とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【六章二節】同僚の恋バナ

 窓から射す光で目が覚めた。

 

 

 夢を見たのを覚えている。昔の夢だ。

 今となってはそれが悲しい思い出なのか、大切な出会いの思い出なのか、よく分からない。

 

 

「……っぅ。ん、もう朝───」

「昼です」

 私の声を遮る声。眼前で半分閉じた眼を近付けて来るのはエプロン姿の同僚である。

 

 

「───ひゃぁぁ!? なんで居るの!? 鍵は!? はぁ!?」

 家の鍵は閉めた筈。鉄の棒を刺して、中の形が合わないと開かない奴を。

 

「窓の隙間からこうヌッと」

「人間じゃないのかお前は」

「嘘です嘘。勿論こう、細い棒で鍵の穴をチョチョイと弄りましてね?」

 指より細い棒を顔の前に出してからそう言う同僚───ウェイン。

 そんな物で鍵が開くのか。鍵の意味がない。

 

 

「いやぁ、あんなもので不法侵入を防げると思ったら大間違いですよねぇ。お陰様で安心しきってる女の子の家に忍び放題。いや、良いもの見せてもらいました。……シノアさん、下は白なんですね」

「死ね犯罪者ぁぁあああ!!」

「嘘ですよ!! 冗談です!! 何にも見てないです!! 助けてギルドナイト!!」

「……私、ギルドナイト」

「ハハッ、お上手で───ぐふぇぅっ」

 普通に不法侵入だ。

 

 

「ったく、安心して寝れないわ。まぁ、あんたが人を襲うような人間じゃないってのは分かってるからいいけど」

「失礼な……。僕だって性欲くらいありますし、なんなら経験者ですよ」

「は?」

「ん?」

 まさか。そう思って私は布団を抱いてウェインから離れる。こいつ私が寝てる間になにかしたのか。

 

 

「いや、確かに寝てる間に襲いましたけど」

「この獣!! 出てけ!! 私の初めてを返せ!!」

「落ち着いて下さい。誰もシノアさんだとは言ってません」

 そ、それなら良いけ───いや、普通に良くない。

 

 

「私じゃなくても誰かを寝てる間に襲ったとか言った?」

「言いましたね」

「ギルドナイト!」

「僕、ギルドナイト」

「ハハッ」

 こいつを闇に葬った方が良いんじゃないだろうか。

 

 

「落ち着いて下さい、シノアさん。襲ったといっても相手は元カノです」

 なんだ彼女か。付き合ってるなら、確かに。良いのかな? いやダメじゃないか? 

 

 ───ていうか、え? 

 

 

「元カノ!? あんたに元カノ!?」

 この性格破綻者に元カノ? 

 人と話してる時より人を追い込んでる時の方が楽しそうな顔をする、この人としてどうかしてる奴に元カノ。彼女? 

 

「今物凄く失礼な事を思ってませんか? いや、思ってますね? 思ってますよね?」

「そんな事ない。あんたに彼女が出来る訳がないと本気で思っただけ」

「失礼だとすら思ってなかったかぁ」

 だってそうでしょ。

 

 

 あのウェインだよ? 

 

 

 あのウェインだよ!? 

 

 

「で、その元カノは寝てる時に襲われてなんとも言わなかった訳……」

「人の黒歴史を躊躇なく抉ってきますね……。というか興味あるんですか、そういう話」

「べ、別にないわ。ないけど聞きたいだけ」

「あるじゃん」

 ないから。うん。ない。ないよ。ないかもしれない。

 

 

「まぁ、若気の至というか。お酒の力というか。……襲ってる間に相手起きちゃったり、良く分からなくてなんか色々失敗したり」

 話してる間に顔を真っ赤にして俯向くウェイン。この人誰だろう。

 

 顔だけは良いというか、童顔で幼い顔をしてるから、そんな表情をされるとなんというかその───可愛い。いや、こいつ誰だ。

 

 

