とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【五章三節】三人の容疑者

 火山。ベースキャンプ。

 

「それじゃ、もう一度被害者───ブルル・ドラン氏が亡くなった直前の事を話して頂きましょうか」

 防具を着たまま倒れている被害者ブルル・ドランさん。シートで覆ってはあるけれど、彼の首と身体は今繋がって居ない。

 

 そんな彼を背に、人差し指で帽子を上げながらウェインは目の前に並ぶ三人に問い掛ける。

 

 

「はい、それでは順番に。クレセ氏からどうぞ」

 彼の前に並ぶ三人は被害者とアグナコトルの狩猟に参加して居たパーティのメンバーだ。

 

 

「もしかして私達を疑ってるの!? 私は兄さんを目の前で失ったのよ!」

 ウェインに詰め寄る女性は、大剣使いのクレセ・ドランさん。

 彼女は被害者ブルル氏の妹で、兄が死んだというのにこんな取り調べに付き合わされて気が立っているのだろう。

 ウェインの胸倉を掴む勢いで身を乗り出した彼女を、一人の男性が取り押さえた。

 

 

「落ち着けクレセ。俺達の中に犯人なんて居ないんだ。それを証明すれば良いだけだろ?」

 言いながらクレセさんをウェインから離すのは、弓使いの男性ギャライ・ボルトさん。

 彼に抑えられてクレセさんは落ち着くが、それでも気が気でないという表情でウェインを睨む。

 

 気持ちは分かるけど、それでもきっと犯人はあなた達の中にいる筈だ。この犯行は、人間にしか出来ない。

 

 

「そうだよ落ち着くんだクレセちゃん。僕達はただギルドに被害を伝えないといけないだけで、ギルドナイトの人だって僕達を疑ってる訳じゃない。アグナコトルの未知の攻撃、ブルルさんは気の毒だった」

 ギャライ氏に続くようにクレセさんに語り掛けるのは、太刀使いのサザン・ガルドさん。

 彼はそう言うけど、私達は実際彼等を疑っている。それを素直に言えば、また機嫌を損ねてしまうかもしれないけど───

 

 

「いや、疑ってますけど?」

 ウェインは素直だった。

 

 

「なんだって!?」

 今度は太刀使いのサザン氏がウェインに詰め寄る。当たり前だ。

 

 

「アグナコトルの未知の攻撃? そんな物ありはしない。犯人は人間だ。被害者をこんな殺し方が出来るのは人間しかいない。そして事件当時現場にいた人間はあなた達しかいない。僕は別に探偵ではありません。ただ、そこにある現実としての事実だけを見る事しか出来ない。……残念ですが、あなた方の中に犯人が居ます。しかし、犯人は一人です。例えばあなた方三人が結託して犯行に及んでいたのなら、死体は溶岩の中にでも捨てて全ての証拠を燃やしてしまえば良いだけですからね。……つまり、あなた方三人の内、一人が、ブルル・ドランさんを殺した犯人です」

 背後の遺体に視線を落としながらいつものように言葉を並べるウェイン。

 

 

 確かに犯人はこの三人の中にいる。

 だけど、此処には本当に傷ついている人だっているのだから、分かっていても彼の言葉は残酷だ。

 

 

「俺達がブルルを殺す訳ないだろ!!」

「犯人はいつだってそう言います。と、いうか、自白するような人がこんな手の込んだ殺し方しないでしょ?」

 呆れたような顔で返すウェインにギャライさんは今にも掴みかかりそうに表情を歪める。

 

 こんな辛い事は早く終わらせないといけない。だけど、罪は償わせる必要があるんだ。

 残った人達をも傷付ける、人の命を奪った犯人を野放しにする事は出来ない。

 

 

「私もギャライもサザン君も兄さんを殺す訳がないわよ!」

「それが証明出来れば苦労しません。誰が殺したかを証明する方がよっぽど簡単なんですよねー。さてさて、本題に戻りましょうか?」

 自分のこめかみを突きながらそう言ってから、ウェインはこう続ける。

 

 

「そうですねぇ、ギャライさんにお聞きします。ブルル氏の首が落ちたのはアグナコトルがブレスを放った後ですね?」

「そ、そうだ。他の皆がブレスを避けた後、突然ブルルが倒れたんだ……。首を落としてな」

 悔しそうに語るギャライさん。目の前で仲間が亡くなった瞬間を思い出すのは、確かに辛い。

 

