とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【五章四節】狩人の誇り

 原生林。

 

 

 青空の下に広がる緑豊かな熱帯地帯。

 命が育まれる地とも呼ばれる狩場だが、命とは死を含む物だ。その証拠にこの狩場には生物が腐敗して出来た毒の沼や巨大な生物の骨が残っている。

 

 普段より狩場が静かなのは、クエスト内容の記載にもあった通り危険な大型モンスターが闊歩しているからか。

 

 

「大丈夫だサザン、俺達が全力でやればなんとかなる。そしたらこのクソ生意気なガキだって諦めるさ。そうだろ?」

「勿論ですとも。もし僕の見立てが間違っていたら、僕の事はどうしてくれても構いませんよ」

 青ざめた表情のサザンさんに喝を入れたギャライさんが睨み付けたウェインは、淡々とそう返した。

 

 

「ウェイン、正気なの? これであんたの思い通りにならなかったら、あんた殺されるかもしれないよ?」

「そもそも僕がおかしくなかった事があったと言うのが驚きですよ。僕は至って真面目に、正気じゃないです」

 頭の狂った事を笑顔で言ってのけるウェイン。私がおかしいみたいに言ってるけどおかしいのはお前だからな。

 

 

 

 サザンさんが鏡花の構えを使用出来る太刀使いなら、犯行は可能である。

 

 

 それを証明させる為、私達は事件の関係者三人と共に原生林に来ていた。

 

 クエスト内容はネルスキュラの討伐。

 なんて事はない。この付近で商人が使う道に現れるネルスキュラを討伐してくれと、ギルドに依頼が来たクエストである。

 

 

 ネルスキュラは動きも独特で、このクエストは既に四人組のパーティが一度リタイアした強力な個体が相手だ。

 狩技を出し惜しみすればクエストのクリアどころか命も危うい。狩技を隠しているなら、使わざるを得ないというのがウェインの狙いだろう。

 

 

「こんなのおかしいわよ! あなた本当にギルドナイトなの!?」

 ウェインの肩を掴んで声を上げるクレセさん。私は何も言えない。

 

「ギルドナイトに何か幻想でも抱いてるんですか?」

「この……っ。……あ、あなたも何か言ってよ!」

 ふざけた態度のウェインは相手にならないと、クレセさんの矛先は私に向けられた。

 ただ、私には彼らの無実を証明する事が出来なければ、誰かの罪を暴く事も出来ない。

 

 

 これは、ウェインの仕事だから。

 

 

「……ごめんね」

「もし二人が死んだら、私があなた達を殺す!」

 殺されても文句は言えないかもしれない。

 

「あ、殺すのは僕だけにしといて下さいね」

 そんなウェインの言葉を聞いて私は溜息を吐く。なんでこいつも先輩も、自分の命をそんなに簡単に扱うんだ。

 

 

「クレセ、心配すんな。俺達だって上位ハンターだ。ネルスキュラとだって戦った事はあるだろ? 俺達ならやれる」

「ギャライ……」

 手を組み合ってそう話してからお互いに抱擁する二人。まって、私達完全に悪役。

 

 

「いやぁ、泣けるお話ですねぇ」

「ウェイン……」

「出発する、ちゃんとこの飛行船の上から俺達がそんな狩技を使わずともネルスキュラをぶっ殺す所をそのつぶらな眼で見てろガキ。行くぞサザン」

「う、わ、分かった。頑張ろうギャライ」

「それでは、行ってらっしゃいませ」

 ウェインが笑顔で手を振る前に、二人は気球船からパラシュートを背負って降下していく。

 

 原生林は今危険なモンスターの縄張りになっていて飛行船を着陸させる事が出来ない。今の状態の狩場で、下手に高度を落とす事は危険だからだ。

 

 上位以降のクエストはその殆どが同じ理由で、船からのパラシュートで狩場に行く事になる。

 

 

 二人はどうやら無事に同じエリアに着地したようで、大きく手を振るギャライさんにウェインは訓練所で習う簡単な光信号でネルスキュラの位置を教えた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 サザンさんの頭上を、死神の鎌が切り裂く。

 

 

「サザン上だ!!」

「え!? うわ!!」

 ギリギリ攻撃を失敗した鎌の持ち主に放たれた矢は、ゴム質の防具(ゲリョスの皮)によって弾かれて地面に落ちた。

 

 

 

