アグナコトルの討伐完了。
目標の討伐を終えても、家に戻るまでがクエストだと誰かが言っていた。
狩場には他にもモンスターがいる。たとえ目の前の危機を脱したとしても、油断してはならない。
だというのに───
「お疲れ様でーす。えい」
「───ひゃぁっ!?」
───なぜか私はウェインに背後を取られ、首筋にドリンクを突き付けられていた。
油断していた訳ではない。
ただ、本当に彼が近くにいた事に気が付かなかったのである。
それがちょっとだけ怖くなって、火山にいるというのに全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
「……い、いつからいたの?」
「今着いたばかりですよ。そろそろ倒し終わる頃かなって思ったんで。ほらほら、せっかく倒したんだから素材剥ぎ取っちゃいましょうよ」
こいつ何もしてないのに素材持って行く気か。いや、確かにギルドナイトとしてこの仕事は二人で片付ける事にはなってるけども。
やってる事寄生ハンターだからねそれ。
「───で、このアグナコトルの攻撃はどうでした?」
倒れたアグナコトルを眺めながらそう聞いてくるウェイン。
私は一度目を瞑って、アグナコトルとの戦いを思い返す。
「不自然な点は無かったよ。被害者の首を落としたのはアグナコトルじゃない」
「なんという事でしょう。では、アグナコトルとの戦いの中で亡くなった被害者の首を落としたのは一体誰なのか」
分かっていたとでもいうように、ウェインは言葉とは裏腹にそっけない態度で返事をしながらアグナコトルの死体の背中側に視線を向けた。
アグナコトルの死体は私の付けた傷でボロボロになっている。手加減出来る相手ではなかったとはいえ、ギルドナイトの仕事としては満点ではないかもしれない。
「となると事情聴取が必要な訳ですが、その前にもう少し現場検証したいのでお付き合い下さい。……僕、モンスターが現れたらひとたまりもないんで」
「ギルドナイトとしてどうなのそれ……。良いけど、実際の事件現場はここじゃないでしょ? 確か、四人が戦っていたのは別のエリアだって聞いたよ」
「あー、被害者が亡くなった現場はさっき見て来ました。弓矢が落ちていた程度の事しか発見はありませんでしたけどね」
彼のそんな言葉を聞いて、被害者パーティの中に弓使いの男性が居た事を思い出した。ただ、多分この事件には関係ないと思う。被害者は首を
「被害者の首を落としたのがこのアグナコトルじゃなかったとして、犯人が狩人だったならウェインは誰が犯人か目星付いてるの?」
こいつならあり得そうだな、と。そんな事を思って聞いてみたけど、返ってきた言葉は「まさか」の一言だった。
ただ、彼はいつもそんな調子なのでその言葉にすら信憑性がない。仲間の事をこうも信じないのは悪い事だと思うけど、彼の場合は別である。
「まぁ、頭空っぽにして考えれば、被害者パーティの武器は確か太刀と大剣と弓。この中で無理なく人間の首を落とせるのは太刀くらいのもんです。よって犯人は太刀使いの男性───なんて、訳ないでしょうけど」
何かが引っ掛かっているのか。ウェインは話しながらも興味深そうにアグナコトルの死体を眺めていた。
そうしてアグナコトルの死体の周りを何周かしてから、彼はこう口を開く。
「この背ビレって、シノアさんが切ったんですかね?」
私も戦闘中に少し気になったアグナコトルの背ビレを指差して、ウェインは目を細めた。
アグナコトルの背ビレは背中の中心から扇状に広がっている。そんなアグナコトルの背ビレは、鰭条が一部不自然な程真っ直ぐ綺麗に切り飛ばされた跡が残っていた。
「元からそうだった」
これは私が切った訳ではない。
不自然さに既視感を覚える。その既視感は直ぐに、今回の被害者の死因と一致した。
「犯人はアグナコトルの背ビレをも簡単に切断出来る力を持っている。人間の首を簡単に落とすなんて造作もないって訳ですね」
「いや、もしかしたら私達が確認出来ていないだけで他のモンスターの仕業かもしれないよ?」
「人間ですよ」
低い声で彼はそう言う。