 

「それって、狩りが始まってどのくらい経った時でしたか?」

「は? す、直ぐだ。初めてブレスを放った時だったからな……」

「へぇ。スタンや乗りダウンも取ってないという事ですかね? お間違いないですね? お二方」

 ウェインが問い掛けると、クレセさんもサザンさんも無言で首を縦に振った。どうしてそんな事を聞いたのか。ただ、ウェインはその答えを聞いて満足気に頷く。

 

 

「被害者が亡くなった時の位置関係。被害者であるブルル氏の左側にサザンさん。その後ろにクレセさん。一番後ろにギャライさん。……これで合ってますか?」

 次に、ウェインは三人と自分を事件当時の位置関係で立たせて被害者の亡くなった現場の再現を始めた。位置関係はウェインの言った通り。サザンさんの立ち位置が一番近くて、その距離なら被害者の首を太刀で落とす事も出来る。

 

 

「ところで、皆さんの関係ってどんな関わりなんですか? 参考までに」

「犯行の動機でも伺おうってか?」

「勿論」

「気に食わないな」

「僕は気にしてませんよ?」

 ウェインの態度に舌を鳴らすギャライさん。しかし、逆らっても意味がないと悟ったのか彼は一番初めに口を開いた。

 

 

「俺達は全員幼馴染の集まりだ。ブルルとクレセは兄妹だけど、俺もサザンも同じ兄弟みたいな関係だよ。ずっと四人でやって来た」

「ハンターになってからずっとブルルさんがリーダーで。僕達は何の問題もなくこれまでやってきた。誰かがブルルさんを殺すなんてありえないよ!」

 ギャライさんに続いてサザンさんがそう唱える。

 

 

 感情を露わにするサザンさんが嘘をついているようには見えなかった。

 

 

 

「ですがね、実際アグナコトルにはあれ程綺麗に首を切断する能力はないんですよ」

「そ、そんな事言われても」

「所でクレセさんって、お二人のどちらかとお付き合いしていたりします?」

「は? 何それ。今関係ある?」

「関係あるかもしれませんし、ないかもしれません」

「俺が付き合ってるよ。なんか悪いか?」

 ウェインの質問にそう答えるギャライさん。さっきからウェインの質問の意図がよく分からない。

 

 

「ま、どうでも良いんですけど。所で、ですね。客観的に見るとサザンさん、あなたが被害者を殺したんじゃ無いですか?」

 嫌味な表情で、ウェインは帽子を人差し指で押し上げながらサザンさんに詰め寄る。

 太刀使いで、被害者の近くにいたサザン氏なら犯行は十分可能だ。

 

 重い武器である大剣を使うクレセさんと違って、太刀ならば無理なく犯行後にブレスを交わす事も出来る。

 

 

「待ってくれ! 僕はブレスを交わすので精一杯だったんだ。ブルルさんを殺すなんて無理だよ!」

鏡花(きょうか)の構えという狩技を使えば犯行は可能です」

「おいおい待ってくれよ。サザンはそんな狩技使えない。コイツが使えるのは桜花気刃斬って狩技だけだ。クレセだって、地衝斬って狩技しか使えない。俺が使える狩技はアクセルレインだけだ。そんでな、一番後ろにいた俺だから言うが、二人はブルルを殺してない。俺は回避の余裕があったから、ブレスの回避行動に移ったのは最後だったから見てたんだよ。俺達の中に犯人は居ねぇ!」

「ギャライ君……」

 サザン氏を追い詰めるウェインの肩を引きながらそう語るギャライさん。

 サザンさんは絶対回避を使えない。もし彼の言う事が本当なら、この三人に犯行は不可能だ。

 

 人間は、出来る事しか出来ないのだから。

 

 

 犯行に必要な要素が揃わない。それよりも、彼等は自らのアリバイを強固な物にしていく。本当に彼等の中に犯人がいるのだろうか? 

