狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第78話

 山脈の哨戒線は、雪に閉ざされた間は平穏だった。

 いかな不死者や吸血魔獣といえど、吹雪に吹き飛ばされ、雪に埋められ凍りつかされては、前進するなど適わない。

 日光が遮られ、不死者たちの活動時間が長くなったとはいえ、雪そのものが自然の障壁として立ちはだかっていた。

 それだけに、哨戒任務に就く将兵の心に油断があったことは否めない。

 さらに雪に閉ざされ、他の哨戒拠点やパーカホとの行き来が困難になり、閉塞感に警戒心が緩んだこともあっただろう。

 

 吹雪が襲う回数がめっきり減り、太陽は顔を覗かせないものの気温も暖かくなり始め、集落の周囲に雪解けの水が流れ始めたある夜のこと。

 小さな拠点から、夜半の哨戒任務に出た小隊が、予定の時間になっても戻らなかった。

 拠点を指揮する中隊長は就寝しており、警戒心が最も緩む深夜の担当は、次席指揮官である第一小隊長が執っていた。

 多少の遅れはよくあるが、この夜の遅れは誤差の範囲を超えていた。

 中隊長に哨戒に出た小隊の異変を知らせると共に、次席指揮官の権限でできる対応、つまり捜索隊の編成を、第一小隊に下命した。

 

 深夜に叩き起こされ、不機嫌の態をありったけにした中隊長が、集落の司令室に入ってきた。

 小隊長は手短に哨戒に出た小隊が戻らないことと、捜索隊を編成したことを報告し、中隊長の指示を待つ。

 中隊長は、即断で捜索隊の出発を命じた。

 まだ魔獣や不死者が山脈地帯に入り込んだことはないが、吹雪が止めばその可能性はないとはいえない。

 ターバが陥落し、吹雪に閉ざされた間は中央側の麓を偵察できなかった状況では、どこに不死者や魔獣の拠点を作られていても分からないからだ。

 もし入れ違いにでも小隊が戻ってくれば、異常はなかったということで、叱責の一つでもしておけば良い。

 自分が後で笑われれば良いだけだと、捜索隊を見送った中隊長は考えていた。

 

 

 集落は結界に守られており、不死者が入り込む隙はない。

 念のため歩哨はたててあるが、集落の目の前に不死者が立ったとしても、こちらが結界の外に出ない限り、向こうからは指一本触れることは適わないはずだった。

 歩哨は、結界が通用しない魔獣や生者を監視することが、主たる任務だった。

 

 捜索隊を見送り、こみ上げてくる生欠伸を噛み殺し、目に溜まった涙を擦っていた歩哨は、視界の隅に動く不穏な影に気付き、結界を刻んだ柵から身を乗り出した。

 次の瞬間、その首が、音もなく切り離され、次には重い音を立てて地面に転がった。歩哨の死体が引き寄せられ、もたれ掛かられた柵に過剰な力が掛かる。雪の重みで脆くなっていた部分が倒れ、柵に施してあった結界効果がなくなった。

 死体の切断面から吹き出す血飛沫が周囲を朱に染め上げる。

 そのとき、吸血不死者の群れが僅かに開いた結界の隙間から、哨戒拠点の集落に雪崩れ込んだ。

 

 怒号と悲鳴、命令と復唱、武具を身に着ける際の金属が擦れあう不協和音が辺りを満たした。

 破壊衝動のみに突き動かされた低位の不死者が、突入のための突破口を押し広げる。待ち受けていた精霊の祝福を受けた剣が、槍が、矢が殺到し、不死者の群れを打ち倒すが、爆散する灰を突き破り次々に不死者たちは雪崩れ込んできた。

 死を恐れる生者と、死を恐れない不死者では、突進力の差は明らかで、徐々に防衛に就く将兵は押され始めていた。バリケードに不死者の群れの手が掛かり、次々に障害物が引き倒され、それを乗り越えた不死者が将兵に掴みかかった。

 一体を斬り倒す間に二対に掴みかかられ、腕をもがれ、首をねじ切られる将兵が続出する。

 

 三交代で休息に入っていた将兵が武装を整え戦列に掛け付けたときには、既に勝敗は決しようとしていた。

 防備の囲いを突き破り、寝所に踊り込んだ不死者が将兵を肉塊に変え、喰らっている。その横では吸血不死者が将兵の血を吸い、彼らを同族に転生させていた。

 忠実な下僕と化した新たな吸血不死者が、ついさっきまでの同僚を襲い、次々と吸血不死者が増えていく。

 

 精霊の祝福を受けた武具があるため一方的な殺戮には至らないが、それでも戦況は不死者優勢に傾き始める。

 そして、将兵の背後から仲間だったはずの者たちが襲い掛かった瞬間、戦線列は崩壊した。

 哨戒拠点の集落は殺戮の嵐が吹き荒れ、生きながら血を吸われ吸血不死者へと転生する者、不死者に生きながらその身を食われる者が続出し、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていった。

