とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【八章一節】私の居場所

 ギルドナイトという人達を知っていますか? 

 

 

 

 

 少し狭い資料室。外は昼間の筈なのに、ランプの光だけが照らす薄暗い部屋。

 そこで資料を一つ一つと手にとっては、私は流し目で文字を読んでいく。

 

 ここはタンジアギルドの重要書類を管理する部屋だ。

 ギルドの偉い人と、私達ギルドナイトだけが出入りを許されたこの部屋は、集会所の奥にこっそりと小さく設置されている。

 

 

 私は今そこで、とある事件の事について調べていた。

 

 

「十年前、山賊によるキャラバン隊の虐殺事件───これだ!」

 机にばら撒いた資料の中から一つの見出しを見付けて、私はその続きを食い入るように読み始める。

 私が探していたのは、あの時の───私の家族が殺された時の事件の事。

 

 

 十年前、キャラバン隊が運悪く山賊に襲われた。

 ギルドナイトの一人が駆け付けるも、生き残ったのは少女が一人。

 家族を殺されて身寄りをなくした少女は当事件を担当したギルドナイトが保護。

 

 犯人は未処理。

 

 

「未処理。逃げられたって事? 十年前の事件だし、そりゃそうか……」

 私は資料を畳むと、それを元あった場所に戻す。

 

 あの事件の事を調べて、あの時母親を殺した犯人を見付ける事は出来ないだろうか。

 そう思ってこの資料室に足を運んだんだけど、結果はこの通り収穫なしだった。

 

 

 強いて収穫をいうなら、クライス先輩はあの頃からギルドナイトだったって事を初めて知った事くらいか。

 あの頃の彼は今の私より少し若いくらいの年齢の筈だけど。やっぱりあの人は凄い。

 

 

「クライス先輩に聞いてみるしかないかな……」

 先輩が覚えているとは思えないし、そもそも顔が見えた犯罪者を先輩が逃す訳がないけれど。

 私の母の仇の手掛かりは先輩しか居ないんだ。ダメ元でも聞いてみるしかない。

 

 

 資料室から出て、扉を閉める。この部屋は普通の人は立ち入り禁止だけど、表にギルドの兵隊さんがいるからこの扉自体の施錠はない。

 それだけ兵隊さんの信頼が厚いという事だろう。

 

 

「やーやー、シノアさん。こんな所にいたんですね」

 振り向こうとすると、聞き慣れたそんな声が聞こえてきた。

 振り向くと、ベージュ色のスーツを着た私より頭一つ背の小さな同僚が視界に映る。

 

 

「ウェイン?」

「どもども。いやー、まだ昼間なのにシノアさんを呼びに行ったら家に居ないんですもん。ドドブランゴが脱走した!? と、内心大騒───嘘です。……アレです、心配してしまいましたよ」

 帽子を取って整えられた黒い髪を見せる童顔の青年は、私が拳を振り上げた瞬間真剣な表情でそう言った。

 彼はどこまでが本心か分からない。これも慣れてきたし、今ではこんな関係が安心するようになっている。

 

 それで良いのかは、さておき。

 

 

「ちょっと調べたい事があって。それで、何か用? 仕事?」

 目を細めて私は彼にそう問い掛けた。

 

 人を殺す仕事だろうか。

 

 

 

 嫌でないかと言えば嘘になる。

 

 

 人が死ぬのを見るのは辛い。

 

 

 人を殺すのは苦しい。

 

 

 助けられないのはもっと苦しい。

 

 

 自分がやっている事が正しいか分からなくなるし。

 

 

 それでも私はそれを正しいと信じるしかない。

 

 

 殺されない為にも殺すしかない。

 

 

 

 それが、ギルドナイト。

 

 

 私達は───なんだろうか。

 

 

「いえ、今日はちょっとギルドナイトでパーっと飯でも食べようって話になりましてね。七人しかいないんですけど」

 仕事じゃないと聞いて安心した後、よく考えれば逃避したい現実が目の前にあった事に私は絶望した。

 

 

 またあの変人の巣窟に連れて行かれるのか。

 

 

