とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

28 / 41
【七章一節】リオレイアの死体

 タンジア集会所裏。

 

 

 仕事を終えて帰還した私達を待っていたのは、クライス先輩とモッス先輩だった。

 何やら二人が受け持っていた仕事の事で手伝って欲しい事があるとか。

 

 

「先輩、ちょっと聞きたい事があるんですけど」

「あ? なんだ」

 二人に連れられて、ウェインと四人で飛行船に乗り込む。

 

 私はその中で、ふと自分が殺した少女の言葉を思い出した。

 

 

 ──それはこっちの台詞だよ()()。綺麗な白色の髪。あんた王様の子でしょ? それが何? ギルドナイト? 王族がギルドの犬なんかやっちゃってさ───

 彼女は私の事を王族と呼んだけど、私の家は平凡な家だったと思う。

 

 確かに白い髪は珍しい。

 だからと言って私が王様の子供というのはおかしいし、私には両親がいた。両親は違ったけど、妹の髪の毛だって綺麗な白色だったのを覚えている。

 

 

「私の事を王族だって言う人が居たんです。どういう事なんだろうって、疑問に思って……。クライス先輩、何か知りませんか?」

「も───」

「知るかんなもん。頭おかしかったんじゃねーの? ソイツ」

 モッス先輩が何か言いかけたのを遮るように、先輩は目を細めてそう言い放った。

 当のモッス先輩に向けられた先輩の視線はどこか冷たくて、私はそれが怖くて少し黙ってしまう。

 

 

「余計な事考えてねぇで仕事すっぞ仕事」

「は、はい!」

 飛行船は狩人達の間で密林と呼ばれている狩場に到着しようとしていた。

 

 

 船の窓から外を見る私は、先輩への質問をもう一度思い出して首を横に振る。

 気にしても仕方がない事だ。先輩がそう言うのだから、きっとそうなんだろう。

 

 

「ウェイン、どうかした?」

「いえ、なんでも」

 ふと隣に立っていたウェインの顔を覗くと、彼はなんとも言えない微妙な表情で視線をクライス先輩に向けていた。

 

 とにかく、今は仕事をしよう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 クライス先輩とモッス先輩は密猟の疑いのあるキャラバン隊の調査をしていた。

 

 

 その調査の途中で、二人はこの事案が想定よりも大きな物だと確信して私達を呼んだらしい。

 密林を進んで行くと、大地に横たわる一匹の竜を見付ける。

 

 

「リオレイアですね」

「酷いね……」

 その竜は、一眼では雄か雌かすら分からない程に損傷していた。

 鱗や甲殻は全て剥がれ、素材として使えそうな部分は何一つ残っていない。

 

 

 気になる点は、致命傷であろう頭部の損傷。

 

 リオレイアの死体は、頭の半分を何かに食い千切られたような痛々しい姿で横たわっている。間違いなく死因はそれだ。

 他にも翼や尻尾を噛み千切られたような損傷。

 

 

 どう考えても人の手による狩りではない。

 死因や噛み千切られた身体だけを見れば、イビルジョーのようなモンスターに襲われた───と見るのが正しいと思う。

 

 だけど、このリオレイアがモンスターに襲われたのなら鱗や甲殻まで何もかも失っているのは変だ。

 

 

「密猟ですか?」

「見りゃ分かるだろうよ。モンスターにこんな器用な事は出来ねぇだろ?」

 腕を組んでリオレイアを見下ろしていたクライス先輩に聞くと、そんな返事が返ってくる。

 

 

 モンスターの素材を売ってお金にする為の密猟事件。

 ランポスが密猟された事件の事を思い出すと、このリオレイアはやっぱり不自然な点があった。

 

 

「でも、このリオレイアを倒したのは人間じゃないですよね?」

 明らかにリオレイアの死因はハンターの攻撃ではない。

 

 そして、モンスターとの縄張り争いによって致命傷を受けたのなら死体の状態が不自然過ぎる。

 どっちだとしてもおかしい話だ。頭が混乱してくる。

 

 

「勿論、こんな事が出来る人間はいねぇ。……だが、コイツのいのちを貪ったのは間違いなく人間だ」

「ここ数日の調査で同じような死体が何体か出てるんですよね?」

 クライス先輩の言葉に、ウェインはリオレイアを眺めながらそう問い掛けた。

 

 先輩達の話によれば、ここ数日の調査でリオレイアのように身体中の皮や鱗を剥がれて肉塊になっていたモンスターの死体が───見付かっただけでも五体。

 その全てが、今目の前にあるリオレイアのように不自然な死体として発見されたらしい。

 

 

「確かにシノアの言う通り。これを殺したのが人間にせよそうでないにせよ、不自然な点しか残らなねぇ。……が、まさかモンスターを殺した後、相手がリオレイアだろうがババコンガだろうが皮を剥ぐ習性のあるモンスターなんて事あるめーよ」

「ネルスキュラはゲリョスの皮を剥ぐ訳ですが……それは置いといて、飛行船で見た資料の事も含めてそんな変な事するモンスターはいません」

「んじゃ何か、こいつは人間に殺されたって事であってるんだな?」

 先輩達の考えだと、やっぱりリオレイアをこんな無残な姿にしたのは人間と見るのが妥当なようである。

 