 

 

 捜索に出ていた第一小隊が、行方不明になっていた小隊全員の死体を確認して、新たな指示を求めて集落に戻ってきたとき、そこは血の臭いだけが支配する静寂の中に沈んでいた。

 異常を察知した小隊長は、直ちに一個分隊を班ごとに斥候に出し、集落を探らせた。同時に二個分隊から一班ずつを抽出し、それぞれを周辺の拠点とパーカホに伝令を走らせる。

 集落を探りに出た斥候の一班が戻り、小隊長に見たままの状況、不死者が仲間たちの死体を食らっていることを知らせた。

 小隊長は、生存者がいないことと、戻らないもう一班が集落に残った将兵と同じ運命を辿ったことを悟り、無謀な突入は控えて様子を覗うことにした。

 

 拠点の集落は、精霊の結界に守られていた。

 なぜ、それが破られたのか、小隊長は想像を巡らせた。

 思いつくところは、油断しかない。

 

 救援に飛び込む必要は既にない。

 怒りに任せて突っ込んでも不死者の数を増やすだけと気付いた小隊長は、配下の分隊長を集め作戦案を示した。

 外側から破壊された柵の部分に聖水を撒き、結界を閉じることによって不死者を滅し去る。

 単純にして明快な作戦だった。

 一時的な効果しかないが、自らの拠点を乗っ取られたまま放置するわけにはいかない。

 

 しかし、中の不死者たちに気付かれないはずはない。

 それには結界の途切れた部分を聖水で繋ぐ間、不死者の群を集落の中に押し留めておく必要があった。

 結界を閉じるため聖水を撒く者と、その間不死者を近寄らせないための防壁となる者、場合によってはもっと多く必要かもしれないが、最低でも二人の決死隊が必要だった。

 

 

 小隊が配下に収める三個分隊のうち、一班五名が戻らず、別の二個分隊から一班五名ずつを伝令に走らせていた。

 現在小隊長が保持する戦力は、三個分隊とはいえ実質は三班の計十五名。 

 突入し、聖水を撒く間時間を稼ぐための決死隊を、その中から選ばなければならなかった。

 

「さて、中には俺と、誰が行く?」

 重苦しい沈黙が流れる中、小隊長が努めて明るく切り出した。

 

 十死零生が前提の作戦など、既に作戦とは言えない。

 小隊長は、その役は自分に課せられた使命だと考えていた。

 

「小隊長だけ、死なせるわけないじゃないですか。全員で行きますよ」

 沈黙を破り、努めて明るく次席指揮官の分隊長が言う。

 敬愛する上官一人を死なせて、どの面下げてパーカホへ帰れというのか。分隊長の視線はそう物語っていた。

 

「冗談じゃない。たかだか聖水を撒くだけの、十も数える間に終わるような仕事に、十五人も人が要るかい。二人もいれば充分だ。結界が繋がれば、その瞬間に奴等は灰になる。それだけのことじゃないか」

 無理だ。

 間違いなく、不死者の群れに集られ、自分たちの命も消え失せるだろう。

 おそらくは不死者に転生させられ、結界が繋がると同時に灰と化し爆散するはずだ。

 

「無理でしょう。不死者の数は、どれくらいいるか判りません。我々を除いた集落に残っていた者も、どれほどが喰い殺されたか正確な数がわからない以上、全て不死者になっていると判断すべきです。一斉に襲い掛かられたら、二人なんぞあっという間に飲み込まれます。そしたら、次は三人が突っ込むんですか?所要に満たぬ兵力の逐次投入は、絶対に避けるべきです。こういう作戦ではいかがでしょう」

 分隊長は、自分の意見を具申する。

 突入した者が、聖水を撒く時間を稼ぐことは変わらない。

 だが、迅速に事を運ぶため、聖水は二名で撒く。

 残存兵のうち黒呪文を使える者八名が前面に立ち、不死者の群れを食い止める。

 残り五名は祝福法儀式済みの武器で、近接護衛。悪いけど小隊長も前面の担当です。

 分隊長は仲の良かった別の分隊長の顔を思い浮かべていた。お前だけ逝かせはしねぇさ。

 

「そうか。そうだな。じゃあ、全員で行こうか。だが、いいか。危ないと思ったら、人のことなど構わず脱出しろ。後を振り返ることなく、な。全員で死んじまっちゃぁ、誰がパーカホへ知らせるんだい?」

 小隊長は、全てを吹っ切ったような明るい笑顔で皆に告げた。

 

「行きましょうか。楽しいですよ、きっと。だいたい、俺たちは人殺しが仕事じゃないですか。人を斬りたくてしょうがなくて、法に触れることなく人殺しができるからって軍に入ったんでしょ。それが、不死者を斬りたいだけ斬って死ねるなんて、軍人冥利に尽きるってもんです。相手が不死者なら、誰も殺さずに済む。神様ってのにお目に掛かったら、胸を張って言ってやりましょうよ。俺たちゃ、誰も、人殺しなんてしてございませんって。そしたら言ってくれますよ。ご一行様、極楽へご案内ってね」