「で、どうだったの?」

「なんでそんなに食い付くんですか!? 痴女か!? シノアさんも純情な振りして実はなんかあるな!?」

「わ、私は周りが浮かれた話多いから聴く側の人間なだけだし! て、ていうかこの歳なら普通だろ遅いぐらいだわ!! 相手がいないんだよ!! 畜生!!」

「これだからゴリラは」

「話を戻すか死ぬか、選べ」

「喜んで話させて頂きますね!!」

 宜しい。

 

 

 

「勿論付き合ってたので、そのまましました」

「お、おぉ……」

 な、なんで私達はそこそこの歳の男女で男の初体験の話をしてるんだろう。悲しい。

 

「そんで、終わった後に殺され掛けました」

「いや、なんでそうなるの!? やっぱり無理矢理だったんじゃん」

 何してんだコイツ。

 そうか、だから元カノなのか。それで別れたのか。

 

 

「その娘がですね、実は当時ユクモ村の狩人達を次々に殺していた連続殺人犯だったからです」

「───は?」

 突然の急展開に私は間抜けな声を出して固まってしまった。

 

 

 え、なんで? 

 私達、浮いた話をしてた筈なのに。

 

 

「僕がギルドナイトとして初めて調査した女の子は、金髪でちっちゃくて優しくて可愛い、力の弱い女の子でした」

 白髪で小さくなくて優しくなくて可愛くないし力も強くて悪かったな。一部は小さいけどな。

 

 

「クライス先輩に初めて貰ったお仕事は、連続殺人の容疑が掛かった一人の少女の調査。僕は仕事を貰ったその日に少女の調査の為接触、その子は白だと確信しました」

「なんで?」

 ウェインが騙されるなんて。よっぽど頭の回る犯人だったのだろうか。

 

 

「話し掛けたらとても気さくで優しくて、仕草がいちいち可愛いし華奢だし、僕ロリコンだし、プニプニしてるし、可愛いし」

 こいつ今爆弾発言したよ。というかトリップしてない? 愛しの元カノの話してるからか意識飛んでない? 

 いつものウェインはどこ? あの性格破綻者を返せ。

 

 

「で、ここからが問題なんですけど」

 普段の調子に戻ると、ウェインは人差し指を立ててこう続ける。

 

「その子が可愛過ぎて僕は一目惚れしてしまいまして」

 いや、全然普段の調子じゃない。誰だこいつ。

 

 

「クライスさんには調査の為と言ってその子に付き纏ってなんとか交際まで持って行ったんですよ。いっぱいデートしてお酒を飲んだ日に遂に彼女の家に忍び込みました」

「普通に犯罪だよね? 要は家で一人で寝ている女の子の家に忍び込んで襲ったって事でしょ? 怖いから。普通に怖いから」

 頑張った経緯は凄いと思った。でも最後ので台無しだと思う。

 

 

「男は皆獣なんですよ。大丈夫です、()()シノアさんには何もしてません」

「まだ!?」

「話を戻しますね」

 待って、戻さないで。

 

 

「それで襲った後、やっぱり疲れちゃう訳ですよ。初めてでしたし。それで倒れていた僕にね、彼女はこう包丁をブスッと」

 私をゆっくりベッドに押し倒して、手に持っていたペンで私のお腹を突くウェイン。

 この話の流れだから若干身の危険を感じたのだけれど、それはつまり刺されたという事だ。

 

 

「避けなかったの?」

「余りのショックに初めは刺された事すら分かりませんでした。ふふ、もう一回するかい? くらいの浮かれっぷりでした」

 そのまま死ねばよかったのに。

 

 

「ただ、満足そうな彼女の表情を見てやっと我に返った訳です。あー、本当にこの娘が連続殺人犯だったのかって……」

「そっか……」

 なんというか、バカみたいな話し方だったけど実際考えて見たら辛い話だと思う。

 

 

 

 自分が一番大切だと思ったいた人に裏切られたって事なんだから。

 

 

 

「で、初めに言った通り彼女は非力だったので。刺されて弱ってた僕でもなんとか上着に隠しておいた銃を取り出して───バンッ」

 私を起こすと、喉元に銃の形にした手を着けてそう口にするウェイン。

 

