狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第47話

 「王都ストラストブールへようこそ、アマニュークの英雄殿。そしてヒドラ殺しの英雄でもありますな。ご存じとは思うが、私が宰相を務めている公爵ステルバイ・コンディス・デュ・デバリです。以後お見知り置きを」

 恰幅の良い五十代後半の男性が言った。

 亜麻色の髪には白髪が混じり始めており、目尻の皺と共に年齢を物語っているが、視線には衰えを感じさせない力強さがある。

 少々灰色がかった瞳を収めた垂れ気味の双眸は、初対面の者には親しみやすさを感じさせるが、それは相手を観察していることを悟らせないための擬態であった。

 

 いささか肉が弛み始めた頬や頸は、往年の覇気を感じさせることはないが、これも擬態のひとつとなっていた。

 柔らかに感じさせる物腰も、まずは安心感を与え警戒心を抱かせないための擬態なのだろう。

 

「その言い方はご勘弁ください。僕はそんな、たいしたことをしたわけではありません。エンドラーズ様がいらっしゃらなければ、何もできませんでしたし」

 悪霊を斬り伏せることはできたが、封じたのは風の精霊神殿最高神技官だ。

 今頃は不承不承公務をこなしているであろう、エンドラーズを思い出しながらアービィは答えた。

 

 南大陸各国にある精霊神殿から神官が派遣され、アマニューク全体に祝福法義式を施し、同時に新たに設置するための慰霊碑にも法義式を行っている。

 エンドラーズが行うべき仕事は、それこそ馬に喰わせるほどある。

 

 その際に見せるであろう不満たらたらの表情を思うだけで、自然と笑みがこぼれてしまうのはエンドラーズの人柄のお陰だろう。

 アービィの笑みを自信の裏返しと取った宰相デュ・デバリ公は、考えを巡らせている。

 

 彼は、王を輔弼する任を背負った宰相であり、建国の際の初代王の庶子の家系であった。

 現王とも遠く血が繋がっており、主君に対する忠心と同様に親戚に対する親募の情も持っている。

 

 現王は、とかくプライドだけが肥大した愚王と陰口を叩かれているが、一部は正しく、一部は間違いだ。

 王の性格から戦乱を望まないことだけは、はっきりとしている。

 

 残念なことに、王にそのような覇気は無い。

 だが、王にはかつて南大陸を支配した、大帝国の直系だというプライドだけはある。

 

 何れの国も帝国の末裔ということを喧伝はしているものの、かつての帝王の血は四王家の中ではストラーの王家にしか残っていないことは確かだった。

 それを以って王は、南大陸に君臨したいという願望を持っている。

 

 大陸統一は、一国が担う事業としては巨大すぎることを、王は熟知している。

 四国家の中でも食料資源に恵まれたストラーは、最も多い人口を誇るが、それでも大陸全土を支配するには人口が足りない。

 

 従って、王の戦略は他の三国家を残したまま、その上位に自国を置くというものだった。

 大陸の指導者。その称号を王は欲している。

 

 しかし、それは戦略というにはあまりにも大雑把で、目標といったほうがいいものだ。

 王は国家の方針を決め、細かいことは口出ししないという、家臣にとっては理想的な態度を取ってはいたが、お題目を唱えるだけでは方針を決めているとはいえない。

 

 言い換えれば、何もしないで自分の立場を引き上げろ、他国を跪かせろと言うだけで、我儘を言っている子供とたいして違いはなかった。

 それ故に閣僚たちは頭を悩ませ、無責任な一部の貴族は暴走を始めていた。

 

 第二王女のベルテロイ駐在武官アルテルナンテラが、同じくビースマックの駐在武官フィランサスから怒鳴り込まれた一件は、この王の『我儘』と一部貴族の暴走が招いたものだった。

 彼らの思い描く未来図は、ビースマックの王家を親ストラー派の閣僚で牛耳り、彼の国をまず膝下に収め、大陸内の食料と工業製品の供給源を押さえたうえで、残りの二国を膝下に敷こうという戦略だ。

 

 

