とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【七章二節】シノア・ネグレスタの師

 大きな洞窟の出入り口に、狩人が三人。

 

 

 商人のキャラバン隊というには物騒な警戒体制だ。

 そもそも本当にそれが商隊としてのキャラバンなら、あんな洞窟に引きこもっているのもおかしな話である。

 

「僕は帰っても良いですかね……。見張りに三人って事は、もし黒なら中にもそれなりにいるって事ですよ」

「良い訳ねぇだろタコ」

「知ってた。でも僕がここで突っ込んでも死ぬだけですよ?」

 頭にチョップを入れられながらも、ウェインは目を半開きでそう抗議した。しかし、それに対してもクライス先輩はもう一度ウェインの頭にチョップを入れる。

 

 

「誰もお前に行けなんていってねぇよ。……シノア、ウェインを守っててやれ。あの三人は俺達で片す」

「え、でも相手は三人ですよ?」

「アホ、相手は三人だけじゃねぇ。洞窟の中に隠れてるのと、もしかしたら周りにも居るかもしれねぇな。三人で突っ込んで囲まれたらどうするよ」

 今日の仕事は、その何人居るか分からない相手を全員殺す事。

 

 

 簡単な話じゃない。

 

 

「良いか? 洞窟の中から何人出てこようが俺の指示があるまで動くな。……俺の言葉は聞けるな?」

 私の額に指を当ててクライス先輩は()()()()()そう言った。

 

 彼の強さは私が一番知っている。

 こうやって私を導いてくれたのは、いつだって彼だったのだから。

 

 

「んじゃ、ウェインの事よろしく。行くぞ、モッス」

「……モス」

 同時に駆け出す二人。直ぐに三人が気が付いて、背負っていた武器を構えた。

 

 

 手慣れた動きでハンターの武器を構える三人は、なんの躊躇もなく狩人の誇りを先輩達に向ける。

 ウェインの言う通り、彼等はキャラバン隊なんかじゃない───

 

 

 

「ギルドナイトか!? おい、お前らやれ!」

 ───密猟者(悪党)だ。

 

 ライトボウガンを構えた男が他の二人に命令する。

 双剣と太刀。人の頭なんて簡単に落とす事が出来る武器を構えた二人が、先輩達向けて走った。

 

 

「おろろぉ、自己紹介する手間が省けたねぇ!」

 声と共に火花を散らし、交わる二本の太刀。その横で展開されたガンランスの盾が、二本の剣とボウガンの弾を止める。

 

「んで、そっちは密猟者様で間違いねぇなぁ?」

「じゃなきゃギルドナイトの制服を見て斬りかからないだろアホが!! しかも正面から来るなんて相当なアホだなぁ!! 殺してくれって言ってるようなもんだぜ!!」

 太刀を逸らして振り上げる密猟者。一方でクライス先輩の太刀は振り抜かれ、下を向いて持ち主は死に体を晒した。

 

「死に腐れアホが!!」

 振り下ろされる太刀。完全に取った───彼はそう思っていただろう。

 

 

「───アホはテメェだタコ」

 崩れた姿勢を利用して先輩は密猟者に肩から体当たり。ゼロ距離を作られた密猟者の太刀は振り下ろす事が出来ない。言い表すならどちらも死に体。

 その時点で決着は着いていた。身体を持ち上げると同時に振り上げられた太刀が密猟者の腹を裂く。

 

 噴き出る鮮血。声にならない悲鳴。

 

 

 それと同時に額に向けられる一本の銃。

 

 

「勝てない相手に正面から行く奴の方が相当なアホだ、冥土の土産に持ってきなぁ!」

「ちょ、待───」

 言い終わる前に引き金を引かれた銃は、鉛玉を発射し密猟者の頭を吹き飛ばした。

 返り血が赤いスーツと髪を濁らせて、糸の切れた人形のように肉の塊が地面に倒れる。

 

 