 分隊長は、心底嬉しそうに言って、精霊に祝福された剣を掴んで立ち上がった。

 

 数刻後、十五人の男たちが、哨戒拠点だった集落を出た。

 そして、集落に向かって深々と頭を下げた後、二手に分かれる。

 片方は十三人の集団で近隣の集落へと急ぎ、残る二人はパーカホへと歩き出した。

 

 

 哨戒拠点が不死者の群れに襲われてから三日後。

 行方不明になった小隊の捜索に出ていたため生き残り、仲間の仇討ちに成功した小隊長は、ラルンクルスを始めとしたアービィたちの前でことの仔細を報告していた。

 

「不死者は『大炎』で充分焼き払えました。相手を観察する余裕はありませんでしたので、不死者か吸血魔獣かという判別はできませんでしたが、全てが簡単に燃え尽きています。連合軍の制服を着用した不死者が確認されましたので、これが報告にあった吸血魔獣により同族へと転生させられたものと判断されます。これも他の不死者同様、結界が閉じられた瞬間に灰と化したところから、吸血魔獣は不死者であることが確認されました。尚、不死者の群れは全て灰化してしまいましたので、総数は不明であります。また、どのような経路で哨戒拠点まで辿り着いたかも、現時点では不明であります。現在は、近隣の拠点より聖水を分与し、結界を維持してあります」

 背筋を伸ばしたまま、小隊長は報告を終えた。

 

「ご苦労。下がってよいぞ。貴官を含め、負傷した者たちには、暫く後方で休養を取ってもらう。もちろん、その間に不死者対策を研究してもらうがな。期日などは追って知らせる」

 ラルンクルスに告げられ、小隊長は一礼して作戦室を出ていった。

 小隊長が退出した後、ラルンクルスはランケオラータに向き直った。

 

「ランケオラータ様。今回不死者の襲撃に遭った拠点には、結界を補修するため至急補充の隊を送り込みますが、そこに神官様のご同行を願います。ですが、今後は哨戒の方法を考え直さなければ、また奇襲を受ける可能性があります。拠点間の距離が遠すぎる現状では、いつ哨戒線を抜かれてもおかしくないと考えます。当初は二重の拠点に六百の兵力でしたが、現在はそれが一万に増えているのに対し、拠点の数は増えておりません。拠点を新たに構築するのも手ではありますが、ここは思い切って打って出るか、山脈を放棄するか、方針を検討するべきかと」

 陣を敷いて両軍が正面からぶつかり合う正規軍同士の合戦であれば、ラルンクルスは誰に対しても遅れを取る気はない。

 だが、相手は神出鬼没の遊撃戦を仕掛けてきている。こうなると拠点主義は脆い。敵は拠点のどれを攻撃しても良く、こちらは全てを守らなければならない。これだけでも不利だった。

 そして、敵の本拠地は最北の地奥深くにあり、間には広大な中央部が障壁として立ちはだかっている。

 これを抜くには、軍の全力行進でも四十日以上掛かるだろう。当然のことながら、その間の補給も問題だった。

 

 中央の敵情がほとんど判っていないことも、作戦を立て難くしている要因の一つだ。

 ターバを落とされ、ここを吸血不死者の根拠地とされたことまでは判っている。だが、ターバ以北最北の地までの情報が、全くといっていいほど入ってこない。

 このままじりじりと押されっぱなしになるのであれば、ターバまでを奪回すべきと思われた。

 

「僕が行きましょうか。ターバ以北を見てきます。敵拠点の位置と、戦力を見てくればいいんですよね? もし、『移転』で不死者を送り込んできているのであれば、それを壊せばいいわけですから、それほど兵力が要ることではないでしょう。僕とルティ、ティア、バードンさんで充分です。打って出るかどうか、それから判断してもいいかと思いますが。」

 アービィが威力偵察を提案する。

 

「行ってもらえるのはありがたいが、その間の食料はどうする? おそらく、中央に喰うものは残ってないぞ」

 一年近く放置された大地に、人間の食用に適して作物が自生している可能性は、全くないとは言わないが限りなく低い。

 アービィに食料の心配がなくとも、同行者はそうもいかない。また、アービィが野生動物を狩ってきたとしても、人間は獣肉だけでは生きてはいけない。

 プラボックはその点を指摘した。

 

「やはり、正攻法しかないか。ターバを奪還しよう。ターバを落とし、そこに本拠を進める。山脈の哨戒拠点も、同様に前進させよう。プラボック殿、哨戒線をどこに敷けばいいか、ラルンクルス殿と協議してくれ」

 ランケオラータが断を下す。

 

