狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第52話

 「ねぇ、このままウジェチ・スグタ要塞を抜けるのは危険だと思うんだけど、どうかなぁ?」

 ワラゴに犬橇を返し、明日はウジェチ・スグタ要塞に向かうという夜、ルティが皆に聞いた。

 

「そうだね、危ないかも」

 

「少々浮かれていたな」

 皆が異語同音に答える。

 

 ランケオラータを一刻も早くインダミトに連れ帰りたいが、このままウジェチ・スグタ要塞に行ってしまっては、かなり面倒なことになりかねない。

 

 この世界には『生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』などという、ふざけた戦陣訓のようなものはない。

 だが、『全力を尽くして戦った名誉ある捕虜』という認識もない。生還は喜ばしいことではあり、暖かく迎え入れてはもらえるがそれだけのことだ。

 以後、兵か下士官であれば軍から放逐、将校は査問会の後閑職に追いやられ、栄達とは無縁の重要度の低い書類に決裁ですらないサインをする日々が続くだけだ。

 

 このままウジェチ・スグタ要塞に行けば、良くてランケオラータは査問会に、ルムとメディは捕虜扱い、最悪の場合怒りにまかせて惨殺か、メディには陵辱のうえ慰安婦への道が待っているかも知れなかった。

 まさかそこまでのことはないにしろ、ランケオラータが手間を取られることだけは間違いなく、インダミトへ戻るまでに数ヶ月は掛かる可能性が高かった。

 ここはアービィたちが来た道、ウジェチ・スグタ要塞を避けて間道を行くべきだろう。

 だが、行きはセトナイの案内だったため、細かい道までは覚えていない。

 ランケオラータが間道を知るはずもなく、平野の民であるルムも知るはずがない。

 メディも同様で、再度ワラゴか商用のある者に案内に立ってもらわなければならなかった。

 

 結局、ワラゴもそうそう村を空けるわけにも行かず、商用にしてもすぐではないため、三日の足止めを食ってしまった。

 だが、結果的にはルムのティア熱を下げることができたので良かったのかも知れなかった。

 南大陸に渡った後、ティアを神扱いするあまり、ラミアの正体を口走られらたまったものではない。

 

 三日後、リジェストへ商用で行く村人が案内に立ち、来た道を逆に歩いて南大陸へと戻ることができた。

 だが、ここからラシアスを抜けるまでが問題だ。当然ラシアスの王都アルギールは避けるとしても、神殿の町グラザナイと教都ベルテロイと接するフロローを通らないわけには行かない。

 北の民への風当たりは強いし、ランケオラータの顔が将兵にはある程度知られていることも問題だった。

 

 いろいろと考えた挙句、グラザナイへは向かわずに国内をS字に走るラシアス街道を西に向かい、そのままストラーへ抜けることにした。

 リジェストから早馬で風の神殿に手紙を送り、最高神祇官エンドラーズに手引きを依頼する。同時にレヴァイストル伯爵にも手紙を送り、予定を伝えておく。

 ランケオラータも実家宛に無事を知らせる手紙を送り、国に帰るまでは情報は押さえておくように頼んでいた。

 

 おそらくラシアス街道からストラーへ向かう街道の分岐の町ガルーカ辺りで、エンドラーズとレヴァイストル伯爵からは返事がもらえるだろう。

 エンドラーズの協力が得られるならばそのままストラーへ向かい、無理であればグラザナイへ向かう。

 リジェストからガルーカまでは七日で到着するので、そこで数日滞在することにして、その間にレヴァイストル伯爵へ経路に付いての手紙を送っておけば、こちらの動向はインダミトに伝わるはずだ。

 

 

 リジェストから駅馬車に全員が乗り込み、ガルーカへ向かう。ルムにとっては生まれて初めての駅馬車の旅だ。

 見るもの全てが新鮮で、北の文化の遅れを痛感させられる。交通のシステムや治安維持、政治体系からインフラ、果ては食文化まで学ぶべきことはたくさんあり、圧倒されている場合ではない。

 自らに足りないものを確認しつつ、ルムはあらゆることを目に納め、頭に叩き込んでいく。即北の大地で受け入れられるとは思えないが、徐々に浸透させればよい。

 どれほど南大陸から商人を呼び込みたくても、インフラの遅れや治安維持ができていなければ、それはただの絵に描いた餅、夢物語でしかない。

 

 判らないことは素直にランケオラータに聞き、それを北の大地の風習に合わせ取り込むにはどうすれば浸透しやすいかをメディに聞く。

 力が支配する北の大地では、政府などはない。いきなり全てをそのまま取り込むことは不可能だ。集落同士を結ぶ道も獣道を踏み固めただけのもので、石畳で舗装された道など皆無だ。それを作ろうにも有力者が私財をはたいて作るしかないのが現状で、税制すらないため金を民から集めることも現状では無理だ。

 急に金を集めるといっても、それが確実にインフラに使われるという保証がなくては民は金を出すわけがないし、権力や強制力の基盤が腕力というだけでは、簡単に反乱が起きるだろう。