「くそ、あのゲリョスの皮が思ったより硬い。矢が通らねぇな。さぞコイツの食ったゲリョスは強い奴だったんだろうぜ」

 悪態を吐きつつも尻餅をついたサザンさんを引き上げたギャライさんは、弓に瓶を装着しながら相手の出方を伺う。

 

 

 金切り声。

 対する武器と防具の主は、自らと頭上の木を繋ぎとめていた糸を解き、二人の前へと着地した。

 

 頭部の下から伸びる一対の鋏角。蜘蛛のような、しかし人のそれを遥かに凌駕する巨体を支えるのは四本の足。

 そしてその身体を守る防具は、自らが狩猟した毒怪鳥ゲリョスの皮を身を守る為に身体に乗せたもの。背に背負った水晶はそのゲリョスの皮から滲み出る毒の結晶である。

 

 弱点である雷から、ゴム質で電気を通さないゲリョスの皮で身を守り。さらにそのゲリョスの毒をも利用する狡猾で危険なモンスター。

 

 

 それがこのクエストの標的、影蜘蛛───ネルスキュラだった。

 

 

 

「やっと降りて来やがった。畳み掛けるぞサザン、時間を稼いでくれ!」

「分かった……っ!」

 大きく返事をすると、太刀を構え直すサザンさん。

 

 そんな彼に答えるように、ネルスキュラは鋏角を振り上げ二人を威嚇する。

 

 

 

 二時間。それが、両者が出会ってから経った時間だ。

 モンスターからすれば小さな人間が二人、それほど長い時間を戦い続けて体力も限界だろう。

 

 だから、ネルスキュラが威嚇行動をとった今を絶好のチャンスと捉え二人は仕掛けた。

 

 

「喰らえぇぇ!!」

 威嚇行動を取るネルスキュラに肉薄したサザンさんが、声に力を乗せて太刀を振り下ろす。

 ネルスキュラの頭に叩き付けられた太刀が血飛沫を上げ、続いてその顎に向けられた突きが甲殻を割って肉を切った。

 

「……シッ!」

 そしてサザンさんの猛攻の間、ギャライさんはゴム質の皮に守られていない脚の先に狙いを定める。

 何度も放たれる矢は的確に同じ位置を捉え、その矢に滴る成分をしっかりとネルスキュラの体内へと送り付けた。

 

 ───途端、ネルスキュラは痙攣を起こして身体の動きを止める。

 

 

 ギャライさんが今さっき弓に装着したのは、マヒダケ等に含まれる神経毒を矢に塗り付ける麻痺瓶だった。

 

 

「いけ、サザン!!」

 声を上げながら、頭上に矢を放つギャライさん。

 同時に狩場に青白い光が降り注ぐ。

 

「うぉぉぉおおおおっ!!」

 そこから、サザンさんは怒涛の連撃を仕掛けた。振り下ろし、突き、振り上げ、繋げて左右に縦横無尽に刃を振り回し全力で叩き付ける。

 気刃斬り。叩き付けの反動を無理矢理引き剥がすように持ち上げられた太刀を、サザンさんは大きく身体ごと回す。

 

 気刃大回転斬り。

 太刀使いが扱う奥義のようなもので、踏み込みと同時に一回転。自らの周りを薙ぎ払う大技だ。

 

 

 しかしサザンさんはまだ止まらない。

 

 

 

「これで───」

 彼は大技の反動を振り払うように後ろに飛ぶ。

 己の得物を構え直した彼は、この攻撃で終わらせるという意気込みと共に踏み込んだ。

 

 

「───終わりだぁぁぁあああ!!」

 完成された太刀筋の回転斬り。切り裂かれたネルスキュラの足はサザンさんがネルスキュラの背後まで切り抜けた後、遅れて血飛沫を上げる。

 

 その血飛沫はまるで、散っていく桜の花のようだ。

 

 

 狩技、桜花気刃斬。

 

 

「……勝った!」

 彼等はこの二時間の戦いで、ウェインの言った狩技は使っていない。目を輝かせて二人を見るクレセさんは勝利を確信して声を上げる。

 

 

 ───ギギギッ! 

 膝を崩すネルスキュラ。しかし、その複眼から光は消えていない。

 

「……どうだ!」

「やったか!?」

 ───まだだ。

 

 

 重い身体を持ち上げるように、ネルスキュラはゆっくりと体勢を立て直す。

 ギリギリ生きてるだけだ。二人はそう思ったのかもしれない。どうせもう虫の息だと、その油断が、狩場では生死を分ける。

 

 

 ───キシャィァァアアアッ!! 

