とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【八章六節】とあるギルドナイトの陳謝

 正義の味方に憧れた事はあるだろうか

 

 

 俺はあった。むしろ、正義の味方になりたくてハンターになった。

 正義の味方になりたくて力を付けた。何者にも負けない力を付け、どんな敵でも倒してみせる力を付けた。

 

 村を襲うモンスター、人の行く手を阻むモンスター、生態系を破壊するモンスター、商人やキャラバン隊を襲うモンスター。俺は全てを倒す力を持っていた。

 

 だけど、それだけじゃ正義の味方は務まらなかったのさ。

 

 

「……はぁ? このキャラバン隊は、人買いに子供を売るために街に向かってるだぁ!?」

「し、静かに! バレたら我々もタダではすまない。かなり大きな組織の取引だ。このキャラバン隊で運ばれてる子供は王族の隠し子で、ギルドも扱いに困っていた。……可哀想だけど、こうやって闇の中に消えてもらうのが一番なんだよ」

 目の前の男は、俺と一緒にとあるキャラバン隊の護衛クエストを受けたハンターの一人だった。

 

 ガンランスを背負ったグラビド装備の男。してその正体はなんと、このキャラバン隊の犯罪染みた取引を守る為に派遣されたギルドナイト(正義の味方)

 

 

「まだ小さな子供だろ。それをお前、王族の隠し子だから邪魔だと!? そんな理由で人買いに売り付けるのか? その子供がどうなるか考えもしてねぇのか!?」

「それがこの世界のルールなんだよ。王に隠し子なんて事がバレたら、大半な事になる。しょうがないんだ」

「……しょうがないだと? それがギルドのやり方か!? それがギルドナイト(正義の味方)か!?」

「母親だって了承してる。むしろ大金を貰えて喜んでるよ」

 意味が分からなかった。

 

 

「シノア・ネグレスタ。彼女の本当の父親はこの国の王なんだ。使用人だった母親は国に隠れて二人も子供を産んでしまった。母親は可哀想に、逃げるように王都を離れたけれど国の偉い人に見付かってしまったらしくてね」

「可哀想だと?」

「母親は偉い人にこう言われたそうだ。一人で良いから子供を手放せ、と。……知ってるかい? 白い髪は確かに珍しい。だけど、王族の血を引く者は必ず白い髪になる。……家に白い髪の子供が二人。これは王族としても見て見ぬふりが出来ないんだ。世間に王族の隠し子が居るなんてバレたくないのさ」

「そんな事の為に……」

「母親は一人を人買いに売り付ける判断をした。白い髪の女の子だ。高く売れるだろう。……気の毒だけど、これは仕方がない事なんだよ。

「仕方がないだと……」

 目の前に助けるべき人間が居る。なのになぜ、こいつはその子供を助けない。なぜだ。

 

 

 それが正義なのか? それがテメェら、ギルドナイトの正義か? 

 

 

 

「ギルドとしては不慮の事故でも、人買いに壊されたでも、なんでも良い。彼女に消えてもらわないといけないんだ。……可哀想だけどね」

「そりゃ高く売れるだろうな。んで、なんだ、モンスターがキャラバン隊を襲ってもお前は無視する気か? その子供が消えればそれで良いのか!」

「だ、だから静かに! 仕方がないんだ。それがこの世界の理なんだよ。ギルドがそう決めたんだから」

 仕方がない。この男はそればかり口にする。

 

 

 今目の前で、その生涯を汚い大人達に売られる子供が居るというのに。

 

 

 それを助けない事が、仕方ないだと。

 

 

 

 

 こんなのは正義じゃない。悪党のやる事だ。

 

 

 

「……俺が全員ぶっ殺す」

「な、何をする気───ぐぉぁ!?」

 拳銃を取り出したギルドナイトの腹を切り裂く。殺しはしない、まがいなりにもこいつはこいつなりの正義を貫こうとしただけだ。

 

「や、辞めるんだ。……君は間違っている……っ!」

「……んな事は分かってんだよ。だがな、指図するな、お前は一生俺に指図するな。お前がやらないなら、俺がやってやる。だからテメェは一生俺の命令を聞け。じゃなきゃ、テメェも殺す。さしずめそうだな、とりあえずお前基本「モス」としか喋るな」

「……しょ、正気───」

 正気? さぁ、どうだろうな。

 

 

 男の爪を剥ぎながら、俺は自分が何をしているのか考える。

 

 

 

 正義ってのは自分が決める物だ。

 コイツも確かに正しいのかもしれない。だが、俺からすればコイツは悪党にしか見えない。

 

 逆に、この男からすれば俺は悪党にしかみえないだろう。

 

 

 

 ───それで良い。

 

 

 

 

 男は手の爪を全部剥がしても首を縦に振らなかった。

 それでも俺は男に首を縦に振ってもらうしかない。男の足の爪を全て剥がし、関節をナイフで抉り、玉にナイフを当ててようやく男は首を縦に振る。

 

 

 

 そもそもこんな脅しをした時点で、正気じゃないのは自分でも分かっていた。

 

「返事はモスだ」

「……も、モス」

 それでも俺は、誰かを助けたい。

 

 

 

 正義の味方に憧れたのはいつだったか。

 

 

 初めてハンターを見た時だったか。ハンターになった時だったか。

 

 

 とにかく俺は、正義の味方になりたかった。

 

 

 

 それを捨ててでも、誰かを助けたかった。

 

 

 

 

「や、辞めろ!! 辞めてくれ!!」

 男の悲鳴でキャラバン隊の奴等に気付かれる。コイツらは一人の少女の命を弄ぶ屑共だ。皆殺しにしてやる。

 

