飛行船はベースキャンプに着陸する。
ベースキャンプとは、ハンターが狩場で休む為に設けられた空間の事だ。
狩場の近くでも比較的モンスターが入り込んで来ないような場所にテントとベッドを設置。
それにギルドからの支給品を入れる青い箱や納品物を入れる赤い箱が設置されていて、ハンターが利用する為の設備としてギルドが設けている。
ギルドナイトの表向きの仕事は、密猟者の取り締まり、未知のモンスターによる不測の事態の収束を測る事。
今日ギルドナイトに着任する為にタンジアギルドに足を運んだ私は、何も書類上の手続きをせずに先輩にあの飛行船へ連れて行かれた。
そして、着任早々初仕事。船に乗ってる間に書類の書き込みとか仕事の事の勉強とか説明を受けたとはいえ、こんな事で良いのかという気持ちは拭えない。
しかし、それがギルドナイトだと納得するしかないのだろう。
何といっても、忙しそうだし。
着陸した船から降りると、ベースキャンプでは人が二人立って話をしていた。
一人はショウグンギザミの装備を着て太刀を背負った男性。フルフェイスの装備でも男性と分かるのは、女性と男性では装備の作りが変わってくるから。
太刀を背負っている事から、彼が亡くなったオーウェン氏の相方であったガイエン氏だと思われる。
相方が亡くなったというのに、現場に残らなければならない辛さはどの様な物なのか。
きっと、とても辛い筈だ。
その隣に立っているのは先輩のように着崩したベージュ色のコートと羽帽子姿の小柄な少年。
中性的な童顔、ベージュ色の羽帽子の下は短く整えられた黒い髪。そして何故か黒い傘を手に持っている。雨が降っていた訳でもないので、少し疑問に思った。
彼が、先輩のいうウェイン君なのだろうか。
見てみればとても若い少年に見える。見た目だけで言ったら十六歳くらいにも見えなくない。
ただ、確か先輩曰く彼は私と同い年だった筈だ。
「あんな可愛い顔で二十歳か……」
「あんま人を顔で判断しない方がいいぜ?」
先輩は顔のままだけど。
私の第一印象としては、親しみやすそうな青年といった感じである。もしかしたら、やっぱり仲良く出来るかもしれない。
「おーい、ウェイン。どんな感じー?」
「あ、先輩。どもー、どんな感じと言われても、僕もさっき着いたばかりでそこに居るガイエン氏にお話を伺おうとしていた所ですよ」
帽子を脱いで上司である先輩に頭を下げるウェイン君。
まず、常識がある。普通に人の言葉を話している。
これなら私も仲良く出来るかもしれない。良かった、ギルドナイトが全員モッスさんみたいな変な人じゃなくて。本当に良かった。
「あ、あの! 初めまして。私、本日ギルドナイトに着任したシノ───」
「なんて可愛らしいまな板。先輩、この人どちら様ですか?」
は?
「まな……板?」
まな板。
まな板ってなんだっけ。あー、アレか。料理に使うあの平らの───
「誰が平らだって!?」
「え、だって真っ平らじゃないですか。僕ロリコンなんでまな板の女の子好きなんですよね」
「……は?」
落ち着こう、落ち着くんだシノア。
先輩だって仲良く出来るか怪しいと言っていたじゃないか。なんだロリコンって。なんだまな板って。何を言ってるんだこの男は。
「どもー、ウェイン・シルヴェスタです。お名前は?」
「……シノア。シノア・ネグレスタ」
「どうもご丁寧にー。シノアさん? ふむふむ、良く見れば中々の美少女」
まな板って言われた後にそんな事言われても、褒められてるのか分からないけどね。
「綺麗な白髪にハンターとは思えない華奢な身体。良いですねー、僕好みです。しかし何処にソレを持つ腕力があるんですかねー?」
と、私の背中の愛刀を眺めながら眼を細めるウェイン。もう君とか付けない。
ところでその発言は、私の実力を疑っているという事なのだろうか。
確かに私は(身長は高いけど胸は)小さいし、華奢かもしれない。けれど、師匠から貰い受けた技と知恵がある。
こんな、私よりも背の小さい少年みたいな奴に、自分の実力を疑われるのは不愉快だ。
「だったら───」
「だったら?」
「試してみる?」
言いながら、私は愛刀に手を伸ばす。
そのまま寸止めでもして、このガキに私の事を認───
「それをもし振ろうと言うなら……この引き金、引きますね」
「───え?」
愛刀を掴んだ手。それが大剣を持ち上げる前に、彼の手が私の額に向けられていた。
その手には、私がさっき先輩に貰った物と同じ銃が握られている。引き金を引けば、防具を着けてない私の頭が吹き飛ぶ状態で。
「おーい、そこら辺で止めとけ。煽ったお前も悪い」
怖くて崩れ落ちる私と、そんな情けない私を見下ろすウェイン。
彼が落とした帽子を拾って頭に乗せながら、クライス先輩は私達二人を見比べた。