 デュ・デバリ公は、もちろん自国こそ南大陸第一の国という自負に溢れていたが、戦乱を引き起こした国という不名誉までは被るつもりはなく、これはインダミト王バイアブランカと同じであった。

 戦乱による大陸統一ではなく、他国の尊敬を勝ち取り、それを以って合議制の主導権を握り他国を従える、というのが彼の戦略である。

 

 他国にクーデターまがいの混乱を招いてまで自国の勢力を伸ばそうとする一部貴族は、彼にとって危険思想の持ち主であり、排除されるべき集団だった。

 しかし、その実体の全ては掴みきれておらず、自分同様王家傍流だが新興の公爵家で政務参議官のアガシジィ・リンクス・デュ・リトバテス公爵が黒幕『であろう』というところまでしか掴めていない。

 

 その他には下級貴族のアルトラン・プログス・デュ・ローグルバ男爵とジュリド・ロミス・デュ・ヴィングストニー男爵が怪しいが、確たる証拠もなしに仮にも貴族たる者を捕縛するわけにも行かず、どう対応したものかと頭を悩ませていた。

 アルテルナンテからの指示で急ぎ内定を進めていたが、ビースマックのクーデターを企てる組織は、巧妙にその実体を隠している。

 

 

 デュ・デバリ公の主導で晩餐会は続いていた。

 彼の巧みな話術は、アービィたちの警戒心を少しずつ解している。

 

 アービィの出自には敢えて触れることなく、ラシアスでのニムファとの遣り取り、ヒドラ殺しの武勇伝や、アマニュークでの戦いなど、和やかに話を引き出している。

 もちろん彼は『勇者』の召喚も承知しているが、アービィをストラーに引き込むつもりはない。

 

 確かに自国の地位を引き上げる裏づけにはなるだろうし、王はそう考えて褒賞を口実に王都に呼び出しているふしがある。

 だが、一国を滅ぼすことができるかもしれない『勇者』など、国政を預かる身としては危険物にしか見えない。

 

 もし、上手く自国に取り込めたとしても、常にその顔色を伺っていなくてはならないのでは、国を乗っ取られたも同然だ。

 幸い、アービィたちからは覇権欲などは伝わってこないし、どこか一国の尖兵となりそうな危うさも感じられない。

 

 もし王からその誘いがあれば断らせるよう釘を刺しにきたデュ・デバリ公だが、必要もないと判断し、今後の彼らの利用価値に付いて考え始めた。

 さすがは一国の宰相というところか、アービィたちにそのようなことを考えながら食事をしているとは感じさせず、あくまでも英雄の武勇伝を聞きたがる老政治家を演じていた。

 

 当面、彼らには擦り寄ってくるであろうビースマックのクーデターを企てる組織を、炙り出す役を演じてもらおう。

 下っ端を少数狩り出したところで、首謀者はすぐに代わりを見つけ出すだろうから、組織が後戻りできなくなるまでは泳がせておくとするか。

 デュ・デバリ公は、そう考えつつ、アービィたちの話に耳を傾けている。

 

 

 ローグルバとヴィングストニーの両男爵は、リトバテス公爵から互いの接触を禁じられていた。

 公爵は、自身の周囲を探るデュ・デバリ公の密偵の気配を感じていたが、これを消してしまえば自身に掛かる疑いを肯定すると同じだ。

 

 さすがに閣僚ではないとはいえ、政務参議官として政治の中枢に近い位置を占めているだけあって、その辺りの嗅覚には優れている。

 表面上は王に対する忠誠を前面に押し出し、王の国際的な地位向上をお題目に政務に励む姿勢を見せていた。

 

 今回の企てが成功裏に終われば、血筋だけでその地位にある宰相を引き摺り下ろし、自分がその地位に納まるつもりでいる。

 当然、両男爵には、最低でも伯爵、場合によっては侯爵の地位を約束することで、自派に引き入れていた。

 

 もちろん、それ以上の爵位を持つ者や、彼らに連なる者も自派に引き込んではあるが、リトバテス公爵が尖兵として最も活躍を期待しているのが両男爵だ。

 それは、万が一の尻尾切り要因であることも意味しているが、両男爵はそれにはまだ気付いていない。

 

