とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【八章四節】事件の犯人

 時間だけが進んでいく。

 

 

 クライス先輩に押さえつけられたまま、色んな事を思い出していた。

 

 初めて人が人を殺す瞬間の事、初めて人を殺した瞬間の事、殺されそうになった時の事。

 全部嫌な思い出だけど、私はそれでも先輩に付いてギルドナイトを続けていく。そう思っていたんだ。

 

 

 それなのに───

 

 

「……私を殺すの?」

 先輩に押し付けられたまま、私はウェインに話し掛ける。返事は遅くて、それを待っている間に先輩は私を離してくれた。

 

「まぁ、しょうがないというか。なんというか。勿論シノアさんが殺したなんて思ってませんし、そもそも僕は犯人を知っています。それでも僕は、シノアさんを犯人にしなければいけない理由がある」

 意味が分からない。

 

「犯人を知ってるなら、教えてよ! なんで私が死ぬ事になるの!? こんなのおかしいって、ウェインなら分かってくれるでしょ!?」

「そのくらい自分で考えたらどうですか? ほら、最期のチャンスですよ」

 さいご? 

 

 

 なにが? 

 

 

 私が? 

 

 

「タイムリミットは今日の日没まで。それまでに真犯人を特定して下さい。そうすれば、僕はシノアさんを殺さなくて済む」

 真犯人。

 

 

「わ、私が……犯人を探す?」

「出来る筈ですよ、シノアさんならね」

 ウェインはそう言って、銃を一度懐にしまう。あの銃で何度も人が死ぬ所を見てきた。私もその銃で何人もの命を奪った。

 

 

 犯罪者を殺す銃。

 

 

 対モンスター用の武器を使用した、ハンターによる殺人。そして、密猟。その罪は赦される事なく、ギルドナイトは犯罪を明るみにしない為に、その罪を犯罪者ごと消し去る。

 

 

 

 それが私達ギルドナイトだ。

 

 

 世界の理を崩さない為に、私達は人を殺す。

 

 

 

「……分からないよ」

 何も分からない。分かる訳がない。

 

 それでも考えるんだ。考えるんだ。考えるんだ。

 

 

 

 誰が殺した。

 

 私は殺してない。

 

 

 

 でも、モッス先輩の居場所を知っていたのは私だけ。

 

 

 モッス先輩を殺す為に、態々兵隊の人まで殺すという事は、犯人はモッス先輩の居場所を知っていたのだろう。

 

 

 

 私とモッス先輩以外に、あの話を聞いていた人はいない筈だ。誰もいない筈。誰も───いない? 

 

 

 

「そろそろ時間ですよ、シノアさん」

 

 ──ウェインもお手洗い? ──

 

 ──はい、大きい方です。シノアさんはどっちですか? ──

 

 

 ふと火山でアグナコトルの相手をした時の事を思い出す。

 私は狩場で気なんて抜いてなかったのに、ウェインに背後を取られた事に気が付かなかった。

 

 

 彼は私から気配を隠す事くらいは出来る。

 

 

 

 もしあの時───

 

 

 

「ねぇ、ウェイン」

「なんでしょう?」

 この部屋には今、私とウェインと先輩しかいない。

 

 血に濡れた資料室。横たわる死体。

 

 

 ───あの時、ウェインが私達の会話を聞いていたとしたら? 

 

 

 

「……あなたがモッス先輩を殺したんじゃ───」

「それはビンゴ。……だけど、チェックメイトです」

 突き付けられる銃。

 

「───っ!?」

 瞬間、引き金が引かれた。身を引いてそれを避け、私はその銃を叩き落とす。

 

 

「やりますねぇ。……残念だ」

「ウェイン……なんでこんな事を!? あなたが本当にモッス先輩を殺したの?!」

 彼は犯人は誰か知っていると言っていた。自分が殺したのなら、それはそうだろう。

 

 

 もしウェインがトイレで私とモッス先輩が話しているのを盗み聞きしていたとしたら、彼もモッス先輩の居場所を知っていた人間になる筈だ。彼もモッス先輩を殺した容疑者になり得る。

 

 だけど、分からない。

 

 

「いやいやとんでもない、僕が殺せる訳ないじゃないですか」

 ただ、ウェインは両手を挙げてそれを否定した。

 

 自分で「ビンゴ」なんて言っておいて、どうしてそれを否定するのか。違う、何かまだ引っかかる。

 

 

 ──僕と()()()()()()は一緒にギルドナイトのお仕事の整理をする為に働いていたので……まぁ、なんというか。完璧なアリバイがある訳です──

 

 

 

「ウェインじゃ───」

 ───じゃない? 

 

 

「余所見してんなぁ! 死にてぇのか!!」

 聞こえてくる、師の声。

 

 視界に映る()

 頭を横にズラすと、その刃が私の頬を切り裂いた。

 

 

 なんで? 

 

 

 なんで? 

 

 

「……なんで? って、顔してんな」

 口角を上げ、太刀を横に傾けるクライス先輩。彼はそれを横に振り、私は反射的にそれを躱す。

 

 

「なんで……」

 ウェインとクライス先輩にはアリバイがあった。

 

 二人はずっと一緒にいたのだから。

 

 

 でもそれはつまり、二人が共犯だったという事。

 

 

 なんで? 

 

 

 どうして? 

