とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【八章二節】あの日の事件

 歓迎会が始まってから一時間程。

 

 

「だから言っているだろ。……肉を焼く時は火を見ろ。網の中でも火の加減は変わってくる」

 顔を真っ赤にしてそう言うのは、お酒が回っているからか男の口調に戻ったアキラさんである。

 姿がそのままなのでインパクトがさらに上がっていた。しかもなんか、格好良い。普段とのギャップが凄い変。

 

 なんでこの人女装してるの。

 

 

「……肉と一緒に魂を燃やせ。そのつもりでやれば、肉も答えてくれる」

 でも何言ってるか分からない。

 

「も、もう辞めてくれアッキー。俺の胃はもう焦げは受け付けねぇ、不味すぎる。美味い肉をくれ。シノア、お前クビ」

「酷い!」

 こんなに頑張ってるのに。もう少し頑張って欲しい。私も頑張るから。

 

 

「んっふ、ねぇ~黒焦げでも良いから早くソーセージ出してぇ~。真っ黒焦げのおち●ちん欲しいのぉ~、ソーセージぃ~」

 今のは言い間違えだよね? それか聞き間違えだよね? 酔っ払いでもその発言は許されないぞ。

 

「ふふ、ウェインちゃんもお酒飲みましょ? そして私にソーセージちょぉ~うだぁ~い?」

「シノアさん助けて下さい」

「知らん」

 日頃の行いを呪え。

 

 

「だーーーっ! くっ付くな! 僕はロリコンなんだ! 金髪ロリにしか興味無い!! ネーナちゃんカムバーーーック!!」

 実はお前も酔ってるだろ!! どっかで飲んだだろ!! 

 

 

「先輩、ネーナちゃんって誰ですか?」

「ん? あー、あいつの元カノ」

 嘘だろ。

 

 

「ぼ、僕もお肉。熱いままで、く、下さい」

「……焦げたのならあるぞ。ふん、これでも食っていろ」

 いやあなた誰。アッキーはどこ? その姿じゃ無ければ今この場で一番マシなのアキラさんなんだけど。なんで女装してるの? 

 

 

「し、舌が火傷、し舌がしたぁっ! あっはぁっ!!」

「あんたは私の視界から消えろ!」

「言葉責めも……グッド」

 ギルドナイト辞めたい。

 

 

「そいつの事は諦めろ、シノア」

「ぐぬぬ……。そういえば先輩、聞きたい事があったんですけど」

 そこでふと、私は昼間の用事を思い出して口を開く。

 

 十年前の、私と家族の乗ったキャラバン隊が襲われたあの事件。

 私はあの事件の犯人を突き止めたい。

 

「あ? なんだ?」

 でも資料室には何も手掛かりがなくて、あとは先輩の証言しかなかった。

 少しはお酒が入ってるだろうし、はぐらかされる可能性も低そう。だから、私はこのタイミングでその話を切り出す。

 

 

「十年前、私を助けてくれたあの事件。……私はその犯人を探したいんです」

「……へぇ。で、探してどうするよ?」

 タンジアビールを傾けながら、先輩はしっかりと私の目を見てくれた。

 

「……話をしたいです。ギルドナイトとして、その犯人と」

 先輩が覚えているか分からない。覚えて居たとして、探せるかも分からない。

 そもそも探せたとして、満足な会話が出来るとは限らないだろう。

 

 

 ただ、私はギルドナイトとしてあの事件に決着を付けたかった。

 

 

 そうしたら、ギルドナイトとして生きていけると思えたから。

 

 

 

「……そいつはもうギルドナイトに捕まっちまったよ」

 ゆっくりとそう言うクライス先輩。捕まった───なら、もうこの世にはいない。

 

「そう……なんですか。私、資料室であの時の事調べてて。犯人は未処理って書いてあったんですよ」

「古い報告書ならそんなもんだろな。……あの時の事件の事は忘れるこった。その方がお前の為だ」

 私の頭をワシャワシャしながらクライス先輩はそう言う。

 犯人はもうギルドナイトに捕まった。

 

 もう私は仇を討てない。

 

 

 これで良かったのかもしれない。

 

 

 なんだか少し安心する。変な気分。

 

「随分とまぁ、ギルドナイトに染まっちまったねぇ……。ほら飲め! シノアももう大人だろうが!」

「わ、私お酒はちょっと」

 私はもう、あなたと同じギルドナイト。でも、それで良い。

 

 

「アッキー、そのテンションでその格好は恥ずかしく無いんですかー?」

「なんの話だ。俺はいたって正常だ」

 この変な人達は一応私の仲間。

 

 

「……モス」

「あ? 固いこと言うんじゃねーよ!」

 これからも私はギルドナイトだ。

 

 辛い事もある。悲しい事もある。でもきっと、彼等となら。先輩やウェインと一緒なら私は───

 

 

