狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第13話

 王都エーンベアは、インダミトのほぼ中心に位置する。

 バイアブランカ王家が、まだ地方の小さな領主であった頃からの居住地だった。

 五百年前に大陸に覇を唱えた大帝国が崩壊した後、急速に力をつけ、周囲の領地を併呑し勢力を広げてきた。

 群雄割拠の時代を生き抜き、各地で同じように勢力をつけた三つの家門と覇を競い合った。

 が、五十年続いた戦乱の時代は人々を疲弊させ、戦力の均衡は戦への意欲を急速に萎ませていった。

 

 今から四百五十年前、大陸の東西南北に拠点を置く四つの家門は、幾度かの和平会議の後、大陸をほぼ均等に四分割し、それぞれに治めることとし、長い戦乱の時代が終わった。

 各国は、互いを侵攻する意志を持たないことを、もとは大陸の中心にあった精霊の神殿を、地水火風の四つに分祀し、各国に置くことで示している。

 

 もともとあった精霊神殿は、大陸全土で信仰されていた唯一神マ・タヨーシを祀る神殿に変えられた。

 マ教はストラーとして独立することになる地に本拠を持っていたが、一国に宗教的権威が傾くことを恐れた他の三国の意向により、遷都に応じた。時の教皇の平和を望む意志が、大きな混乱を抑えたといわれている。

 その結果、現在、マ教の神殿は、四ヶ国の国境が接する中心に位置し平和の象徴になっていた。

 そして、中立を維持するため、神殿を中心とした半径5kmのエリアは、どこの国にも属さない都市国家となっている。

 

 

 エーンベア城に近い貴族街の一角にある、ボルビデュス家上屋敷の前に停まった馬車から、五つの人影が降り立った。

 二人と三人に分かれた影は、それぞれに別れを惜しみ、互いに頭を下げてから二人は屋敷の中に、三人は城下町へと歩き始めた。

 

 今度領地に戻る際にも護衛をお願いしたいものです、というクリプトの言葉には、もしその時にこの街にいればお受けしますよ、とアービィが返答していた。

 

 

「さて、宿はどういたしましょうか、オネーサマガタ?」

 

「安くていいわよ。少し切り詰めておきましょう」

 

「食事に出歩くのは面倒だから、安くてもいいけど食堂完備がいいわね」

 

 

 宿を探しながら、三人は町の喧騒を楽しんでいた。

 様々な店や、露天商が並び、盛んに客を呼び込んでいる。

 

 屋台で串焼きを買い込んだ三人は、それを齧りながら大通りを歩く。 

 フォーミット村から出たことがなかったアービィは、フュリアの街の規模にも圧倒されていたが、さらに上回るエーンベア城下町の様子に、瞳を輝かせていた。

 ルティは両親に連れられ何度か来たことがあるが、何せ十年以上前の話だ。記憶はかなりあやふやになっている。それでも両親と楽しく歩き回った記憶を頼りに街を歩いていた。ティアもエサ探しの旅の途中でこの町に何度か立ち寄っていたので、主にティアがアービィを案内するように歩き回る。

 

 陽が沈む頃、ルティがアービィと出会う直前に来たとき、両親と泊まった宿の一室に、三人は荷物を置いた。

 一晩銅貨五十枚の安宿なので三部屋を確保し、それぞれは自由な時間を過ごす。

 

 

 食事の際にアービィが、明日からギルドで仕事を探そうと提案する。

 なにせ、比較的安全な旅だったこともあり、誰もが呪文のレベルはおろか、使用回数さえ増えていなかった。

 エーンベアをしばらく拠点にしたいので、護衛の仕事は請けず、討伐や街中での雑事を主として受けようと話し合った。

 

 馬車は確かに歩かなくても済むが、舗装された道ではないのでそれなりに揺れ、疲れが溜まる。

 慣れない馬車旅の疲れからか、三人は酒もそこそこに部屋に引き上げ、珍しく早くに寝てしまった。

 

 

 翌朝、三人はギルドに行き、魔獣討伐のリストを眺め、ああでもない、こうでもないと相談していた。

 親切な他のパーティが、三人が知らない魔獣の強さや、地理を教えてくれた。

 その情報を加味し、検討した結果、アールスタとエーンベアの間にある丘陵地帯に出没するリザードマンの群れを討伐することにした。

 