「テメェよくも───ヴェッ」

 仲間の死に反応した双剣使いは余所見をした瞬間に喉をランスで突かれ、砲撃で頭を吹き飛ばされた。

 

「おいおい嘘だろ……。ひ、ひぃ!?」

 一瞬で二人。仲間の無残な死に方を見た最後の一人は、ボウガンを放り投げて洞窟に逃げて行く。

 そのボウガンを構えて相手を見ていれば、もうほんの数瞬だけは生きている事が出来たかもしれないのに。

 

 

「逃がすかゴミ野郎」

 その手から投擲されたのは、目の前の肉塊が握っていた太刀。

 真っ直ぐに進んだ刃は背を向けていた男の足を貫いて、短い悲鳴と共に鮮血を上げた。

 

 

「仲間が必死に戦ったのに逃げるなんて酷い野郎だなぁ、えぇ? それとも仲間を呼ぼうとしたのかねぇ?」

「そ、そうだよ……。くそ! やるならやれよ! 俺を殺したって、もうさっきの銃声で仲間達が来るからな。お前ら二人とも終わりだ!! やるならやっぱ辞めて!! 殺さないで!! あと少しだけ待って!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌───」

 懐から取り出された銃が男の額に穴を開ける。

 

 

「お、その通りだな。おかげで呼んでくる手間が省けた」

 安心も束の間、洞窟の奥からいくつもの防具が擦り合わさる音が聞こえ出した。

 クライス先輩は男に投げて突き刺した太刀を引き抜いて後退。同時にぞろぞろと多種多様な武器を持ったハンターが洞窟から出てくる。

 

 

 いや、あいつらはハンターなんかじゃない。

 密猟者───犯罪者だ。

 

 

「やーやー、手荒い歓迎だねぇ。死にたい奴から前に出なぁ! 遊んでやるよぉ!」

「バカが。全員でかかれ!」

 ユクモ装備で、猟虫を連れていない操虫棍を持った男が声を上げる。

 挑発するクライス先輩に向かってくる四人の密猟者。控えているヘビィボウガンを構えた女が二人、先輩達に筒先を向けた。

 

 その後ろにもまだ数人控えているというのに、クライス先輩からの指示は出てこない。

 なら、私はここで待機だ。私の知っているクライス先輩は───師匠は、火竜の番に囲まれようが炎の王とも呼ばれている古龍の番に囲まれようが一人で相手取るような人なのだから。

 

 

 その炎の王。炎王龍(テオ・テスカトル)の素材を使って作られた太刀で発射された弾を弾きながら、彼はそれを真上に投げる。

 投げられた太刀に視線を釣られた一人の喉元向けて投げられる、現地調達のもう一本の太刀。

 

 落ちてきた自分の太刀を拾ってから突貫。投げて突き刺さった太刀を引いて頭を落とすと、先輩は姿勢を低くして片手で構えた両手の太刀を横に傾けた。

 

 

 

「ほら行くぜぇ、ちゃんと見とけよそこの双剣使い!!」

 語ると同時に右足を踏み込んで身体を回転させるクライス先輩。

 身の丈よりも長い太刀が一緒に回転し、目の前で大剣を振り下ろそうとしていた男の腹を二本の太刀が順に切り裂く。

 

 血飛沫と悲鳴が上がった。しかし悲鳴は次の瞬間途切れる。

 もう一回転。身体を下半身と上半身と頭の三つに分けた大剣使いが地面に倒れた。

 

 

「ほらもう一丁!」

 三回転目。双剣使いの剣を弾いたクライス先輩は、姿勢の崩れた双剣使いを蹴り倒し、その喉元に拾った方の太刀を突き刺す。

 同時に襲ってくるガタイの良いハンマー使いの攻撃を太刀で()()()、襲って来た男の首を掴んで持ち上げた。

 

 放たれたボウガンの弾は持ち上げられた男の身体に穴を開ける。そうして用済みになった肉塊の盾を、彼は横から回り込んでスラッシュアックスを振り回す密猟者向けて投げ捨てた。