「あら、こんな所に可愛いソーセージが」

「ふひっ、そ、それ思いっきり噛み千切って! ひひっ」

「それじゃ、頂きます」

「誰かそのアホを止めろぉ!!」

 ───やっぱり無理かもしれない。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 歓迎会も片付けに入ろうという時間。

 

 

 ギルドナイトになって、正直不安だらけだったと思う。ずっと深く沈んで行くような感覚に、いつか足場が崩れて落ちてしまうんじゃないかと思っていた。

 こんな騒がしい仲間と楽しいと思える時間に少し現実味が湧かない。

 

 だけど、ここが今の私の居場所なんだろう。

 

 

 今思えば───もし、先輩が私をギルドナイトに誘ってくれなかったら私はアーシェと一緒に死んでいたかもしれない。

 そうでなくても、友人の死に耐えられなかった。ウェインが居なかったら私は何をしていたか分からない。もしかしたら犯人を殺してやろうとか思っていたかもしれない。

 

 ───そうしたら、きっと私はギルドナイトに殺されている。

 

 

「トイレ行ってきますね」

 誰にいう訳ではなく、私はそう言って席を立った。

 

 

 ちょっと怖くなったのかもしれない。

 

 

「あの事件の犯人はギルドナイトに捕まった……」

 ふと、先輩への質問への回答を思い出す。

 

 いざ調べてみると、答えはあまりにも単純な物で。

 拍子抜けというか、人生というのは波乱万丈ばかりではないと思い知った。

 

 

「さて、片付け手伝わなきゃ」

「モス」

「───は?」

 お手洗いも済ませて、手を洗ってる最中。ありえない声に振り向くと、私の背後には大柄な男が一人立っている。

 

「きゃ───」

 ここ女子トイレなんですけど。大きな集会所だから男子と女子でトイレ分けられてるんですけど。

 なんでモッス先輩が居るんだ。しかも悲鳴を上げようとしたら口を押さえられる。私は両手を上げて抵抗はしないと首を横に振った。

 

 恐怖で出そうとしていた声も出なくなる。強く押さえられる口は息もし辛い。

 

 

「……静かに。誰かに聞かれたくない」

 突然にモッス先輩はそう口を開いた。喋った事への驚きより、今はただ怖い。

 

 

「だ、だったら離してください」

 少しだけ解放された口元から、私はそんな言葉を落とす。

 すると、モッス先輩は言う通りに離してくれた。危害を加えるつもりはないらしい。

 

 

「ど、どういうつもりですか」

 いきなりお手洗いに着いてきて後ろから襲うなんて何のつもりなんだろう。喋らなければまともな人だと思っていたのに。いや、喋っても「モス」だけど。

 

 

「あの事件の事を知りたいかい?」

 そんなモッス先輩は、唐突に静かな声でそう漏らした。

 

 

 今、なんて───

 

 

「私の居たキャラバン隊の事件の事を知ってるんですか!? いや、でも…… 、あの事件の犯人は捕ま───」

「詳しい事はここでは言えない。誰かに聞かれるかもしれないからね。でもこれは、君の血筋にも大きく関係する話だ」

 この人が何を言っているのか、よく分からない。

 

「血筋? 一体、なんの話なんですか?」

「君が後悔しないと誓うなら、明日資料室に来て欲しい。そこで全てを教えるよ」

 後悔しない? 全て? 

 

 本当に分からない。彼の言葉の意味も、行動の意味も。

 

 

「ちょっと、流石に急過ぎて訳が分からない」

「……君は、優しいよね」

「はい?」

 モッス先輩は私の目を真っ直ぐに見ながらこう続ける。

 

「その優しさを持ったままじゃ、君はいつか死ぬ。だから、君がギルドナイトを続ける気なら、あの事件の真相を知って欲しい」

「……真相、ですか。クライス先輩が嘘を言っているとでも?」

「いや、彼は嘘は言っていないよ」

 嘘は言っていない。なら、もう犯人は───だとしたら、モッス先輩は私に何を伝える気なのか。

 

「ここで、今聞いたらダメなんですか? 自慢じゃないですけど、私そんなに頭が回る人間じゃないんですよ」

「君の覚悟が無ければ話せない。それに、万が一にでも彼に聞かれたら不味いしね」

 彼とは誰の事か。

 

 

 あの事件の真相ってなんだろうか。先輩の言葉通りなら、もうあの事件は解決してる筈なんだ。

 何を隠してる。この人は何を話そうとしてる。

 

 

「私はギルドナイトを続けますよ。……その為の覚悟はあります。それ以前に、私の居場所はクライス先輩の居る所なんです」

「なら、明日の早朝に資料室に来て欲しい。君の覚悟を試すよ」

 そう言うと、モッス先輩はトイレの奥に進んで行った。ここ、女子トイレなんですけど。

 

 

