とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【二章二節】グラビモスの討伐

 信じられなかった。

 

 

「顔は?! 顔は見せてくれないんですか?!」

 だって、そんなのおかしい。

 

「娘の遺体は全身バラバラになってて、とても見せられる物じゃないの……。あの子だって、親友の貴女にこんな姿見せたくないと思うのよ」

 私と同じで、瞳を涙で濡らす彼女───アーシェのお母さんは私の言葉にそう返す。

 

「でも、顔を見ないと本当にアーシェなのか分からない! 顔を見せて下さい! 親友の私が間違える訳───」

「母親の私が間違える訳ないわよ!!」

「……っ」

 アーシェの()()の場に響く彼女の母親の声で、私は自分の愚行にやっと気が付いて上がっていた肩を落とした。

 

 

「ごめん……なさい」

「い、良いのよ……。ごめんなさいね、私ったら……あの子の大切な友達な当たって」

「いえ……」

 私はその言葉にちゃんと返す事も出来ずに、逃げるようにその場を立ち去る。

 

 

 

 アーシェがクエストを失敗して亡くなったと知らせが来たのは、彼女を見送ってから二日後の夜の事だった。

 いつものようにタンジア鍋を頼んだ後、料理を待っている間に珍しく彼女の両親に声を掛けられたのである。

 

 面識がなかった訳ではないけれど、二人が集会所に来るなんて事は殆どなかった。

 そして告げられた言葉が私は信じられなくて、その日の夜は眠る事も出来ずに今に至る。

 

 初めは、何かの冗談だと思っていた。

 信じられる訳がない。あのアーシェが死んだなんて、そんな事信じられない。

 

 でも、彼女の死体を確認したご両親は確かにそう言ったのである。

 

 

 

 私の親友、アーシェ・ネインは死んだ。

 

 

 

「私が……悪い」

 私があの時、着いていけば。

 そう思ってから、一つの疑問が浮かんでくる。頭を冷やして冷静になると、むしろその事実を信じる事が出来なかった。

 

 

「下位のグラビモス相手にアーシェが負けた? しかもネコタクで救えなくなる状況まで追い込まれた?」

 ハンターの狩りは、ある程度ギルドに支援を受けている。

 

 ハンターが狩場で危険になった時、状況によっては現地で待機しているアイルー達の救助がある筈だ。

 勿論モンスターに踏まれたり、ブレスをまともに受けてしまえば人間なんて即死する。だけど、アーシェはそんなヘマをしたのだろうか。

 

 

「下位のグラビモス相手にこんな結果になるなんて、そんな事おかし───」

「そうです! 大正解! よくぞそこまで辿り着きましたね、シノアさん。ドドブランゴはあー見えて社交性が高く、知識もあり、賢いと言われていますが、いや、流石です。……おかしいですよね?」

「うぉぉぉおお!? ビックリした!! ウェイン……?」

 私が一人でブツブツ言っていると、突然背後からウェインが饒舌に話しながら現れた。

 彼はベージュ色のギルドナイトシリーズを身に纏い、帽子に手を乗せながら不敵な笑みで私の顔を覗き込む。

 

 

「お久しぶりですシノアさん」

 なんて不謹慎な人だと思ったがその矢先、彼は帽子を取って目を瞑り、私に頭を下げた。

 

「……残念でしたね」

 そして、彼とは思えない静かな声でそう言ってくれる。彼は案外、優しいのだ。

 

 

「私が着いていけば……」

「シノアさんも同じくバラバラになっていたかもしれない」

「は? 私が下位のグラビモスなんかに負ける訳───」

「では、あなたのご友人は下位のグラビモスに負けるような駆け出しハンターだったんですか?」

「それ、は」

 そんな訳がない。だから引っ掛かる。

 

 だってアーシェは、私と一緒に何度も上位クエストをこなしてきた若くても優秀なハンターだ。そんな訳がない。

 

 

「この事案、グラビモスが強かったで収まる話ではないと僕は睨んでいます。クライス先輩にも許可は貰ったんで。シノアさん、この事案の調査にギルドナイトとして協力して貰えませんか?」

「何……それ。どういう、事?」

 事案───まさか? 

