狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第11話

 あの夢の中では、みんな平和そうだった。

 国や政に対して文句ばかり言ってたよな、子供すら。

 

 この大陸で、そんなことしたら……死罪なんだっけ?

 でも、あの夢のなかじゃ、誰もそれで死罪になんかなってなかったな……?

 

 王は……敬われて、でも政には口出ししてない。

 宰相が取り仕切ってたけど、ころころ交代してた。

 議会とかいったな、民が選んで、選ばれて集まった人が宰相を選んで……面倒くさそうだな。

 集めた税の使い方をみんなで相談している風景があったと思ったな。

 

 税は…直接のと間接のがあった、確か。

 四割は取られてなかったよなぁ……

 

 軍は……あった、よな?

 宰相が将軍で、あれ、騎士じゃないし、貴族でもないな。

 参謀は騎士だ。貴族は……あれ、貴族なんていないじゃん……?

 

 アービィはレイの話を聞きながら、時折見る『覚えている夢』を思い出していた。

 その中にレイに役立ちそうなヒントがありそうなのだが、うまく考えがまとめられずにいた。

 あまりにも多元的に、様々なことが絡み合っていたからだ。

 

 

 ふと、焦げ臭いような臭いを嗅いだ、気がした。

 ティアも反応しているが、言っていいのか判らず、視線で問いかけてくる。

 

 音もなくクリプトが立ち上がり、闇に向かって闘気を膨らませていた。

 その時点で、アービィには見えていた。

 多数のゴブリンが、殺気をはらんで野営地を遠巻きにしている。

 いくつか違った雰囲気の殺気は、おそらくリザードマンあたりだろう。

 ティアが泉を去ってから大して日数は経っていないが、早くもエクゼスの森には生き物が戻り始めたのだろう。

 それを狙った魔獣もまた、戻りつつあった。

 

 この小物感はコボルトにも共通するが、やつらが洞窟から出てくることはあっても、こんな平原にまで来ることは希だ。

 

 クリプトの闘気に押され、ゴブリンは突入の決心が付かないようだ。

 ここでもう一押ししてやれば、おそらく退くだろう。リザードマンは残るだろうなぁ、知性のかけらも無いから。

 

 レイとルティが不思議そうにクリプトを見上げた。

 アービィとティアが立ち上がり、三人はそれぞれ120°を担当するように、中心にレイとルティを囲んで背を向け合う。

 ルティも気配を察知するが、無理に囲みの輪に割り込もうとはせず、レイに寄り添う。

 

 アービィが一気に闘気を広げた。

 怯えた感情が伝わってくる。

 突っ込むか、逃げるか迷っているようだ。

 

 ティアは、魔獣だけが知っている人狼特有の闘気に、腰が抜けそうだった。

 人には単純に闘気としか伝わらないが、魔獣であれば種族特有の匂いというか、雰囲気を感じることができる。

 

 今ここで人狼に怯えることはないはずなのだが、種族の血に溶けた人狼への恐怖は押さえ難いものがある。

 アービィという個体に恐怖など持たないが、人狼に対する恐怖はティアの中に溶け込んでいた。

 あのとき、こんな闘気を浴びせられたら……泣いちゃったかなぁ?

 怖くて狂っちゃったかもね。抑えてくれてたんだね、アービィ?

 

 周囲の殺気が移動し、ティアの守る120°の範囲に収束した。

 ゴブリンはティアから発した恐怖感を、自分たちに拠るものと勘違いしたようだ。

 

 恐ろしいまでの闘気を発する二個体への恐怖より、囲みの中心にある雌の匂いがゴブリンたちの欲求を上回らせた。

 

 

 豚の鳴き声のような雄叫びを上げながら、ゴブリンの群が突っ込んでくる

 

 冷静に位置を変えたクリプトが、ティアの横に寄り添い、懐から鋼線を引き抜きゴブリンに投げかける。

 

 ティアはクリプトの意図を察し、鋼線が掴みきれなかったゴブリンの群れに突入し、ダガーを盛大に振る舞う。

 

 ティアがダガーの血糊を振り払うと同時に、クリプトが鋼線を手繰り寄せると、ゴブリンはチーズを切断するかのようにバラバラになった。

 崩れ落ちたゴブリンの身体から、噴水のように血が噴き上がる。

 

 ルティは目を見開いて、ティアとクリプトの殺戮の業を見ていた。

 血を嫌悪することはないが、二人の業は、もし自らに向いたらと思うと戦慄せざるを得ない。ティアって強いんだ。よく生きてられたわね、あたし……

 

 

 ゴブリンが片付いたとき、アービィは全く動いていない。

 違う方向からの殺気を嗅ぎ取っていた。

 そちらはまだ突入してくる気配は無かったが、クリプトが移動したことにより開いた穴を見逃さなかった。

 

