血飛沫が舞った。
人の何倍もの体格を持つ巨大なモンスターが倒れる。
モンスターは狩人二人の力により他に伏せた。
狩人二人はお互いに肩の力を抜いて、狩りの成功を讃えあう。
ただ、その表情はフルフェイスの防具に隠れて仲間の狩人に見えて居なかった。
狩人は討伐したモンスターの素材を剥ぎ取ろうと、信頼たる仲間に背中を向ける。
血飛沫が舞った。
◇ ◇ ◇
羽帽子の下から覗く瞳が、鋭くガイエンさんを睨み付ける。
「あなた、オーウェン氏を殺しましたね?」
私は、彼が一体何を言いたいのか分からなかった。
ガイエンさんが相棒であるオーウェンさんを殺したと、彼はそう言っている。正直、頭では理解出来ても何を言っているのか分からない。
「お、俺が……殺した? な、ゃ、な、何言ってんだ!? ふ、ふざけんなよ! 何か証拠でもあるのか!? 俺は相棒をセルレギオスに殺されたんだぞ!!」
「じゃぁ、逆にセルレギオスがオーウェン氏を殺したという証拠があるんですか?」
横暴だ。現場を見れば一目瞭───あれ?
何か、おかしい。
「はい、ここでもう一つ質問入らせて頂きまーす」
「……っ、な、なんだ?」
「オーウェン氏はなぜ頭の防具が取れていたんですか?」
「そ、それは……か、狩りが終わって。……剝ぎ取りの時まで防具を着けてる事はないって事で」
そんなのは、おかしい。
ここは狩場だ。ハンターをやっていれば、ここがどれだけ危険な場所かなんて分からない筈がない。
それも、上位ハンターであるオーウェン氏なら尚更。
「では、もう一つ。オーウェン氏が襲われたのはどのタイミングですか? アオアシラを倒した直後? アオアシラから剝ぎ取りをしてる直後? それとも、その後の時間ですか? 頭防具を着ける暇もなかったのなら剝ぎ取り中なんですかね?」
「は、剝ぎ取りをしてる……最中───」
「ところで、その頭の防具はどこへ?」
現場は広いけど人の頭を覆う装備が転がっていれば簡単に見つかるような見晴らしのいいエリア。
それなのに、オーウェン氏のフェイス装備はこのエリアには見当たらない。
「そ、それは……な、ぇ、ぇーと……し、知らねーよ!! セルレギオスに持ってかれたとか壊されたとかじゃねーのか!?」
「あなた、結構口が滑りますよねー。まるでウルクススのようにスーっと。頭の装備なんて初めからなかったと言っておけばここまでツッコミを入れられる事なんてなかったのにー」
スッと、ガイエンさんの真正面に立ちながら饒舌に話し掛けるウェイン。
「な、何が言いたいんだよ……」
「とりあえず、頭の装備の事は置いて置きましょうか。元々はあったのになんでなくなってしまったのか? うーん、僕は頭が良くないので分かりません」
後ずさりするガイエンさんだけど、ウェインは拳一個分の距離を保ち続ける。
そして手癖なのか、指でこめかみを突きつつ、こう口を開いた。
「もう一つ良いですか?」
「……」
「良いですね?」
「…………」
「セルレギオスと戦った事ってあります?」
核心に向けて。
「な、何言ってんだ。あ、ぁ……有るに……決まってるだろ!? 相棒を殺したセルレギオスと。相棒が死んだ瞬間……俺が逃げてセルレギオスと戦わなかったみたいじゃないか!」
明らかに挙動が不審なガイエンさんはウェインと目を合わせずに声を荒げる。
おかしい。私は此処に来て、一つの疑問を抱いていた。
「セルレギオス……本当に此処に来たんですかね?」
そう、この場所に本当にセルレギオスが居たのなら不可思議な事がいくつかある。
「な……なぁ、何、言ってんだ!! 俺は、この目でハッキリと見た! 相棒の後頭部に刺さってるのは間違いなくセルレギオスの鱗なんだろ!?」
