【エピローグ】とある
ギルドナイトという人達を知っていますか?
ギルドナイトと呼ばれる人達がいた。
ギルド専属の狩人として、選ばれた凄腕のハンターが集まり未知のモンスターの調査や密猟者の取り締まりをする───それが私達ギルドナイトの表向きの仕事。
でもそれは、表向きの仕事。
「アイツが悪いんだ! 俺が倒したモンスターなのに、アイツが自分の手柄にしたから悪いんだ!!」
「だからって、人にそれを向ける事は許されていない」
「ひっ?! や、辞めろ! 俺は悪くない!! 俺は悪くない!!! 殺すな、殺───」
対モンスター用武器。
それは、先人達が、私達貧弱な人間に与えてくれたモンスターへの対抗策。
狩人がその誇りを持って握り、振るわなければならない武器。
「はははっ、コイツが悪いのさ。他の男になびきやがって、俺はこんなにもこの女に尽くしたというのに。殺すなら殺───」
その武器は───狩人の誇りは、人に向ければ簡単にその命を奪う事が出来るものだ。
だから、ギルドは対モンスター用の武器を人に向ける事は御法度としている。
「辞めろぉ!! 嫌だ、僕は死にたくない。死ぬのはモンスターだけで十分じゃないか! モンスターなんて死んで良いじゃ───」
ハンターによる殺人、密猟。それらを裁くには、それら以上の力を持った者達が必要だ。
───それが私達、ギルドナイト。
正義の執行者。
いや、私達は───
「悪気は無かったんです……。ただ、彼がクエスト終わりに襲って来て……。いえ、私が悪かったんですよね、何も殺さなくても……」
「そうだね、だから、罪を償って下さい」
銃を構え、引き金に手をかける。
「私も死んで、彼に謝ってきます。殺して下さい───」
ギルドナイトってなんだ。そう考えていた時期が私にはあって、今でもまだ少し悩んでいる。
でもその答えはかなり単純で、明快だった。
「お久しぶりです、ギルドナイトさん」
「もしかして、タリバンさんですか?」
ある日、私はタンジアギルドのギルドナイト代表としてドンドルマという街に来ていたのだけど、そのドンドルマで懐かしい人物に再開する。
私が二年前に担当した、ランポス密猟事件の当事者タリバン・リアストン氏だ。
「はい。おかげさまで、今は真面目にやってるんですよ」
彼は少し苦笑いでそう答える。
彼は犯罪に手を染めながらも、自ら罪を認めて罪を償う事を受け入れる事が出来た人物だ。
だから私は彼を救う事が出来たし、彼は今生きて家族を支えている。
「それは良かった」
「ギルドナイトさんは、お仕事ですか?」
「……そう、ですね。事務的な仕事だけど」
「あの彼も一緒なんですかね?」
アイツね。
「残念ながら一緒です」
彼の言葉に私は苦笑いしてそう答えた。
やっぱりアイツは一回関わると、記憶に残るよね。
「あんやー、それじゃ僕が嫌われてるみたいじゃないですかー」
噂をすればやってくる。
当人───ウェイン・シルヴェスタが待ち合わせ場所だった集会所前に現れた。
ベージュ色のスーツを着崩して着用する童顔の青年は、いつものような飄々とした態度で私に手を振る。
「逆に好かれてると思ってるの?」
「シノアさんは僕にラブラブの筈で───痛い」
辞めろ。
「ふふ、相変わらずなんですね」
「あ、あはは……。まぁ。えーと、今日は会えて良かったです。私達はこれで」
「はい、これからもお仕事頑張ってくださいね」
彼がそう言って、私達はタリバンさんと別れてドンドルマのハンターズギルド集会所である大衆酒場に入った。
今日の予定はタンジアギルドからの定時報告。二年前にタンジアギルドのギルドナイトを取り仕切る役目を負わされてから、私は定期的にここを訪れる事になっている。
こんな面倒な事があるとはあの時は思ってなかった。あの人は───いや、きっとサボっていたんだろうな。
「はー、忙しい。そろそろ人員補充欲しいですよねぇ。クライスさん達が居なくてなってもう二年ですよ?」
「ギルドナイトの仕事を新しく誰かにやって欲しいなんて思わないよ」
あいもかわらずウェインはこの調子。それでも彼は私と同類だし、そんな彼に救われる事だって多々あるわけで。
だから私はあの日からも彼と行動を共にしている。そもそもあの個性的なメンバーの中だったら彼もマシな方だ。いや、感覚がおかしくなってるかもしれない。
「まぁ、確かにもう二年か」
