ネルスキュラの討伐は無事に成功した。
「サザン君! ギャライ!」
着陸した飛行船から飛び出すクレセさんが、ギャライさんに抱き着く。
ウェインはそんな彼女を見ながら目を細めていた。気のせいか、彼の手が震えているようにも見える。
ネルスキュラの討伐は成功したけれど、さっきギャライさんが使った技はもしかして───
「クレセ。ははっ、格好悪い所見せたな」
「そんな事ない! ギャライはちゃんとサザン君を助けてくれた」
「そうだな」
クレセさんの頭を撫でるギャライさんは、彼女を退けてウェインと向き合った。
「見ての通り、俺が犯人だ」
そして、彼はウェインを睨み付けてそう言う。
「知ってました」
「やっぱりさっきのは、ブレイドワイヤー」
ネルスキュラの糸を簡単に切断したのあの狩技、ブレイドワイヤーは二つの矢の軌道を逸らさない完璧な打ち方をしなければ効果を発揮しないらしい。
適当にワイヤーを貼っただけでは狩技として機能しない。つまり、ハッキリと使える使えないの区別がある技だ。
人間は出来る事しか出来ない。
だけど、彼がその狩技を使えるのなら、ブルル氏の殺害は可能である。
───いや、彼にしかブルル氏を殺害する事は出来ない。
「ギャライ? な、何言ってるの?」
「ど、どう言う事だ?」
クレセさんとサザンさんは、彼の言葉に目を見開いて唖然とした声を上げた。
一人での犯行だったという事だろう。その動機は、さっき叫んでいた通りか。
「あの時ブルルを殺せたのは俺しかいないって事だ。よく分かったな」
「待って! 分かんないよギャライ。私分かんない、ギャライが兄さんを殺した? ごめん意味分からない! 変な事言わなくて良いよ。大体さっきの狩技をアグナコトルの前で使った証拠もないじゃない。ギャライは私達の誰かが捕まるのを防ぐ為に犠牲になろうとしてるんでしょ? あはは、いつもそうやって優しいんだから! ギャライが兄さんを殺す訳ないじゃん! 変な事言ってないで、さ。皆で帰ろ? 兄さんが……兄さんが死んじゃったんだ。こんなに悲しいのに……こんな変な事に巻き込まないでよ。お前達何考えてんのよ!! ほっといてよぉ!!」
私達は、何だ。
ギルドナイトって、何だろう。
「クレセ」
「ギャライ?」
「サザンの事頼むな。俺じゃなくても、サザンだって頼りになる奴だ。ブルルが居なくても、二人なら大丈夫だ」
「ギャライ……何言ってるの? ごめん、分からない。分かんな───んっ」
クレセさんの唇を押さえつけたのはギャライさんの唇だった。
顔を真っ赤にするクレセさんは、ギャライさんに逆らえずに身を任せる。
「俺が殺したんだよ」
「…………なん……で」
答えずに、ギャライさんはサザンさんに向き直った。
「クレセの事頼むな」
「なんでだ……なんで!」
「今から白状する通りだ。んな事はどうでも良い。お前はクレセを幸せにしろ。絶対に守りきると約束しろ。……俺の最期の願いだ」
「……馬鹿野郎」
答えを聞かずに、ギャライさんはサザンさんの太刀を奪うように取った。
何をする気か。
思わず大剣に手が伸びる。
素直に自白したなら、私が彼にする事は一つだ。
でも、彼は罪を償えるだろうか。
私は彼を救えるだろうか。
冷たい目が、ギャライさんを見ながら口を開く。ウェインの手は、腰の銃に向けられていた。
「ブルル氏を殺害した動機をお聞きしましょうか」
「俺は弓使いだ」
小さくギャライさんが呟く。
「見事なアクセルレインとブレイドワイヤーでしたよ。特にブレイドワイヤーは完璧だ。あの腕ならブルル氏を殺すのも容易かったでしょうね」
「待ってよ!! ギャライがその狩技を使えるのを隠してたから何? その狩技で兄さんを殺した証拠があるの? あの時使った証拠があるの?! なんで私達をこれ以上苦しめるのよ!!」