 

 南大陸の資本を呼び込みたいが、北の大地を開発するメリットがなければ、誰が資本を投下するというのか。

 道だけ作って利益がなければ、金をどぶに捨てるようなものだ。地下資源の豊富さは北の大地の最大の魅力で、それを如何にアピールし南大陸の貴族や商人の資本を引っ張り出すか、ルムはその大使の役をいつの間にか負うことになっていた。

 しかし、いきなり北の大地を代表してしまっていいのか、ルムはそこに戸惑いを感じている。

 今までは自分の部族の発展だけを考えていればよかった。今回のインダミト行きも、そのためのつもりだった。

 だが、南大陸に渡ってから、様々にものを見聞きしランケオラータやメディと話すうちに、自分の部族だけのことを考えていたのでは、南大陸の資本は呼び込めないと気付いていた。

 

 北の大地には、決定的な力を持つリーダーがいない。

 それぞれの部族がばらばらに南大陸と交渉を行っていては、一件のビジネス規模が小さくなってしまい、効果的な大資本によるインフラ整備はいつまでたってもできない。せめて平野部の民と中央部の民が大同団結したあとに代表者を選び出し、その者に一任するようにしなくてはまともな開発はできないだろう。

 だが、その窓口はどうするのか。

 誰が北の民の利益を代表して南大陸の為政者や商人たちと交渉するのか。

 その者が自分の部族だけに有利になるような交渉をしてしまっては、その恩恵に与れない部族の不満が高まり、また戦乱の中に逆戻りだ。

 

 貴族制もないため、最初は誰がリーダーになるかで権力闘争や勢力争いが起きる可能性が高い。

 集落や部族を率いる族長がそれに当たるのだろうが、それぞれに力関係はあるものの基本的には横一線だ。

 自然が厳しいからこそ、誰か一人が、一部のグループだけが特権階級になるのでは、民の不満は解消されまい。

 特権階級が南大陸に領土的野心を抱いては、戦乱は全体陸を巻き込んで収拾が付かなくなってしまう。

 かといって南大陸に北の大地を従うような状況も歓迎できない。

 

 政体を整えるためには、やはり手本がなくてはならず、それは南大陸の貴族制や王制だろう。

 しかし、急激な変化は混乱を呼ぶだけだ。最初は平野部と中央部から、それぞれの代表者を選び出すことから始めればよい。幸い、平野部にはルムがいる。中央部の民にもそれなりの指導者がいるだろうから、ルムとその者が協議して北の大地を経営していくようになれば、次第に政体も整っていくだろう。

 当然途中に混乱もあるだろうが、いきなり全てが上手くいくはずもなく、産みの痛みは覚悟しておかなければならない。

 

 南大陸の住人にとっては北の大地は領土的魅力には乏しく、これを武力で征服しようという発想はほとんどないといっていい。

 だが、大昔から連綿と培われた北の大地への蔑視は、これからも当分払拭できることはないだろう。もし、南大陸の為政者たちが、北の大地の代表者に対して侮蔑的な態度を取るのであれば、両大陸が手を携えて発展するなどは夢のまた夢だ。

 そして、現状ではそうなってしまう可能性が高い。

 

 ルムは、それも仕方のないことだと考えている。

 今の今まで殺し合いと土地の奪い合いに明け暮れていたのだ。南大陸にわたってみる人々の顔は、日常的な命の危険を感じている様子は見られない。北の大地では雪に閉ざされていない期間は他の部族との争い、雪の時期には飢えと寒さによる命の危険に日常的に晒されている。

 その危険がないだけで、人々の表情はこんなにも明るくなるのか。ルムには驚愕の想いだった。

 

 

「なあ、ランキー。俺たちも、こんな風に豊かな暮らしを送れるようになるのかな」

 ルムは北の大地が南大陸のように発展できるか、それが心配だった。

 たいした産業がない北の大地は、武力による支配を受けずとも、経済的に、文化的に支配されてしまうかもしれなかった。南大陸からモノを買うだけの存在にはなりたくない。

 

「大丈夫さ。ルム。俺が見る限り、北の大地は資源の宝庫だ。こっちから頭を下げて売ってもらいたいくらいだよ。鉄、燃える石、建物に使う石や木材、それに貴金属と宝石。それからな、寒さに強い作物だってあるだろ。例えば麦。これは俺たちにとっても主食だ。南大陸と北の大地は分業制にすればいいんだ。何から何まで自分たちで揃えようとするから、領土が欲しくなる。任せちまえばいいんだよ」

 ランケオラータは、南大陸こそ意識改革が必要だと思っている。

 

 確かに北の大地は魅力的な市場だ。

 物が揃っていない。食料が足りない。南大陸の全てを売りつけても売りすぎということはないだろう。一気に両大陸で産業や技術が発展する可能性を秘めている。ただし、人的交流には気をつけなければならない。