タンジアギルドナイトから二人が居なくなって早二年。ギルドナイトの補充は未だに貰えていない。
仕事上生半可な人物にこなせる仕事ではないし、私も他人に同じ仕事をさせるのも気が引けるのだけども。
こんな仕事、進んで誰かにやらせるものでもない。
そんな訳で定時連絡を済ませ、案の定補充はなしという報告を受けてから私達はドンドルマの街へ。
せっかく人々があつまりタンジアとはまた違った賑わいを見せる街に来たんだ、遊んで行かないと損である。
「今回のお土産どうしようか」
それで、私達は街の商業エリアに向かった。
毎回お土産は買っていくんだけど、今回はどうしようか。
「あ、シノアさんシノアさん。これなんてどうですか、ナニに限りなく近い形したキノコ。ファルスさんが喜びますよ」
「お前のナニを切り取ってファルスさんにプレゼントしようか!?」
「そんな事して、シノアさんの相手は誰がするんですか?」
死ね。
こいつは直ぐに調子に乗るな、本当に。
彼とはお互いに傷を舐め合う関係だ。でも、こいつはきっと頭のネジが飛んでる。
私もこうなれたら楽だろうか。いや、こうなるのは嫌だな。
だけど、そんな彼に助けられてるのは確かなのだから人生がもう嫌である。
「で、今日は寄ってきますか? 様子見に」
お土産を買い終わってから、ドンドルマのハンター訓練所付近で彼はそんな言葉を落とした。
「んー、流石に行かなくて良いと思うけど」
さて、どうしようか。別にもう関係ないのだし、態々見に行かなくても良いのだけど。
「もう嫌だぁぁぁ!! ひぃぃぃ!!!」
そんな事を考えていると、訓練所の方から一人の男の子が泣きながら走り去っていく。
大粒の涙を流して叫ぶ少年は、身体中泥に塗れて大変イジメられたようだった。
「……どうします?」
「……前言撤回。行こうか」
「はいはいー。了解でーす」
流石にアレを見て放っておく訳にもいかない。
私達は訓練所の門を潜って中へ。これもギルドナイトの仕事だろうか。
ギルドナイトの仕事ってなんだろうか。
そもそもギルドナイトってなんだろうか。
私達は罪を裁く執行人。ギルドの法に従い、犯罪者を始末する者達。
それが正義ならば、歪んだ正義だと私は思う。
だから私は───
「テメェらも分かったか? やる気がない奴はアイツみたいに泣きながら出て行け。じゃなきゃお前らがモンスターに殺される前に俺がお前らをぶっ殺ーす」
訓練所に入るやいなや、その中心ではとんでもないスパルタな言葉を吐きながら、男が片手で太刀を地面に叩きつけていた。
目元まで伸びる赤い髪で目を隠したその男は、左腕が無くて右手だけで太刀を握っている。
それなのにその太刀を軽々と振って、訓練所の生徒達にスパルタ指導をしている姿を見て思い出すのはやはり私の幼い頃の記憶だ。
うん、私の時もそんな感じだっけどね。
まぁ、そんな事だろうとは思ったよ。
「どうします? シノアさん」
「ほっとこう……。多分アレで良いんだよ」
正直意味が分からないけど、彼が間違っていた事なんて殆どない。だから、ある程度は好きにやらせておけば良いんだ。
ふと振り向いた彼の口角が釣り上がる。ただそれだけで、何も言わずに向き直って生徒を真剣に叱り付けた。
「あんやー、今日も元気ですねクライス先輩は」
「その人は死んだんだよ、ウェイン」
クライス・アーガイルは私が殺した。とあるキャラバン隊と、一人のギルドナイトを殺害した罪で、私が殺した。
なら、あそこで立っているのは誰か。
「あー、彼は今教官って名前でしたっけ。あ、本名忘れました」
あそこに立ってるのはクライス・アーガイルではなくドンドルマの訓練所教官である。
それ以上でもなくて、それ以下でもない。私には全く無縁、関係ない、他人。
そういう事。
「行こっか、ウェイン」
「ぇ、良いんですか? 話とかしなくて」
「うん、大丈夫」
───だから私は、正義の味方になんてならないって決めたんだ。
「……これで、良いんだよ」
これが、私の正義だから。
◇ ◇ ◇
あの日。
「……お前は正しい。俺なんかよりよっぽど正しい。正しい事が出来る人間だ。お前ならなれる、俺がなれなかった……本物のギルドナイトに。正義ズラした悪党じゃなくて、本物の正義の味方になれるだろうぜ。はっはっ、滑稽だねぇ、悪党の俺が育てた奴が正義の味方になる。俺を殺して、俺を踏み台にして、お前が生きるってか。はっはっ、はっはっはっはぁっ!!」
正義の味方。
それってなんだろうか?