声を上げてウェインに掴みかかろうとするクレセさんを、ギャライさんは太刀の背で突き飛ばした。
「ぇ……? え……?」
「俺が殺したんだよ、クレセ」
何を言っているのか。信じられない。そんな表情。
「証拠ならありますよ。開戦間もなく撤退したにも関わらず、アグナコトルの背ビレはそこに転がっている
「なるほど、それでブレイドワイヤーだと気が付いた訳か。まさかアグナコトルにも当たってたなんてな。……俺とした事が」
「スタンもダウンも乗りも取らずにアグナコトルの背ビレを切断出来る攻撃は限られてきますから」
笑顔で言うウェインの手には、銃が一本。
対してギャライさんは、太刀を眺めるように持つ。
「だが、ならどうして俺じゃなくサザン一人にモンスターを狩らせようとした」
「これは僕の見立てですが、この三人の中じゃ貴方が一番の実力者です。どうしてか? 使える狩技を仲間に教えずにこれまで戦い抜いて来た人間ですからね。となると、例え一人で戦わせてもすんなりとクエストをこなしてしまう可能性がある。だから、足枷が必要だった」
ウェインのその言葉を聞いて、サザンさんは膝から崩れ落ちた。そんな彼を見てギャライさんは「俺の仲間を侮辱するな」と低い声を漏らす。彼は本当に仲間思いだ。
「そんなつもりはありませんよ。実際彼の太刀捌きは素晴らしい物でした。……しかし、そんな事を言える貴方だからこそ、仲間思いの貴方だからこそ、仲間がピンチになった時に必ず手を抜かないと思ったんです。貴方は僕の思惑通り、サザンさんの狩りに同行してくれた。……だから気になるんですよ、自分の犯行がバレる事を容認してでも仲間を助ける貴方が、仲間の一人に手を掛けた理由が」
「ハハッ、なるほどな。……俺は弓使いだ。サザンやブルルみたいにこうやって剣を持って前に出る事は出来ない。でもな、俺は俺の得物に誇りを持っていた。ブルルだって、腕は認めてくれていたんだ。……お前はパーティを支える大切な仲間だってな」
太刀を握る手が強くなる。
何を思ってか。
自らの失態に対してか。
殺してしまった仲間を思ってか。
きっと、後者の筈だ。
「だが、俺とクレセが付き合い始めたのを報告した時、あいつは俺の事を認めなかった。いや、弓の事を認めなかった。パーティを支えるなんて言いながら、結局あいつは弓の事を侮辱して理解なんてしなかった。弓使いだから妹は任せられない? ふざけるな!! 俺はこの武器に誇りを持ってる、弓だって仲間を助けられる。そのために必死でブレイドワイヤーを会得した。これなら仲間を助けられるだろ! それを見せ付けてもブルルは俺とクレセの事を認めようとしなかった!!」
「そんな……兄さんが……?」
叫ぶギャライさん。太刀を持つ手が震える。
流れ落ちる水分は汗か、涙か、血か。
「俺に剣士になれってか! そんなに弓が嫌いか。そんなに俺の誇りを踏みにじるのか。好きな物を得るために大切な何かを捨てさせる気なのか。俺は弓もクレセも捨てる気はなかった。だから殺した。ぶっ殺してやった!! これでクレセは俺のもんだ。誰からも邪魔は入らねぇ。俺の誇りを掛けて、ぶっ殺したブルルの分までこの弓でクレセを守り続ける。……なのに、なのになのにテメェがそれを邪魔するのかよぉ!! お前みたいなガキがよぉ!!」
太刀を構え、ウェインに向けるギャライさん。
「テメェもぶっ殺してやる!!」
血走った眼で太刀を振るうギャライさん。
「止めてギャライ!!」
本当に弓に誇りを持っている狩人なんだと思った。きっと彼は、弓以外の武器を使うなんて考えた事もなかったんだと思う。
だって、剣の振り方が───初心者のそれだ。
「っと」
振られた太刀を簡単に避けたウェインが、その頭に銃を突き付ける。
その引き金を引けば、彼の頭が吹き飛ぶ───しかし、ギャライさんは笑っていた。その手に持った太刀を離し、代わりに持ったのは弓の矢。