 もちろん、前線を進めるといって、明日からそうできるというわけではない。

 平野部では食料の生産や人々の生活があるため、ここの防衛部隊も配置する必要がある。兵站が伸びれば、それだけ経費も兵力もそちらに割かなければならない。

 まだ平野部の地は、北の民と南大陸連合軍全てを食わせるには、力不足だった。

 

「中央に大きな集落はそれほど多くない。ターバを含めて、二十もあるかどうかだ。それを全て取る必要もなかろう。最北の地へ兵を進める進路上だけ確保すればいい。進路の両側半日の範囲にある小集落は、結界で囲み、不死者の手が触れられないようにすれば充分だろう。今回、拠点が壊滅したのは、油断もあったが、結界が破壊されたからだ」

 プラボックが案を述べた。

 

 結界で囲むと不死者は灰化してしまうというのであれば、力攻めで多くの損害が見込まれる市街戦など展開する必要はない。

 当然結界を描くことを妨害されるだろうが、それを排除しながらの戦いの方が、市街戦より遥かに損害は少なそうだった。

 

「それを考えると、集落を落としてそこを確保していく必要もないんじゃないですか? 集落の維持管理に人を裂かれるのも大変ですし。補給線に沿って拠点を作ってしまえば、それでいいんじゃないでしようか。物資の集積と寝泊りさえできればいいと考えれば、無理して集落を攻めるよりよほど楽じゃないかと思うんですが」

 ふっと気がついたとばかりにアービィが言った。

 

「そうだ、それだ。それでいいんだ。無理して力攻めなんぞ、する必要はない」

 ルムが同意する。

 

「手の届く範囲に宿営地を築き、そこを起点に次の拠点を築きましょう。それでターバは迂回してしまえばいい。その際、絶対に夜間の行動は控えること。万が一日没後に行動しなければならないときは、神官様から聖水をいただいていくこと。聖水で一晩程度であれば、結界を敷くことができますからね」

 アマニュークでの経験からアービィが言った。

 

「ねぇ、聖水を集落の周囲に撒いていけば、結界を描くより早いんじゃない? とりあえず不死者を灰化させちゃえばいいんでしょう?」

 それまで黙って軍議を聞いていたティアが聞く。

 

「でも、それはかなりの量が必要だよ。プラボックさん、ターバって中央では何番目の大きさですか? 何人かで手分けすれば、半日で集落の周りを歩けますか?」

 アービィがプラボックに訊ねた。

 確かにティアの言うとおりだが、聖水の効力はせいぜい持って一晩だ。

 半日で集落を囲い切れなければ、最初に撒いた分の効力は切れてしまう。

 

「十人が均等に回れば、半日も掛からんが。ただ、それだけの聖水が確保できるのか?」

 プラボックは少し考えてから答える。

 

「やっぱり無理か。ごめんなさい、良く考えもしないで」

 ティアが済まなそうに言う。

 聖水は、川の水のように際限なくあるというものではない。

 祝福法儀式よりは簡易だが、それなりに手間の掛かった代物だった。それにグラス一杯の水はたいした重さではないが、実際のところ水は重い。

 一抱えある樽は、満杯にすれば一人で持ち上げることはかなり難しい。

 

「ちょっと待っててね」

 アービィは一言だけ言って作戦室を飛び出した。

 

 暫くして戻ってきたアービィは、プラボックに簡単で構わないので中央の地図を描いて欲しいと言った。

 全体図に山や川、湿地や湖、そしてターバを含む重要拠点になりそうな集落の位置と街道を書き込んだものを一枚。その他に、集落周辺の地形図を必要数。

 かなりの枚数になりそうだった。

 

「かなり時間が掛かりそうなので、後は明日にしましょう。申し訳ありませんが、プラボックさんは明日の朝までに必要な地図を描いてきてくださいね」

 まるでランチメニューを注文するかのような気軽さでアービィが言った。

 

「おい、今夜は寝られないのか、俺は? 一人じゃ無理だぞ。知らない場所だってあるんだ」

 慌てたプラボックが文句を言う。

 

「大丈夫ですよ。中央の民は一人じゃないんでしょ。全員とはいいませんが、多くの人に手伝ってもらってください。たまには、息抜きも必要です。今日はここまでにしませんか?」

 そう言ってアービィは軍議を強引に打ち切らせた。 

 

 

「ねぇ、アービィ。どういうこと?」

 早速息抜きと称して酒瓶を抱えたルティがアービィに聞く。

 

「拠点を結界の記号にしちゃったらどうかなぁって思ってさ。神官様に聞いてきたんだけどさ。そしたら、できるだろうって」

 アービィがグラスに酒を注ぎながら答える。

 

「え? どいういうこと? 巨大な結界ってこと?」

 なんとなく想像がついたティアが聞く。

 