 小さな領地を大きくしたい、政治の中枢に食い込みたいという野心だけは誰にも負けない両男爵は、リトバテス公爵にとって都合の良い手駒だった。

 彼らの野心はつとに有名で、もし企みが露見しても、彼らのみにその咎を負わせたところで誰も不審には思わない。

 

 三代前の王の庶子であるリトバテス家は、現王とは親しい間柄であり、その信頼も薄くはない。

 何より、幼少時より王の数少ない友として育てられている。

 

 政務に関する悩みや迷いを相談される相手でもあった。

 そのような人物を下手に疑い、そのせいで自らの立場を危うくするような者などそうはいなかった。

 

 だが、ここへ来て宰相の密偵が自身の周辺を探り歩いている。

 公然とやるわけではないが、その濃厚な気配はリトバテス公爵には伝わっていた。

 

 まだこの企てが露見しては困る。

 両男爵は動きが派手なだけに、二人がリトバテス公爵家に出入りしているところを見られては、非常に都合が悪かった。

 

 リトバテス公爵は自身が飼っている密偵を使い、両男爵に直接の接触を禁じるとともに、連絡係としてその密偵を使うことを命じていた。

 公爵から密偵を預かった両男爵は、これを信頼の証と考え自分が飼う密偵とは比べ物にならないほど有能な密偵を酷使していた。

 

 リトバテス公爵が密偵を貸し出したのは、両男爵の便宜を図るためということが第一義だが、彼らの暴走を防ぎ、監視の役を負わせるという意味合いも相当大きかった。

 万が一、どちらかでも暴走した場合には、消すことも命じている。

 

 

 和やかなうちにデュ・デバリ公との会食も終わり、アービィたちは彼が自分たちを取り込みに来たのではなかったという安堵に包まれていた。

 やはりまだ年若く、老獪な政治家に掛かれば手玉に取られてしまう。

 

 今回はそれが危機を招くようなことではなかったが、彼らは上手く踊らされようとしていることに気付いていない。

 もっとも、デュ・デバリ公に、彼らを危機に直面させようという気はないからだったが。

 

 適当に立ち回らせ、ビースマックでのクーデターを画策する連中を擦り寄ってこさせ、その人物を特定するために使うつもりだ。

 その結果、組織のあぶり出しが成功すればよし、その組織ではなかったとしても「勇者」を自派に引き入れようとするのは叛意ありと見ていいので、それはそれで意味のあることだった。

 

 

 翌朝、宿の前には、デュ・デバリ公が差し向けた馬車が待っていた。

 周囲の目を気にしつつ、四人は馬車に乗り込んだ。

 

 御者は、主人から言いつけられた任務をこなしているだけだが、どこか納得できないものを感じていた。

 この少年の面影を残した若者のどこに、主人が恐れを抱くほどの「力」が隠されているのだろう。

 

 彼は長年数多の人間を運んできた中で培った観察眼でアービィを見たが、無邪気にも見えるその相貌からは何も感じる取ることはできなかった。

 主人の人物を見る目を疑うわけではないが、これは何かの間違いではないか、彼はそう思いつつも、これも長年培われた職務への忠実さで、その思いを隠しつつ王宮へ馬車を走らせた。

 

 王宮に到着後、アービィたちは控えの間に通された。

 謁見までの暫くの間、四人は取り留めのない話で時間を過ごしていた。

 

「なんか焦臭い感じがするのよ。デュ・デバリ公はラシアスのニムファ様みたいなことはしなかったけど、ここの王様がそうじゃないって保証はないわよね……」

 ティアが昨晩から抱えた不安を言う。

 

「まぁ、そんなことがあっても、断るだけだよ。どの国に住むようになるかは判らないけど、どこかの王様の臣下になりたくはないからね」

 アービィはずっと思っていることを答えるだけだ。

 

「それで済ましてくれるならいいんだけど」

 メディも不安を抱えているようだ。

 素直に諦めてくれるなら良いが、拘束しようとしてくるなら、ストラー王国と事構えることになる。

 

