とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【七章三節】ギルドナイトの先輩

 操虫棍の一撃が、遂にモッス先輩の盾を弾いた。

 

 

 密猟者の男は死に体を晒したモッス先輩に向けて、棍を大きく振る。

 対するモッス先輩はカウンター気味にガンランスの引き金を引いた。しかし、密猟者の男は素早く身を逸らしてそれを避ける。

 

 ガンランスの一撃一撃は確かに重い。

 だけど、それを人に向けようとしてもとにかく動きが遅くてどうしても後手に回ってしまっていた。振り回される刃が、身を逸らしたモッス先輩の頬を切り裂く。

 

 

「遅いんだよ!!」

「……モス」

 しかし、モッス先輩の瞳は揺るがない。

 

 彼は砲撃の直後にもう一つ───ガンランスに備えられたもう一つの砲撃を放つ引き金を引いていた。

 

 

 

 竜撃砲。

 飛竜のブレスを模した、ガンランスの奥義。

 その威力は大タル爆弾にも劣らず文字通り竜の攻撃に匹敵する。

 

 ただし発射までの時間と反動が問題で、対人戦で使用しても効果は見込めない。

 回避は見てからでも余裕だ。操虫棍使いの男は、モッス先輩を見下したような顔で後退して竜撃砲の範囲から離れる。

 

 

 同時に空気を吸い込みだすガンランスの銃身。内部に溜まっていく熱エネルギーが漏れ出し、青白い光がガンランスの先端で空気を焼いた。

 

 

 刹那、放たれる爆炎。空気を揺らす熱が砲身の前方を焼く。

 黒煙が舞った。私の視界から二人が消える。

 

 

「貰ったぜバカがぁ!! 死ねぇ!!」

 煙の中から姿を現したのは操虫棍使いの男だった。

 煙と一緒に空気を斬り、何もない空間へと刃を振り下ろした男は「───へ?」と間抜けな声を上げる。

 

 それもその筈だ。そこには確かにガンランスの盾と槍が落ちていて、常識で考えれば持ち主はそこに居て当然。

 煙の中でもその武器だけは見えたのだろう。そこを攻撃した筈なのに、手応えが感じられない。おかしい。きっと男はそう思った。

 

 

 戦いの中で武器を捨てるなんて自殺行為である。それは相手がモンスターだろうが人だろうが関係ない。

 

 

 ───本当に武器を捨てたのなら。

 

 

「……ハンターならば、眼だけで相手を見ない事だ。……君はハンターではないけどね」

 あまり聞き慣れないけど、聞いたことのある声が響いた。

 

 男の背後で両手に二丁の銃を持ったモッス先輩は、男が驚いて振り向く前に引き金を引く。

 弾かれる鉛玉は男の両肩を貫き、騒がしい悲鳴を上げながら倒れた男は地面を転がった。

 

 

「い、痛い!! 痛い痛い痛い痛い!! いぎぎぃぎぃひっ、ひっ、はっ、い、いぎぃっ、いだ、痛い痛い!!」

「……モス」

 ごめん、なんて言ってるか分からない。誰か通訳して。さっき喋ったんだからこういう大切な時は喋って。

 

 

「よくやったぜモッス! そいつは生かしとけよ!」

「余所見をするな!!」

 モッス先輩に声を掛けながら、クライス先輩は振り下ろされる剣を太刀で受け流す。

 そのまま剣を横に傾け、右足を軸に回転斬り。カウンターの要領で薙ぎ払われた太刀を男は盾で受け止めるも、身体を浮かされた。

 

「見る価値もねぇよタコ!」

 その身体を蹴り飛ばすと、なんとか姿勢を保つ男に突進。突き出された太刀を男は直前でガードする。

 ジャストガード───剣による反撃。しかし、クライス先輩は突きから一瞬の間を置いてもう一度突きを放った。

 

 

「な───っぅ!?」

「おいおいおい、押されてばかりじゃねーのぉ?」

 身体を引いて直撃を免れるけど、男は額に冷や汗と共に血流を流す。

 目の前の男が何者か分からない。この男はなんなんだ。

 

 きっと、そんな事を思っているのだろう。

 

 

「何なんだ……何なんだ貴様は!」

「俺かい? あぁ……そうだなぁ。……俺は───俺だよぉ!!」

 振り下ろされる太刀と剣。火花が散った。先輩が押す。

 

 

「貴様に大義はあるか?!」

「大義? んだそりゃ、んなもんある訳ねぇだろ。クソくらえ」

「我々は世界からモンスターを滅ぼし、人々の安全を確保する為に戦っているのだ。貴様のように力を振るい、人の命をなんだとも思ってないような者に、負ける訳にはいかない!!」