 

「もしかしてハンターによる……殺人?」

 少し考えて、私はそんな答えに辿り着く。信じたくなかった。

 だけど、もし本当にそうなら、アーシェは誰かに殺されたという事になる。

 

 

「そうとは言い切れません。所でシノアさん、飛行船が一隻行方不明になっているという話は知ってますか?」

「え、あ……そう言えば、アーシェを見送る時にそんな事言ってた気がする」

 それがどうかしたのだろうか。

 

「その船の行き先は、件の下位グラビモス討伐クエストだったらしいんですよね。その船がどうなってるのかはまだ分かっていませんが。その他にも、アーシェさんを含む三人の方がこのクエストで犠牲になっている。なので、まずはこのクエストの依頼主に話を聞いてから、実際に僕とシノアさんでクエストに向かいましょう。あ、強制じゃないですからね?」

 アーシェが亡くなって落ち込んでいる私に対しての気遣いだろうか。

 

 やはり、案外このウェイン・シルヴェスタという男は優しいのかもしれない。

 

 

 でも、落ち込んでいる暇なんてあるのなら、私はアーシェを死に陥れた原因を突き止めようと思った。

 きっとアーシェは脳筋だって笑うんだろうな。

 

 でも、それが私だから。

 

 

 

「その、依頼主は何処にいるの?」

「とある下位クラスのハンターらしいですね。使用武器はライトボウガン、性別は男性、歳は二十代後半。名はディセン・クルーパ。普段はタンジアの離れで商人である父親と暮らしているんだとか」

「分かった。行こう」

 もし、この事案に何者かが関わっているとしたらクエストの依頼主が一番怪しい。

 私は逸る気持ちを抑えながら、ウェインにそう提案する。

 

 

「落ち着いて」

「な、何?」

「まずは着替えて貰って良いですか?」

「え、と……着替え?」

「こーれ」

 自分の着ているコートを指差しながら、彼は不敵に笑った。

 

 あぁ、そっか、私は───

 

 

「うん、分かった」

 ───ギルドナイトなんだよね。

 

 

 

 黒い羽帽子とコートに身を包み、既に弾を込めてあるフリントロック式の銃を腰に仕舞う。

 

「アーシェ……」

 自分の部屋を見渡すと、良く泊まりで遊びに来るアーシェが使っていた食器が目に入った。

 がさつで掃除とか料理とか苦手な私を心配して、アーシェは良くこの家に世話をしに来てくれたっけ。

 

 貴女はもう、来てくれないんだね。

 私、これからどうしたら良いんだろうね。

 

 

 でも、今は───

 

 

「貴女の仇は、私が取るから」

 さて、着替えでウェインを待たせている事だし、早く向かうとしよう。

 

 そう思った矢先だった。

 

「台所汚過ぎてまともな物作れないんですけど、何なんですかこの家は。ゴミ屋敷? あ、これ腐り掛けてた食材使ったサンドイッチですどうぞ」

 家から出ようとしたら、なぜか背後から話し掛けられる。

 

 

 なんで、家の中に居るの!? 

 

 

「いつの間に!? てか何してるの不法侵入!? もしかして私の着替え覗き見てたの!? この変態!! ギルドナイト呼ぶぞ!?」

「僕、ギルドナイト」

「クソッ!!」

 不敵に笑う彼に、私は自分の家の壁を殴った。なんなんだお前は。

 

 

「大丈夫ですよシノアさん。僕ロリコンなんで」

「いや大丈夫な所が一つもない」

 むしろどこに大丈夫な要素があるの。

 

「そんな事より」

「そんな事より!?」

「冷蔵庫の食材殆ど消費期限ギリギリでしたよ? 消費期限過ぎた物なんて食べたら何が起きるか分からないんですから気をつけて下さい。中にはほって置くと爆発する物まであるんですからね」