 彼は、好きになった人を殺した。

 

 

「……いや、虚しい物ですね」

「ご、ごめん……。私……」

「気にしませんよ。まぁ、同じ穴の狢ですし……シノアさんには経験して欲しくないですね」

 自分の大切な人を殺す、か。

 

 

 ふと、あの日の先輩の言葉を思い出す。

 

 

 ──でもな、シノア。お前はいつか俺を殺すさ。絶対にな──

 

 

 そんな事、絶対にしない。

 何をされたって、私を助けて育ててここまで連れて来てくれたのは、クライス先輩なんだから。

 

 

 

「さて、この話はおしまいです。せっかく作った朝食、もとい昼飯が冷めてしまうので食べといて下さい」

「そういや不法侵入の話から随分とズレてたね。お昼ご飯作ってくれたの?」

「いや、朝ごはんを作ったんですよ」

 それは、なんというか、ごめん。

 

 

 基本的に私は朝起きられないタイプの人間なんだ。ハンターじゃない普通の仕事だったら今頃職を失っていると思う。

 やっぱり私をハンターにしてくれた先輩は正しかった。

 

 

 もうこの際ウェインの不法侵入には目を瞑ろう。というかもう数回目だから、良い加減慣れてしまった。

 

 インナー姿のまま朝食という名の昼飯を食べてから、軽く身支度を整える。

 何も考えずに着替えた姿がギルドナイトのスーツなのだから、私はもうこの格好に慣れてしまったらしい。

 

 後ろの髪を一つにして、出来上がり。

 

 

 

「で、仕事なの?」

「いや、遊びに来ただけですよ」

「遊びに来て不法侵入」

 やっぱり身の危険を感じた。

 

 

「まぁ、ギルドナイト全員集合で仕事の割り振りがあるから昼には集会所の裏に集合って話ですから、その迎えってのもありますけどね」

「あ、そうなの。そっちを先に言え」

 というかギルドナイト全員集合って何。そんなイベントあるの。

 

 

 確か一つのギルドにギルドナイトの定員は十二人。

 私が知ってるのは私を含めたいつもの四人とあのオネェだけだから、他に七人のギルドナイトがいる訳か。

 

 

 

 ───あと七人、変な人がいる。

 

 全員がそうとは限らない、だけどもなぜか確信めいた物が私の中にあった。

 

 

 行きたくない。

 

 

「ちょっと私今日体調が……」

「女の子の日なんですか?」

「張り倒すぞ!」

「……張り倒してから言わないで下さい。てかその元気があれば良いでしょ? 強制参加なんで」

 そんな。

 

 そうして私は、ギルドナイト十二人が揃う私は魔境へ向かう。嫌だ、個性に潰される───

 

 

 

「七人。珍しく全員集まったわね」

 ───そう、思っていた。

 

 周りを見渡しながらそう呟くのは、ピンク色のスーツを着たオネェ。おっさん。

 体格の良い女装したおっさん。アキラ・ホシズキ。その人である。

 

 

「シノア含めて七人か。それなりに増えたな」

 強制参加の筈が、この場には七人しかいない。

 

 そもそもギルドナイトは定員が十二名なのであって、必ず十二人のギルドナイトが常駐している訳ではないらしい。

 私がギルドナイトに着任する前は、六人しか居なかったのだから、仕事の割り振りも大変だったとかなんとか。

 

 とはいえ、私の知らない変な人が二人居る訳だ。

 

 

「モス」

「お、そうだな。シノアの知らない奴も居るし、ちょいと自己紹介もしてもらうか」

「……モス」

 二人で話してるのは、先輩とモッスさん。相変わらずなんで意思疎通が出来ているか分からない。

 

 

「は、初めまして……。僕はフルート・アイジン。……よ、宜しく。ふひっ」

 ふひっ?

