狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第4話

 ギルドから仕事を請け負ってから、三日が過ぎた。

 懲りないふたりは三日連続の二日酔いで、魔獣討伐への出発が遅れていた。

 

「ルティ、今日は飲んじゃだめだよ。いい加減物資を買い込まないと、お金が、ね」

 おずおずと言い出すアービィだが、ほぼ半々の量で飲み食いしているため、あまり偉そうなことはいえない。

 

「う~~、頭、痛い~。気持ち悪い~。お腹も痛い~。水~」

 ルティはシーツにくるまったまま、年頃の女の子とは思えない言動を繰り返すだけだ。

 

「僕だって、頭痛いし、気持ち悪いし……」

 ぶつくさ言いながらも水を差し出すアービィ。

 

「早く頂戴~」

 ベッドに身を起こし、アービィから受け取った一気に水をあおり、ルティは一息つく。

 

「やっぱりエールがいい~」

 一言、言うないやなシーツを被って丸くなり、動かなくなってしまった。

 

 

 アービィは、溜息をつきながら部屋を出て、携帯食料や水、回復薬、触媒等を買い込みに町へ出た。

 宿から歩いて10分ほどの目抜き通りには、さまざまな店が軒を連ねている。

 個人で営業している店は、それぞれ扱う品が生鮮食品であったり、保存食、武器防具、魔装品、日用雑貨と専門に分かれていた。

 武器や防具、魔装品は商店が扱っているものもあれば、職人や工房直営の店もある。

 どちらかといえば、商店にあるものは大量生産の規格品であり、直営店にあるものは高級品といえた。もちろんオーダーメイドの製品もある。

 然程明確ではないが店にも格があり、一般向け、プロ向け、貴族向けなどいろいろだ。

 

 この他、ギルドの店もあり、少々割高だが詳しいアドバイス付きなので、それを利用する駆け出しの冒険者は多い。

 割高な理由は、特定の仕入先を決めることはギルド御用達の看板ができてしまうため、生産者から直にではなく、町中の各商店から順番に仕入れているからだ。

 商品のクオリティは平均的だが、他の店で売っている商品についても性能差やメリット、デメリットを教えてくれる。

 営利が第一の目的ではないので、ぼったくられることもなく、交渉の必要が無いため安心して買い物ができるという利点も大きい。

 

 アービィは、往復六日分、探索に予備を含めて三日分、計九日分の携帯食料と、回復薬を十個、投擲にも使えるナイフを五本買い込んだ。

 食料は干し肉とパン、野菜の瓶詰めが一日分ずつひと包みになったレーションと呼ばれるもので、一日分が銅貨五十枚だ。質より量が優先され、腹さえ満たせれば良いというレベルで、味は期待できない。

 回復薬は、体力を回復できるもので、一個が銅貨十枚。ナイフは鋳造の大量生産品で、一本銅貨五十枚だ。

 店を出た後、買い忘れに気付き、慌てて店に戻る。

 

「すみませ~ん、ちょっと今買った荷物預かってもらえますか~?」

 会計カウンターのお姉さんに荷物を預かってもらう。万引きと間違えられないための処置だ。

 

「ひょっとして、呪文使えるようになったばかりかな? 回復セットの説明は要る?」

 カウンターのお姉さんに言われ、呪文の使用回数を回復する回復薬と触媒について説明を受け、回復セットを七個購入する。回復セットは、銅貨八十枚だ。

 

 アービィは基本的に武器を必要としないし、ルティに新しい武器を買うほど懐は暖かくない。

 ルティの防具は充実させたいところだが、当人が二日酔いで轟沈している状態では、何を買っていいのかも解らない。

 アービィは武器防具屋を素通りし、生鮮食品を扱う店で保存の利く野菜類を買った。

 その後、いくつかの店を回って酒を一瓶、安い干し肉を少量買い足し、宿に戻る。

 途中、ギルドに寄って、明日の早朝に討伐に向かうと告げた。

 

