「ねぇ、あなたたちは、この後どうするの?」
ティアに聞かれ、ルティは王都を経由し、火の神殿、地の神殿、風の神殿と巡るつもりだ、と今後の予定を話す。
「ふ~ん、その後は?」
ルティは少し考え、本当の目的を話す。
「アービィが獣化をコントロールできるようにするのが目的なのよ。だから呪文を使うことで精神力を養ってほしいの。で、その後は安心して暮らせる町に落ち着きたいわね」
「じゃ、ルティはアービィと結婚するつもりなの?」
「け・け・け・けっ……こん? ちょ、いや……姉弟よ、あたしたちはっ!! そ・そ・そ……」
一瞬で真っ赤になったルティは、必死に誤魔化そうとするが、ティアはからかってばかりだ。
フュリアの町に戻り、討伐の証拠としてラミアのティアラをギルドに提出し、報酬を受け取って懐が暖かくなった三人は、少し贅沢な宿を取った。
三人相部屋ではなく、アービィは一人、ルティとティアが同部屋になったため、ガールズトークが繰り広げられていた。
「じゃあ、あたしも一緒についていって、アービィと結婚しちゃうってのもありね」
「ラミアと人狼のハーフなど聞いたことは無いっ!! 却下っ!!」
「うるさい小姑だこと」
エクゼスの森からフュリアの町まで来る間、二人の交わす会話からお互い惹かれあっていることは理解できていたが、はっきりと恋愛関係になっていない二人をからかうのが楽しくてしょうがない。
なんだかんだ言って、うまくやっているルティとティアだが、いろいろと火種は絶えなかった。
ティアは、化け物扱いしないでくれた二人に感謝しているが、楽しいことは楽しいのだ。
魔獣として生きていた頃より、格段に楽しい。
かつて人化していたこともあるので世事に困ることは無いが、人をエサとしてしか見ていなかったときと違い、ルティやアービィ以外の人との交流は新鮮だった。
魔獣同士に連帯感など無いため、アービィを特別視することもないし、ギルドで討伐の仕事を請け負うことに抵抗も無い。
「ところでティア、聞きにくいんだけど……食べ物って普通に食べられるの?」
ルティとしては、普通の『人』として付き合いたい。できれば『男の精』を搾り取ることはご遠慮願いたかった。
もう少し年齢を重ね、その辺のことも解ってくれば、また話は違うのだろうが。
「う~ん、それは平気だし、それだけでも生きていられるけど……男の精は欲しいわね。そういう種族だし」
「サッキュバスとどう違うのよ?」
今ひとつ違いが分からないルティ。
「あいつらはね、それしか能が無いのよ。あたしらとは違うわ。一緒にすんな。でも精は欲しいわ~」
「搾り取っちゃったら、相手は死んじゃうんじゃないの? そういうことなら遠慮してほしいっていうか、やめて欲しいんだけど……。そういえば、精を搾り取るって、どうやるの?」
想像は付くが、一応確認してみる。
「あなたたちと変わらないわよ、することは」
「へ? 変わらないって?」
「えっちよ、えっち」
また真っ赤になるルティ。
「じゃ・じゃ・じゃあ、ここでするってこと?」
「そうね、でもあたしは気にしないわよ」
「あたしが気にする~っ!!」
冗談じゃない、見たくないわよ、と心の中で叫ぶルティ。
結局部屋に男を引っ張り込むということなのだが、同じ部屋でして欲しくはないし、聞いていて気持ちのいい話でもない。
「死にはしないわよ、加減すれば。いままでは加減する必要も無かったから、死ぬまで搾り取っちゃったけどね。いいじゃない、お互い気持ちよくなって、あたしはお腹も膨れるんだから」
「別の宿に一部屋取ろうか?」
これが普通の人相手であれば、ふしだらだとか非難のしようもあるが、種族固有の行動とあっては完全否定もできない。
「アービィと同部屋になればいいじゃない、あなたが。今までだってそうしてきたんでしょ?」
「まぁ、そうといえばそうだけど……」
となりでそんなことはしてほしくない。
「じゃ、あたしがアービィと同部屋になって……」
「嫌だ断る駄目だ絶対駄目却下っ!!」
皆まで言わせず、真っ赤になって怒鳴り散らすルティ。
真っ赤になったのは怒りだけではないと思う。
「そんなら、いいじゃないの、ルティとアービィが同じ部屋で。あたしはあたしでよろしくやるわよ。聞こえるようにしてあげようか? そしたらアービィも獣(ケダモノ)になってくれるかもよ?」
またそこに戻り、炊きつけようとするティア。
「だから、あたしたちは姉弟なんだし……そういうこと……しようとすると……本物の獣になっちゃうし、あのぼけ狼は……」
後半は心の中で呟くルティだった。
隣の部屋には、なんとなく背筋が寒くなった狼がいた。
「ところで、本当に魔獣討伐に抵抗は無いの?」
強引に話を切り替えるルティ。
「うん、全然ないわ。別の生き物だもの。あなたたちだって、魔獣じゃなくても危険な動物や盗賊とかなら討伐するでしょ? それと一緒よ」
さらっと答えるティア。
「よかったわ。お金は湧いてくるわけじゃないし、さすがに面倒は見切れないもの」
ルティの心配は、『精』のことと、魔獣討伐だったので、かなりほっとする。
「二、三日はゆっくり休むけど、すぐにギルドで仕事請けるからね。その前にティアの装備を揃えなきゃね」
ティアは、ラミア本来の姿であればそれなりの攻撃力、防御力ともにあったのだが、ティアラを失った今、姿を変えることはできなくなっていた。
「うん、すごく楽しみなんだ、それ」
「代金は貸しといてあげるからね」
「ま、出世払いの催促なしでお願いするわ」
返す気などまったくないという風でティアが答える。
ティアラがないとラミアは妖術も使えなくなるため、水の神殿で精霊と契約し、白か黒どちらかの呪文を使えるようにしておきたい。
呪文に頼らない力任せの戦い方でも充分通用する下地はあるのだが、呪文が使えたほうが便利ではある。
ラミアのティアラは高価な魔装具として、市場に出回ることがあるので、もし見つけたら買っておきたいところだ。もっとも金貨二、三枚程度の値はするので、気軽に買える物ではないが。
「ティアってスタイルいいし、可愛いし、羨ましいわ……」
ティアの胸元を見つつルティが呟く。
改めて見れば、ティアは均整の取れたプロポーションのうえ、あどけなさを残した可愛い顔立ちをしている。
肩より下まで伸ばした銀の髪は、白髪とは違う輝きを見せている。
「でしょ、この姿が一番成績良かったのよ」
わざと胸を揺らせ、ティアが答えた。
「えっ? この姿がって、どういうこと?」
「うん、ラミアには本来顔ってないのよ、口だけしか。あとは好きに弄くれるの」
まったくイメージが湧かない。顔が無い?
「じゃあ、もしティアラがあれば、全然違う顔に変えられるの?」
「そうよ~、鼻から上だけならいくらでも。ルティそっくりにだって、アービィそっくりにだってね。でも、口は変えられないから、誰かに成り代わることはできないわよ」
アービィに成り代わってルティをおちょくることができないのが残念ね、と笑う。
変わっていく瞬間を見てみたいと思うルティだった。
「じゃあ、明日は神殿に行って、そのあと武器防具屋巡りかな」
「そうね、じゃあ、そろそろ……」
いい加減眠くなったティアが、寝ましょうか、と言おうとしたが。
「アービィ呼んで呑みに行こうか?」
翌日、二日酔いというより酔っ払った状態で神殿に行き、不敬であると追い返された三人組がいたとか。