 仮に目標をターバとする。

 ターバを取り囲むように円を描き、その円周上に結界の記号を描き入れれば、ターバを囲む結界が完成する。

 ターバに近寄れば敵の妨害は激しくなるが、半日の距離を保てばそれは極端に減るだろう。

 その反面、結界の円周は長くなり、描き入れる記号の数も増えていく。だが、記号そのものを大きくすれば、描き入れる数も減り、結界の強度は上がるという。もちろん、地面が平らでなければ記号を正確に書くことはできないが、小結界で記号を囲めばその結界が記号の役を果たしてくれる。

 そうなれば、結界が結界を作ることになり、強度は飛躍的に上昇する。

 

 記号を小結界で囲むというイメージは、仮に結界に必要な記号をAとすると、拠点の中心にAを描き、周囲を結界の記号を全てAに置き換えたもので何重かに囲んでいく。

 円周が大きくなるなら、同様にそれを繰り返す。円の数が増えれば増えるほど、結界の範囲や効力は上がっていく。

 だが、これだけでは容易に破壊されてしまうので、防御として正規の結界でその周囲を囲んでおくということだった。

 

 拠点一つ一つを記号として拠点の配列を円にすれば、巨大な安全地帯を確保できることになる。

 その中にターバなり、不死者の拠点を取り込んでしまえば、円が完成した瞬間に不死者たちは灰化して爆散してしまうだろう。

 神官から聞いた通りに、アービィはルティとティアに説明した。

 

 最北の地を目指す進路の確保と同時にそれを行えば、前線を無理に広げる必要もない。

 山脈を最終防衛線して、それ以南は集落や田畑の結界を強化し、補給路は物資の集積拠点だけしっかりと守れば良いということだった。

 

 

 最北の蛮族の最大の兵器は不死者だが、結局そこに住んでいる以上の人数の不死者は作ることはできない。

 補充するにはこちらの集落を吸血不死者に襲わせるか、魔法陣で囲み集落ごと不死者に転生させるしかない。

 だが、集落そのものが結界の中に入っている以上、哨戒拠点が襲われたような失態を犯さない限り、不死者が集落に入ることは適わない。『移転』で集落内に不死者を送り込んでも、実体化した瞬間に灰化してしまう。そして、魔法陣で結界を囲まれようと、結界に不備がない限り転生呪法はその中に効力を及ぼすことはない。

 合成魔獣に突っ込まれると多少厄介だが、重要拠点には兵力が充分に配置されているので、一気に陥落させられる心配もなかった。

 

 神出鬼没の敵に対して不利ばかりが目立っているが、こちらが有利な点も多い。

 結界の効力が魔法陣より強いこともその一つだが、こちらが魔法陣を自由に破壊できることに対し、不死者は結界に触れることもできず、従って破壊することもできない。

 生者が敵にいれば結界への出入りも破壊も自由だが、最北の地からここまで多数の生者を送り込めるほど、食料の余裕があるとは思えない。

 

 兵器の材料という資源に限りがある以上、兵力をいくらでも南大陸から補充できるこちらの方が、最終的には有利だった。

 突き詰めて考えれば、多少の犠牲は甘受しつつ敵の消耗を待てば、遠からず敵は自滅する。

 あとは、どうやって犠牲を減らしつつ、敵に出血を強要し、和平へ持ち込むか考えればよい。

 

「ね、これなら犠牲を極力減らして、相手に出血だけ強要できるでしょ。不死者は無限じゃない。民を矢の代わりにするような戦は、早くやめさせなきゃ」

 アービィは太平洋戦争の特攻兵器を思い出していた。

 日本人特有のファナティクな性質が生み出した、狂気の戦術と兵器だった。

 資源をほとんど産み出さない日本が、世界に唯一対抗できる資源は人間だ。

 それを弾代わりに使うようになっては、それは既に戦争ではなく、国家としての、民族としての自殺だった。

 

「なるほどね、それで地図が要るんだ。プラボックさんも大変ね、差し入れでも持っていこうかしら」

 ティアは、そう言って部屋を出て行った。

 

 

「貴官からのご報告を聞く限り、ラシアスに対する専制の是正勧告は、やむを得ぬものと判断せざるを得ない。南大陸連合は、そう判断いたします」

 議長を務めるアルテルナンテは、渋い表情のまま告げた。

 

 共同統治機構は、南大陸連合とその呼称を変更していた。

 統治を目的とせず、国家間の利害調整が主たる使命となり、呼称に『統治』と言う文言が入ることは不自然と判断されたからだ。

 そこには大帝国の再来と誤解されることを、防ぐ意味合いも含まれている。利害調整だけでなく、為政者の専制や民への弾圧、不当な差別の放置、侵略行為等、人道に反れる行いを国家が犯した場合の是正勧告や懲罰といった強権も、四王の連名により保障されていた。

 最終的な決定機関は四カ国の代表による円卓会議で、くじで決定される議長に二票、他三名は一票の決議投票権を持っている。

 もちろん、二票といっても票を割ることは許されず、意見が対立した際の議長裁決のためであることが、規約には明記されていた。

 