 風の精霊と契約が済んだ今、もう二度とこの国に来ないという選択肢もあるが、今回のことが元でインダミト王国に迷惑が掛かるのは、あまり好ましくはない。

 できれば波風を立たせずに、ストラーを後にしたいところだ。

 

 頭を悩ませているうちに、定刻が来たようで使いの者が呼びに来る。

 四人はおずおずと、謁見の間へと連れられていった。

 

 

 謁見の間では、サウルルス王とウイステリア王妃が玉座に座り、左右を主要閣僚が固めている

 アマニュークの英雄を一目見てみようと、普段より多くの貴族たちが詰め掛けている。

 もちろん、その中にはアービィたちに擦り寄り、自らの派閥に取り込もうと画策している者も多い。

 

 大扉が開き、アービィたちが謁見の間に入ってくる。

 玉座前の段差まで来て、一礼し、片膝を突いて頭を垂れた。

 

 ストラーの礼儀作法から外れてはいるが、動作に卑屈さは見られず堂々としていた。

 王は、それを無礼とは取らなかったが、中級以下の貴族たちの間には、無礼者、田舎者といった嘲りの声が潮騒のように広がっている。

 

「此度のアマニュークでの働き、誠に天晴れであった。国を代表して礼を言おう。あれは、我が国の誇りだ。ニリピニ辺境伯より、そち等を篤く遇するようにとも言われておるでな」

 サウルルス王は上機嫌で言う。

 

 アマニュークは、インダミトに戦勝した記念碑でもある

 それが悪霊の巣窟と化したままでは、ストラーのプライドが許さなかった。

 

「もったいなきお言葉、ありがとうございます。ですが、この度の手柄は悪霊を封じたエンドラーズ様のもの。僕たちはお手伝いをしたに過ぎません」

 アービィが謙遜からではなく、本心から答える。

 

「そち等の働き無くば、エンドラーズ殿とて不首尾に終わったやも知れぬ。謙虚なところもさすがと言いたいが、謙遜は不要だ。さて、呼びつけて礼を言うだけでは足りぬというもの。そち等には充分な報償を以て報いよう」

 何かとあれば自分の手柄と騒ぎ立てる多くの臣下と比べ、なんと慎み深く御しやすいことか。

 サウルルス王は他国への親善訪問の際、アービィたちが付き従う姿を見て、バイアブランカやニムファ、グランデュローサが歯噛みする様を思い浮かべている。

 

「そのお言葉だけで、僕たちは充分です。地位や名誉のためにしたことではありません。依頼を受けて仕事をした。それだけのことですから」

 王の表情から焦臭さを感じたアービィが先手を打つが、それも建前の慎みと取られているようだ。

 

「地位や名誉はいらぬと申すか? 此度の報償、男爵の地位を以て報いるつもりであったが……その方等、何を望むというのじゃ?」

 王は理解し難いという表情で固まっている。

 どう頑張っても、この価値観の相違は理解の範疇を超えている。

 

 謁見の間のあちこちから、ざわめきが広がった。

 男爵への叙爵を断るなど信じられないという表情の者、ラシアスでの一件を知っているため、やはり、という表情の者に二分されている。

 

 その前者に当たる俗な貴族には、信じられない物言いだった。

 彼らにしてみれば、侯爵を頂点とした栄達以上に望むものはない。

 公爵は王の庶子以外には成ることは適わない以上、侯爵に叙せられる以上の栄達はないからだ。

 

 王宮での栄達は領地や俸給の加増を意味し、それは豪奢な生活を保障するものであった。

 それを断る者がいるなど、彼らの想像の埒外だ。

 

「はい、僕たちは王宮での栄達を望むものではありません。どこか一国に臣従するつもりもありません。望むものは唯ひとつ、平穏な暮らしだけです」

 アービィは躊躇うことなく言い切る。

 

 

 デュ・デバリ公は、やはりという面持ちで王とアービィの遣り取りを聞いていた。

 この辺りで助け船を出さないと、王が禄でもないことを言い出しかねない。

 

 万が一、英雄の連れている女を盾に取るようなまねをしようものなら、完全に英雄を敵に回してしまう。

 アルギールの城門でリムノが焦りから取った行動を、デュ・デバリ公は把握していた。

 