 お互いに優秀な人材の行き来は必要だが、無節操に人の移動を認めるわけにはいかない。

 

 もともと北の民は南大陸へ移住したがっている。

 これを規制しないでいたら、北の大地から人がいなくなってしまう。そして、南大陸はそれだけの人を養うほどには恵まれていない。

 北には北のやるべきこと、南には南のやるべきことを、互いに理解しあう必要がある。

 

「そうだな。もし、ウジェチ・スグタを解放しちまったら、北には俺しか残らないかもしれん。不満は出るだろうが、北から出なくても充分なように南の資本っていうのか? それを引っ張り込めばいいんだな?」

 ルムはなんとなくだが理解できてきた。

 

「そうだ。最初は食料や日用品を売り込みに行くが、そっちの農地が改良できれば食料も買い込みに行くぜ。ストラーの北部は北の大地に気候が似ているからな。その辺りで作ってる野菜の苗とか種を買っていけよ。大半は栽培できるぜ。それにそっちから売ってもらった資源は、ビースマック辺りで加工してインダミトが仕入れて売りにいく。モノは還流するんだよ」

 おそらく、北の大地が資源を生み出し、南大陸は加工工場となる。

 おぼろげながらも、ランケオラータは将来の姿を見始めていた。

 

 そして、バイアブランカはランケオラータがその地均しができると読んで、彼を北に放置していた。

 四国家による共同統治機構の先には、ゆるやかな両大陸の共同統治も見据えている。

 誰か一人が絶対の王に成り上がるのではなく、責任ある者たちが知恵を出し合い、この世界を統治するべきとバイアブランカは考えていた。

 

 

 アービィはルムとランケオラータやメディとの会話には余り割り込まず、魔獣たちを率いていた邪悪に気配に付いて考えていた。

 一体何のために、あんな合成魔獣や野生動物を魔獣化する必要があるのか。当然侵略のためなのだろうが、人的被害が多すぎては侵略する意義がない。戦争だと考えれば、殺し合いが起きることも当然なのだが、広大な土地だけが手に入っても、魔獣がそこに住む人々を殺し尽くしてしまっては、その後の領地経営は成り立たない。いずれ魔獣が手に余ることになるのは、火を見るより明らかだ。

 目的のためには手段を選ばないというのだろうが、手段が目的を崩壊させるとしかアービィには思えなかった。

 

 あれが、敵?

 いずれ雌雄を決しなければならないときが来る予感が、アービィにはあった。

 

 

 駅馬車は特にトラブルもなくガルーカに到着した。

 まだエンドラーズからもレヴァイストル伯爵からも返事は来ていないので、数日滞在するための宿を取る。資金には余裕があるので、無理にギルドで仕事を探す必要もなく、久々にのんびりと過ごすことのできる日々だ。

 宿に荷を置いてから近くの安酒場に繰り出した。

 

 本来ランケオラータをそのような店に連れて行くことはお互いのマナー違反だ。

 しかし、駅馬車の旅は貴族も庶民の皆ひとしなみに同じ宿に泊めてしまうので、ランケオラータはすっかり慣れてしまっていた。店側に貴族であることを言わなければいいだけだ。

 そのうえ北の大地での生活で、貴族然とした服装など既に失くしていたことも幸いしていた。

 

 気取った食事のマナーに囚われない庶民の生活は、時折眉を顰めることもあったが堅苦しさとは無縁の気楽さがあった。

 ランケオラータは、それまでであれば見下しの対象であった行為、立てなくなるほどに飲んだくれることの楽しさを知ってしまった。

 もちろん、自宅であれば人目を気にせず飲むこともできたが、使用人たちの目は常に光っており、最終的なところで踏みとどまらざるを得なかった。

 

 ぐてんぐてんになったランケオラータを、アービィとルムが左右から抱えて宿に向かう。

 まだ飲み足りない他の面子は、途中で酒を買い足し、つまみになりそうな物を仕入れた。ルムは店の中を物珍しそうに眺めている。北の大地に物販の習慣がないわけではないが、不定期に立つ露天の市がほとんどだった。

 こんなところでも豊かさの違いを見せつけられた気がして、ルムは多少凹んでいる。

 宿に帰り、ランケオラータをベッドに放り込んでから、アービィの部屋に全員が集まった。

 

「メディはどの辺りの生まれなんだい?」

 何気なくルムが聞いた。

 

「う~ん、答えない方がいいかも知れませんよ」

 もしルムが自分の集落を皆殺しにして、自分を売り飛ばした部族だとしたら、お互い良い気持ちではない。

 

 メディは当時十三歳だったので、かなり記憶は残っている。

 ルムとは間違いなく初対面なので、ルムが自分を売り飛ばし家族を皆殺しにした張本人ではないことは確かだが、その部族ではないという保証もなかった。

 北の大地ではありふれた出来事なので、怨みがないわけではないが、今更敵討ちでもない。もしそうだとしても、ルムが言わなければそれまでなのだが、気まずさは残るだろうし、それは伝わってしまう。メディとしては、どちらかといえば思い出したくもないことだ。