 会議の席に円卓を採用した理由は、上席者を作らないためで、四国家が平等の立場であることを表すためだ。

 現在のところ、議長はあくまでも議事進行の責を負うのみで、自由な発言が許されている。だが、いずれ北の大地の代表が参加した折りには、議長の発言権は廃止され、票決が割れた際の採択権に変更される予定になっていた。

 まだ素案の段階だが、南大陸内の事案は北の民の代表が、北の大地内の事案は南大陸の代表が議長を務めることで公正を保つことになっていた。

 

 円卓会議の下部組織として、関税及び税制や専制、軍備、商取引、内政、人権等の監視委員会が設けられ、各国から閣僚経験者や将来の閣僚候補、政務に精通する官僚たちが送り込まれている。

 各委員会には各国の事務官が平等に割り振られ、どこか一ヶ国に有利不利が生じないように配慮されていた。ここで検討された案件は、重要度や緊急性によって、円卓会議の開催を要するもの、代表に持ち回りで判断を仰ぐものに仕分けられる。

 この他に連合軍の召集権と指揮官の任命及び罷免権を持ち、必要に応じた軍の編制を可能にしていた。

 ニムファ女王即位式の後に催された四王の親睦会という名の最高権力者会議で、素案がインダミト王バイアブランカから示され、全員の同意を得たことで南大陸連合は発足している。

 

 

 そして、この日行われた初の円卓会議では、二つの議案が採択されていた。

 一つは現在北の大地に展開している軍を、制式な南大陸連合軍として認定し、総司令官にラルンクルスを任命したことだ。

 もう一つは、南大陸連合として、つまり南大陸の意志として、ラシアスに対し国民の私財徴発を専制と認定し、その中止を求める是正勧告の声明を出すことだった。

 

 是正勧告は、受け入れられなければ各国によるラシアスへの経済援助と関税の優遇措置の即時停止と、それでもラシアスが拒否するのであれば、経済制裁として交易の段階的停止を警告した厳しい内容になっていた。

 特筆すべき点は、議案がラシアス代表へテランテラから提出され、円卓会議が全会一致で声明発表を採択したことだ。

 この点で、私財の徴発が国家の意志ではなく、ニムファ女王の独断であり、ラシアスが専制国家に転落しかけていると認定していた。

 

 

 これに対しラシアス女王ニムファは、私財徴発は王権の範囲内であり、連合の是正勧告は内政干渉であると反論した。

 最北の蛮族を討つための国家総動員の一環であり、未だ何の効果を挙げていない派遣軍は怠慢と切り捨て、それに代わって北の大地を平定する英雄的行為だとの声明を出していた。同時に連合の即時廃止を求めて、四王会議を開く要請を、他の三国家の王に書簡で送っている。

 だが、三王からの返書は、連合の設立はニムファも同意したことであると指摘し、それを蔑ろにすることは自らの威光を否定し、惹いては三王の威光も傷付けることだというつれないものであった。

 

 同時に、非業の死を遂げたとされる財務卿に対する同情の声が、貴族たちの間だけでなく、庶民の間にも広まっていた。

 公式には病死扱いになってはいたが、白昼堂々と屋敷に火が放たれ、使用人の多くが殺害され、生き残った者も一生治らない外傷や心の傷を負わされた者がほとんどだ。これで病死などという公式発表を信じる者がいたら、王室の犬か、余程おめでたい奴だと後ろ指を差されるだけだった。

 へテランテラやエウステラリットの間諜たちが効果的にばらまいた流言飛語により、自殺のうえ私財を焼き払ったという説と、ニムファによって殺害され、私財を強奪されたという二つの説が、燎原の炎のようにラシアス国内に広がっていった。

 

 

 ニムファは三王に、非難される謂われはないので代表を諭して欲しいと書簡を送り返したが、それに対する返書が届くことはなかった。

 財務卿に対しては、反抗罪で捕縛し私財を没収するつもりで軍務卿と諮っていたが、その前に死なれたうえ私財のほとんどが灰と化すか失われていた。

 自殺したと言われた財務卿一族の死体は、高温の炎に炙られほとんど炭化しており、DNA鑑定など望めないこの世界では、報告書を認めるしかなかった。

 

 さらに、狙い澄ましたかのようにウェンディロフ師団の生存者がアルギールに帰還し始めた。

 彼らの口から、九千余に及ぶ命を北の大地にただ撒き散らしただけに終わったウェンディロフの無能振りと、そのような者を重用したニムファの専横振りが伝えられ、遺族からは怨嗟の声が広がり、急速に人心は離れていく。

 若き美貌の女王に誰もが期待していただけに、その反動はあまりにも大きく、ニムファの予想を遙かに超えていた。

 

 自分に味方する者が無能者と周囲から蔑まれる軍務卿のみであり、自力で事態を打開することは不可能であるという現実を突きつけられたニムファは、三王とは懇意の王太后、つまり母親に泣きついた。