 

 

「悪いなぁ、こっちは弾切れでさぁ。ギルドナイトっぽく銃で殺す事が出来ないんだよ」

「くっそ、おい邪魔だデブ退けよ!!」

 ハンマー使いの死体に潰されたスラッシュアックス使いの男が、必死の形相でその死体を退ける。

 やっとの事で開けた彼の視界に映ったのは、ボウガンの弾を太刀で弾いた血濡れの悪魔みたいな人の姿だった。

 

「仲間を邪魔者にするのは頂けねぇよなぁ……?」

「ちょっと待て、今───」

 転がる首。その先で密猟者達は足を震わせる。

 

 

「な、な、な、何してる!? 早くあいつを殺せ!!」

 指揮を取っている男が声をあげると、止まっていたヘビィボウガン二丁がやっと弾を発射した。

 外れた一発を無視して、一発をイナシ、前に進む。そんな先輩を止めんと出てきたランス使いが、突進を仕掛けた。

 

 

「おせぇんだよ、テメェはカメか?」

 ランスをイナシ、盾に蹴りを入れる。しかしランスの頑丈な盾で姿勢を崩す事なく、ランス使いは直ぐに攻撃の姿勢に身体を固定した。

 盾を構えながら突く。ランスの基本的な攻撃。それを全て弾いた先輩は、太刀を構えて振り下ろす。

 

 

 盾が太刀を弾き、火花が散った。ランスの盾はモンスターの攻撃だって防ぐ物だ。人間の攻撃ではビクともしない。───人間の攻撃では。

 

 

「そこで固まってろカメさんよぉ!!」

 振り下ろした太刀を、右に左に、上に下に、クライス先輩は軽くて重い一撃をまるで舞うように連続で繰り出す。

 もはや人間の業じゃない。アレじゃまるで片手剣だ。そして太刀ではありえない連撃に、ついにランスの盾が弾かれる。

 

「やっと甲羅から顔出したなカメさん。そいで───」

「……っひぃ!?」

「───さいならだ」

 突き刺し。ガードの切れたランス使いの身体を突いた太刀を、クライス先輩は横に引いた。

 鮮血と共に糸が切れるランス使い。しかし持ち上げられたその身体に、大量の穴が空く。

 

 

「もうあいつは死んでる。ほら良いから散弾を撃つんだよ!!」

「は、は、はい!!」

 ヘビィボウガンから銃弾が放たれた。

 

 発射後四方に細かく分散する弾はモンスターに対して少量のダメージを幅広く与える物だが、人間からしてみれば全て致命傷になりうる弾が前方から広がって来るような物である。

 そんな物を前に仲間がいるのに撃たせた男はさぞ満足そうにこう呟いた。

 

 

「その肉塊がいつまで持つかな? ほら、蜂の巣にしてやれ!!」

 放たれる散弾。盾にしていた元ランス使いが文字通り蜂の巣になり、肉塊と化す。

 

 防ぎ切れなかった弾がクライス先輩の頬を掠め、赤い液体がその顔をなぞった。

 

 

 

「……救えないねぇ」

「救えないのはお前だぜ。もうその肉塊は使い物にならないだろ。散弾をイナシで避けられる物かよ。……さぁ、終わりだ。撃て!!」

 左右の女二人がトリガーを引く。次の瞬間、クライス先輩は肉の塊を放り出してソレを踏み付けた。

 飛び上がる身体。彼の真下を通り過ぎた散弾が肉塊をバラバラにする。

 

 

「嘘……跳んだ!? ひぃ!?」

「可愛い顔してんのに勿体ねぇなぁ……。なぁ、嬢ちゃん───良い顔で死ねよ?」

 そう良いながら真正面に着地した先輩の拳が、女の顔を地面に叩き付けた。次の瞬間、鼻の潰れた()良い顔だった頭と身体が二つに分かれる。

 

 