 

 

 さっきまでのゆっくりとした動きが嘘かのように、立ち上がったネルスキュラはその身体を回転させた。

 まるで気刃大回転斬りように、その鋏角を振り回すネルスキュラ。

 

 ギャライさんは反射的に射程外へ身を投げ、サザンさんは反応仕切れずにその鎌を何とか細い太刀で防ごうとする。

 勿論、ガード能力のない太刀でネルスキュラの攻撃を受けきれる訳がない。弾かれた太刀と共にサザンさんは空に浮いた。

 

 

「サザン!!」

 怒号が飛ぶ。焦ってネルスキュラに放った矢はゴム質の皮に弾かれた。

 

 金切り声。

 ギャライさんの攻撃を無視するネルスキュラの狙いは、勿論地面を転がって気絶したサザンさんである。

 得意の糸でサザンさんを絡め取ると、ネルスキュラはその身体を木の上へと持ち上げた。

 

 

 吊るされる、気絶したサザンさん。

 ゆっくりと、死神の鎌を持ったモンスターがサザンさんを吊り上げた木へと登っていく。

 

 

 

「や、辞めろ!! こっちを向やがれこの糞蜘蛛野郎がぁああ!!」

 怒号を上げながら弓を引くギャライさん。

 

 焦った彼が引く矢は狙いが定まらずに木に突き刺さるだけだ。

 糸を切ろうにも距離が離れ過ぎて的確に糸を射抜けない。そもそも、ネルスキュラの糸を弓の矢で切ることなど不可能である。

 

 

「い、嫌ぁ! サザン君!」

「こらこらこんな所から落ちたらあなたが死んじゃいますよ?」

 仲間の危機に叫ぶクレセさんをウェインが止めた。しかし、これ以上は本当に二人の命が危険である。

 

 

 私達は確かにギルドナイトだけど、それ以前にハンターの筈なのに。

 

 

「ウェイン、もうこれ以上は無駄だよ。私が行く!」

 ウェインを信じてこれまで手を出さなかったけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

 私はあの誇り高い二人の狩りを見て、どちらかが人を殺したなんて思えなかった。

 

 

「いや、パラシュートなしでどうやって行く気ですか?」

 ウェインは私にパラシュートを突き出してそう言う。

 

 やっぱりウェインも二人の事を信用出来たのだろうか、それとも───

 

 

 妙な予感がして、気球の下を覗いた。見たくもない光景が視界に映る。

 

 サザンさんにゆっくりと近付く死神(ネルスキュラ)

 今にも命を狩られる寸前のサザンさんの下で、ギャライさんは目を閉じて弓を強く握っていた。

 

 

 

「ギャライさん……?」

 まさか───

 

 

 

「サザン、俺達仲間だもんな」

 ───サザンさんの事を諦めたの? 

 

 

 

 ダメだ。もう少しだけネルスキュラを引き留めてくれないと私が間に合わない。

 焦ってパラシュートを付ける手が滑る。

 

 

「僕らでは間に合いませんよ」

 ギャライさん、お願いだから、少しで良いからネルスキュラの動きを止めて。

 

 

 

「……俺達は、大切な仲間だ。四人でずっとやって来た。クレセと俺が付き合い始めても変わらなかった最高の仲間だ。そう思ってた」

 眼を開けるギャライさん。

 

 

 

 その先にあるのは、鎌を振り上げるネルスキュラ。

 

 

 

「……そう思ってたんだ。今だってそう思ってる。申し訳ないと思ってる」

 ギャライさん? 

 

 

 

「……でもさ、あいつは俺を認めなかった」

 え? 

 

 

 

 突然矢を二本構えるギャライさん。

 鈍く光る眼光は、彼の仲間に向けられていた。

 

 

 

「あいつは俺の誇りであるこの武器を認めなかった!! 許せなかったんだよ、お前にクレセは任せられない。後ろで矢を放ってるだけのお前には任せられない。そんな事を言いやがったんだよアイツは!!」

 彼のその言葉に、クレセさんは口を押さえてウェインは不敵に笑う。

 

 

 

 彼が何を言っているのか、少しだけ理解が追いつかない。

 

 

 

「でも、俺達は仲間だ、お前は悪く無い。そうだ、お前達は悪く無い。全部俺の責任だ。お前らに何かを押し付けるなんて……出来ねぇ。地獄に行くのは───俺だけだぁぁあああ!!!」

 矢を放つギャライさん。

 

 

 二本の矢は驚く程均等に平行に飛んだ。

 しかし、その矢はサザンさんを吊るした糸でもネルスキュラ本体でもなく見当違いな位置に飛んでいく。

 

 

 ダメか? 