 

 

「どうして……っ!!」

 部屋に置いてあった自分の大剣を拾い上げて振り回す。先輩はそれをイナシ、私の懐に入り込んだ。

 

「決まってんだろ? モッスが余計な事を言いそうになったからよぉ!」

 余計な事。

 

 

 太刀の突きを、大剣を引き戻していなす。

 

 

 追撃、身体を捻って躱した先輩は、太刀を大きく振った。天井をも切り裂いた刃を、私も身体を捻って避けて大剣を振る。

 

 

「俺が死なない為にぶっ殺しただけよ! なんたって人は皆同じ考えを持って生きている。死にたくない、生きていたい! そういう純粋な気持ちって奴をなぁ!!」

 私の大剣を踏み付けて飛び上がる先輩。私は大剣を床に叩きつけて、床の破片を飛ばした。

 

 

「なんで……っ!!」

 先輩が死なない為に。

 

 

 意味がわからない。

 

 モッス先輩が、誰にも聞かれないように私に聞かせたかった事と関係があるのか。

 

 

 先輩は何を隠している。

 

 

 

 

 ──そいつはもうギルドナイトに捕まっちまったよ──

 

 ──あの時の事件の事は忘れるこった──

 

 

 

 

 あの時の事───

 

 

 

 

「知る必要は───」

 着地、太刀を投げるクライス先輩。私は大剣を盾にしてそれを弾いた。

 

 

「───ねぇ!!」

 弾かれた太刀を受け止める先輩。

 

 

 

 突き? 振り上げ? 振り下ろし? 薙ぎ払い? 

 

 

 次はガードして、弾いた所でクライス先輩を押さえつける。

 

 話を聞かなきゃ。

 

 

 

 納得出来ない。

 

 

 先輩がモッス先輩を殺した。ウェインが共犯してまで。

 

 

 

 なんで。

 

 

 

 なんで二人が。

 

 

 

「言ったろシノア」

 太刀を振り下ろす先輩。私は大剣でそれを受け止めた。

 

 

「俺達ギルドナイトは───」

 突如視界から消える太刀。先輩は刃を振るう事もなく、私の懐に入って盾にしていた大剣を手で引き剥がす。

 衝撃に耐えようとしていた私の手はあっさりと大剣を離してしまった。目の前に先輩の顔が映る。

 

 

 赤い残光が光った。

 

 

 

 

 この眼はどこかで見た事がある。

 

 

 

 どこだったか。

 

 

 

 あぁ、そうか。これは───

 

 

「───ただの人殺しよ」

 ───人殺しの目だ。

 

 

 投げた太刀が先輩の手に握られる。

 

 

 

 そもそも最初から分かっていた。

 

 

 

 私が彼に勝てる訳がない。

 

 

 

 ウェインが笑う。先輩が腕を引いた。

 

 

 

 私はただ、何かを受け止めるようにソレを待つ。

 

 

 

 ──でも……私達だって、人殺しだ──

 

 

 ──そうさ。だからその咎はいずれ受けるだろうぜ、その身でな──

 

 

 

 そういう事か。

 

 

 

 これが、ギルドナイトか。

 

 

 

「あばよ、シノア───」

 それが、ギルドナイトだ。

 

 

 ギルドナイトは正義面した犯罪者。

 

 きっと、私は知ってはいけない事を知ろうとしてしまったんだと思う。

 モッス先輩が伝えようとしていた事が、なんとなく分かった。だけど、きっとそれを私は信じないだろう。

 

 

 先輩はいつだって正しいから。

 

 

 だったら私は、それに従うだけだ。

 

 

 

 

 ───本当にそれで良いのかな。

 

 

 私が死ぬ事が正しい事。先輩が生きる事が正しい事。私が先輩に殺されるのが正しい事。

 

 

 正しいってなんだろう。正義ってなんだろう。

 

 

 ───嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

 

 ──良く生き残った。上出来だ──

 そんなの、嫌だ。

 

 

 

「───逝っちまいな」

 ──死にたくないなら強くなれ、逃げるんじゃねぇ──

 

 

 

 私は───死にたくない。

 

 

 

「……っ!!」

 真っ直ぐ伸びる太刀。私は体を捻る。

 

 

「───あ゛ぁ゛がぁ゛っ!?」

 次の瞬間、私の身体に走る激痛。鮮血が飛び散り、口からは吐血が漏れた。

 

 頭が暗くなる。身体が重い。太刀は私の横腹に突き刺さっていた。

 

 

 

 

「……なん……で」

 太刀を引き抜かれない為に、私はソレを握る。

 

 

「何度も言わせるなよ。モッスが余計な事を喋りそうになったから消しただけだ。……お前にウェインを付かせたのは、お前を監視させる為だからな」

「……監……視?」

 私を? なぜ? 

 

 

「十年前のあの事件、モッスは真実を知っている。だけどな、俺が黙らせていた。お前にも喋らないように、ギルドにも喋らないように」

「待って…………何……それ……どういう───」

 あの事件の真実。

 

 

 信じたくない、真実。

 

 

 

 犯人はギルドに捕まった───捕まった? 

 

 ……殺されてない。

 

 

 どうして? 

 

 

 

「あのキャラバン隊を襲った賊ってのはな───」

「ちょ、ま……待って」

 嫌だ。そんなの嫌だ。信じたくない。信じられない。聞きたくない。言わないで。

 

 

 

 ねぇ、なんで? 

 

 

 なんで、私を助けたの? 

 

 

 なんで、私をここまで連れて来たの? 

 

 

 

 待って───

 

「───俺なんだよ」

 何もかもが壊れる音がした気がした。


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