「お前は地面に大剣叩き付けてコイツを脅かそうと思っただけだよな、シノア。でもな、さっきも言ったろ? 人にハンターの武器を向けるなって」
「……は、はい」
「でもやっぱ、お前も悪いぜウェイン。コイツの実力は俺が保証してんだからよ、あんま虐めんなや」
「そう、ですね。むしろ僕が悪い」
そう言うと、ウェインは私に手を伸ばして来る。
その手を取るのはなんだか本当に負けた気がして、私は自分の足で立ち上がった。
「手荒い新人歓迎ですね……」
「そうですか? 僕が入った時はもっと酷い事をされたんですけどねぇ」
作り笑いにも見える爽やかな笑顔が何故か憎たらしさを倍増させる。
あぁ、ダメだ。私この人とは仲良く出来ないかも。
「あ、でも一つ忠告しておきますね」
「……なに?」
「その武器を本当に人に向けたのなら、次は警告なしで撃ちます」
そうとだけ言うと、彼は直ぐに銃を腰に戻した。直ぐにでも引き金を引けば発砲出来る状態で。
「それじゃ、揃った事ですし現場に案内して頂きますかね」
そう言って、ウェインは先輩に乗せて貰った羽帽子の位置を整える。
そんな彼の背後で、ガイエンさんは表情を引き攣らせていた。
そりゃ、相棒が亡くなったというのに目の前で調査に来たギルドナイト二人が仲間割れを起こしたら引くよ。
「お待たせしましたー。現場に案内して頂いても良いですかね? ガイエン・モーラン氏」
「お、おぅ……こっちだ」
ガイエン氏に着いて、私達はベースキャンプを後にする。
「……あれ、ウェイン君なりの忠告っていう優しさだから」
「あの、モッス先輩。いきなり普通に話すの辞めてくれませんか? ビックリするんで」
「……モス」
いや、普通に返事して下さい。
「ウェインなりの……優しさ、ねぇ」
何が優しさなのか、この時の私には理解出来なかった。
渓流。
巨大な樹木が生い茂り、大きな川が流れている狩場。
その他にも洞窟や滝などがあって、見飽きない風景が特徴でもある。
私もここにモンスターを狩りに来た事が、何度かあったり。
最近では、近くにあるユクモ村のハンターとジンオウガの討伐をした。アレは強敵だったな。
「その手に持ってる傘、何なの?」
そんな渓流を歩いている最中。私は先程の蟠りでギクシャクしている関係を少しでも良好にしようとウェインに話し掛ける。
話の題材は、ウェインが手に持って歩いている黒色の傘。
こんな天気の良い日に傘なんて持ってどうするのか。
「え? 傘ですよ?」
傘なの!? ただの傘なの!?
「なーんて、冗談。ここは狩場ですよー? モンスターの世界に
さっきのやり取りはなかった事になっているのか、饒舌に自分の武器に着いて語りだすウェイン。
しかし仲間、か。認めてくれてはいるのだろうか。
案外、さっきモッス先輩が言っていたのは間違いでもないのかもしれない。
「あれ? 内緒って、ガイエンさんに聞かれてるよ? 多分」
「あー、それなら大丈夫」
何が大丈夫なのか。
「つ、着きました。……此処です」
ウェインと話している間に、私達は現場に到着。
辿り着いたのは、洞窟の入り口があって滝が流れるエリア。
滝の音と舞い落ちる紅葉が風情を感じさせる場所なのだけど、エリア中央には二つの肉塊が倒れて居た。
一つは大型のモンスターの物。
牙獣種、アオアシラ。
青い色彩の毛皮に、背中を守る甲殻が特徴的なモンスターである。
そんなアオアシラは、身体中を赤く染めて地面に倒れていた。ガイエン氏とオーウェン氏が倒した個体だと思う。
そしてそのすぐ側に、俯せになって倒れている人の遺体。
サザミ装備に身を包む男性。防具を着けていない後頭部には、モンスターの鱗が一枚突き刺さっていた。
これは、セルレギオスの鱗だろうか。
だけどなぜか、本当に理由は分からないけどなぜか違和感を感じる。
「オーウェン・ブライド。二十七歳。武器はヘビィボウガン、合ってるか?」
クライス先輩は横たわる遺体の前にガイエンさんを引き連れて近付き、彼にそう確認を取った。
フルフェイス装備で表情を読み取る事は出来ないけど、きっとその奥は悲しみで満ちているのだと思う。
私も、ハンターをやって来て仲間が死ぬ事もあった。何度か、あった。
でも、その全てがとても悲しかった。悔しかった。彼の気持ちが分かるとまでは言わないけど。
でも、こんな事苦しいに決まっている。
「……はい、間違いなく……オーウェンです」
「そうか、ありがとう」
クライス先輩は軽く返事をすると、帽子を取ってそれを胸に置き、眼を瞑った。
そうした後、彼は私達にも同じ事をする様に目で諭す。
俯せに倒れる彼の後頭部に突き刺さる金色の鱗。多分、即死だったのではないだろうか?