「確かにセルレギオスは環境適応能力が高く、様々な狩場で生活が出来ます。が、しかし、セルレギオスはこの一帯には生息していない事がギルドの調査で分かってるんですよ。二年前、とある古龍により齎された災害でセルレギオスは大きくその分布を変えました。その分布の把握に一年も掛かったんですけどね? でも凄いでしょう? ギルドって大体のモンスターの生息域は把握してるんです。もう一度言いますね? 渓流にセルレギオスは生息してないんですよ」
饒舌に、ガイエンさんを追い詰めるように言葉を並べるウェイン。
確かにセルレギオスは渓流では確認されてないモンスターだ。
でも、それだけではこの場にセルレギオスが居なかったという証明にはならない。
「……っぁ、ぁ……な……。……っは、も、モンスターの行動を全部把握するなんて不可能だろ!? セルレギオスは飛竜だ。たまたま此処に飛んで来たのかもしれないじゃないか!!」
だから、その可能性をゼロとは断言出来ない。
モンスターは、私達人間が理解しきるには強大すぎる。
でも、理解している事も少なからずあった。
「そうですね、貴方の仰る通りだ。なので、先程の質問に戻りますね」
「先程……?」
「セルレギオスと戦った事あるんですよね?」
「……っ」
「貴方が見たセルレギオスというモンスターがどんな行動、どんな攻撃をするのかとっても興味が湧くんですよー。なんたって、ギルドが把握していない生息域で確認されたセルレギオスですからね。僕達が知らない行動、生態を秘めているのかもしれませんし。もしかしたらセルレギオスに似た新種のモンスターという事だってあるかもしれない。なので教えて下さいよ、そのモンスターは、どんなモンスターでしたか? 見た目は? 攻撃手段は? セルレギオスと戦った事のあるオーウェン氏を不意打ちとはいえ一撃で殺したそのモンスターの事───」
彼は言葉を発する度にガイエンさんに詰め寄る。
「───教えてくれませんかね?」
まるで、彼を追い詰めるように。
「ぁ……ぇ、えーと。……金色の鱗を持った飛竜で。そ、そうだ、角があった! セルレギオスだろ?」
「攻撃手段は?」
「……う、鱗を飛ばして来たんだよ」
「この頭に刺さった一枚を?」
「ぇ? ぁ、ぇと、そ、そうだ。それで、剝ぎ取りをしてたオーウェンの頭にそれが刺さって───」
「そんな訳ないだろ」
胴と頭の装備の間。関節部分で防具がないその場所に至近距離から銃を突き付けて、そう言うウェイン。
「ぇ、え、銃!? ひぃ!?」
「あなた、嘘ついてますよね?」
彼のいう通り、そんな訳がないんだ。
千刃竜セルレギオスはその刃のように鋭い自らの鱗を
だから鱗を
だとしても、それが見間違いだったと言われればそれまで。
だからまだそれだけでは、ガイエンさんが嘘を付いているとは断言する事が出来ない。
そこでもう一つだけ。
セルレギオスの攻撃で、戦った事のない人は知らない事実があった。
「セルレギオスの刃鱗はですね、対象への着弾等の衝撃で破裂する性質があるんですよ」
「……は?」
ウェインの言う通り。セルレギオスの最大の特徴である刃のように鋭い鱗。
これは鋭いだけの鱗を飛ばすだけではなくて、着弾の衝撃で破裂しその破片や衝撃で二重にダメージを与える攻撃なのである。
だから、もしセルレギオスの攻撃が防具を着けていなかったオーウェン氏の後頭部に直撃していたのなら。
その後刃鱗が破裂し、オーウェン氏の後頭部をもっと抉っていた筈なんだ。
「ガイエンさん、あなたセルレギオスと戦った事ないでしょう?」
「……」
「あなたが知っているセルレギオスの情報は、精々戦った事のあるオーウェン氏から聞いた情報だけ」
「…………」
「鋭い鱗を飛ばして来るモンスター、そんなイメージしか持ってないのにセルレギオスの名前を使ったのがそもそもの間違いなんですよ。でーはー、オーウェン氏はなぜ後頭部にセルレギオスの鱗が刺さった状態で亡くなっているのか? 不思議ですよねー? ここにセルレギオスは居なかった筈なんですけど」
「…………」