「ひ、ひぃ!? なんだお前!? ば、化け物ぉ!!」

「おのれ……っ!!」

 指揮を取っていた男は走って洞窟の中に逃げようと走った。その背後からヘビィボウガンを先輩に向けるもう一人の女。

 

 

「そのバカ逃すなよ、モッス!」

 クライス先輩は言いながら太刀を地面に滑らせた。岩盤ごと削る太刀は、火を吹き上げながら地面を抉り取る。

 

「な───ゔぁ!?」

 振り上げた衝撃で、巻き上がった岩盤や石を全身に打ち付けられる女。怯んだ彼女が、振り上げられた太刀でボウガンと首を落とされたのはその刹那だった。

 

 

 

「あ、悪魔か……なんでこんな事になんでこんな事に。あ───ひぁぁ!?」

「……モッス」

 逃げ去る男の目の前に突然現れたのはモッス先輩。構えられたガンランスが、煙を吐きながら男に向けられる。

 

 

「ふ、ふざけるなよ……。俺達は人々の為にモンスターを殺してるんだ…………何も悪いことなんてしてない!!」

 良いながら男は操虫棍を構えた。機動力のないガンランスに、攻撃範囲も機動力もある操虫棍は有利に見える。

 先輩はともかくモッス先輩は危険な状況だ。助けに入った方が良いかもしれないけれど、私はなんとか思い留まる。

 

 先輩を信じて。

 

 

 

「あと一人になっちまったけど、どーするよ。命乞いをしたら両手足と……そうだな、首を切断するだけで許してやるぜ?」

「ふ、まるで悪役だな。だが俺はお前達がさっきまで遊んでいた雑魚とは違うぞ」

 一方で洞窟の前に居た密猟者はチャージアックスを構えた一人のみとなっていた。

 先輩だけで五人以上殺している事になる。自分があそこにいたらと思うと、少し手が震えた。

 

 

 

 これがギルドナイトの仕事。

 人の命を裁く仕事。

 

 

 

「そっちはまるで小物のセリフだなぁ!!」

 振り抜かれる太刀。密猟者はそれを盾で受け流し、剣を先輩へと向ける。

 

「甘い!」

「どっちが?」

 瞬時に捻られる身体。地面すれすれを跳んで反撃を避けた先輩は、姿勢を直すと同時に太刀を振り回し大きく弧を描いた。

 突き出される盾。しかし、弾ける筈の火花は散らずに太刀が弾かれる。それと同時に突き出された剣を、先輩は太刀を強引に引き戻してイナシた。

 

 

「ジャストガードとはやるねぇ!」

「貴様何者だ……」

 何者か。

 

 私の師匠が何者か。彼がブレイヴスタイル(イナシ)ブシドースタイル(ジャスト回避)も、エリアルスタイル(跳躍)も出来るのは何も不思議には思わない。

 当たり前だ。それら全てを私に教えてくれたのは、紛れもなく彼なのだから。

 

 

「はっはっ、強いのはあの男だけかぁ!」

 一方で指揮を取っていた操虫棍使いの男はモッスさんに対して声を上げる。

 身軽な棍を扱う男に対して、重量のあるガンランスでの戦闘は不利だ。

 

 それに、単純に指揮を取っていた事もあって操虫棍使いの男は腕が手慣れている。

 交互に繰り出される刃と棍棒。重いガンランスを持ったモッス先輩は盾で防戦一方だった。

 

 

 たまにの反撃の突きは軽く交わされ、砲撃も当たらない。徐々に後退していくモッス先輩を、男は満足げな表情で攻撃する。

 

 

「俺は死なねぇ! お前を殺して生き延びる!!」

「……モス」

 手助けしようと腰を上げようとした私の肩を、ウェインが掴んだ。

 

 

「……ウェイン?」

「あの人も、ギルドナイトですよ」

 その言葉には何処か深い意味があるとでもいうかのように、彼の声は重く聞こえる。

 

 

 ───私達は、ギルドナイトだ。


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