間違いなく、これはセルレギオスの鱗だ。この渓流にセルレギオスが生息しているなんて情報は聞いた事がないけど。
ただ、私はセルレギオスと一度戦った事がある。そして剥ぎ取った素材で使ってなくて今も自宅のアイテムボックスに眠っているセルレギオスの鱗。
私の記憶のその鱗と、オーウェン氏の後頭部に突き刺さっている鱗の形と色が一致している事から、間違いなくそれはセルレギオスの物だと分かった。
セルレギオスは刃鱗と呼ばれる刃物のように鋭い金色の鱗を、自らの身体から飛ばして攻撃するモンスターである。
彼はその攻撃の餌食になってしまったんだ。背後からの不意打ち。悔しいと思う瞬間もなかったと思う。
故オーウェン氏。資料にはとても優秀なハンターだったと記載されていた。
彼がこれからする筈だった活躍を想い描くと、ただただ悔しい。
モッスさんも横に並んで、多分後ろから付いて来ただろうウェインも一緒に少しの間黙祷を捧げる。
「……安らかに眠れ───」
私が眼を開いたのは、ウェインの声が聞こえた時だった。
常識のない人だと思っていたけど、そういう事はちゃんと出来るのだと安心したのも束の間───
「───アオアシラ」
彼はよく分からない言葉を口にする。
目を開くと、ウェインは亡きオーウェン氏───ではなくアオアシラの死体に黙祷を捧げていた。
「ウェイン……? あの、えと、オーウェン氏に黙祷、は?」
「え? その人に? あっはは、ノンノン、ナンセンス。なんで?」
こっちが聞きたいんだけど!! なんで!?
なんで!! あなたは!! モンスターに黙祷してるの!!
「あ、あはは……」
ガイエンさんドン引きだよ。
「死んだ理由も分からない人間に黙祷捧げてどーすんですか。その人がそれで満足するとでも? きっとオーウェンさん、真上で君達の事恨んで見てますよ? 俺を殺した犯人をとっちめてくれないと成仏出来ないぞ、って」
右手人差し指で自分のこめかみを突きながら、人を小馬鹿にした様な表情でそう言うウェイン。
ちょっと待って。何を言っているのか分からない。
「あの……オーウェン氏は、アオアシラ討伐後に乱入して来たセルレギオスによる攻撃で致命傷を負ったと資料に……。そうですよね、ガイエンさん」
「あ、あぁ。……そうだよ」
そんな事は、見れば分かる。
彼の後頭部にはセルレギオスの鱗が突き刺さっていて、どう見ても即死の致命傷だ。
彼は、何を言っている。
「それじゃ、現場検証ってかもうそれは終わったんで……事情聴取行ってみますか」
ウェインが何を考えているのか、分からない。
「あ、あのさ……俺はもう、帰って良いかな? 相棒が死んでさ……辛いんだよ。村の皆にも……伝えなきゃ、だろ?」
震える声で、ガイエンさんはそう漏らした。
そうだよね、辛いよね。ギルドナイトの仕事に巻き込んでしまって、申し訳がない。
きっと、フルフェイスの下はとても辛そうな表情をしているに違いない。
「あ、はい。そうですね。後の事は私達に任せてガイエンさんは村に───」
「帰って良い訳ないじゃないですか」
「「ぇ」」
ウェインの言葉に、私とガイエンさんは言葉を失う。
何故。
どうして相棒を、友人を亡くした人をこれ以上苦しめるのか。
彼をこれ以上此処に引き止めるなんて、そんなのはただ酷なだけだ。
「ガイエン氏、少しばかり質問させて頂いても宜しいでしょうかね? いや、少しと言わずとも貴方の答え次第では何個か質問しなければならないのですが」
また、こめかみを指で突きながらガイエンさんに話し掛けるウェイン。
彼が何を言っているのか、よく分からない、
「ちょっとウェイン!」
「はいそこー、素人新人は黙る」
は?
「先輩!」
「お前は後輩なんだから、先輩の言う事は聞いとけって」
クライス先輩まで。
「モッス先輩!」
「……モス」
この人はもう本当になんなんですか。
「質問、宜しいですかね?」
「え、えと……。あ、あぁ……構わないけど」
ガイエンさんはたじろぎながらもウェインの言葉にそう返してくれる。
こんなの、可哀想だ。
なんだってウェインはガイエンさんにこんな仕打ちをするのか。
「あなた───」
そして、ウェインは口を開く。
これは、私がギルドナイトという仕事を───
「───オーウェン氏を殺しましたね?」
───理解した日の出来事。