 別段、期限を切られている訳ではないので、討伐に行くと宣言する必要はまったく無い。

 だが、そうでもしないとルティが今夜も飲んだくれてしまいそうだし、そうなったら自分が巻き込まれるのは火を見るより明らかだからだった。

 

 

 まだ陽が高いうちに宿に戻ったアービィは、水浴びだけはしてきたらしいルティに酒瓶を渡す。

 

「さっさと飲んで、今日は寝ちゃおうよ。明日、夜が明けたら、すぐに出よう」

 テーブルに干し肉とピクルスを並べ、グラスを二つ置く。

 

「ちょっと宿代払って、水浴びしてくるから、ルティは先に飲んでていいよ」

 すぐに瓶の封を切ったルティを置いて、アービィは部屋を出た。

 

「すみませ~ん、宿代払っちゃいたいんですけど~」

 アービィはカウンターに声を掛け、女将さんが出てくるのを待つ。 

 アービィとしては、ルティに支払いを任せ、その間に水浴びに行っておきたかったのだが、動く気配の無いルティに頼むことを諦めていた。

 

「はいはい、あれ、これから出るのかい?」

 妙齢の女性がカウンターに立ち、アービィに問いかける。

 

「いやいや、明日夜明けに出るんで、先に払っちゃおうかと思いまして」

 この宿の看板娘でもある女将の一人娘に言いながら、懐から貨幣を取り出す。

 

「そうなんだ、ちょっと待ってね。一晩銅貨五十枚で、四日分だから、銀貨二枚ね」

 言われた枚数の銀貨をカウンターに並べて、アービィは世話になった礼を言う。

 

「明日は皆さんが起きる前に出ちゃいますから。お世話になりました」

 

「じゃあ、部屋はそのままでいいから。また戻ってくるんでしょ? 置いておく物があれば預かっとくよ」

 

「ありがとうございます。たいして荷物ないし、全部必要なものなんで、持って行きますよ」

 どこの宿屋でもやっているサービスだが、一応それに対しても礼を言う。

 

「そう、こっちは手間が掛からないだけだからいいけどね。じゃ、またのお越しをお待ちしてるわよ。気をつけてね」

 あと、これはサービスよ、お連れさんがいっぱいお酒買ってくれたからね、と言いながら娘が酒瓶をアービィに渡す。

 いつの間に、と思いながら酒瓶を受け取り、礼を言った後、アービィは水浴びに向かった。

 

 水浴びの後、部屋に戻ると、早々にルティは出来上がりかけていた。

 半分諦めの気持ちで椅子に腰掛け、アービィもグラスを取る。

 

「ルティ、明日は何が何でも行くからね」

 

「な~ん~で~。いいじゃ~ん、気分次第で~」

 既に呑んだくれる気満々のルティに、アービィは死刑宣告のような重々しさで言葉を投げつける。

 

「お金、もう無いからね。ルティだけ牢屋に泊まるの?」

 

 実は、まだお金はあると思っていたが、夜中にアービィが寝ている間にルティは財布からお金を抜き取り、それで宿から酒を買って飲んでいた。

 節約すればあと二、三日くらいは泊まれるはずだったが、きれいさっぱりルティが呑んでしまっていた。

 

 とりあえず、これまで収集した情報を整理する。

 泉に住み着いた大蛇は、全長が15mを超えている。太さも大人がふたりで抱えてもまだ足りないと言われているところから、尻尾の一撃はかなりのものだろう。

 確認されたわけではないが、なんらかの妖術も使うらしい。

 魔封じのアイテムを持っているわけではないので、妖術を使われる前に速攻で倒すしかない。

 

 できる限り早く到着し、それぞれの呪文回復に努め、体力精神力共に余裕のある状態で戦いを挑むしかないということに落ち着いた。

 そうと決まればさっさと呑んで、早く寝るだけだ。

 アービィは干し肉を齧ると、本格的に呑み始めた。

 まだ陽は高く、窓の外の町は賑やかだった。


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