 

 バタバタとした足音と、殺気が押し寄せる。

 今し方潰えたゴブリンと、連携を取っていたわけではない。明らかに別の意志だ。

 アービィは、押し寄せる殺気の群に対峙した。

 

 意識を集中し、獣化しないように闘気を操る。

 人狼が持つ純粋な『力』のみを全身に漲らせ、押し寄せる殺気、リザードマンの群に飛び込んだ。

 

 息を止め、最小限の動作で的確に短刀を翻し、弛緩と力の集中を繰り返す。

 業など一切持たないリザードマンを寸刻みにしたアービィは、自分たち以外に動くものがないことを確認し、短刀を腰に納めた。

 

 溜め込んだ息を吐き出す音の後、クリプトとレイによる賞賛の声と拍手が響いてきた。

 

 

 アービィが使う短刀は、普通のものとは違う。

 斬人斬馬の剛刀。イメージとしては肉厚の日本刀だ。

 この世界で剣とは、その重みを以て敵を叩き潰すという思想のもとに作られている。

 鍛造技術が発展途上の世界で、玉鋼の業を見いだすことは、まだ偶然に頼るしかない。

 

 アービィとルティが村を出るとき、友達がアービィに贈った短刀は、偶然からできた玉鋼に近いものだった。

 友はアービィの『力』の性質を正確に見抜き、この世界で一般的な剣では、刃を叩き潰すだけになることが解っていた。

 友は、父親の鍛冶場から一振りの刀を持ち出してアービィに渡し、これは叩きつけるんじゃない、引くようにして切れよ、と伝えた。

 

 友の父は、村八分を演じる義務があり、アービィに刀の特性を伝えることができなかった。

 友は、まだ子供であることを隠れ蓑に、村に駐屯する騎士団からもそう唆され、アービィへの使者となった。

 

 友の父は満足げに、だが演技を楽しむように息子を怒鳴りつけ、鉄拳制裁を加えた。

 友は父の拳を受けながら、親子は楽しそうに笑い、寂しそうに涙を堪えていた。

 

 

 アービィは刀を抜く度、友の言葉を思い出す。

 

 オレはルティが好きなんだ。

 頼む、守ってくれ、アービィ。

 オレはルティを守るだけの力はない。

 でも。アービィなら大丈夫だ。

 頼む、守ってくれ、アービィ。

 もし、ルティを傷つけたり、泣かしたりしたら、オレがお前を殺しに行ってやる。

 まぁ、返り討ちだろうけどな。

 

 笑って見送ってくれた友が流していた涙は、忘れない。ねぇ、僕はルティを守れてるかなぁ?

 

 

「お見事でございます、皆様」

 クリプトが賞賛の声をあげる。

 

「あたしは……何も……できなかった……よ?」

 三人の戦闘力に劣等感を感じたルティは、ちょっと拗ねたように言う。

 だが、全員が即答で否定した。

 

「そんなことはございません、ルティ殿がお嬢様に寄り添っていただけた。それがなければわたくしがそこに行きました。わたくしが働いた。それこそがルティ殿最大の功績の証拠でございます」

 久し振りに身体を動かせましたし、と嬉しそうに付け加える。

 

「ルティがレイに付くのが見えたから、あたしは走れた。ルティのお陰よ」

 

「あの……さ……、ルティがそこにいてくれたから、僕は安心して……征けたんだよ」

 そうかなぁ、と、しゅんとしているルティに、そうだよ、心強かったよ、とレイが取りなす。

 

「それでは、そろそろ寝ることにしますかな」

 クリプトの言葉で話題が変わり、不寝番の順番を決めて、それぞれは馬車に潜り込んだり、毛布にくるまる。

 最後になったルティに、最初に不寝番に立つクリプトが、功を焦らないことです、と声を掛けた。

 首肯したルティは馬車に入り、ティアと並んで毛布を被った。

 

「ねぇ、ティア。あたしって足手まといだったかなぁ?」

 ルティは、まだ拘っている。目に見える形で役立ちたいという気持ちが強い。

 

「いい、ルティ。剣を振り回して敵を殲滅するだけが、強いってことじゃないのよ。ルティは、しっかりバックアップできる態勢を保つのが、一番大事。全員が突っ込んじゃったらさ、誰がレイを、いえ、みんなを守るの? 剣を振り回しながらじゃ、呪文は使えないのよ。全体を見渡して、自分が何をするのが一番いいか、よく考えておくといいわ。自分の特性を良く考えて、ルティ」

 普段、口げんかばかりしているような気がするティアに、思わぬやさしい言葉を掛けられ、気持ちが落ち着いていくルティだった。

 

「でも……、強くなりたい……」


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