 今さら真相を探りたいとも思わない。

 

「そうか……いや、悪かった。聞かなかったことにしてもらえるとありがたい」

 ルムも思い当たる節は皆無ではない。

 それどころか、集落を皆殺しにしたことなど、両手では足りないほどあった。メディの部族もそれは同じことで、皆殺しにされるまではいくつもの集落を襲っていた。

 これが北の民を団結させる上での困難な点であり、お互い様で割り切れるほど根が浅いことではなかった。

 

 平野部の民も、南大陸からの侵攻があったからこそ纏まっていただけであり、中央部の民とは部族集落ごとに争っていた。

 中央部の民にしても同じことで、最北の蛮族の南下が彼らを纏めているだけだ。だからこそ、今はチャンスと言えた。

 南大陸はもともと北の大地を征服しようなどとは考えておらず、今回の侵攻は戦略を理解できなかったアーガスの独走でしかない。

 

 南からの侵攻圧がなくなれば、平野部の民は両面作戦を行う必要はなく、北からの侵攻のみに備えればよい。

 中央部の民にとってみれば、平野部からの侵攻がなければ、最北の蛮族に備えれば良いだけだ。最北の蛮族が魔獣を前面に押し立て攻めてくるならば、平野部と中央部の民共通の敵と言える。中央部の民が殲滅されてしまえば、次は平野部の民が直接の脅威に曝されてしまう。

 そして平野部を抜かれたら、次は南大陸だ。

 

 ルムとランケオラータはそう考えたからこそ、今は肩を並べることが可能になった。

 次は中央部の民にもそう考えてもらうために、ルムは命と貞操の危険も顧みず妹のヌミフを派遣している。中央部の民をヌミフが説得できたとしても、目に見える利益を南大陸から引き出せねば、盾にされ使い捨てられると思われてしまう。

 それではたちどころに空中分解して、中央部の民までもが敵に回りかねない。

 

 目に見える利益は、インフラ整備や物資の援助などが考えられるが、ただで渡していては北の民は南大陸から施しを受けるだけの存在に成り下がってしまい堕落するだけだ。

 誰だって働かずに食料や生活必需品、嗜好品が手に入れば、活力を失ってしまう。

 さじ加減が難しいところだ。当面は南大陸の持ち出しでインフラを整備し、北の大地の資源を南大陸へ運ぶことになるだろう。

 

 では、ある程度の持ち出しは覚悟するとして、誰がそのインフラ整備の作業をするか。

 派遣軍をそれに当てればよい。最北の蛮族に備える砦や、兵站に必要不可欠な道の舗装整備、やることはいくらでもあるし、組織的に動くことが可能な軍というものは、その作業にはうってつけだ。仕事への意欲はあっても職にあぶれた者の救済や、食い詰め者の更正にも一役買うこともできる。

 予算をどうやって捻り出すかが難問だが、北の大地で生産される資源の輸送も軍務にして商人に売り、そこから人件費や維持費を生み出す手もある。

 ランケオラータの農地改革が効を奏していれば、食料調達も多少マシになるだろうし、軍務の一環として食料生産を行っても良い。

 最北の蛮族と戦になるとはいっても、会戦が毎日行われるわけではなく、インフラ整備や食料生産も訓練の一部として行っていけば良い。

 

 北の民にどうやって継続的に様々な技術や商慣習を伝えるかだが、軍役を一年単位に区切って継続の意志のない者に北の大地への永住を斡旋する方法もある。

 捕虜の中にも現地の女と情を通じ合わせた者がいるように、軍役で駐留する者の中にもそのようなことがあってもおかしくはない。

 さらに、南の習慣を身につけた者で、それを北の民に伝えるのに最適な者がいる。

 

 娼婦や奴隷として南大陸で生活する北の民たちだ。

 全員が全員南大陸に永住したいわけでも、北の大地に帰りたいわけでもないため、希望者を募る必要はあるだろう。また、金で買った娼婦や奴隷を雇い主が無料で手放すことは、単純に考えても損になるだけなので、国なり諸侯が買い上げ、身分を回復させた上で北の大地に帰さなければならない。

 いずれにせよ膨大な予算が掛かってしまうが、それは必要経費として南大陸全ての人々が負担しなくてはならないだろう。

 もちろん、いずれ北の大地の生産力が上がれば、利子をつけてたっぷりと取り返させてもらえば良い。

 

 おそらく、バイアブランカは、ランケオラータが北の民の捕虜になった時点で、そこまで読んでいたはずだ。

 臣下が捕虜になったことは憂慮すべきことだが、無理に取り返そうとして更なる戦乱を引き起こすよりは、相手の内懐深く潜り込ませ、こちらにとって損のないようにすると同時に、相手にとって捕虜として生かしておいた方が後々メリットになるように仕向けたほうが良かった。

 ことあるにつけ、ランケオラータからそう聞かされていたルムは、相手の掌の上で言いように踊らされているような気がして、それはそれで癪に障るのだが、相手が良かったと思っている。