「きょ、今日は忙し───な!?」

「強制参加です」

「七人しか来ないくせに!!」

「シノアさんの歓迎会なんですから。あ、焼肉ですよ」

「その誘い方はズルい!!」

 そんな事言われたら着いていくしかない。

 

 歓迎会を開いてもらって、本人が出ないなんて失礼だろう。決して焼肉に目が眩んだとかそういう事じゃない。

 

 

 そんな訳で、私達はギルドナイトが間借りしたシー・タンジニャの特別席で焼肉パーティをする事になった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 勢い良く立ち上がった赤髪の男が声を上げる。

 

 

「んじゃ、お前ら。飲み物持ったなー?」

 赤いスーツは着崩され、目元が髪で隠れた彼は口角を吊り上げ、タンジアビールの入ったジョッキを天井に掲げた。

 

 

「かなり遅くなったがシノアの歓迎会やるぞ。今日はギルドの奢りだ盛大に赤字にしてやれぇ!! カンパーイ!!」

 先輩の声と共に、集まったギルドナイト七人がジョッキと声を上げる。

 私とウェイン、あと青色のコートを着た青い髪のフルートはお酒が飲めないのでジュースだ。

 

 

「か、かんぱい」

 フルート・アイジン。左目に眼帯をしたウェインより幼い見た目の彼はドMらしくて、私は苦手。

 でも一応同僚だし、無視するのは良くない。一応同僚だし。一応。

 

「うん、乾杯」

「お、遅れたけど。……ギルドナイト着任、おめ、おめでとう。これから、よ、よろしく」

 おどおどとしながらも、しっかりと挨拶してくれるフルート。

 初めてあった時はもう関わりたくないと思ったけど、なんだ良い奴じゃないか。

 

 

「うん、ありがとう。これから宜しくね」

「う、うん。ふ、ふひっ、いつでも殴ってくれて良いよ!」

 前言撤回。関わりたくない。

 

 

「だからフルちゃんは他人と関わっちゃダメだって。おち●ちん切り取るわよ?」

 そう言いながらフルートの首を掴んで遠くにやるのは、もう一人の同僚ファルスさん。紺色のスーツに背中まで伸びた茶色い髪。

 スタイルも良くて頼りになりそうなお姉さん的な感じだけど、今の爆弾発言通り趣味が男性器集めの変人である。関わりたくない。

 

 

「シノアちゃん、乾杯しましょ乾杯。大丈夫、私は女性には無害よ」

「そ、そうだと嬉しいです。か、乾杯」

「ふふ、可愛いわね。切り取りたくなっちゃうわ。乾杯」

 今なんて言った。切り取りたくなるとか言ったかこの人。私の何を切り取るつもりだ。

 

 

「ほら遊んでねーで肉焼け肉! モッス、出番だ」

 焼けと言いながら全ての肉をモッス先輩に渡すクライス先輩。

 翠色のスーツを着た大柄な彼は、いつも通り「……モス」と一言だけ返事をする。

 

 見た目に似合わず器用な手付きで肉を焼き始めるモッス先輩。

 変人揃いのギルドナイトの中では意思疎通が難しいだけで、彼が一番マシな気がした。その時点でおかしいけど。

 

 

「うふふ、私ソーセージが食べたいわ。ていうかソーセージしか興味ないわ。大きくて太いソーセージを焼いて頂戴」

 目が血走ってるよこの人。辞めて、あなたがソーセージとか言うともうアレにしか思えないから辞めて。

 

「……モス」

「あら大きなソーセージ。ありがとう、モッスちゃん」

 モッス先輩にソーセージを二本貰ったファルスさんは、意気揚々と私の前に来て一本を私に手渡してくれた。

 

 

「シノアちゃんも食べる? ()()()()()

「あ、あは、はい。貰います」

 これはソーセージ。これはソーセージ。これはソーセージ。

 

「……んっふぅ。ペロペロ。……大っきなソーセージ、こんなの奥まで入らないわ」

「辞めて! 食べれなくなるから辞めて!」

「え? なんで? くすくす。可愛いわねシノアちゃん」

 可愛くない。貴女がおかしいだけだ、とは流石に言えない。

 