「あ、あはは……えーと、気を付けようかなぁ?」

「……」

 そんな目で見ないで。女として不味いって事は分かってるから。

 

 

「食べながら行きましょうか」

「何かツッコンでくれても良くない……?」

 惨めになるよ。

 

「シノアさん」

「あ、はい……」

「亡くなったご友人と一緒に住んでいたんですか?」

 帽子を深く被りながら、彼は私にそう聞いてくる。

 私の性格で部屋が案外片付いているのが不思議に思ったらしい。

 

「ううん、一人暮らし。でも、時々アーシェが家に来てくれて、部屋の掃除とかしてくれてたの……」

「そうですか……」

「ウェイン?」

 彼はかなり捻くれた奴だけど、こういう時は切り替えてくれるんだね。なんだか少しだけ安心した。

 

 

「もし、この事案に黒幕が居たとしたら、処分の判断は貴女にお任せします」

 だから、それは不器用な彼なりの私への慰めの言葉だったんだと思う。

 

 

 

 それから家を出て徒歩十分。私の家とかなり近い位置にクエストの依頼主が住む家はあった。

 

 父親が商人をしているとだけあって、家のすぐ隣りには大きな倉庫が立っている。

 魚とか肉とかも入っているのだろうか。中々生臭い匂いがした。

 

 

 

 ディセン・クルーパ氏、二十八歳。

 ライトボウガンを担ぐハンターで、クエストの内容は彼の父親が商業として使う陸路を縄張りにしてしまったグラビモスの退治との事。

 彼自身は今現在、狩りの中負った傷の療養中で自らグラビモスの退治に赴く事が出来ない状態らしい。それは、ある意味幸いだったのかもしれない。

 

 

「ギルドナイトでーす」

 と、なんの前触れもなしに家の扉を叩くウェイン。

 いきなりギルドナイトが家に現れた時の心境とはどんな物だろうか。

 

 

「ぎ、ギルドナイト! な、な、な、な、何の用で、す、か!?」

 こんな心境か。

 

 家から顔を見せたのはどう見ても二十代後半には見えない男性だった。

 五十代から六十代だろうか、少し白の混ざった黒い髪と頬に入ったシワからは貫禄が漏れている。

 

 

「ディセン氏のお父上、ジャスティン・クルーパ氏ですね?」

「あ、ぇ、はい……そうだけど」

 ウェインが聞くと、彼はたじろぎながらも肯定の返事をした。

 彼は一体どこでそんな個人情報を引き出して来ているのか。

 

 

「息子さんのクエスト依頼の事で少々お話がありまして、宜しければ伺いたいのですが」

「あ、そっちか、はいはい。息子なら部屋で雑誌を読んでるよ」

 そう言うジャスティン氏に着いて、私達は家の中に案内される。

 

 

 お茶が乗った卓袱台の上に雑誌を広げ、そのページを訝しげな表情で見つめる一人の男性がそこには居た。

 

 広げられた雑誌のページには、今を輝く若者ハンターの特集が書いてある。

 その雑誌の左側のページを丸々使って紹介されている白髪の大剣使いには見覚えがあった。

 

 

 そう、私です。

 恥ずかしいから閉じて下さい。

 

 

 

「どーもー、ギルドナイトでーす」

「ギルドナイト?」

 ウェインが話し掛けると、飲もうとしていたお茶を机に戻すディセン氏。

 短く整えた黒い髪、爽やかそうな雰囲気の男性だ。お嫁さんが居ても不思議じゃなさそうだけど、ウェインのデータによると独身らしい。

 

 

「……っと、ギルドナイトの方ですか。どのようなご用件で?」

 ウェインの失礼な態度に丁寧に返すディセン氏。

 出来た人だ。ウェインは少し彼を見習った方が良い。

 

 

「あなたが発注したクエストについて、です。所で面白そうな記事を読んでますねぇ」

 そう言いながら、なんの許可もなしに床に腰を置くウェイン。

 

「あぁ、今を輝く若者のハンター特集だそうだ。もう私はそんな歳でもないし、関係もない話かと思うかもしれないが。今を輝くハンターを見て応援したくなるのさ」

 それに対してなんの文句もなしに、彼はそう返事をした。なんて出来た人だろうか。

 

「なるほどなるほどー、しかしあなたの発注したクエストに赴いたその未来ある若者が四人亡くなったんです。ご存知ですか?」

 え、四人? 三人じゃなくて? 