 

 

「メディは、この先どうするの?」

 ルティが話題を変えるように聞いた。

 

 既に地水火風全ての神殿の巡礼は済んでいる。あとは呪文のレベルと使用回数を上げるだけでいい。

 そして、北の大地へ一緒に行ってくれるという話も、ランケオラータを連れ帰れたことで終わりになったといっていい。順当に考えるなら、ストラーからベルテロイ経由でビースマックへ入り、ギーゼンハイムの町へ帰ることになる。

 できればこれからも一緒に旅ができればと思うが、さっきの言い方では北の大地にいい思い出がない以上、再度同行を求めるのも酷だ。

 なにより、ギーゼンハイムには、メディを待つ人々がいる。

 メディの意向を尊重するべきだと、ルティを始めアービィもティアもそう考えていた。

 

「そうねぇ……ギーゼンハイムに帰ろうかしら。もうちょっとで石化を解くこともできるのよね。いつまでも石のままにしておくわけにもいかないし。あの人たちも待っていてくれるから」

 メディも、アービィたちと旅をしているのは楽しい。

 だが、いつまでもアービィたちの世話にばかりなっているわけにもいかないとも考えている。呪文のレベルはギーゼンハイムのギルドの依頼を受けることで上げてもいいし、治癒師として開業してその中で上げることも可能だ。

 寂しいことだが、潮時というものかもしれない。

 

「メディ、俺と一緒に北の大地へ帰ってもらえないか? 辛い思い出があることは重々承知だが。今は、有能な人材が北の大地には必要なんだ」

 言いにくそうにルムが言った。

 

「うん……私で役に立てるなら、とも思うんですけど……やっぱり、待たせちゃってる人たちがいる街へ、私は帰ります」

 恋人や、あの娘の両親、いずれ義両親になる人たちを放ってはおきたくない。

 石化させたままの冒険者たちへの贖罪もある。

 メディにとって故郷はギーゼンハイムであり、そこがいつか帰るところだった。

 

「そうか。

 だが、気が変わったらいつでも言ってくれ。

 俺には、いや、北の大地には君の持つ知恵が必要なんだ」

 諦めきれないという表情でルムが言った。

 

「そう……じゃあ、メディと旅ができるのももう少しなんだね。寂しいけど、喜ばなくちゃいけないことなのかな?」

 アービィが新しい酒の封を切る。

 

「そっかぁ~。やっぱり、そうだよね。でも、いつでも遊びにいけるもんね」

 ティアがメディの肩を抱いて、グラスに酒を注ぐ。

 

「まだ、お別れの乾杯には早いから。もう少しの間だけど、よろしくね、メディ」

 ルティは涙が溢れそうになっている。

 この旅のゴールはボルビデュス領だ。

 そして、その時点でメディとは別々の道に分かれている。ベルテロイからは、メディはビースマックへ、ルティたちはインダミトへそれぞれ向かうことになる。

 ルティは、いつも以上に明るくはしゃぎ、涙が流れそうになるのを誤魔化していた。

 

 

 ガルーカでの滞在は三日が過ぎ、ようやくエンドラーズとレヴァイストル伯爵からの手紙が来た。

 エンドラーズからは協力の承諾の返事が、伯爵からはベルテロイで待つとの返事だった。

 ガルーカから直接ストラーまでは駅馬車の便があり、ほぼ七日で国境の町クルチャトスクに着き、そこから越境してストラーに入ると、六日の行程で神殿の町クシュナックに着く。

 ストラー側の国境の町デジャンにエンドラーズが馬車を手配してくれるとのことだ。馬車は神殿の持ち物なので、神官が御者として同行するからベルテロイに入る時点で乗り捨てればよいと、エンドラーズの筆跡で書かれていた。本当は自分で行きたかったが、全神官に止められてしまったので、仕方なく神殿で待っていると手紙は締め括られている。

 アービィはエンドラーズを引き止める神官たちの姿が目に浮かび、思わず笑みがこぼれてきてしまった。

 

 レヴァイストル伯爵からの返事は、ベルテロイのいつか泊まった宿で待っているとのことだった。

 そこからランケオラータを連れて王都に向かい、バイアブランカに謁見し、今回の褒賞を与えるということらしい。ランケオラータはそのままハイグロフィラ領で疲れを癒し、政務に復帰することになるだろうと書かれている。

 ルムはそれを聞き、できれば再度メディを除くこの面子で北の大地へ戻りたい旨を上奏して欲しいといってきた。

 ランケオラータも同意見で、レイとの婚礼の前に片を付けておきたいと言って、レヴァイストル伯爵に再度手紙を書いていた。

 

 

 国境の町クルチャトスクまでの行程は、天候にも恵まれ予定通り七日で到着した。

 風の神官はデジャンではなくクルチャトスクに来て待っていた。これはランケオラータの通関の際に、悶着を起こさせないための心遣いだ。ルムに関しても神官の威光は有効で、何よりエンドラーズ直々の招待状を急遽用意してくれていたのが効いた。