 リザードマン自体は大して強い魔獣ではないが、今回は数が多いため脅威となっているようだ。

 併せて、その群れの中にオーガがいるらしい。

 オーガは呪文や妖術を使うわけではないが、一般的な人間より身体がふた周りは大きい。

 巨体はそれだけで武器であり、正面から力で挑むことは自殺行為といえた。

 何故かは解らないが人間を嫌悪しているむきがあり、街の外で出会ったら躊躇いもなく襲い掛かってくる。

 完全駆除で銀貨二十枚、それ以外にリザードマン一体に付き銅貨十枚、オーガ一体に付き銀貨一枚が追加される。

 

 

 エーンベアとアールスタの間に広がるシェラフィ丘陵で、三人は討伐の後始末をしていた。

 

「ルティ~、なんか着るもの頂戴~」

 茂みの中からアービィがルティに声を掛ける。

 

 リザードマンを十体倒したとき、茂みから突然飛び出してきたオーガに一撃を喰らい、ティアが負傷した。

 周囲に人影がないことを確認してあったアービィが、咄嗟に獣化してオーガの追撃を止めた。

 たじろぐオーガの喉笛を噛み千切り、強引に戦闘を終わらせたが、人狼への恐怖からリザードマンは逃げ散り、全身から殺気を発散するアービィの完全獣化を初めて見たティアも恐怖のあまり気絶してしまった。

 アービィは充分追撃可能だったが、ルティがティアの治療にかかったことと、下手に走り回って人に見られることを怖れたため、この日の討伐はここまでになった。

 

「待ちなさい。ティアが気が付くまでは、放っておけないでしょうが」

 獣化した際は身体の大きさが変わってしまうため、着ていた物は裂けてしまう。

 従ってアービィは獣化を解いた今、全裸になっているため、繁みから出てくることができない。

 

 短刀も放り出されたままであり、文字通り丸腰だ。

 もっとも、今ここで襲撃されたところで獣化すれば良いだけなので、何も問題はない。寒いということを除けばだが。

 このため、最低限の着替えは持ち歩いているが、今は手の届くところにない。

 それでルティに持ってきてもらいたいところだが、ティアが完全に伸びているので手を離すわけにいかない。

 今暫く寒さに耐える必要がありそうだ。

 

「もうちょっと考えて戦いなさいよ。獣化が悪いとはいわないけどね、呪文も使っておかないとダメでしょうが」

 意識を取り戻したティアに一回、自身に一回『回復』を使用したルティが、アービィのバッグを投げてよこす。

 繁みの中で衣服を身に付けたアービィが枝を掻き分け出てきたところに、ティアが『回復』をかける。

 エーンベアに戻るまで、何があるか判らないので、呪文の余裕を残したまま、引き上げることにした。

 

 リザードマンの群は、まだ数十体は残っていそうだし、オーガも数匹いるらしい。

 これから暫くは、エーンベアとシェラフィ丘陵を往復することになりそうだ。

 

 街の入り口で呪文を使い切り、ギルドに行き報酬を受け取る。

 宿に戻った三人は、反省会と称して早速呑み始め、翌日への鋭気を養った。

 

 

 十日ほどシェラフィ丘陵に通った結果、リザードマンの討伐が完了した。

 成功報酬として手数料一割を抜いた銀貨十八枚、ボーナスとしてリザードマン八十三体分の銀貨八枚と銅貨三十枚、オーガ六体分の銀貨六枚、合計して銀貨三十二枚と銅貨三十枚を手に入れた。

 アービィは討伐二日目から、獣化することなく呪文中心の戦闘を心がけ、衣服の消費を抑えつつ、呪文のレベル上昇に勤めていた。

 ここまでの戦闘で、アービィとルティはレベル1の使用回数が四回に、ティアは五回使えるようになった。ティアは、ラミアがもともと持つ魔力のおかげか、成長が早い。

 まだ誰も、レベル2の呪文が使えるようにはなっていない。レベルの壁は厚いようだ。

 

 

「お久し振りでございます」

 新しい依頼を探すため、朝早くからギルドに来ていたアービィたちに、クリプトが声を掛けてきた。

 

「あれ、こんなところで珍しいですね。依頼か何かですか?」

 アービィの問いに、横に首を振りながら答える。

 

「いえ、本日はアービィ殿たちに用がありまして」

 