「正義面すんなよ犯罪者ぁ! テメェらのやってる事はただの環境破壊に過ぎねぇ。命は平等、この世界は弱肉強食。この世界は強い奴が生き残る。この社会の天辺はテメェらのボスじゃなくてギルドのボスだ。ギルドのボスがお前らを殺せと言ったんだから……お前ら死ぬしかねぇんだよぉ!!」

 大きく薙ぎ払って男を強引に引き剥がすと、クライス先輩は一度太刀を背負った。

 同時に放たれる、まるで獣のような覇気。身体中に纏った覇気が、次の攻撃が最後だと言わんばかりに太刀に集まっていく。

 

 

「大技か。ならば答えよう! 我々の正義を掲げ、貴様を討とう! 真剣勝負だ!! 受けて立て!!」

 男は剣を盾に合体させると、刃の付いた盾を回転させた。あの回る刃で勝負に出るつもりなのだろう。

 

「良い根性だねぇ! なら俺も全身全霊で大技を出してやる。来いよぉ!! 力比べといこうぜぇ!!」

 太刀に手を掛かるクライス先輩。

 

 

 一瞬だけ世界の時間が止まる。動いているのは斧に変形し刃を回すチャージアックスだけだ。

 

 

 

 先に動くチャージアックス使いの男。

 

 全身全霊をかけた自らの得物を振る表情は真剣な物。

 そして多分、クライス先輩は笑ってたんだと思う。

 

 

「死ねぇぇえええ!!!」

「───バーカ」

 手に掛けた太刀が振り下ろされる───事は無かった。

 

 まるで大剣の腹で攻撃をガードするかのように()()()()()()()

 怖じ気付いたとでも思ったのだろう。男はそのまま斧を先輩に向けて振り下ろした。

 

 太刀の腹と斧が合わさった次の瞬間。弾かれるように振り下ろされた太刀が男を両断し、血を垂らす。

 

 

 

「───ぇ」

 きっと男の視界は()()真っ二つに割れていたに違いない。

 理解出来ないといった表情の顔の真ん中に亀裂が入り、男は右と左に分かれて鮮血を吹き出した。

 

 

 鏡花の構え。

 攻撃をいなし、その反撃として敵を一閃する太刀の狩技。要するにカウンターである。

 

 

 

 真剣勝負だの、力比べだの言っていた男はきっと意識を閉ざす前にこう思ったに違いない。

 

 

 卑怯だ、と。

 

 

 

「テメェらの勝負に付き合ってられるかよ。無駄な正義感を抱いたまま地獄で吠えてな真面目ちゃん」

 太刀を背負いながら、モッス先輩に身体を向けてそう言うクライス先輩。

 視界に映る密猟者は一人を除いて全て肉の塊に変わり、眼前は地獄絵図と化した。

 

 

 何も知らないハンターがこの場に訪れたなら、胃の中の物を吐き出してから気絶するだろう。

 そんな非現実的な光景が広がる密林の中で、男が一人大声で叫んだ。

 

 

「な、なんなんだお前らぁ!! ふざけんなよ畜生。なんなんだよなんなんだよなんなんだよ! 俺達はボスの言う通りにしただけだ。モンスターは悪だ。人間の敵だろ!?」

「竜大戦はおとぎ話だぜ? 俺達は同じ生き物よぉ。で、その、お前の言う敵を使ってモンスターを殺してた───どうしようもなく救えないバカはどこだ?」

 彼等の言い振りからして、この場に彼等のボスは居ないのだろう。

 洞窟の中に潜んでいるか、またはこの状況から不利を察して逃げていったか。

 

 

 そういえば、イビルジョーはどこだ。

 

 

 

「ひひっ、ひひひ……。そのバカに殺されるあんたらの顔が見たいけど、その前にお前らはアイツのエサになってもらう。流石に食わせなさ過ぎて、暴走しかけてるんだよ」

「何言ってんだ? 頭おかしくなったか。せっかく命だけは助けてやってるんだから、少しは俺達の為になる事を───」

「先輩洞窟の奥です!!」

 黒い靄が見えて、私は声を上げる。

 

 

 

 次の瞬間洞窟の奥から黒い何かが三人に向かって突き進んだ。

 

 

 モッスさんのガンランスの盾に弾かれたソレは空中で弾け、空気に溶ける。

 同時に地面が揺れ、洞窟の中から一匹の竜が姿を現わした。

 

 

 

 

「グォォォアアアアアアッ!!!」

 暗緑色一色の巨体。獣竜種らしい肉付きに、体の割に細い脚と小さな前脚。

 それに比べて横に割けた大きな口は、何もかもを食らう恐暴竜の名に相応しく人々の恐怖を駆り立てる。

 

 そして棘のついたその顎の先から太い尻尾の先までを、黒い靄のような物が覆い尽くしていた。

 まるで黒い雷を背負ったかのようなその姿は、不気味に赤黒く光る無機質な瞳も相まってまるで生き物ではない何かのよう。

 

 

 

「よりによって飢餓ジョーねぇ。いや、食わせずに飼って無理矢理飢餓状態に陥れたな?」

「ふひひっ、そういう事だ。俺達はアレをコントロールしてる。貴様らには出来ないだろ!」

「んな事は聞いてねーよ。……シノアぁ!! 出番だぁ!!」

 言われて私は直ぐに飛び出した。

 

 ウェインと共にクライス先輩の横に並んだと同時に、目の前の肉を見付け口の中に放り込むイビルジョー。

 勿論、それはさっき先輩太刀が殺した密猟者の物。コントロールしてる? この有様で? 