「シノアさんはこの付近に他のモンスターの気配を感じますか?」
「それは……多分ないけど」
「その感覚は僕が羨ましがる本物の感覚ですよ。実際、この付近に他のモンスターはいません。証拠を一つ提示しましょうか」
彼はそう言って、再びアグナコトルの背ビレに視線を落とした。
「モンスターは無駄な攻撃をしない。もし、仮にアグナコトルの背ビレの一部と被害者の頭を切り落としたのが僕らの知らないモンスターの仕業ならおかしい点が山程あります。何故他の三人は無事なのか、何故アグナコトルの背ビレだけが切れているのか。モンスターは無駄な攻撃をしない。人間を葬るつもりなら他の三人にも攻撃している筈だ。アグナコトルを葬るつもりだったのなら、もっと有効な攻撃箇所があった筈だ。そうしないのは何故か。逆に考えた方が早いかもしれません。その鋭い刃をもって被害者の首を落とし、アグナコトルにも攻撃した。そんなのは無駄でしかない。モンスターは無駄な攻撃はしない。ならその攻撃をしたのはどんな生き物か。居るんですよね、この世界で唯一、無駄な事をする生き物が。……それは、人間だ」
「アグナコトルの背ビレと被害者の首を切り落とした犯人が一緒とは限らないし、普通に戦っている最中にパーティの誰かが背ビレを攻撃したのかもしれないよ?」
「それは勿論その通りです。だから、これはアグナコトルの背ビレと被害者の首を切り落とした犯人が同一だった場合の……仮定の話です」
彼はそう言うと「話を変えましょう」と手を叩く。生き残った三人の中に犯人が居ると確信している、そんな顔をしている気がした。
「聞いてきた証言によれば、被害者はアグナコトルのブレスを交わそうとしたその時に首を刎ねられたらしいです。もし犯人がパーティの仲間だとしたら相当な手練れでしょうね」
「被害者の首を刎ねながら、自分はブレスを躱さないといけないからか」
「ちなみにシノアさんならどうやって犯行を行いますか?」
「わ、私に人殺しの方法を聞く?」
そんな事を突然言われても困る。
「じゃ、言い方を変えます。ブレス発射前に近くにいたウロコトルを葬ったは良いですが、武器を仕舞ってる暇もなくブレスが迫ってくる。……シノアさんならどうします?」
「えーと……武器持ったままブレスを交わすか、イナシてなんとかするか、ガードするか───」
「普通の人間はそんな事出来ません」
半開きの目で私を見ながら「シノアさんに聞いた僕がバカでした」と頭を押さえるウェイン。これはもしかしてバカにされてるのか。呆れられているのか。
「ジャスト回避とか、絶対回避とか、イナシとか、普通の人間にそんな選択肢はない。シノアさんはともかく、人間は出来る事しか出来ないんですよ」
「出来る事しか出来ない……」
「そ、つまりですね。それを出来る相当な手練れが今回の犯人だって事です」
犯人は被害者を殺害した上でアグナコトルのブレスを避ける事が出来る人物。
コレが今回の事件の鍵だと彼は得意げに語った。
しかし、それは私達にとって問題がある。
「アグナコトルのブレスに合わせて犯行を行ったのは、他のパーティメンバーが回避に専念してるから犯行がバレにくい瞬間を狙った。そしてその瞬間の犯行は難しいと思わせる為。……だけど、これを証明するのは難しいんじゃない?」
「そうですね。だって、人間は出来る事しか出来ない。もし犯行に至れる技術を持っていたとしても『そんな事出来ない』と言ってしまえば簡単に証拠を隠滅出来る訳ですからね」
私達にその
「どうするの? 人を殺しておいて、自分から私がやりましたって言う人は居ないと思うけど」
「ここまで計画的な犯行をしといてそんな人が居るなら、それこそシノアさん、その人は罪を償えてしまいますよ」
彼はそう言ってから、再び低い声で「そんな人間はいない」と言葉を落とす。
悔しいけどその通りで、もし犯人がそんな人なら私達が来た時点で犯行を自白する筈だ。そんな人はいない。
「さて、ここでどうやって自白させるかは置いといて。僕達はまず証拠を探さないといけません。ここでやる事はなんでしょう?」
