う!仮令(たとえ)死のうともな!」

 

「ならば望み通りに殺してやるよ!かかってきな!」

 

「張伯慎、参る!漢帝国の歴史は汚させぬぞ――ッ!」

 

 血を吐くが如く悲痛な叫びを上げ、張温は剣を抜いて志優に躍り掛かる。上段からの一撃を擦りあげるようにして弾く。そのまま無防備になった胸板へと、槍を突き刺した。湿った呻き声を上げて崩れ落ちる張温の首を刎ねた李堪は、槍先に彼の首を刺して高々と掲げる。

 

「張伯慎は李堪が討ち取った!降る者は許す、降らぬ者は斬るぞ!」

 

「降兵の収容は任せたぞ!私は回収の部隊が来るまで周囲を固めておくからな」

 

「こういうのはガラじゃねえが、あたいの部隊は防衛にゃ向かねえしな。頼んでやるから有難く思えよ!」

 

「あいよ。……さってと、あとは王国とか言う低能どもがくたばりゃお終いか。長いようで短かったな」

 

 梁興は独りごちて首を鳴らし、統制を失った残兵を受け入れつつ周囲の敵を撃退してゆく。

 

「ん~、やっぱり掃討戦は詰まらんね。敵が弱過ぎ……んお?」

 

 梁興の目の前に、重傷と思しき血塗れの仲間を担いだ兵が現れた。年の頃は梁興と同じ位か。茫洋とした表情であったが、不思議と隙は感じられない。中々出来るな、梁興はそう感じた。

 

「あたしら降兵なんだけどさ。こいつの治療、しちゃあ貰えないかな?」

 

「応急処置程度なら可能だけど、本格的な処置は本陣に帰ってからで無いと無理だろうね」

 

「うん、それで良いよ。こいつを死なせないのが当面の目標だからね」

 

「アンタ、名前は何ていうんだ?折角だから教えてくれや」

 

「姓は文、名は聘、字は仲業。こいつの名前は知らない」

 

 文聘と名乗った兵士は短く名乗り、気だるげに煙草をくゆらせた。

 

「お前とは、気が合いそうだよ。……私は梁興、絢――韓遂様の元で武将をしている。よろしくな」

 

「ええ、よろしくお願いいたしますよ」

 

 遠くで、王国が討ち取られた事を知らせる叫びが上がった。戦闘は、終わりに近付いている。

 

――――――――――――

 

「んっふふ、王国が討ち取られましたか。懐園様もやりますねえ……」

 

 乱戦の中、朱然は二刀を縦横に振り回しながらにやりと嗤った。敵は左右の挟撃と後背からの攻撃によって壊乱寸前に陥っており、特に王国の部隊は将が討ち取られたことによって統制を失っている。

 

「もうひと押し、ですかねえ。んふふ」

 

 朱然は細めている目を僅かに見開き、目の前に展開する宋揚隊に対して自身の率いる騎兵三千で突撃を仕掛けた。

 

「さぁて皆さん、宋揚の首をさくっと戴いちゃいましょうか。それでこの戦、お終いだそうですから」

 

 目の前の敵を斬ってゆく。普段率いる兵達にはそれだけを教えるようにしている。それだけで、討ち漏らしは無くなるからだ。紡錘陣形の部隊は敵陣を断ち割りながら進んでゆく。

 本来、朱然は後方支援や諜報、攪乱に重きを置く武将であった。それが好きだったということもあるし、単純に得意だったからでもある。しかし、今はこうして一軍を率いて敵と戦っている。因果なものだと、朱然は自嘲気味に嗤った。母を嫌い、彼女と同じ道に進むまいとして出奔した成果が、奇しくも母と同じ道を進むことによって結実しているのだから。

 

「やっぱり、向いてたってことですか……ねっ!」

 

 朱然の自嘲気味な叫びは、周囲の喊声に圧されて消えていく。目の前で戟を振り上げた男の咽喉に剣先を突き込み、左手で剣を逆手に構え、斜め後ろから襲ってくる敵の首を刎ねた。敵の命を絶つ感触、それと共に迷いも消えていくような感触。朱然は思わず笑い声を上げた。

 

「貴様が官軍の将か!私の軍をこれ以上はやらせん!」

 

「んっふふふ、貴方が宋揚ですか。私は朱義封、以後お見知りおきを」

 

「名を覚える必要はない!貴様はここで死ぬのだからな!」

 

「それはこっちのセリフですよ。さっさとやられちゃってくれませんかねえ?」

 

「断る!死ぬがいい!」

 

 宋揚が振り下した斧を、頭上で交差させた二刀で防ぐ。勢いを付けた一撃に腕が痺れるが、気にせずに斧を押しかえす。そのままの勢いで数合打ち合い、手数に任せて一気に押し込んでゆく。

 

「ちぃっ!」

 

「逃がしませんよ……っと!」

 

 剣圧に圧されて思わず馬を引いた宋揚に対し、朱然は馬の背を蹴って追いすがる。苦し紛れに振り上げられた斧を右手で押さえ、左手の剣で宋揚の首を刎ねた。

 

「さあて、これでおしまいです。宋揚が首、朱義封が戴きましたよ!」

 

 首を高々と掲げ、らしくもない大声を上げる。こうして、一方の戦場における勝負に決着がついた。

 

「さてと、向こうはどうなるでしょうねえ……んふふ」


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