 

「一口じゃ食べれないから噛み千切って仕舞えば良いのよ」

 そう言いながら、豪快にソーセージを噛み千切るファルスさん。

 ウェインが股間を抑える。フルートは何故か喘いでいた。辞めろ。

 

 

「ほら、シノアちゃんも食べなさいな」

「あ、私ソーセージはやっぱ良いです」

 貰ったものを返して、私は焼肉を焼きに行く。自分の糧は自分で焼こう。

 

 

「いやぁ、肝が冷えるねぇ」

「アレどうにかして下さい先輩」

「アレさえ無ければ普通の奴だから、仲良くしてやったらどうだ?」

 いや、そのアレがキツい。

 

「あ、モッス先輩私も焼きますよ」

「……モス」

 相変わらずなんて言ってるか分からないけど、肉の乗った皿を半分渡してくれるモッス先輩。

 人語は理解出来てるし、偶に喋るのになんで普段はそうなの。それでもマシに思えるからここは怖い。

 

 

「待てモッス、シノアに肉は渡すな」

「なんでですか!」

 先輩が酷い。

 

「シノアは絶対に焦がす。注意して見てても焦がす。なんか物理法則を捻じ曲げて絶対に焦がす」

「そこまで言いますか!? そこまで言うんですか!? 良いですよやってやりますよ!?」

 流石に失礼だ。私だって肉を焼く事くらい出来る。

 

 

 

「ほら見ててください、ほら。もう少しかな? いや、火が弱い。……あれ? このくらいか」

 モッス先輩から奪った肉を網に置き、私はその肉をゆっくりと育てていった。

 そうして、頃合いを見てひっくり返した肉の表面は程よく───

 

 

「ほらみろ」

「……モス」

 ───真っ黒になっていた。

 

「なんで!? も、もう一度チャンスを!!」

「っせーよ! その肉誰が処理すんだバカ」

 酷い。私がせっかく先輩に肉を焼いてあげようと思ったのに。

 

 

「うぅ……」

「まぁ、俺が食うけどな」

 真っ黒になった肉の裏面を綺麗に焼いてから、先輩は私が半分焦がした肉を口の中に放り投げる。

 あ、そんな。私の失敗作を。私が食べようと思ってたけど───

 

「まっず」

 しかし、この言いようであった。

 

 

「うぅ……」

「ま、誰しも得意不得意はあるだろ。だがな、食べ物を粗末にすんな」

 そう言いながら私の頭を小突くクライス先輩。なんだか懐かしくて、私は「ふふっ」と笑う。

 

 昔からよく肉を焦がしてはこうして怒られてたっけ。

 そういう所はギルドナイトになっても変わってない。私はただ、この人に着いて行くだけだ。

 

 

「ほら、焼け焼け。シノアも気が済むまで焼け。俺が食ってやるからよぉ」

「師匠……。は、はい! 頑張ります!」

「い、いや、そこまで張り切るな」

 全然信頼がない。

 

 

「あんた、それでも女なの? 女なら肉くらい焼けなきゃダメよ」

 そう言いながらタンジアビールのジョッキを勢いよく机に叩き付けるのは、フリフリの付いたピンクのスーツを着たオネェ。

 筋肉質な身体つきにパックリと空いた胸元。赤のメッシュが入った紺色の髪をサイドテールにした彼はアキラ・ホシヅキ。

 

 変態女装ゴリラオネェである。

 

 

「いや、アッキーはおと───ぶふぉっ!?」

 先輩が吹っ飛んだ。

 

「先輩ーーー!!!」

「私が女として、肉焼きテクニックってのを教えてやるわ」

 ここでツッコンだら私も吹っ飛ばされる。平和に行こう。私は平和に生きるんだ。

 

 

 こうして私の歓迎会である焼肉パーティーは、良いのか悪いのか賑やかに進んでいく。

 

 

 しかしギルドナイトになってからというもの、なんだか人間関係が世知辛い。ただ、今はそれもなんだか良いのかなと思うようになってきた。

 

 私の居場所はここなんだって、思えてきたんだ。


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