 

 

「───しかし、二人が言うように人間にこんな殺し方は出来ません。勿論、モンスターはこんな事しません」

「んじゃなんだ。犯人は人間でもモンスターでもないってか?」

「犯人……というかリオレイアを殺したのは、おそらくイビルジョーですね。アキラさんが纏めてくれた近隣の痕跡情報と、リオレイアの死体の傷からみるにこれは間違いない」

 イビルジョー。別名恐暴竜。

 高過ぎる代謝を維持する為に、常に捕食活動を続けなければ生きていけない危険なモンスターだ。

 獣竜種───いや、モンスター全体の生態系の中でも上位の強さを誇っている。

 

 古龍級モンスターとすら呼ばれている生物で、その呼び方通り存在ら天災にも及ぶ程に生態系に影響を及ぼすモンスターでもあった。

 

 

「例の二つ名、アイツか?」

「だとしたら僕等の命はありませんね。アイツならこのリオレイアを囮にして、呆気にとられてる間にパクり……です」

「だとしてもこれだけ密林を歩いて死体を何体も確認してるが、俺もモッスもイビルジョーを見かけてねぇ。痕跡があろうがモノホンが出て来ないんじゃ分からねぇな」

「考えてください、そもそもこの事件───犯人は人間です。しかし、モンスター達を殺したのは確かにイビルジョーだ」

 クライス先輩が頭を捻っている所で、ウェインは目を細めてそんな言葉を落とす。

 

 つまり、どういう事なのか。

 

 

「そもそも、イビルジョーがリオレイアの死体をこれだけ残しておくなんて、それだけで異常なんですよ」

 ウェインは立ち上がってリオレイアの周りを歩き出した。その視線の先には、リオレイアの食い千切られた尾の先がある。

 

 

「……飼ってやがりますね」

 目を細めて、彼はそんな言葉を落とした。

 

「飼って? まさか───」

「イビルジョーを使ってるって事か」

 彼の言葉に、クライス先輩は呆れたような口調でそう言って顎に手を当てる。

 

 

 イビルジョーを使ってモンスターを殺して、その素材を奪い取っているという事なら───それはいのちを弄んでいるなんて言葉じゃ言い表せない程の行為だ。

 

 

「おそらく十人以上。どうやってるかは分かりませんが、イビルジョーを使って自分達の手は全く汚さずにモンスターを殺している。そして、イビルジョーが殺したモンスターの素材を奪ってるんでしょうね」

「いや、そんな……。でも、あのイビルジョーを操るなんてこと出来るの?」

 私もイビルジョーとは何度か戦った事がある。けれど、あのモンスターは素直に人のいいなりになるようなモンスターじゃない。

 

 

「手綱を握ってるって事だろ。今回は大物だねぇ」

 顎に手を当てたまま、納得したかのような口振りでそういうクライス先輩。

 手綱という言葉の意味が分からなくて、私は首を横に捻った。

 

 

「たとえば、極度に弱らせたイビルジョーを野に放つ。それでもイビルジョーはリオレイアなら倒せてしまう力があるのはシノアさんなら分かりますよね? そしてその後、リオレイアを食べられて体力を回復される前にイビルジョーを捕獲する。イビルジョーはリオレイアとの戦闘で少ない体力を使いきってるから捕獲は簡単な訳です。……それを他のモンスターでも何度も繰り返してる」

「何それ……」

 イビルジョーだって生きている。その命をそんな風に使うなんて───

 

 

「大規模な密猟団とかなら、僕はもう帰りたいですが……」

「まぁ、手に負えない大物が出て来たら一旦撤退して増援を呼ぶだけよ。潜伏先を調べて、俺達の手に負えるようなら───消す」

 クライス先輩がそう言うと、ウェインはにが虫を噛んだような表情でリオレイアの死体を調べ始めた。

 密猟はギルドからしてみれば重大な犯罪。もし、まだ犯人がこの密林に潜伏しているなら───犯罪者はギルドナイトが裁かなければならない。

 

 

 でも、裁くってなんだろうか。

 この銃で撃つ事が、犯罪者の罪を償う事になるのだろうか。

 

 私達はなぜ、犯罪者を殺しているのだろうか。

 

 

「許せねぇよなぁ? あー、これは許せねぇ。命の代償は重いって分からせてやらねぇとなぁ? なぁ、シノア」

 太刀に手を当てながら、クライス先輩は私の顔を覗き込む。

 

 

 そうだ……。命を軽視してる奴は───裁かなきゃいけない。

 

 

 

「で、ウェイン。場所は分かるのか?」

「密林にある洞窟でイビルジョーを乗せた荷車を引いて入れる入り口は限られてますからね」

 そう言ってから、ウェインは自らが目星を付けた場所へと歩き出した。

 

 

 生き物の命を軽視した密猟集団。

 

 

 今回はその殲滅が私達の仕事。

 

 

 

 

 これが───ギルドナイトの仕事。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。