 だが、この中には殺さなくても良い奴も居たかもしれない。

 

 ───これは間違いなのかと思ったのは初めて人を殺した時だった。

 

 

「こ、殺さないで!! ひ───」

 罪を償う事が出来る奴も居たかもしれない。

 

 ───これが間違いだと気が付いたのは殺した奴の顔を見た時だった。

 

 

「嫌ぁぁぁ! 辞めて、殺さないでぇ!! 嫌ぁぁあああ!!」

 助けようとした子供は、助けを望んでなかったかもしれない。

 

 

 

 ───それでも俺は、誰かを助けたかった。

 

 

 

 自己満足の正義の味方だと罵られるだろう。それでも良い。

 

 

 

「んだ、ガキか……」

「───ひっ」

 キャラバン隊の小さな竜車には、白い髪の小さな女の子がいた。

 聞こえてくる悲鳴が怖かったのか。少女は身体を震わせて、俺を見ている。

 

 

「綺麗な顔してんなぁ。しかも白髪ときた。なるほど、こりゃ確かに高く売れそうだ。大当たりってか?」

 こんな小さな子供を売り飛ばそうとしたのか。

 

 

 

「───た、助け……助けて……下さい! おか、お、お母さんが……お母さんが!」

「ガキ、このキャラバン隊を襲った連中は俺が追い払ってやった。が、残念ながら他に生きてる奴はいねぇよ」

「ぇ、ぁ……ま、ぁ……っ、お、お母さんは?」

 そして俺は、こんな小さな子供の母親を殺したのか。

 

 

「あそこで倒れてる奴、そうだろ?」

「ぇ、お母さん、居ないよ……? 服だけ置いてある」

 少女は自分が売られる事など知りもしていなかったらしい。

 

 

「確り見ろ」

 そして現実を焼き付けろ。あの女はお前を売ろうとした女だが、お前にとっては大切な母親だったのか。その大切な母親が殺された。その事実をその目に焼き付けろ。

「ぃ、嫌……嫌ぁぁあああ!!」

 俺はお前にとって、母親を殺した悪党という事になる。

 

 

 それで良い。俺はただ、コイツを助けたかっただけだ。自己満足の、最低最悪の正義の味方になってやる。

 

 

「俺がキャラバン隊を襲ってた奴を追い払わなかったら、お前も同じ目に合ってたかもな。……さて、どうするよ。俺はギルドにこの事を連絡しに行こうって思ってんだが、付いて着て証人の一人にでもなってくれたら当面の面倒は見てやるぜ?」

 コイツが将来立派に育てば、俺は俺の罪の咎を受け入れる覚悟をしていた。

 

 それが、正義の味方面で彼女の人生を狂わせた俺の咎なのだから。

 

 

「お父さん達は?」

「知らねぇ。置いてくぞ」

 モッスの話によればコイツの義理の父親と妹は、コイツを売ったお金を母親が持って帰るのを楽しみにしている。

 そんな奴にコイツは渡さない。俺がコイツを幸せにしてやるんだ。

 

 コイツにとってそれが幸せじゃないのだとしても───

 

 

 

 きっと俺は最期ロクな死に方をしないだろうや。

 

 

 

 それで良い。

 

 

 

 それで、彼女が真っ当な人生を───せめて、人に買われるより真っ当な人生を歩く事が出来るなら。

 

 

 

 俺は犠牲になっても良かった。

 

 

 

 そしたら、誰かを助ける事が出来た───本物の正義の味方になる事が出来たかもしれないのだから。

 

 

 

 

「ま、待って……っ! 置いてかないで!」

「よーし、決まりだ。俺はクライス・アーガイル、宜しく」

 だから俺は正義面した悪党になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何せお前は育ての親の罪も裁く事が出来る人間だ。さぁ! 殺せよぉ!! テメェの正義で俺をぶち殺してみやがれぇぇえええ!!!」

 我ながら良い演技だったんじゃねーの。

 

 

 

 これでこいつは真っ当に生きていけるだろうか。

 

 

 いや、ギルドナイトにしてしまった所為で苦しむ事になるかもしれない。

 これこらも嫌な思いをするかもしれない。

 

 

 それでもきっと、人に買われた人生よりはマシな筈だ。

 

 

 どんな悪にだって勝てるように育てたんだからさ。

 

 

 

 だけどさ、もっと良い方法もあったかもしれない。

 

 

 それでも、これは俺のわがままだが。彼女には本物の正義の味方になって欲しかった。

 

 

 

 その方法が、俺にはこんなやり方しか見付からなかった。

 

 

 

 

「……最期に言いたい事は?」

 だから、最期くらい謝らせてくれ。

 

 

「すまなかった」

「さようなら、師匠」

 あぁ、さようならシノア。

 

 

 俺の大切な弟子。俺がやっと救う事が出来た大切な人。

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 それは俺の台詞だ───

 

 

 

 ───ごめんな、シノア。

 

 

 ★ ★ ★

 

 報告書。

 

 某日。渓流の調査に赴いていたモッス・トリアルド及びクライス・アーガイルはモンスターの襲撃により死亡。死体の損傷具合が激しく交戦したかどうかは不明である。

 死体の詳しい状態は後日ドンドルマの本部にて報告する。なお、現場検証の結果襲撃して来たモンスターはイビルジョーであると推測された。

 

 

 ギルドナイト二人の欠員が生じた為、補充の要望もここに記載する。

 

 

 ウェイン・シルヴェスタ


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