 私の知らない二人の内の一人、ウェインより小さな青い髪の男の子が私に話しかけてくる。

 髪の毛と同じ色のスーツを着て、左眼には眼帯をしていた。ちょっと挙動不審だけど、まだ普通の人に見える。

 

 

「うーん……うん、宜しくね。私はシノア」

「あ、あの巷でゴリラと有名なドドブラン───」

 前言撤回。ぶん殴った。

 

「ブビォッ、あんっ! 最高!!」

 は? 

 

 

「気を付けろー、シノア。そいつドMだから」

「は?」

「モンスターに殺されかけても喜んでなんだかんだ死なない。別名不死身のフルート」

「ぐ、ぐふふ、もっと、もっと殴ってくだしゃぃぃ! こんな強烈なのは久し振りでごじゃ、ぶ、ぶひっ」

「う、うわぁぁあああ!? 近付くな変態!!」

 なんだそれ。なんだそれ!! やっぱり変な人しかいない!! 

 

 

「こらフルちゃん、新人を虐めないの」

 そんなフルートの首根っこを掴んで私から引き離すのは、茶髪を背中まで伸ばした女性。

 整った顔立ちに出るとこは出て締まる所は締まる美人といった印象。スーツは紺色である。

 

 

 もう騙されない。見た目綺麗なお姉さんだけどもう騙されない。

 どうせこの人も変な人なんだ。絶対何か裏に隠し持ってるに違いない。

 

 

「い、虐めてない。虐められたいだけ」

「普通の人はあなたに近付かれるだけで虐められてると感じるのよ」

「言葉責めも良い……や、やっぱりファルスさんが一番でしゅ」

「コレは無視して良いわよ、シノアちゃん」

 そう言う彼女は私に手を伸ばしてくる。

 

 

 そう言えば、唯一の同性のギルドナイトだ。アキラさんは違う。アレはおっさん。

 

 

「私はファルス・ノア。一応アッキーやフルちゃんと一緒に主にモンスターの調査を仕事にしてるわ。勿論、裏の仕事もしてるけど」

 笑顔でそう挨拶してくれるファルスさんの手を、私は恐る恐る握った。

 もう誰も信じられないと思ってたけど、この人なら信じても良いんじゃないだろうか? 

 

 綺麗な人だし、お姉さんみたいで優しいし、何より変な言動がない。

 

「よ、宜しくお願いします!」

 決めた。私、ファルスさんに一生付いて行く。

 

 

 

「ついでにファルスの趣味は殺したり狩ったりした男や雄のムスコを切り取ってコレクションする事だ」

 ムスコ……? コレクション……? 

 

「ちょっとぉ、人の事をビッチみたいに言わないでよクライスさん。私はただこの世界で最も美しい形をしたおち●ちんを探し求めてるだけよ」

「おち───は?! はぁ?!」

 頰を膨らませる可愛い仕草でクライス先輩に抗議するファルスさん。

 恥じらう乙女みたいな表情で爆弾発言をする彼女の手を私は振り払った。

 

 

「あれ、どうしたの? シノアちゃん」

「もう嫌だ……」

 人間不信になりそう。ていうかなった。もう何も信じられない。

 

 モッスさんが神に見える。

 

 

「手荒な自己紹介も済んだし、とっとと仕事振り分けるぞ」

 気怠そうにそう言うクライス先輩は、何枚かある書類を引っ張り出した。

 そしてそれを三等分すると、こう口を開く。

 

「アッキーとフルート、ファルスは引き続きタンジア付近に現れたイビルジョー並びに二つ名イビルジョーの調査だ」

 この三人はモンスターの調査がメインらしい。

 アキラさんは知らないけど、成る程一応二人の変人の特徴にあった仕事だ。

 

 

「俺とモッスは密猟の疑いのあるキャラバン隊の調査。んで、ウェインとシノア───お前らはとっておきだ」

 また、らしい。

 

 覚悟はしていたけどやっぱり私はそういう仕事をさせられる。

 

 

 クライス先輩が私を導いたのは、そんな場所。

 でも先輩が私を導いてくれなかったら、この命はなかったと思う。

 

 

 

「さてシノアさん、次の仕事に行きますよ」

 私の居場所は、ここなんだ。


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