「証拠探し?」
「そんなのはもう終わってます」
そんな事言われても他にやる事があるのだろうか。
私は拗ねて「なら何」と、目を細める。
「手口の予測です。そもそも出来る事しか出来ないのが人間ですが、出来る事は出来るのが人間です。パーティ全員が何でもかんでも出来る人間だった場合、誰になら犯行が可能か」
「消去法をしようって事?」
「ところがギッチョン。これ消去法にもならないんですよね。なぜなら……生き残った三人全員共、技術さえあれば犯行が可能だからです」
ウェインはそう言うと「例えば」と付け足してこう話を続けた。
「───例えば、鏡花の構えという狩技があります。攻撃を太刀で受け流し、その動きをカウンターとして相手に叩き付ける。これならブレスをカウンターで避けながら被害者の首を落とせます」
「大剣は?」
「シノアさんの言う通り、武器持ったままブレスを交わすか、イナシてなんとかするか、ガードするか、出来る人にはこれが出来る」
「弓は? そもそも弓で人の首をあんなに綺麗に落とすのなんて無理だと思うけど」
「ブレイドワイヤーという狩技がありましてね。簡単に言うと二本の矢の先端にワイヤーを繋げて、放たれた矢にピンッと張られたワイヤーが対象を切断するという技なんですよ。これ、聞いただけでも難しそうですし実際凄く難しいのでやれる人は殆どいないんですけどね」
「でも、その狩技が使えるなら?」
「そう、誰にでも犯行は可能だ」
そう言ってからウェインは再びアグナコトルに視線を戻す。
誰にでも犯行は可能。
誰になら犯行は可能か。
「気付きました? 後は選択肢の内、誰が犯行を行えば
「ウェインにはもう犯人は分かってるんじゃないの?」
「まさか。まだ半々って所ですかね」
彼がこういう時、大体彼の中では犯人は決まっている事が多かった。
本当に凄い奴だよ、あんたも。充分に。
「ウェインってさ、全部の武器の狩技とか把握してるの?」
「そりゃ勿論。太刀から大剣まで、操虫棍や狩猟笛、ライトボウガンも弓も全部狩技は知ってますよ。……知ってるだけですけどね」
彼は弱い。
狩人としては、とても力不足である。
「だからシノアさんが羨ましいですよ。僕だって子供の頃の夢は立派なハンターさんだったんですからね。……まぁ、実際に何になったかと言いますとただの人殺しですけど」
でも、彼は本当に努力をしていたんだ。頑張って、狩人になろうとしていた。
少し寂しそうな顔をしたウェインは、そこでベースキャンプの方に向き直る。
夢は立派なハンターさん。私には、そんな夢もなかった。ただあの人に着いていって、気が付いたらここにいたのだから。
あの人の意図はまだ分からない。でも、私達がここに居る意味は分かってる。
「私達は人殺しじゃなくてギルドナイトでしょ? ハンター達を危険から守るのが私達の仕事。手に負えないモンスターや人を殺す様なハンターをなんとかするのが私達の仕事。……それって、ハンター達からすればとても助かると思わない?」
「シノアさん?」
私はもうハンターじゃない。
私達は、ギルドナイトだ。
「貴方が夢見た人達を助けるのが仕事なんて、凄いと思わない? 私は、頭は良くないから。こうやってモンスターを倒す事しか出来ないけど。……ウェインには出来る事があるでしょ?」
「……ったく、甘いなぁ。甘ったるいなぁ」
人が褒めてるのにその態度は酷い。でも、それがウェインらしい。
「そんな事を言えちゃうシノアさんの事は嫌いじゃないですよ。……さて、と」
帽子を被りなおして私に背を向け、天井に視線を向けるウェイン。
素直じゃなさすぎるだろう。私に言われたくないか。
「……ここからは僕の仕事ですかね。アグナコトル狩猟お疲れ様です。僕が犯人を特定するまでシノアさんはベッドで寝てて下さい───終わったら襲いに行くんで」
「はっ倒すぞ。私の仕事はまだ終わってない」
ふざけないと死ぬのかコイツは。
「……そうですね。それじゃ、もう一仕事お願いします」
犯人を突き止めて、罪を償わせるのが私達の仕事だ。
立派な狩人になれなかった、私達の仕事だ。