 だが、待っていたのは国の威信を傷付けたことへの厳しい叱責であり、ニムファが求めた庇護ではなかった。

 

 事ここに至り、振り上げた拳の落とし所を完全に失った若き女王は、政務を放り出し自室に篭もるという前代未聞の暴挙に出る。

 本来であれば、手を尽くして女王の政務復帰を促すべきだが、閣僚たちの信を完全に失ったニムファを宥めに行く者は皆無だった。軍務卿ですら、ニムファの居室に近寄ろうともしない。

 もっとも、この状態でニムファに味方しても利がないと、保身に走っただけだったが。

 

 ニムファの生活に必要な空間は、全て居室に連なっており、食事さえ運ばせれば、一歩も外へ出なくとも事足りる。

 もちろん、排泄の後始末や浴室の準備と片付けをニムファにできるはずもなく、食事の運搬と身の回りの雑事をこなす侍女は確保してあった。いくらなんでも一国の女王を、垢まみれのまま糞尿の溜まった部屋に放置しておくわけにはいかないための処置だった。

 ニムファにしてみれば現実逃避だったが、その実態は体の良い軟禁状態だった。

 

 宰相コリンボーサは、ここぞとばかりに第一王子だったエウステラリットを口説き落とし、摂政に就任させたうえで政治の実権を掌握した。

 女王は病気療養中と発表し、それが恢復するまでは摂政が政治を行うこと、そして国民の私財を徴発することはないと、内外に向けて宣言した。

 そのうえで、自殺した財務卿一族を悼む談話を摂政名で布告し、わざとらしいほど盛大に一族の葬儀を国葬並みの規模で執り行った。

 

 こうして両大陸に激震をもたらした新女王は、即位から五十日も経たず表舞台から姿を消した。

 春の訪れは目の前で、軍の移動が容易になる寸前の際どいタイミングだった。

 

 

「宰相、国の大掃除が必要だな。財務卿の後任も早急に決めねばならないが、軍務卿の罷免も急がねばならん。あれは、放っておくと国の足を引っ張ることしかやらん。両卿の後任を早急に決めろ。あまり、私に仕事をさせるなよ」

 ニムファが政務を放り出してから五日が過ぎ、玉座に居心地悪そうに座るエウステラリットは、コリンボーサを呼び出していた。

 本来なら宰相も即解任だが、それでは国政に通じた者が足りなくなってしまう。権力欲の権化だが、それなりに有能な政治家であるコリンボーサまでまとめて切ってしまっては、国が動かなくなってしまいかねない。

 閣僚の欠員が埋まり、新任の者が政務に慣れるまでは、後始末をさせなければならなかった。

 

「仰せのままに。その後、新任の者が政務に慣れましたら、此度の責任を取って、私は宰相を辞任いたします」

 コリンボーサは心にもないことを言う。

 摂政に引き立ててやった自分を、まさか切るまいと考えていた。

 

「辞任などする必要はない、宰相」

 機嫌が悪そうなままエウステラリットは言った。

 

「勿体ないお言葉。では、残り少ない余生を国のため、ぜんりょ――」

 

「何か勘違いしておるようだが。後任が政務に慣れた時点で、宰相も解任だ。辞任など、許さぬ。あれほど言っておいたのに、輔弼の任を全うできなかったのだからな。責任を取って、しっかりと後始末をしろ。解ったら、さっさと後任を決め、引き継ぎを行え。言っておくが、穏便に済ませたかったら、手抜きなどしないことだ。それから、延命のために策を弄するようなことはするな。どちらであっても、解任では済まされないと心得よ」

 コリンボーサは、エウステラリットの言葉に、自らが登ってきた栄達の階が崩れ去るのを感じていた。

 

「殿下……」

 コリンボーサは、縋るような視線をエウステラリットに向ける。

 

 

「死罪にならなかっただけでもありがたく思うんだな。卿ほどのものが、何故に権力などに溺れたか。私は、それが残念でならない。卿であれば、歴史に残る名宰相となれたものを。これまで国を引っ張ってきた功績には感謝するが、それとこれとは話が別だ。権力には責務が伴う。政治は、結果責任であり、過程は評価の対象外なのだよ。解任後、卿の功績に免じて沙汰はなしだ。これが、せめてもの私の温情と心得よ。政務参議官の席は用意しておく。が、参議会への出席には及ばず。早急に、新閣僚の案を纏めて提出せよ」

 エウステラリットは、それまでの厳しい視線から柔和な眼差しに替え、コリンボーサに語りかけた。

 内心では、エウステラリットはコリンボーサの留任を望んでいた。

 

 だが、南大陸での彼の評判は地に落ちている。

 ニムファをいいように利用し、政敵を遠ざけ、己が権勢の増強に努めていたことは、知らぬ者などいない事実だった。最終的にニムファを輔弼しきれず暴走を許した罪は、どう庇い立てしようと消せることではない。