「同時に出ると問題があるから、君が先に出て欲しい」

「なんでトイレなんかで話そうと思ったんですか……」

 そんなに誰かに聞かれたら不味い話なのだろうか。

 

「……モス」

「逃げた……」

 本当に不思議な人だと思う。喋り方以外普通だと思ってたけど、そんな事も無かったらしい。

 ギルドナイトに安地の場はないみたいだ。

 

 

 本当に、なんの話なんだろうか。

 

 

「私の覚悟、ねぇ」

 呟きながらトイレを出ると、出口の方からウェインが歩いて来る。危ない危ない、本当に一緒に出てたら問題だったね。

 

 私は被害者だけども。

 

 

「ウェインもお手洗い?」

「はい、大きい方です。シノアさんはどっちですか?」

「聞くなよ」

 コイツにデリカシーはないのか。

 

 

「そうそうシノアさん」

「ん?」

 トイレに入る前に、思い出したように口を開くウェイン。失言に対する謝罪はなしか。

 

「モッス先輩見ませんでした?」

「───え、えっと……見てないよ?」

 咄嗟に嘘を付いた。ウェインはそんな私の答えを気に止める事もなく「おっと、漏れそう漏れそう」とトイレに駆け込んでいく。

 

 本当になんだったのか。

 

 

 その後は何事もなく、なぜか私より先に戻っていたモッス先輩が片付けを殆ど済ませてくれたおかげで嫌な疲れを残す事なく解散。

 本当に変な人だと頭を抱えた。皆、悪い人じゃないのだかは確かだけども───いや、ファルスさんは微妙にアウトな気もする。

 

 

 帰る頃には日も沈んでいて、私は今日の事を少し思い返しながら歩いた。

 

 

 変人しかいないし、理解出来ないし、正直嫌だけど、それでも今の私の仲間は彼らである。

 アーシェはもう居ない。ハンターとして生きるには、私は人を殺し過ぎた。

 

 

「ギルドナイトを続ける覚悟、か」

 人を殺すのは辛い。今だって、私は夢にも見る。

 一人で居ると殺した人達が私を呼ぶ声が止まなかった。いつも誰かに首を絞められてる感覚がする。

 

 大切な人が呼んでる声もする。

 

 

 私にギルドナイトを続ける覚悟があるだろうか。

 

 

「でも、もう私は独りだから」

 大好きだったお母さんは居ない。家族も居ない。大切だった親友も居ない。

 

 

 私をここまで連れて来たくれたあの人のそば以外に、私の居場所はない。

 

 

 覚悟があるとか、無いとかじゃなくて。覚悟しなきゃいけないんだ。

 

 

 彼が何を話すつもりなのか分からない。

 

 

 でも、覚悟をする為に。

 

 

 私はその話を聞こうと思う。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日の早朝。

 

 

 私は昨日と同じく資料室に向かう為に集会所の奥へ。

 ギルドナイトと偉い人以外は入れないその場所へ続く道は、常に槍を持ったギルド直属の兵士が見張りに立っている───筈なんだけど。

 

 

「あれ? 居ない」

 何故だろうか、今日に限って見張りの人が居ない。

 

 

 不自然に思いながらも、私は資料室に向かって歩いた。

 よく分からない不快感。不安感。不信感。

 

 

 嫌な予感がして、嫌な感じがして、嫌な臭いがする。

 

 

 何だろうこの匂いは。最近良く嗅ぐ匂いだ。

 

 

 

「匂いもここから……」

 匂いを感じるのは資料室から。なぜだろうか。どうしてかこの匂いを私は思い出せない。

 ドアノブに手を伸ばす。足元で音がした。変な音。足元が赤い。この赤い液体は何だっただろうか。

 

 

 ドアを開ける。匂いが強くなった。

 

 

 

「……なんで───」

 視界に映った───赤。

 

 

 

 なんでこの匂いを忘れていたんだろう。

 

 

 

 なんで私がこの匂いを忘れる事が出来たんだろう。

 

 

 

 この匂いに慣れてしまったからか。

 

 

 

 この匂いを許してしまったからか。

 

 

 

 

 この匂いで身体を染めてしまったからか。

 

 

 

 

 

 

 スーツから、赤い液体が地面に滴る。

 

 

 

 

 

 

 生臭い匂い。粘り気のある液体。

 

 

 

 

 

 

 人の()が資料室に池を作っていた。いまだに流れ出している血流が私の靴を濡らして、後ずさった私は滑って腰を抜かす。

 

 

 

「なんで……」

 なんでこんな事に? なんで? どうして? 

 

 

 分からない。意味が分からない。なんでこんな所で。なんで貴方が。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「先……輩……?」

 赤く濡れた翠色のスーツ。その中心───胸元に突き刺さったガンランスから流れる血流。

 

 

 

「モッス先輩……?」

 そこに居たのは、もう二度と動く事のない肉塊だった。


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