「名指しですか? 光栄なことなんですが、ギルドのロビーでそれは、さすがに」

 冒険者を指名しての依頼がないわけではないが、それでもギルドを通すのが筋だ。

 ギルドを通したくない場合は、冒険者の居場所を探し、そこへ出向いて依頼する。

 それを知らないクリプトではあるまいに、何故、とアービィは首をかしげた。

 

 実は、と前置きし、ギルドの職員に謝罪してからクリプトは話し始めた。

 

 大陸の四国家は、北の民の侵略に対し、ラシアス一国が兵を出し、他の三国家は資金や物資の援助に留めている。

 しかし、ここ数年は北の民の南下の圧力が強まり、ラシアスは国力を削り取られ、戦線の維持が難しくなってきていた。

 事ここに至り、「大陸の盾」は砕け散る前に、他国へ補強を依頼してきた。

 

 各国は、常備軍の派遣こそ渋ったものの、義勇軍の派遣には同意し、国民に対して応募を呼びかけた。

 それと共に、各諸侯には私兵の提供も呼びかけていたのだ。

 常備軍の増強は、国家間に無用な緊張を強いるものであるため、それぞれの牽制が義勇軍と諸侯軍の派遣への流れを作っていた。

 

 ボルビデュス家にも、当然兵の提供が求められているのだが、クリプトはこれを機にアービィたちを家臣に加えたいと考えていたのだ。

 フュリアからエーンベアまでの行程で目の当たりにしたアービィの戦闘力にクリプトが惚れ込み、アービィたちの人と成りを気に入っているレイの是非にとの希望もあった。

 当主ボルビデュス伯爵の許可を得たうえでアービィたちの行方を捜していたのだが、まったく見つからなかったため、ギルドにアービィたちの行方を聞きにきた、ということだった。

 

 ラシアスの状況と各国の判断だけを話し、もしよろしければ我が軍に加わりませんか、とクリプトは訊ねた。

 義勇軍では、配属がバラバラになるやも知れませぬが、我が軍であれば配慮ができますぞ、と続ける。

 

 確かに魅力的な話ではある。

 兵舎が用意され、食事も保障される。

 もちろん給金も、ある程度は期待できるだろう。

 

 しかし、彼らの目的は、まず何よりも四大神殿の巡礼だ。

 ラシアスまで行くのは予定通りだが、そこに縛り付けられてしまっては元も子もない。

 さらに北の民の侵攻が一段落するか、ラシアスの国力が回復した後、ボルビデュス領に縛られてしまうのも本末転倒だ。

 

 レイやクリプトならば、アービィとティアの正体如何に拘らず、旅のときと同じように付き合えるかもしれないが、領民や家臣、兄妹までそうだとの保証はない。

 レイやクリプトに、多大な迷惑を掛けることになるのも嫌だ。

 

 僅かの間にそこまで考えたアービィは、礼を失しないように気遣いながらクリプトに断りの返事をする。

 そして、ギルドを通しての期間限定の依頼としてなら受けますよ、と付け加えた。

 

「領地へはいつお帰りに? 準備とか、大変なんじゃないですか?」

 残念そうなクリプトに、ルティが別の話題を振る。

 

「今はご主人様の横でお手伝いすることが多いのです。領地には執事長も居りますので、そのあたりの手配は問題ありますまい。あと十日ほどしたら、ご主人様はレイ様をお連れして、ご子息アーガス様の領地を回り、ボルビデュス領にお戻りになります。その際の護衛は、引き受けていただけますかな?」

 これは断らせませんよ、と言外に含ませて答える。

 もちろん、今からギルドに依頼します、と付け加えることをクリプトは忘れなかった。

 

 ボルビデュス領は、インダミトの最北部にあり、四国家が国境を接する重要な地域だった。

 その後に火の神殿に行くためには通らなければならない場所でもあるため、ここまで旅費が掛からず行けるのは歓迎することである。

 この話は迷うことなく承諾した。

 

「では、またその日が決まりましたらギルドにお知らせいたします」

 しばらく世間話をした後、クリプトは他の用事を片付けに行くと、ギルトを出て行った。

 

「楽しみにしてますね」

 クリプトを見送り、それまでに切り良く片付けられそうな仕事を選ぶ。

 

 三人は、あの気持ちの良い主従を護衛しての旅を、心から楽しみにしていた。


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