「王よ、発言を許されたく」

 デュ・デバリ公が脇から進み出る。

 

「許す」

 サウルルス王は一言だけ答え、公の発言を促した。

 

「この者たちは冒険者を稼業としていると聞き及びます。そのような者たちに、王宮勤めや領地に縛り付けることは牢獄に繋ぐと同義かと」

 お近くにて失礼と断り、玉座に寄って王に囁く。

 

「強く縛ろうとしたラシアスは、『勇者』と敵対したと聞き及んでいます。ここは野に放ち、密偵を付け、必要なときに依頼として呼びつける方が得策かと……」

 デュ・デバリ公の言葉は、王にしか聞き取れない低さだ。

 

 このまま留まることを強要しても、ラシアスの二の舞が落ちだ。

 インダミトのバイアブランカ王は、謁見に呼びつけはしたがなにも拘束するようなことはせず、良好な関係を築いているという。

 

 ならば、こちらもそうあるべきで、インダミトと同様の関係を築けばいい。

 相手の持たざるものを持つことで満足させられるような安いプライドは、この際引っ込めていただこう。

 

 王の無邪気さは嫌いではないが、どうせ持つならもっと崇高なプライドであって欲しい。

 デュ・デバリ公はそう思っていた。

 

 

「公の言うことも、もっともだ。では、その方等には別のもので報いることにしよう。追って沙汰を知らせる故、しばらく待たれるが良い」

 そう言ってから王は閣僚に閣議室に来るよう命じると、謁見の間を後にした。

 

「それではアマニュークの英雄殿の謁見の儀、これにて終了とさせていただく。英雄殿、大儀でしたな。控えの間にてお待ちいただこう」

 デュ・デバリ公が宣言し、謁見の間に詰めかけた貴族たちは広間を出て行った。

 

 王の誘いを断るなど信じられないという顔や、無礼者と詰りたくて仕方のない顔も見られたが、ほとんどはライバルが生まれずに済み安心したような顔だった。

 幾人かの貴族が寄り集まり、どうすればアービィたちと近付きになれるかの相談をしている。

 

 『兵器』として考えるなら、アービィと親しいと言うだけで充分だろう。

 こちらから攻め入らなくても、強力な抑止力になり、恫喝になる。

 

 アマニュークの英雄の二つ名は、ストラー中の貴族に知れ渡っている。

 近隣の領地とトラブルが起きたときに、アービィたちにはギルドを通さずとも依頼ができるほどの仲、ということを喧伝できていれば相手は引っ込む。

 

 アービィたちが控えの間に戻ると、次から次へと伯爵や、子爵、男爵といった中でも強力な後ろ盾を持たない連中が挨拶にやってくる。

 口々に地位や名誉を望まないとは見上げた心掛けと誉めそやし、ルティやティア、メディに対しては容姿をほめまくる。

 

 普段聞かないような言葉の羅列に、四人はなんとも面映くて仕方がない。

 中にはあからさまに歯の浮くようなお世辞を言うものもあり、そのような対処に慣れていないアービィは困ったような笑みを浮かべるしかなかった。

 

 貴族たちは困ったことがあれば、自分の屋敷や領地を訪ねて来るといいと言うと、それぞれの執務に戻っていった。

 嵐が過ぎたような控えの間にはアービィたちだけが取り残され、すっかり疲れ果てた表情のまま固まっている。

 

 当然、挨拶に訪れていた貴族たちの中には、デュ・デバリ公の手の者が混じっており、誰がどのようなことを言っていたか全てチェックしている。

 詳細な報告書がその日のうちにデュ・デバリ公に渡され、アービィたちの当人も知らない役目は、当人たちの知らぬうちに半分以上が完了していた。

 

 

「卿等、彼の者に相応しい褒賞は何が良いかの?」

 王は招集した閣議で問う。

 

「地位も名誉もいらぬと言うのであれば、叙勲も無意味でしょうな」

 軍務卿ハラルドッシュ公爵が発言した。

 

「さすれば、金、ですかな?」

 外務卿アルデフォイ公爵が、財務卿と内務卿を兼務するオルフノプ公爵を見ながら言った。

 