 彼が北の民の南下に立ちはだかり、一歩も退かなかったことは誰もが知るところだ。

 だが、それを差し引いても功罪を秤に掛ければ、国を私ていた罪に傾く。

 

 内務卿や外務卿にはほとんど罪はないのだが、人心を一新するためには全てを入れ替える必要があった。

 幸いにして、卿の立場に立てる公爵の数に不足はない。第二王子は早々に臣籍降下して政務参議官を勤めていたので、政治の世界にまったく疎いわけではなかった。

 コリンボーサが院政を敷けないように、次期宰相は弟に任せ、自らは王として即位することはせず、摂政のまま弟の後ろ盾になる。後は弟に好きなように組閣させ、最終的な責任だけ自分が取ればよい。エウステラリットはそう考えていた。

 王になどなってしまえば、この政変が王位の簒奪と世間が勘ぐる。

 その程度のことは、エウステラリットは理解している。

 

 

 ウジェチ・スグタ要塞にある代表のために設えられた懇談室で、ラシアス代表ヘテランテラと、ストラー代表アルテルナンテが顔を合わせていた。

 沈鬱な表情で塞ぎ込むヘテランテラを、アルテルナンテが慰める格好だ。

 

「いい加減、元気を出しなさいよ、ヘッテ。あなたは間違ってなんかいないわ。仕方なかったのよ、姉上様がこうなってしまったのは。そうね、いろいろと不運が重なってしまったのかしらね」

 かつて、王同士の表敬訪問の際、ニムファに遊んでもらった記憶がアルテルナンテの脳裏に浮かんでいる。

 優しかった年上の姫。

 国を思う気持ちは、誰よりも強かった第一王女。

 

 慣れない他国の王宮で不安げにしている幼いアルテルナンテを、楽しませるように遊んでくれたニムファは、決して悪人ではなかった。

 それだけにアルテルナンテも今回の結末には、すっきりとしない部分が大きい。もちろん、インダミトのパシュースも、ビースマックのフィランサスも同じ気持ちだった。

 男同士、下手な慰めはヘテランテラのプライドを傷付けるだけだと判断した二人は、ラシアス政変の結末が伝えられてからは、ヘテランテラには業務以外で声を掛けないようにしていた。

 

「いいんだ、アルテ。仕方ないのは解っている。あの、莫迦女にはいい薬だ。もう二度と表舞台には立てまい。兄上には、寛大な処置を願ってあるが、民が納得するかどうか。最悪の事態も覚悟はできているよ」

 気丈に振る舞っているが、姉から王位剥奪をしたのは事実上自分だ。

 まさか死罪にすることはないだろうが、これから死ぬまでの長い人生を軟禁生活で過ごさなければならない姉の身の上を考えると、果たしてこれでよかったのかと考え込んでしまう。

 もっと時間を掛け、手を尽くして説得すべきだったのではないか、ヘテランテラは後悔にも似た思いに囚われていた。

 

 最北の蛮族を討つため、ウェンディロフ師団を独断専行させたことは、許されない暴挙ではあったが、国を思う気持ちからであったことは間違いない。

 両大陸の覇者になるという野望もあったのは理解しているが、ラシアスにとっての脅威を取り除こうとしたことだけは間違いはない。

 

 

「ヘッテ、暫く休むと良いわ。北の大地への侵攻や、民の私財徴発がなくなれば、ラシアスへの是正勧告も意味を成さなくなるし、経済制裁もなくなるわ。北の大地も急を要するようなことはないと思うの。もし、あってもラルンクルスに任せておけるでしょ? 勇者殿もいることだし。安心して大丈夫よ」

 そう言ってアルテルナンテは席を立った。

 

「すまない。そうさせてもらうよ。姉上がしゃしゃり出て来なければ、我が国は安泰だ。もう、皆に迷惑を掛けることもあるまい」

 いつになく弱気になったヘテランテラは、アルテルナンテの背を見送ってから、自室へと戻っていった。

 

 

 優しかった姉。

 悪戯盛りの自分を、眉を顰めつつでも丁寧に叱ってくれた姉。

 母のお仕置きから、身体を張って庇ってくれた姉。

 姉は誰よりも民を思う気持ちが強かったことを、ヘテランテラは知っていた。

 

 どこで、何が狂ってしまったのか、彼にはまだ解らない。

 勇者召喚の失敗からか。

 勇者の抱き込みに失敗して以来か。

 しかし、父王であるロベリア先王が不慮の病に倒れ、摂政の座に着いたときには、既に姉は変わっていたような気がしていた。

 確実なのは、勇者に袖にされてから、ニムファが狂気にも染まっていったことだ。最北の蛮族を討ち、それを以って勇者と対等な立場になろうとしていた節がある。

 そうなれば、勇者に討たれるということも考えなかったのか。

 それとも対等であれば、勇者に自らを娶らせることも可能と考えたのか。

 

 ヘテランテラの思考は堂々巡りに陥っていた。


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