「もしもーし? 聞こえてますかー? あのー、頭装備取ってくれません? 人と話す時は人の眼を見て話せってママに言われてるんですよー。このままだと貴方の目が見れません。ママの言い付けは守りたいのでお願いしますよ。ねぇ?」
ウェインの言いたい事がやっと分かる。
要約すれば、この事案。オーウェン氏の死因はセルレギオスによる物ではないという事だ。
ガイエンさんが言っていた───アオアシラを狩り終えた後、剝ぎ取りの最中突然セルレギオスに襲われオーウェン氏が亡くなったという証言に矛盾が生じる。
「……あなたが殺したんですよね?」
「…………」
「何も喋らなければそのまま事が進んでくれるとでも思ってるんですか? まぁ、良いんですけど。探せば出てくる筈ですからね。オーウェン氏が剥ぎ取りの最中に背後からあなたがその太刀で突き刺した彼の頭の装備が。よしんばあなたの頭が良くてその防具を絶対に見付からない場所に隠していたとしても、オーウェン氏の後頭部の傷に貴方の太刀を当てがって見れば傷とピッタリ一致する筈です。セルレギオスの鱗のせいにしようと一突きで彼を葬ったのは間違いだったって事ですよ。なんでここまで言い切れるかって? セルレギオスの攻撃を受けたにしては余りに損傷が少な過ぎるんですよ! そしてセルレギオスがもしこの場に居たとしたのなら! 美味しそうなアオアシラが倒れて居るのにアオアシラの何処にも、他のモンスターに捕食された後もなくそれどころか! 剝ぎ取り中のオーウェン氏つまりアオアシラに向けてセルレギオスが放ったであろう刃鱗による傷は全く見当たらない!! なーぜーかー!? あなたがオーウェン氏を殺したから!! そして何らかの手段で手に入れたセルレギオスの鱗を彼の傷口に突き刺した!!」
そこまで言って、ウェインはガイエンさんと少し距離を取った。
「……違いますか?」
ここまで饒舌に話していたウェインは、まるで彼の返事を待つかのように静かになって。銃だけを、彼の喉元に突き付ける。
「…………ん、んっ……はははっ。ははははは、はっはははははは!! なんだ!! それ!!! はっはははははは!! ひっひーっひっひひひひ、はははははっ!! そうだよ、俺だよ。俺がやったんだよ!! 悪いかぁあああ!?」
突然箍が外れたかのように大きく笑い出すガイエンさん。
そして自らの罪を認めると同時に、彼は背中の太刀に手を伸ばす。
「ウェイン危な───」
対モンスター用の武器は、堅牢なモンスターの身体を攻撃する為に並の刃より強力に出来ている。
それこそモンスターの素材で出来た防具だってその武器を前には服を着ているも同じなんだ。
一方でウェインが構えていた銃という武器は、モンスターの堅牢な身体に傷を付けることすら叶わない代物。
さっきまで防具と防具の間に向けてあったからこそ効力が認められた物も、大きく動いたガイエンさんから銃口は離れてしまって仮に発砲してもショウグンギザミの堅牢な防具がそれを阻む。
そしてウェインには対モンスター用の武器から自分を守る為の防具も盾もなかった。
仲間が危ない───そう思ったのは束の間。
「お前もオーウェンと同じで目障りだ、死ね!」
「おっと」
「な!?」
振り下ろされる太刀を躱し、バランスを崩したガイエンさんの足に回し蹴りを入れるウェイン。
そのまま横に倒れたガイエンさんの上を取り、彼は間髪入れずにまた銃を首元に押し付ける。
「こ……の……っ! くそぉっ!」
「太刀みたいに大きな剣って間合いという物が有りましてね、一定以上距離を取らないとただ大きいだけの棒ですよそれ」
その一瞬で、明らかに体格が違うウェインがガイエンさんの身体を確りと押え付けた。
どれだけ手足を動かそうとその身体が浮く事はなく、ただ太刀を持った手が震える。
「……この武器で、オーウェン氏を襲ったんですか?」
見惚れる手際に私が感心していると、彼はこれまでとは別人かと思える位低い声でそう問い掛けた。
渓流の地を静けさが包み込む。許さない、そんな言葉が聞こえた気がした。