彼の話を聞いて心の隅でそんな事を考えていた。
「私がそんなものになれると思いますか?」
「なれるさ。俺という大悪党を殺せば、お前ならなれる。これからはお前がここのボスだ。お前が導いていけば、正しい事が出来るだろうぜ。何せお前は育ての親の罪も裁く事が出来る人間だ。さぁ! 殺せよぉ!! テメェの正義で俺をぶち殺してみやがれぇぇえええ!!!」
ギルドの法を守るためなら、私達は平気で人を殺す。
それが正しい事だと、正義であると言うのだろうか。
───だったら私は、正義の味方になんてならなくて良い。
「……最期に言いたい事は?」
私はずっとあなたの手の上で泳がされていた。
多分、いやきっと、この時も彼の計画通りだったんじゃないかなって。私は後でそう思う。
彼は、いつかお前は俺を殺すと。そう言っていた。きっと、初めからこの時、彼は殺される予定だったんだろう。
彼が何を思ってるかは分からない。何をしたかったのか、その時は分からない。
ファルスさんとウェインから事情を吐かせた時は、本当にこの人は最低な人だと思った。
「すまなかった」
「さようなら、師匠」
でも、だからこそ私はこの人を殺す。
人としてあなたは間違えた。ギルドの法を犯し、自分の正義を貫いた。
どうしようもなく最低で、どうしようもなく格好良い人だと思う。
私はやっぱり、あなたみたいになりたい。
あなたが思い描くような正義の味方になんてなってやらない。
だから、私は最後の最後に彼を裏切る事にした。
あなたは私にとってとても大切で、道標で、私の居場所だった。あなたに付いていけば、あなたが示してくれた道を歩けばそれで良いと思っていた。
だから、私はあなたを裏切る。
あなたはこれから一生掛けて、ギルドで若手ハンターを育成して罪を償うんだ。
あなたにはそれが丁度良い。絶対に嫌だとか言うだろうけど、従わせる。
だって私は、ギルドナイトだから。
ギルドナイトという人達を知っていますか?
ギルドナイトと呼ばれる人達がいた。
ギルド専属の狩人として、選ばれた凄腕のハンターが集まり未知のモンスターの調査や密猟者の取り締まりをする───それが私達ギルドナイトの表向きの仕事。
でもそれは、表向きの仕事。
私達はギルドナイト───
「ごめんなさい」
───この世界の闇に生きる者。
あなたの思い通りにはならない。
私は
私は
そう、
ご愛読ありがとうございました。これにて本作ギルドナイトの陳謝は完結になります。これまでお付き合い頂いた皆様に感謝の言葉を。
本当にありがとうございました。
この作品は、私なりのギルドナイトという存在への答えを主人公であるシノアに叩き付け、そして彼女の解答を書いた作品になっております。
ギルドナイトってなんなんだろう? こんな仕事もしてるよ。そして、その中でこんな解答を出す少女が居たんだよ。そんなお話です。
伏線とか足りないし、文章力とかどうなんだって作品でしたが。なんとか完結はさせる事が出来ました。
私が書きたい事は書いたつもりです。書きたかった話を書いたつもりです、はい。
感想評価お待ちしております。
P.S.
2021年2月6日。改稿作業完了。