 ラシアスから北の民が出国する際には、たいがい嫌がらせのような尋問があるのが常だが、神官と招待状のお陰もあってほとんどフリーパスで通過してしまった。

 

 神官が同行してくれた理由は、それだけではない。

 どうやらストラーの貴族の間諜がアービィたちの動向を掴み、再度取り込みに動きそうな気配があるらしかった。王家直属の間諜がそれを始末していたのだが、それはアービィたちの知るところではなかった。特に警戒もしていなかったし、見張られていたわけでもなく、偶然から間諜の張っていた網に掛かっただけなので、知らない間に事は済んでしまっていた。

 もちろん、神官はそれを承知していたが、アービィたちには貴族からの接触に気をつけてというだけで、間諜同士の暗闘に付いては触れることはなかった。

 

 

 どうやらビースマックのクーデター計画は、アルテルナンテやフィランサスの懸命の努力にも拘らず、近く発動しそうな状況になっているようだった。

 急に活発になった各国の間諜の動きが、それを物語っていた。

 パシュースは既にその情報をアルテルナンテを通じて掴んでおり、フィランサスもいつ暴発してもいいようにするための対応に追われている。

 

 パシュースは、アービィをビースマックに潜入させ、政務参議官リンドリク・レレウピイ・ブレフェリー子爵に嫁いでいるレヴァイストルの長女ハーミストリアの救出に向かわせるつもりでいた。

 四国家のベルテロイ駐在武官たちは、ストラーとビースマックの掃除のためには、クーデターを完全に未遂に防ぐのではなくある程度まで起こさせてしまい、国家反逆罪で摘発できるだけの罪状を自ら作り出させるつもりでいた。もちろん国家反逆罪は計画だけでも充分死罪にできるのだが、下手をすると首謀者は地下に潜ってしまい、トカゲの尻尾切りのように下っ端だけが摘発されて終わってしまう可能性が高かった。

 当然ある程度の犠牲も覚悟の上だが、他国から嫁いできた者や、重要閣僚、重要人物に被害が出てしまっては困る。

 

 ストラー国内に武力蜂起が起きるわけではないので、ビースマック国内に目を光らせておけばよい。

 まさかどこかの国の正規軍を投入するわけにも行かないので、ビースマックの近衛兵に閣僚や重要人物の護衛を徹底させ、冒険者を雇って他国から嫁いで来た者を一時的に母国に避難させる計画だった。

 ストラーではアービィたちを立ち回らせた結果、リトバテス公爵を筆頭に、ローグルバ男爵とヴィングストニー男爵が中心人物であることは炙り出してある。

 

 フィランサスが父であるブルグンデロット王に働きかけ、宰相ディアートゥス公爵が必死に内定を進めた結果、キリンドリクス男爵とプルケール男爵が怪しいことが判ってきた。

 この他にレヴァイストル伯爵の長女ハーミストリアが嫁いでいるブレヘリー公爵家の次男であるハラ・ジャードニー・ブレフェリーも主犯クラスということは、フィランサスは始めから掴んでいた。ハラは、ハーミストリアの夫であり兄である長男のリンドリクを追い落とし、子爵の地位、つまり次期当主の地位を狙っている。

 あわよくば父である政務参議官パルバ・キラセリナ・ブレヘリー公爵までも追い落とし、その座も狙っているとも考えられた。

 

 

 ガーゴイルの配置は終わっているようで、マグシュテット周辺からガーゴイルの姿は見られなくなっていた。

 おそらくテストは完了し、王都シュットガルド周辺に配置したのだろう。

 さらにフィランサスが近衛第二師団を率いて救援に赴くことを妨害するために、ベルテロイから神殿の町ツェレンドルフを経由し、王都シットガルドまで一直線に伸びるビースマック街道の何処かにも配置しているはずだ。

 

 パシュースたちは、ストラー国内の始末はアルテルナンテに、ビースマック国内の始末はフィランサスに、ラシアスの摂政である征服欲の権化ニムファの抑えをヘテランテラが担当することにしている。

 そして、要人警護はビースマックの近衛第一師団に、国外脱出をアービィたちに担当させるつもりだ。もちろん、一回の冒険者に国が依頼をするわけにはいかない。そのようなことをしては、鼎の軽重を問われてしまう。

 そこでハーミストリアの救出をレヴァイストルに依頼させ、それに託けて要人や他の国外から嫁いできた貴族婦人、子女の避難の護衛をさせることにしていた。

 

 問題はどのタイミングでアービィたちを、ビースマックに向かわせるかだ。

 ランケオラータを王都に送り届け、それを労ってからと考えていたが、状況がそれを許すかどうか予断を許さなくなってきている。一国の王に相当する人物も連れている。バイアブランカ王は、この人物に援助という形で恩を売り、北の大地をインダミトの市場にすることを目論んでいる。パシュースは北の大地を暫くはインダミトが独占することが父の狙いであることを知っているため、あまり大っぴらにはしたくなかった。

