I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
1
時刻は深夜――
日課の土蔵での魔術訓練を終えた衛宮士郎は身体を伸ばし、大きく息を吐いていた。
季節は夏に入り掛けてはいるが、夜ともなると若干肌寒い。
座り続けて痺れた脚に力を入れて立ち上がる。土蔵を出た士郎は、月明かりに浮かぶ母屋へ見るとも無しに視線を向けていた。
灯りはない。現在、各部屋の同居人たちは皆眠りに就いているのだろう。
士郎は今一度、集中して凝った身体をほぐす為、大きく伸びをする。
朝食は何にしようかなと考えながら歩き出し――不意に声を掛けられていた。
「お疲れ様です、シロウ」
見ればセイバーが立っていた。態々労いの言葉を掛ける為に起きていたのだろう。晩い時間なのに律儀だなと感じながら彼は言う。
「起きてたのか? 寝ててくれて良かったのに」
「ふふ、そろそろ頃合かなと思いましたし。何より、今宵は月が綺麗です。何の気は無しに見上げてしまい、ついついと気が付けば時間が過ぎていました」
「確かに」
一言漏らし、士郎もまた天を見上げる。
雲の無い星空にハッキリと浮かぶ月。澄み切った夜の空にこれほどの満月を眼にすれば、思わず見惚れてしまうのにも頷ける。
無言のまま、しばしふたりで風流に月見と耽りもしたが、いつまでもこうしている訳にも行かなかった。朝になればいつも通りの日常が待っている。皆の朝食、昼の弁当の準備等、用意しなくてはならないものがある。
それを察したのか、セイバーは口を開いていた。
「シロウ、もう晩い。ゆっくり休んでください」
「ああ、そうするよ。そうだセイバー、セイバーはお昼に何が食べたい?」
「何でも。シロウが作ってくれるものであれば、私は何でも構いません」
士郎の作る御飯は何をもっても美味しいです、私の心を満たしてくれます、と彼女。
その返答に士郎は軽く笑っていた。
「何でもいいってのが、結構難しいんだけれどな」
「む」
他愛も無い会話を交わしながら母屋へ戻り――唐突に異変は生じていた。
士郎の足元から光が奔る。
「っ――」
刹那の出来事に反応する間も無く、士郎の身体が光の中に包まれる。
「シロウ!?」
咄嗟に叫び、彼の腕を掴むべくセイバーもまた光の中へ手を突き入れ――
「なっ――」
伸びた光はセイバーをもまた包み呑み込んでいた。
時間にしてみれば、僅か数秒の出来事だろう。光がすうっと消えた後には、何事も無かったかのように、虫の鳴く声すらも一切しない夜のしじまだけが残っていた。
「シロウ、起きてください」
「…………」
身体を揺すられていた士郎はゆっくりと眼を覚ましていった。
「あ、れ……」
眼の前には心配そうに見つめていたセイバーの顔があったが、此方に気づいたのが解ると、その表情に笑みを浮かばせていた。
「良かった……無事で」
安堵するセイバーに対し、ようやく士郎は先までの出来事を思い出していた。
身体を起こし、彼は問う。
「此処は……」
「……解りません」
見れば、自分たちのいる場所は見知らぬ土地だった。
闇の中にぼんやりと浮かぶシルエット。それはまるでサッカースタジアムのグラウンドのような建物だった。
何処だ此処――
胸中で独りごちるが答えは出ない。明らかに、自分の知る冬木市や新都にはこんな建造物の見覚えは無い。ましてや、建築される話も聴いた事が無い。
「身体は大丈夫ですか?」
「ん? あ、ああ。なんとも無いよ。大丈夫だよセイバー、心配しないでくれ」
言って、身体を見るが違和感は無い。それは外面内面ともにだ。
それよりも、と士郎は再び周囲に視線を向けていた。
広いグラウンド内で、彼の眼を一際大きく引いたのは、管制室のようなものが組み込まれている部分だった。
空中に迫り出している部位。ぱっと見、まるで何かを飛びたたせるための装置のようにも思える。
ぐるりと首を回してみれば、離れた場所には塔のような物も月明かりの中に見えていた。
と――
「明かりが見えますね」
セイバーの声につられてそちらを見れば、確かに、明かりが幾つも点る建物が見えた。
何れにせよ、行動しなくてはどうする事もできない。
「行ってみよう」
「解りました。ですがシロウ、決して油断しないように……今、この状況が如何なるものか、私には皆目見当も付きません。全力を以ってあなたを護りますが、シロウも用心してください」
「ああ」
こくりと頷き、ふたりは航空母艦のような物の方へと歩き出す。
近づくにつれて、結構な大きさであることが窺い知れる。異様な存在感を醸し出す建造物に士郎はただただ見上げていた。
(何処かの飛行場か……にしてはデザインがどうにも妙だ……まるで、SF映画やロボットアニメに出てくるような造りだし……)
「シロウ、此方へ。此方から入れるようです」
思考が中断され、士郎の意識は切り替わる。入れそうな場所を探していたセイバーの声に頷き、そちらへ駆けよっていた。
隔壁のような部分にある扉を開けると、仄かな明かりが点る通路が奥へと続いている。
無機物の空間。
進もうとするシロウを制し、私が先行しますとセイバーが歩を進める。
油断無く歩くセイバー、士郎もまた背後に警戒しながら続き――
だだっ広い空間に辿り着いたふたりは息を呑んでいた。
「これは……」
「…………」
僅かな明かりの中、ふたりの前に映るのは不恰好な形をした鎧武者だった。否、正確には鎧武者等ではない。
「なんだコレ、まるでロボット……?」
自分で呟いた言葉とこの空間が繋がるかのように、此処はまるで格納庫のように思えた。
陳列するのは異形の黒い物体。
「こちらにもありますね」
セイバーが見つけた物は先の黒色とは違い、濃紺がかった色を帯びている。鋭角的なデザインをした――伸びる四枚翼がまさしくロボットのように見える。
「…………」
自分たちは映画の特撮スタジオにでも迷い込んだのだろうか。
士郎の脳裏には、昔、子供の頃にテレビで見たロボットアニメを思い出していた。似た様な物は全く無いが、イメージとしては正に瓜二つだ。
何より剥きだしにされた配線や周囲の機材、コード等を見る限り、とても撮影に使われるようなセットには思えなかった。
それは、機械やガラクタ弄りを得意とする士郎だからこそ解るものだろう。とは言え、彼が確信する事は無い。あくまでも気になる程度でしか見ていないからだ。
何の気は無しに手を伸ばし、彼は黒色の物体に触れていた。
ひんやりとした感触。紛れも無く、何かしらの金属で出来ているように思えた。決してプラスチックや発泡スチロールといった軽素材ではないのが判る。
「本当に何なんだ、コレ……」
触れていた指先を一度離し、士郎は意識を集中する。
「――同調、開始」
再度黒色の物体に彼は触れ――唐突に、ヴンと音を立て、それは起動した。
「何が――」
「シロウ!?」
触れた手の平から伝わる違和感。頭の中に一方的に流れ込んで来る莫大な情報量に耐えられず、士郎は吐き気を覚えて数歩ほどよろめいていた。
異変に気づき、士郎を遮るようにセイバーが前に出る。
主を無理矢理引き剥がし、本来の姿へ変身しようとした刹那――
「――そこで何をしている」
凛とした声音が空間に響いていた。