 

 

 

「おおかた極限まで弱らせたイビルジョーに、使う時だけ猟虫で必要最低限のエネルギーを渡していた、とかでしょうね。そしてギリギリで戦わせて疲労したイビルジョーを回収しては、同じ事を繰り返す」

 操虫棍使いの男の周りには猟虫は飛んでいない。成る程、それならイビルジョーをある程度コントロールする事が出来るかもしれないだろう。

 

 

 いや、こんなのコントロールでも支配でも何でもない。

 

 

 竜と絆を深めた訳でも、竜と分かり合ってる訳でも何でもない。

 

 

 

 

 ただ───命を弄んでるだけだ。

 

 

 

 

「ふざけた事を……」

「行くぞシノア。化け物になっちまった、あの可哀想な今回最大の被害者を助ける。……モッスは周りの警戒。ウェインはそのバカを見張ってろ」

「……モス」

「へーい」

 二人の返事と同時に、クライス先輩が駆け出す。

 

 

 イビルジョーの元へ。

 

 その背中は、私がずっと見てきた大きな背中だ。

 

 

 また、二人で狩りが出来るなんて。

 

 

 

「おせぇぞシノアぁ!!」

「は、はい!!」

 言っている間にもクライス先輩はイビルジョーの脚に一太刀を入れる。

 体の割に細いとは言っても人間の胴体よりも太い脚だ。

 

 さっきから簡単に人体を切断していた先輩の太刀も、イビルジョーの硬い筋肉を傷付けるだけに終わってしまう。

 

 

 

 ───グオァァァッ!! 

 咆哮。

 先輩の存在に気が付いたイビルジョーが反転。その大顎を広げ、覆いかぶさるように上から噛み付いた。

 

 

「今楽にしてやる……」

「はぁぁっ!!」

 なんの自信があるのか、突っ立っていた先輩の横を通りながら私は大剣で地面を削る。

 岩盤と共に振り上げる大剣が、降ろされるイビルジョーの頭をカチ上げた。

 

 

「シノアは左行け!!」

「はい!!」

 怯んだイビルジョーの左右へ別れる。二つの剣が同時に両足に叩き付けられるが、イビルジョーは体勢を崩す事なく呻き声を上げた。

 

 身体を回転させて振り払われる尻尾をお互いにいなす。

 二人で並んだところに仕掛けられるタックル。同時にイビルジョーの腹を蹴って跳躍した私達は溜め斬りと気刃斬りをその脚に叩き付けた。

 

 

 

 悲鳴を上げるイビルジョー。

 倒れる巨体。もう何も言わずとも、先輩がどこを攻撃して私がどこを攻撃すれば良いか分かる。

 それだけの時間を私はこの人と過ごしたんだ。私の全てはこの人に作られたんだ。

 

 

 

 全身を切り刻まれても立ち上がるイビルジョーには、生への執着が見て取れる。

 それはさっき簡単に命を散らしていった密猟者達よりも真剣で、生きたいという意志が伝わってきた。

 でも、ごめんね。君が悪い訳じゃない。

 

 

 

 この世界は弱肉強食だから。

 

 

 

 放たれ、薙ぎ払われるブレス。

 私達は同じタイミングで姿勢を低くし、身体を回して地面すれすれを跳ぶ。

 ブレスの進行方向に回転する身体はブレスを受け流し、私達は着地と同時に地面を蹴った。

 

 

 懐かしい感覚。

 

 

 あの頃を思い出す。

 

 

 あの頃が一番楽しかった。

 

 

 今は苦しいけれど。

 

 

 この人と居られるなら、私はそれで良いかもしれない。

 

 

 この人は私の全て。

 

 

 今の私はこの人に作られたんだから。

 

 

 

「いや、流石に人間みたいなアリンコと違って骨が折れるねぇ。……まぁ、負けねーけど? ほいじゃ久しぶりにいっとくかぁ! シノアぁ!!」

「はい、師匠!!」

 この人こそ、私の師であり道しるべなのだから。

 

 

 

「一狩り行こうかぁ!!」

 だから私は、貴方に着いていく。





【挿絵表示】

しばりんぐ様に頂いたファンアートになります。可愛い。

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