 北の大地を市場にと狙っているのは、インダミトばかりではないからだ。

 

 王家が馬車を用意し、王都まではそれで連れて行く。

 その後はランケオラータとルムは王都に留まり、アービィたちはボルビデュス領へ行くことになるだろう。そのタイミングでレヴァイストルにクーデターをリークし、ハーミストリアの救出を依頼させる。ただ、ビースマックの状況次第では、ランケオラータとルムはベルテロイ到着時に近衛第二師団が預かり、ルムを国賓扱いにすることでアービィたちの負担をなくし、すぐにビースマックに行ってもらうことになるかもしれない。

 その場合は他国にルムの立場が知られてしまい、北の大地で競争することになってしまうが、ビースマックとストラーには恩を売れるので、多少は優位に立てると判断できた。

 

 

 ストラー国内では王家直属の間諜が、アービィたちに近付こうとするクーデターグループの貴族が放った間諜を始末し続けていた。

 だが、貴族たちは表立って王家に抗議するわけにも行かなかった。抗議などしようものなら、王家に弓引く門閥ということを自ら喧伝するようなものだ。

 そのうえ、今の状況で王家に弓引くということは、ビースマックでクーデターを企む一群ということまで自ら暴露するのと同義だ。

 

 六日間はアービィたちにとって平和に過ぎ、予定通りクシュナックに到着した。

 到着時既に陽は沈み、夜の帳が町を包んでいたため、その日はそのまま神殿が用意した宿に入った。部屋に荷物を下ろし一息ついていると、宿の使用人がそれぞれを呼びにきた。

 全員がロビーに下りると、そこにはお忍び姿のエンドラーズが待っていた。

 

「また活躍のご様子。それにしてもご無事でなによりです、皆様」

 相変わらずの物腰でエンドラーズが挨拶した。

 

「いつも無理ばかりで申し訳ございません、エンドラーズ様。馬車の手配から何から……それに、陛下からいただいた家の処遇までお手伝いいただいちゃって、お礼のしようもありません」

 アービィが丁寧に頭を下げながら礼を言った。

 

「いえいえ、とんでもない。なかなか頭の固い連中が多くて、孤児院の設立が遅れていたところです。こちらとしても大変ありがたい。王は、少々思惑が外れ困り顔ではありましたがな」

 痛快このうえない、という表情でエンドラーズが笑った。

 

「ランケオラータ殿も随分とご苦労されたご様子。あまりのんびりとはできますまいが、せめて今夜くらいは羽を伸ばされるがよろしかろう。今宵はエンドラーズとっておきの店にご案内いたしましょう。ところで、そちらの方が北の?」

 エンドラーズがルムに話を振る。

 

「お初にお目に掛かる。私は北の大地で平野部の部族を統べる者で、ルムと申す。以後お見知りおきを願いたい」

 権威とは無縁の男だけに、へりくだり過ぎることはないが、それでも最低限の礼節は心得ている。

 丁寧に頭を下げ、自己紹介する。

 

「ご丁寧にありがとうございます。申し送れましたが、いや、皆様との会話でもうご存知とは思いますが、私は風の神殿最高神祇官のエンドラーズと申します。こちらそこ、以後お見知りおき願います。さあ、それでは夜の街へと繰り出しましょうぞ」

 エンドラーズが急き立てるように全員を宿から連れ出し、お忍びの際には必ず立ち寄る酒場へと案内した。

 

「さあ、どうぞお入りください。店主とは長い付き合いです。余計な口はききませんし、外見に似合わず口の堅い男です」

 エンドラーズは店主を紹介し、人数分適宜注文した。

 

「え~と、エンドラーズ様? お酒など召し上がって、よろしいのでしょうか?」

 ルティが恐る恐る聞いた。

 

「私は、今幻でございますっ!」

 しれっとした顔でエンドラーズが答え、店主が相槌を打つ。

 

「ここにいるのはエンドラーズ様に良く似た男。エンドラーズ様は、今頃神殿でお祈りを捧げておられるはずですよ」

 真面目な顔で言うが、目は笑っている。

 

「あまり皆様ご存じないようですが、精霊神殿の神官に禁忌はございません。身を滅ぼすような誘惑に正面から挑み、これをねじ伏せてこそ強固な信仰心が得られるというもの。酒如きが我が精霊への信仰を妨げようなど、百年早いというものです」

 筋が通っているような、いないような理屈で皆を煙に巻き、エンドラーズは大杯を手に取った。

 

 飲み比べを挑まれたと勝手に判断したルムが同様に大杯を手に取り、エンドラーズの音頭で乾杯すると一気に飲み干す。

北の大地で普通に飲まれている蒸留酒に慣れたルムには、南大陸のワインなど水の如しだ。顔色一つ変えることなく、つぎつぎに杯を空けていく。エンドラーズも負けじと飲み、周囲の客たちが呆気に取られる中、凄絶な飲み比べが始まってしまった。