 

 少し考える。

 もしかして、行方不明の飛行船に乗っていたハンターも数えているのだろうか。でもその船がどうなったのかは、分かっていない筈だけど。

 

 

「……勿論知っている。私がこのザマでなければ、犠牲になったのは私だけで良かったかもしれないのに」

「怪我してるんでしたっけ?」

「足をね……。もう少しで治るとは思うんだけど、歳だからか中々治らなくて。若者が羨ましいよ」

「なるほどなるほど」

 何か納得したように、そこでウェインは一旦息を吐いた。

 

 

「今、ギルドは結構忙しくて下位クエストに人員を割きにくい状態です。しかし、これ以上の犠牲があっては元も子もないのでこのクエストは僕とそこに突っ立ってるシノアさんがちゃちゃっとクリアして来ます。ジャスティン氏もこれ以上足止めをもらう訳にも行かないでしょう?」

「ま、まぁ、俺は……急いでは、居ないよ。しかしそうだな、これ以上犠牲を増やす訳にも行かないわな」

「所でジャスティン氏、貴方はどんな物を売ってるんですかね?」

「え? あー、薬草とか魚とか、後はモンスターの素材とかも」

「なるほどなるほど」

 なんの為の質問責めだったのか。

 

 

 そこまで話すとウェインは立ち上がって、帽子を取って胸に置き二人に頭を下げる。

 

「ご協力感謝します。件のクエストは直ぐにでも片付けますので、ご安心下さい」

 そう告げて、私達は二人の家を後にしたのだった。

 

 

 

「気付きましたか?」

「何が……? 別段あの二人が怪しいなんて事無かったけどな。父親の方はちょっと挙動不審だった気がするけど」

「シノアさんってアホなんですか?」

「は? なんで? 喧嘩売ってる?」

「ノンノン、まさかそんな。ドドブランゴに人が勝てる訳ないでしょ」

 ドドブランゴじゃないし。

 

 

「えーと、ですね。ディセン氏が四人目の犠牲を知ってるのなんておかしいんですよ。飛行船が行方不明という事をギルドはまだ発表してませんから。……そもそも飛行船がどうなったか、僕達はすらそれも分からない。なのに彼は四人を肯定した。多分ですが、彼が犯人だとすると飛行船もなんらかの事故に巻き込まれて落ちてますね」

「そうか……。あの人、勿論知っているなんて言っていたよね」

 だから彼は四人って言ったのか。

 

 

「なぜ飛行船の事を知っていたのか。しかし、多分彼には完璧なアリバイがあるでしょう。それに聞き間違えただけかもしれませんし」

「アリバイ?」

「彼に四人の殺人は不可能という事ですよ。彼が火山まで出向いた形跡はギルドにはない。狩りに個人的な陸路でタンジアを離れたのだとしても火山までの道程は遠過ぎる。彼が直接四人に手をかける事は物理的に有り得ない」

「ならなんで話を聞いて来たの?」

 彼は関係ないという事になるのではないだろうか。

 

 

「なら、なぜ彼が四人目を知っていたのか。彼が何かしら関わっている可能性はあります」

「……頭が痛くなって来た。つまり、どういう事?」

 これなら飛竜相手に一人で大剣振り回してた方が気が楽かもしれない。

 

 

「彼が直接手を下さずに四人を葬る方法なんていくらでもあります。例えば」

「例えば?」

「───暗殺とか、ね」

 そう言って彼は飛行船乗り場に私を案内する。

 

 

 

 行き先は火山。グラビモス討伐のクエストだ。


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