引き金を引かれると同時に踏んだバックステップで銃弾を避けたギャライさんは、一瞬で構えた弓をウェインに向けて放つ。
私はその弓を、手で掴んで止めた。
「……いや、止めてくれるとは思ってましたけど、素手で止めますか普通」
「黙ってて。今、私は虫の居所が悪い」
「彼は救えませんよ。シノアさん式は、通じない」
「……っ」
唇を噛む。
彼はその誇りを、二度も人に向けてしまった。
それでも、彼は誇り高き狩人だと私は思う。
「人殺しは償えない。シノアさんは家族や友人を殺した人を許せますか?」
「……っ」
それは───
「目の前にあなたの家族を殺した奴が現れた時、シノアさんは同じ事を言えますか?」
「それは……っ!」
それでも、私は───
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!!」
弓を放つギャライさん。それを私は背中の大剣で
とにかく動きを止める。彼は焦り過ぎてるだけだ。
「ギャライさん!」
「この、糞がぁ!!」
瞬時に構えられたのはハンターが剥ぎ取りなどに使うナイフ。振り上げ、振り下ろされる。
本当に剣士としての力はない。無茶苦茶な振り方だった。
でも、私は近付き過ぎたせいで避ける事は出来ない。
「……っ!!」
ほぼ、反射的に大剣を振り上げる。
鋭い刃がギャライさんの左腕を切り飛ばした。
「あぐぁぁぁああああ!!!」
私は何をしてるんだろうか。
「い、嫌ぁぁぁ!! ギャライ!!」
私は何なのだろうか。
ギルドナイトって、何なのだろうか。
「ぁ゛ぁ……っ。ぁ……ぐぁ゛……ぅ…………ちく……しょ…………う」
「もう辞めて! 辞めてよ! 兄さんだってきっと分かってくれる。だから辞めて! お願い。お願いだから!!」
大粒の涙を流しながら、クレセさんは後ずさるギャライさんに抱き着く。
ギャライさんはゆっくりと彼女の頭を、残された右手で撫でた。
「…………ごめん……な」
「ギャライ……」
何をしてるんだ、私は。
何が「貴方が夢見た人達を助けるのが仕事なんて、凄いと思わない?」だ。
私達の仕事はなんだ。
私達は何をする存在なんだ。
「何を間違えたんだろうな、俺は」
「誇りを捨てた事ですよ」
「俺は……捨てちゃ…………いねぇ……っ!」
ギルドナイト?
「その弓に誇りを持っていたなら、その弓を人に向けてはいけなかったんですよ」
「…………ぁ……。……あぁ………………そうじゃねーか。……はは……お前の……言う通りだ」
「ギャライ……ね? 帰ろ? もう……帰ろう?」
違う。
「サザン、後は頼んだ」
「……うん」
「クレセ、ごめんな」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 嫌だぁぁぁああああ!!!」
こんなのは違う。
ギルドのルールを守る存在?
なんだそれ。そんな物はここには居ない。
「弓で殺した事が間違いだったんだな。はは、ははは……。その通りだ。俺は最低な奴だ」
掲げられる弓の矢。
その誇り高きハンターは、その矢を真っ直ぐに振り下ろす。
自らの身体を、自らの誇りで貫くハンター。
鮮血が飛びちった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」
彼が愛して、彼を愛した少女が声にならない叫び声を上げる。
彼の大切な仲間は、そんな彼女を大切そうに抱き抱えた。
ここに居るのはギルドのルールを守る存在なんかじゃない。
なら、私達はなんなんだろうか?
「初めに言ったじゃないですか───」
ギルドナイトとは何なのだろうか。
「まだ戻れるかもしれませんよ、って。あなたが始めて人を殺す時に言った筈です」
私達は何なのだろうか。
「───
私達は───