 

 

 私がパラシュートを付けるのを諦めて、生身で気球を飛び降りた瞬間。

 

 サザンさんを吊るしていた糸が、()()()()()()に切断された。同時に毒の結晶が、一部綺麗に割れる。

 ネルスキュラ(死神)の鎌から逃れるサザンさん。落ちるその身体を、弓を投げ捨てたギャライさんが受け止めた。

 

 

 

 何が起きたのか分からない。

 

 

 

 ただ、考える暇はない。

 丸腰のギャライさんと、糸で動けないサザンさんを、ネルスキュラは再び狙う。

 

 

 

 彼等は本当に誇り高き狩人だ。そんな二人を、見す見す殺させはしない。

 

 

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 愛刀を木に滑らせて、落下速度を少しだけ和らげた。

 眼前にネルスキュラ。その身体にぶつかる前に、私は削った木をぶつける勢いで大剣を振り上げる。

 

 

 ───ギギギギギァ!? 

 真上から大剣を叩き付けられたネルスキュラは、木の上からひっくり返って地面に落ちた。

 私はそんなネルスキュラの身体に乗って、その足場(ネルスキュラの腹)が地面に叩きつけられる寸前に跳ぶ。

 

 

「そこだぁぁ!!」

 落下速度をそのまま乗せて、私の愛刀はネルスキュラの足を一本切り飛ばした。

 吹き出る鮮血。しかし直ぐに身体をひっくり返して立ち上がるネルスキュラは、新しい外敵に鋏角を振り上げる。

 

 

 

「あんた……」

「そこにいて下さい。後は私がなんとかします」

 二人の誇り高きハンターの前に立って、私は大剣を構えた。

 

 

 私達は確かに人殺しだと思う。

 ギルドの為に事件を闇に葬る事だってしなければならない。

 

 だけど、それだって本当は善意から来る筈だったものだ。

 

 

 私が彼等を助けるのに、そんな大した理由は要らない。

 

 

「私はギルドナイト(ハンター)だから」

 構える。

 

 

 対するネルスキュラは、三本足だけで器用に私達に向かってきていた。

 時間は掛けられない。ネルスキュラが二人を狙って、守り切れる自信はないから。

 

 

 正面から肉薄し、振り回された鎌を身を捻って避け───地面ごと愛刀を振り上げる。

 その足元を潜って腹を切りつけると同時に、ネルスキュラはその身体を回転させた。

 

 鋏角を振り回す距離を頭の中に浮かべる。どう避ける? いなす? 

 

 

 いや───

 

「───こい!!」

 私はそれを避けずに、真っ向から大剣で迎え撃った。

 正面から攻撃を受けて、相手の攻撃の勢いも利用して力を貯めた大剣を叩き付ける。

 

 

「……っぁぁあああ!!」

 空を舞う一本の鋏角。しかし、もう一つを怒りに任せ振り下ろすネルスキュラ。

 大剣を引っ張って、私は後ろに跳んだ。さっきまで私がいた所に鋏角が突き刺さる。

 

 

「見よう見まねだけど……!」

 私は大剣を構え直して───ネルスキュラが突き刺さった鋏角を引き抜く寸前に足を踏み込んだ。

 

 

 思い出すのはこの愛刀を作る時に倒した斬竜。刃の如き尻尾で周囲を両断するあの姿。

 あの竜のように、さっきの彼のように回転させた身体で引っ張る愛刀が周囲を薙ぎ払う。

 

 

 ネルスキュラの背後で私が納刀した瞬間。血飛沫を上げながら巨体が背後で崩れ落ちた。

 

 

 狩技、桜花気刃斬。

 

 

 ネルスキュラに残った三本の脚が切り飛ばされる。

 自分の身体を支える物が何一つない。相手を葬る武器もない。

 自らの死を予兆したネルスキュラは、叫び声にならない鳴き声を上げた。私はそんなネルスキュラに大剣を向ける。

 

 

 

「───ちょっと狡いかもしれないけど、ごめんね」

 それでも、私の───私達(狩人)の勝ちだ。


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