 

 

「ウェイン、これじゃ本当に」

 私が見落としだけで、アグナコトルに人の首を綺麗に切断する能力があったと言われた方が納得がいく気がしてきた。

 私達は間違えているのではないだろうか。

 

 

「いいえ、犯人はこの中に居ます。言ったでしょ、人間は出来る事しか出来ませんが、出来る事は出来る。そして出来る事を隠す事も出来る」

「でも、隠されたらそれを暴く手段はない」

「ありますよ」

 不敵に笑うウェインは、三人に向き直ってこう口を開く。

 

 

「客観的に見て一番怪しいのはサザンさんです。ギャライさんの証言が本当だったとしても、達人の太刀筋は人の目に見えないとも言われているので犯行は可能ですからね。そして、サザンさんは仲間にも自分が使える狩技を黙っている可能性がある」

「そ、そんなの無茶苦茶だ! 僕はブルルさんを殺してなんかいない」

「勿論、僕の推理も想像の範疇を出ません。だから、それを確かめます」

 自分が使える狩技なんてのは自分の実力であり、秘匿しようと思えばいくらでも秘匿出来る。

 実際に使えて使えると言えば使えるのだが、実際に使えても使えないと言い張り使わなければそれを確認する事など出来ない筈だ。

 

 

 しかし、ウェインはそれを調べる方法があるという。何をする気なのか。

 

 

 

「サザンさん、貴方には一人でモンスターを討伐してもらいます」

「は?」

 間の抜けた声を漏らしたのはサザンさん本人ではなく、ギャライさん。サザンさん本人は顔を青ざめさせて、震えているようだった。

 

 

「な、なんで僕が……」

「これまでパーティでクエストをこなしてきた貴方が一人で狩りをする。持てる力を余す事なく使わなければ、生き残る事は出来ません。……どうです? これであなたが桜花気刃斬以外の狩技を使わずにモンスターに勝てれば、あなたの無実を証明出来るかもしれませんよ」

 サザンさんに詰め寄ってそう言うウェイン。確かに彼のいう事は一理ある。

 

 

「ふざけんなよテメェ。サザンだってブルルが死んで気が気でないんだぞ。今からモンスターを一人で倒せだと!! 人の心を踏み躙るのも大概───」

 ギャライさんの怒りの声を止めたのは他でもない───ウェインが突き付けたギルドナイトの銃だった。

 

 それを向ける事や向けられた事の意味が分からない人間など、狩場で命を張るハンターの中にはいないだろう。

 

 

「───っ。……お前、それがギルドナイトのする事か!」

 しかし、ギャライさんは銃に構う事なく声を荒げた。本当に仲間思いの人なんだと思う。

 

 

「僕達ギルドナイトは正義の味方でもなんでもない。所でそんなギルドナイトですが、現場の意思でハンターの殺害が認められています。……この言葉の意味をよく考えて、行動して下さい」

 犯罪の罪を償わせるというのは、本当の意味でのギルドナイトの仕事ではない。

 

 

 ギルドナイトは犯人を闇に葬る存在。

 それが出来るならここに居る三人を全員殺す事が一番手っ取り早い方法でもあるんだ。

 

 

「今から近くのギルドでクエストを受けてそのままこの足で狩りをして貰います。異論はありますか?」

「テメェ……!」

 突き付けられた銃を気にする事もなく、ギャライさんはウェインの胸倉を掴み上げる。しかし、そんな彼をクレセさんとサザンさんが押さえ込んだ。

 

 

「止めてギャライ、この人本当に撃ちそう!」

「そうだよギャライ。僕は大丈夫だから、ね?」

「クレセ、サザン……」

 目を細めるギャライさん。この光景、側から見たら私達は完全に悪役に見える。

 

 

 仲間思いの三人。本当に、彼等の中に犯人がいるのか。

 

 

「ギルドナイト、お前の話に乗ってやる。だがな、一つだけ条件を飲め」

「物によっては考えましょう」

「サザンと俺でクエストを受ける。普段から四人でクエストを受けてるんだ、二人でもキツい。クエストの内容はあんたが決めても良い。……それで、サザンが桜花気刃斬以外の狩技を使わなければ俺達への疑いは解いてもらう」

 ギャライさんのそんな言葉に、帽子を押さえて考え込むような仕草をするウェイン。しかし彼は───

 

 

 

「良いですよ、それで行きましょう」

 ───彼は、不敵に笑っていた。


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