「そうですな、金貨十枚、そこに領地ではなく家を付けてはいかがでしょう?」

 オルフノプ公爵は王に対して許可を求めるように聞く。

 金貨十枚は、かなりの大金だ。

 

「それは名案。

 家があれば、我が国を拠点としてくれるやも知れませんな」

 デュ・デバリ公が王に許可を促す。

 

「では、金貨十枚と、王都に家、ということで決まりじゃな。内務卿、良さげな空き家はあったかな?」

 あっさりと王は決めた。

 

「はっ、ちょうど良い物件に心当たりはございませんが、至急探させましょう。金貨はすぐにでも」

 オルフノプ公爵は直ちに行動を起こす。

 

「では、私から彼の者たちに伝えましょう。内務卿、手配をよろしく」

 そう言ってデュ・デバリ公が閣議室を出ると、王と他の閣僚は謁見の間に移る。

 

 

「英雄殿への褒賞は、金貨十枚と王都に家を用意することとなりましたぞ。これならお受けいただけましょうな?」

 控えの間でデュ・デバリ公から褒賞が示されたが、アービィは困り顔だ。

 

 金貨は素直にありがたい。

 だが、家は困った。

 

「宰相様、実は僕たちはこの後、北の大地に行くつもりです。もしかしたら、一年は帰って来ないかも知れません。そのような者が家をいただいても……」

 アービィがその点を正直に言う。

 

「その点はご心配なく。そうであれば、新築をご用意できましょうぞ。英雄殿に相応しい家を、さっそく設計させましょう。ご不在の間は、しっかりと家はお守りします故、ご安心いただきたい」

 デュ・デバリ公は、事も無げに返す。

 

 できればしがらみはないに越したことはないが、これ以上無理に断っても角が立つだけだ。

 いいように言い包められているような気がするが、アービィは受けることにした。

 

 再度謁見の間に行き、閣僚たちの見守る中で褒賞の受け渡しが行われ、全ての次第が終了する。

 アービィたちは、謁見が無事に終わりいざこざを起こすことなくストラーを発てることに、言いようのない安堵を感じていた。

 

 王宮を辞し、宿に戻って翌日の出立に備え準備をしていると、リトバテス公爵の使者が今夜の晩餐への招待状を持ってきた。

 無下に断ることもできずにいると、そこへローグルバ男爵の使者が午餐会の、ヴィングストニー男爵の使者が茶会の招待状を持ってくる。

 

 仕方なしに全て了承の返事をして、四人はローグルバ男爵差し回しの馬車に乗り込んだ。

 ローグルバ男爵邸からはヴィングストニー家の馬車が、次はリトバテス家の馬車がそれぞれの移動を担当することになっている。

 

 ローグルバ男爵邸にアービィたちを乗せた馬車が入ると、続いてヴィングストニー家とリトバテス家の馬車が門を潜り、待機所に入っていった。

 待機所の使用人はそれぞれどこの馬車かを確認し、爵位に見合う場所へ案内する。

 

 ちょうど馬車の修理に来ていた大工が、使用人にどこの馬車か聞いてきた。

 ヴィングストニー家とリトバテス家の馬車だ、と答えたとき、大工の表情に僅かな変化が見られたことに使用人は気付いていない。

 

 大工は修理依頼を受けていた馬車を一通り調べ、手持ちの材料では補修しきれないと言って屋敷を後にした。

 その足で馴染みの材木商に立ち寄り、いくつかの材料を注文し、ローグルバ家でヴィングストニー家とリトバテス家の馬車を見たことを世間話に混ぜて話す。

 

 大工が工房へ道具を取りに行くと店を出た後、材木商は使用人に一枚の書付を渡し、使いに出した。

 使いに出た使用人は、デュ・デバリ公の屋敷の前を通るとき、衛兵の前で書付を落す。

 

 衛兵が紙を拾い、使用人を呼び止めてその紙を渡すと、使用人は礼を言って立ち去っていった。

 衛兵が執事に紙に書かれた貴族の名前を告げる頃、使用人は書付を燃やした炎でタバコに火を着けていた。


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