とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【一章四節】対ハンター用のハンター

 それは、彼が私に銃を向けた時と同じ声だった。

 憎しみのこもった声。静かだけど、その声はどこか震えている。

 

 

「……この武器で、オーウェン氏を襲ったんですか?」

 彼の指先は今にもその引き金を引きそうな程、力が入っているように見えた。

 

 

「…………そ、そうだよ。なんだよ。悪いかよ。あいつは、オーウェンは村で一番のハンターだ。俺はいつもいつも二番。もうウンザリだったんだよ! あいつばかりが目立つのが! あいつばかりが良い目を見る。なんだ!? セルレギオスを倒したのがそんなに偉いのか!? 自慢気に戦利品を俺に渡しやがって。何が綺麗な鱗だろ? だよ!! ただの自慢だろうが!! 俺より少し出来るからって調子に乗りやがってよ!!! 邪魔だったんだよこいつが!!! ひっ、だから、殺して、やったんだ、あぁ……清々しい気分だったぜ。ざまぁみろってんだよ!!」

「もう、黙れよ」

 ウェイン? 

 

 

「オーウェンばかりが良い思いをする。そんなのおかしいだろ? なんであいつばかりがモテるしあいつばかりが褒められる? 俺だってこんなに───」

「黙れって言っただろ……!」

「ひっ!?」

 突然大声を上げるウェインに、当事者のガイエンさんは疎か私も喫驚する。

 初めて見えた、ウェインの感情らしい感情は───怒りだった。

 

 

「……その武器が、なんの為にあるのか知っていますか?」

「…………」

「……モンスターと戦う為です。人は弱くて、自分一人の力では強大なモンスターには立ち向かえない。だから、加工屋さんに頼んでその誇りを元に……あなた達ハンターが戦う為の武器を作る。この武器は、人に向けて良い物ではないんですよ。そんな事の為に造られた物ではないんですよ」

 そうだ、対モンスター用の武器は人に向けてはいけない。

 

 それはこの対モンスター用として使われる武器がとても危険だからだ。

 普通の刃物では切れない物だって、普通の槌では潰れないものだって、銃でも貫けない物だって、ハンターの武器は最も簡単に壊してしまう。

 

 

 だから、ハンターの武器は人には向けては行けない。

 ウェインや先輩が言っていたのは、こんなにも単純な事だった。私はさっき、一体何をしようとしていたんだろう。

 

 

 

「弁明はありますか?」

 その言葉を境に、ウェインの表情が変わったような気がした。とても嫌な感じがして、私は彼と先輩を見比べる。

 

 

「先輩!」

「これが俺達の仕事だ」

 そんな。

 

 

「本当に……殺すんですか?」

 確かに、彼は罪を犯した。

 

 でも、その罪を償う事だって出来るんじゃ───

 

 

「ないんですね?」

「……ひっ」

「さような───」

「ま、待ってよウェイン!」

 どうしても納得が行かなくて、彼の肩を叩く。

 

 それが、いけなかった。

 

 

「うぉぉぉぉ!!」

 私に叩かれて集中力を欠いたウェインの軽い身体をガイエンさんは力任せに押し退ける。

 ついでにウェインの銃を払って、立ち上がりながら自らの太刀を振り上げた。

 

 

「ぁ……」

「しま───」

 完全に、攻守が逆転する。

 

 彼を抑えていた銃は地面を転がって、ウェインと一緒に体勢を崩した私達は相手に死に体を晒していた。

 大剣でガード───間に合わない。ダメだ、殺される。

 

 そう思って、私は眼を閉じてしまった。

 

 

 

 斬られて、死ぬのだろうか。

 あの日、私を置いて死んでしまった家族やキャラバン隊の人達のように。

 

 

 

 眼を瞑って、覚悟を決めた直後。

 あの時の事を思い返していると「ごめんなさい」なんて声が聞こえて。

 

 その直後、耳元で発破音が聞こえて火薬の匂いを感じる。

 鈍い音が同時に聞こえて、何か液体が私に飛んできたのが分かった。

 

 

 

 何が起きたのか分からない。

 

 

 恐る恐る眼を開ける。来る筈だった衝撃が来ない。

 もし、ウェインが私を庇ってくれたのだとしたら。彼は───

 

 

「え?」

 しかし視界に映ったのは、腹部の防具を吹き飛ばされその場所を真っ赤に染め───手から太刀を落とすガイエンさんの姿だった。

 

 

 

「…………な゛……ぁ゛……」

「ごめんなさい……」

 その声は、ウェインの物。

 

 

 その手には、傘を模したライトボウガンが握られている。そしてその銃口は、ガイエンさんの腹部に直接突き付けられていた。

 

 

 

「…………ぐ……ぞ……ぁ゛…………人にするな゛といぃ゛な゛ら゛、テメェはゃ゛るのかぉ゛……っ!! ぐぃ゛…………ぁ゛ぁ゛───」

 叫びながら、彼は倒れる。

 腹部から吹き出る鮮血と、ライトボウガンの銃口から漏れる煙で、何が起きたか理解させられる。

 