 その最中もアービィとエンドラーズは孤児院に付いて互いの考えを戦わせ、ランケオラータもそこに加わった。

 

「なんですか、その孤児院というものは?」

 ルムが初めて聞く言葉に反応する。

 

「親を失った子供を、親に代わって育てる施設ですよ。アービィ殿がこの国の王からもらった褒賞の家を、我々に寄付してくださいましてな」

 エンドラーズが孤児院について、事細かに説明する。

 北の大地に孤児院などという発想がなく、ルムは今ひとつ理解しにくいようだった。

 

「北の大地にも欲しいな、それは。罪滅ぼしじゃないけど……」

 ルムは良いと思ったものは、取り入れてみようと考えていた。

 部族同士の殺し合いで家族を失うことなど、掃いて捨てるほどあった。

 

「部族ごとの皆殺しの後、売れそうな子供を南大陸に売り払うことが当たり前の風習があるうちは、孤児院なんて北の大地には無理だと思いますが」

 メディが素直にその点に付いて指摘する。

 ルムもエンドラーズも難しそうな顔になる。

 

「そうだ。たしかにそうだなぁ。でもなぁ、メディ。こっちへ着て俺の考え方も随分変わってきたんだよ。まだ、孤児院ってものに明確な考え方は持てないけど、北の大地が変わっていくうえでは必要だよな」

 まずルムが言った。

 

「今のところ理想論に過ぎませんが、北の大地にもそういう種が蒔かれたと思われてはいかがですか? メディ殿の境遇も理解できますが、諦めてしまっては何も始まりません」

 エンドラーズもメディの指摘はもっともだと感じてはいた。

 だが、ルムの発言に期待できるものがあるとも感じている。

 

「そうですね。今すぐには無理だろうけど……北の大地も豊かになれば、殺し合いの必要もなくなりますもんね」

 メディは、ルムの考え方が変わっていることに気付いていた。

 いつか、自分が生きているうちに、自分のような不幸な子供が作り出されることがなくなる日が来ることを、メディは願わずにはいられない。

 

 

 その後も真面目に話をしてはいるが、エンドラーズとルムの飲み比べは終わる気配がない。

 どちらかが杯を干せば、もう一方もすぐに後を追う。

 いつしか巻き込まれたランケオラータが酔い潰れ、ルティの呂律が怪しくなったところでお開きとすることにした。

 

「皆様、またストラーへ、風の神殿にお越しください。いつでも歓迎いたしますぞ」

 そう言ってエンドラーズは、しっかりとした足取りで風の神殿へと帰っていった。

 

 ルムとアービィがランケオラータを両側から抱え、完全に出来上がっていたメディをティアとルティが抱える。

 ルティも既に出来上がっているのだが、メディが意識はあるが立つこともできなくなっているので、最後の気力を振り絞っていた。しかし、酔っ払いの行動故、メディを抱えたまま次の酒場に雪崩れ込もうとする。ティアも半分以上正気をなくしており、引き摺られるように酒場のドアに近付いて行く。

 さすがに見かねたアービィが、ランケオラータをルムに預け三人を連れ戻し、宥めるようにして宿へと戻っていった。

 

「いかがでしたか? エンドラーズ様は、随分とお楽しみだったご様子ですね? アービィ殿からお手紙を頂戴して依頼、首を長くしてお待ちになっていらっしゃいましたから」

 御者を勤めてくれている神官が、笑いながら聞いてきた。

 

「ええ、そりゃぁもう。ご覧の~、通りでぇす」

 ティアが呂律の回らない口調で答えた。歩いているうちに酔いが回ってしまったようだった。

 

 翌朝、一人の例外もなく頭痛に襲われた一行は、苦笑いする神官の手綱捌きに身を任せ、ストラーの玄関口キャスシュヴェルの町へと出発した。

 メディは、皆との旅が終わりに近付いたことを肌で感じ、少しだけ沈んだような面持ちになっている。昨夜も途中でそのことに気付き、涙がこぼれそうになってしまったために酒を過ごして誤魔化していた。あと五日でお別れだ。そう思うと、もっと一緒に旅をしていたい気持ちと、早くギーゼンハイムに帰りたい気持ちが鬩ぎ合っている。インダミトの王都まで一緒でもいいじゃないかとも思うし、そうしてしまったらまた北の大地まで行ってしまいそうな気もして、それではいつまでもあの娘の両親を待たせることになってしまうとも思ってしまう。

 いつしか涙が溢れ出し、メディは静かに泣いていた。

 

 アービィたちも、別れが近いことを感じていた。

 引き止めたい気持ちと快く見送りたい気持ちが、メディ同様に鬩ぎ合っていた。いっそ時間が止まってくれたらいいのにとルティは思ってしまう。

 馬車はゆっくりとだが順調に走り、思い出を語りつくすには短すぎる五日間はあっというまに過ぎ、キャスシュヴェルの町並みが見えてくる。

 

 別れは、もうすぐそこに迫っていた。


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