 

 

「……撃ったの?」

「……撃ちましたよ」

 何事もなかったかのように立ち上がるウェイン。

 ガイエンさんの頭部の防具を外し、彼の死を確認するウェインの表情は辛そうだった。

 

 

 

 何が起きたのか。

 

 銃の威力程度では、堅牢なハンターの防具を傷付ける事なんて出来ない。

 

 モンスターを傷付ける事が出来るのは対モンスター用の武器のみ。

 また、ハンターが着用する()()()()()()()()()()()()()()()()()()を傷付ける事が出来るのも対モンスター用の武器だけである。

 

 

 だから、彼は撃った。対モンスター用の武器───ライトボウガンの弾丸を。

 

 

 

 

「人にその武器を向けるのはご法度だって……あんたが言ったんじゃないの!?」

 助けて貰ったにも関わらず、私はそんな抗議の言葉を向けてしまう。

 

 だって、納得が行かない。

 ウェインも先輩も、この武器は人に向ける物ではないと言ったのに。

 

 それを取り締まるギルドナイトが、人に武器を向けるなんて矛盾してるよ。

 

 

「じゃぁ、あのまま二人で死ねば良かったんですかね?」

「そ、それは……」

 それは違うけど。

 

「元はと言えば、シノアさんが邪魔したから起きた事態ですよ」

 帽子を深く被りながら、彼は私に向けてそう告げた。

 

 

 そうだ、元はと言えば私が悪い。

 

 

「本当は僕だって使いたくありませんでした……なんて言ったら、信じてくれますか?」

「ぇ……」

 ふと頭を上げた彼の表情はとても寂しそうで、私は言葉を詰まらせてしまう。彼に何かを言う事が出来なかった。

 

 

「シノアー、俺達ギルドナイトがなんて呼ばれてるか……知ってるか?」

 そうやってウェインと話していると、先輩がガイエンさんの死体を確認しながら私に話し掛けてくる。

 

「ギルドナイトが? ギルドナイトは、ギルドナイトでは?」

「そうじゃなくて、黒い方の名前よ。少しは聞いた事あんだろ? 対ハンター用ハンターって言葉」

 それは、都市伝説のような物だった。

 

 

 ギルドナイトは、裏で秘密裏にルールを犯したハンターを暗殺している。

 

 

「ハンターの……暗殺? これが、これがギルドナイトの仕事だって言うんですか!?」

「勿論これだけじゃねーけどな。でも、こんな仕事だってギルドナイトはやってる訳よ。所でハンターをハントする為に必要な物って何だと思う?」

「茶化してるんですか……? ふざけてるんですか……?」

「お前をギルドナイトにした俺の責任として、教育してんだよ」

 私の先輩───師匠は、昔剣技を教えてくれた時のように語りかけてくれる。

 

 

「普段から化け物を相手にしてるハンターって化け物の処罰にはな、それ相応の化け物を用意するしかない。それが、俺達ギルドナイトよ。ギルドからの命でモンスターでなくハンターを狩る。ま、化け物を狩るって点では同じようなもんだ」

「それが……ギルドナイト」

 でも。それでも───

 

 

「先輩も! ウェインも! 私にはこの武器を人に向けるなって言ったじゃないですか!!」

 それは何故? まだ私をギルドナイトとして、仲間として認めてくれてないから? 

 

 

「シノアさん、あなた……人を殺した事ありますか?」

「へ?」

 ウェインのその言葉に、私はまた言葉を詰まらせた。

 

 私は六年間ハンターをやっている。

 その中で、人の死を見た事はあるし。モンスターは何十体と殺めてきた。

 

 けど、人を殺した事なんて───ない。

 

 

「とてもね、虚しいんですよ。いやーな気分になるんです」

 そう言うと、ウェインは帽子を深く被ってベースキャンプの方角に歩き出す。

 

「ウェイン?」

「俺にあの忠告をしろって言ったのはウェインなんだよ。あいつは、新人のお前にこの重みを感じて欲しくないんだとさ」

 先輩は私の帽子叩きながらそう言うと、肩を掴んで私をベースキャンプの方へ歩かせた。

 

 

「え、ちょ、先輩? 現場はどうするんですか」

「そこはモッスの仕事。大丈夫大丈夫、後は綺麗さっぱりやってくれるから」

「モス」

「任せろってよ」

 何それ怖いんだけど。モッスさんが一番闇深い。

 

 

 

「何してるんですかー? 仕事終わったんですから早く帰りましょーよー。僕お腹ペコちゃんですよペコちゃん」

 振り返ってそう言うウェインの表情は、作ったような笑顔で───いや、私には分かる。あれは、作った笑顔だ。

 

 

 そんな彼の背中を見ながら、私達は飛行船でタンジアに戻る。モッスさんを置いて。


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